第57話 母親の過去(8)
「脳検査はシロ。脳に異常は見られない」
マイクが魔法によって複写させた紙を配りながら言う。
そこには正常な形をしたレイの脳の輪郭がくっきりと写っている。
「となると、最後に残る選択肢は付加系」
「・・誰?」
他人に影響を与える付加系。
誰かがシンデレラを隠し続けている。
「まずは両親だろ」
「でも彼らは被害者でもあるし、それに動揺もしている」
「だからといっても可能性はある。表面上で判断するのは危険だ」
フーベルトが少し低い声で言う。
親が子を必ず愛しているとは限らない。そういう例を複数知っているからだ。
そして愛情は人を最も欺きやすい魔法でもある。
「両親から始めよう。そこから近所、学校と広げていく」
マイクの言葉に二人が頷き、部屋を出る。
主人のいない部屋は寂しさを残すばかりだ。
*
マイクは正面の椅子に座る二人の男女に声をかけた。
「あなた方が娘さんへ魔法を使っているかどうかを検査します」
レイの母親は一瞬、訳が分からないという顔をする。
そして次にマイクへ疑いの目を向ける。
「私たち?」
「疑問に思うのは無理もない。ですが無意識の内にということもあるんです」
母親は驚きから抜けられていないようだったが、それをみた父親が彼女の方に手を優しく置く。
そして目を合わせた母親は父親と一緒に小さくだが、頷いた。
「・・ではまずあなたから」
レイの母親を別室へと移動させる。
そして専用の椅子へと座らせ、検査前の審問を開始する。
「あなたは娘さんに夜、大人しくしてほしいと願ったことはありますか?」
母親は少し笑いながら言う。
「数えきれないぐらいあるわ、あなたも子を持てばわかる。レイが小さい頃はいつも戦場だったわ」
その言葉にマイクは少し笑う。
改めて見た彼女は少し寝不足なようだった。
娘には日中は会えるとはいえ、夜になると顔を見ることができなくなる。
不安に苛まれていることだろう。
「父親の方は?」
「・・多分あるわ。あの人にとって夜寝られないことが最もストレスを感じるから」
短い沈黙の後に返された答えに、マイクは頷き、次の問いを投げた。
「あなたは夜に関して何か・・心的外傷、つまりトラウマを持っていたりしますか?」
母親の体が僅かに強張る。
「・・・関係ある?」
「断定はできませんが、無関係ではない可能性は高い」」
マイクが静かに続ける。
「恐怖や願いのような感情は時として多大な影響をもたらす。それが本人の無意識化であっても」
母親は視線を落とし、やがて息を吐くように言った。
「夫には言わないでね」
マイクは黙って頷く。
「はっきり言うわ。私は夜が怖いの」
その告白は震える声だった。
「夜になると嫌でも昔を思い出してしまう。克服しようとしたこともあったけど無理だったわ」
彼女の手は小刻みに震えている。
「夜になってベッドに入ると、どこからともなく足音が聞こえるの」
「それが落ち着いたと思ったら母親の悲鳴に、怒号、家具の倒れる音。最後には私の部屋のドアが開く音がする」
「全く眠れないわ。あれからぐっすり眠れたことがない」
自傷気味に彼女は笑う。
「もし娘を隠しているのが私自身だったのならなんて弱い女なの。自分勝手な恐怖心から守るべき子供を蔑ろにするなんて」
言葉が途切れる。
マイクは母親へ声をかけるかどうか迷った。
自分自身そんな経験をしたことはないし、何を言っても正解だと思わなかったからだ。
だがマイクの何かが彼の口を動かした。
「いや、あなたは強い人だ。恐怖心と共に生き、子供だけでも守ろうとする。それは母親のあるべき姿なのだと、私は思う」
心配そうなレイの母親を安心させるように答える。
「心の中の影が形になるのが魔法です。そしてそれから被害を食い止めるのが私たちの役目」
奥の部屋へと案内し、そこで別れる。
後のことは検査係に任せた。
なんとも言えない感情がマイクの心に充満していた。
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