第54話 マイクの勇気(8)
「被害が出ているのは10歳の少女、なぜか夜になると姿を消す」
書類を手にしたステイが淡々と概要を説明する。
「・・アイク抜きでやるんですか?」
マイクがここにいない部屋の主人について尋ねる。
「ええ、アイクは今手が離せないでしょうからね」
アイクは今、魔法協会にいない。
彼は今やここから3000キロ以上離れた場所にいる。
もちろん気楽な旅行などではなく、ある学会へ魔法協会を代表して出席している。
だがステイもアイク単体で派遣するほど愚かではない。
お目付役としてワシントンがついている。
もっともその名目は
「オフィスを燃やした罰よ」
だがら今日は特にフーベルトの行動が目立つのだとマイクは思う。
アイクがいれば、あの神童はからかわれるのを嫌いあまり感情を出すことはない。
仲がいいのか悪いのか。
「知らせる必要は?」
フランがステイを見ながら言う。
「別にいいけど、これはあなたたちの実力を測るためでもあるのよ」
アイク抜きで、どこまでできるのか。ステイの言外の意図を誰もが理解する。
マイクは再び陰鬱な気分に沈む。
天才二人と比べられる未来が、もう目に見えるようだった。
「消えるのは夜だけで、朝と昼は元気に活動しているらしい」
ステイがページをめくりながら資料を読み上げる。
「10歳の少女も夜遊びぐらいするんじゃない?」
「それが鍵は彼女の身長では届かず、部屋には隠れた秘密の通路もなし」
ステイが顔を上げて答える。
「寝かせてから、起きるまで監視したけど夜になると突然いなくなり、朝になるとどこからともなく現れる」
「監視中、両親は消えたことには気づかないのか?」
特徴的な椅子に座ったフーベルトが足を組み替えながら言う。
「ええ、まったく」
ため息混じりにステイが答える。
「これは正式なテストではないけど、指標にさせてもらうわ。アイクを呼ぶも呼ばぬも自由よ。今の所は命に危険が迫ってるわけじゃないから焦る必要がないことだけは伝えておくわ」
ステイはそれだけ言って、ちょうど良い量の香水の匂いだけを部屋に残して出ていった。
*
「何の可能性がある?」
ステイが出ていくと同時にフランが低い声でがそう言う。
「あいつの真似?」
隣にいるフーベルトが口角を上げながら指摘する。
「何が考えられる、だろ」
声を少し低くして、フーベルトがアイクの声真似をする。
そうして二人で笑い合っている。
マイクは理由もなく非常に気まずく感じる。
この雰囲気を打破するために少し確認してみることにした。
「この際だがらはっきりさせたいんだが・・・」
少し言い淀む。
「・・君らはそう言う関係?」
二人の視線がマイクの方へ向く。
「そういう関係って?」
フランが無垢なる表情で聞いてくる。
彼女のその表情がなぜか妙に恥ずかしく感じる。
「だがらあれだ・・男女の仲というか・・わかるだろ?」
フランとフーベルトが見つめ合う。
「俺は男で、フランは女だ、つまりはそういうことだ」
フーベルトがよくわからないと言った表情で言う。
これは・・どっちなんだ?
これは肯定なのか、否定なのか。
男女だからそういう関係は当たり前だと言っているのか、それともただの男女の友人としての関係ということなのか?
フランも特に補足せず肩をすくめているだけだった。
浅く深い、軽く重い。冗談のようで、本音のようだ。
「すまない、話を戻そう」
これ以上の混乱を防ぐために資料へと目を戻す。
「・・娘の実在は?」
「認証済みだ、俺たちも会おうと思えば会える」
フーベルトが資料の最後のページを見ながら言う。
「透明化は?」
「なら触ったら認識できるはずだが、眠っているはずの場所を触っても感触が何もないらしい」
「透明化してから動いてる可能性もあるわ」
「それが本当なら密閉された部屋での鬼ごっこを何十回も繰り返してる事になる。仲が良くて羨ましいな」
珍しくフーベルトが冗談を言う。
「ならいつもの感じね。私が魔法をかけるわ」
「手伝おう」
「一人でできるわ」
「なら、見るだけ見に行くよ」
この懐き方はどこか鳥類の親子関係を思わせた。
だがマイクは少し羨ましさも感じてしまう。
頭を強制的に切り替え、自分の役割をこなすことだけに集中する。
だが、なかなかすんなりと切り替わってくれない頭だった。
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