第53話 奇妙な距離感(8)
「おかしい」
マイクは最近になって、そう思うようになった。
マイクたちがこの協会本部へ来て二ヶ月以上が経とうとしている。
そのくらいの期間があれば同僚との仲はもちろん、縮まるのは自然なことだ。
異常でも特別でもないーーーはずだ。
特段として不思議ではないのだが、その兆候が現れたのが急だったので異変に思った。
特にロッペンの事件を解決してからだ。
フーベルトとフランの仲がやけに近い。
事件解決の後、二人で食事へと行ったということは本人たちから聞いていたが、それから1週間も経たないうちに急激なスキンシップが増えたように思う。
マイクは自分に言い聞かせる。
――これは嫉妬ではない、と。
確かにマイク自身、薔薇色の青春時代を送ったとは言えない。
職場の縁から恋愛へ発展すればいいなと願っていた時もある。
だが、フランのことを初めて見た時からその淡い期待は捨てたはずだった。
フランは美人であるのは間違いない。
だが気が強く、負けん気が尋常じゃない。
友人として付き合っていくのならまだしも、恋人となるとマイクの弱々しいメンタルが耐えられないだろう。
そう思っていたはずがなのだが。
今も彼らはアイクのオフィスで親し気に談笑している。
まるでこの部屋には彼らしかいないような時間を過ごしている。
マイクは少し耳を立ててみる。
人間よりも発達して独立した動きを可能にしている大きな耳だ。
マイクは獣人であり、彼の耳を持ってすれば同じ部屋内で小声で話していたとしてもそれは拡声器越しに会話しているのとなんら変わらない。
「その長い髪、邪魔にならないのか?」
「別に。ちょうどいい長さだと思うけど」
「ここら辺で切ったらどうだ?ちょうどいい気がするぞ」
「それは短すぎるわ、最低でもここまでは譲れないわね」
フーベルトは遠慮なくフランの髪を手に取り、指で撫でるようにすくう。
フランも気にしている様子はない。
――考えすぎだろうか。
マイクはこの感情が嫉妬によるものなのか、仕事に集中しろという怒りなのか、自身でもよくわからなくなっていた。
マイクの故郷の女子は付き合ってもない男に簡単に自分の髪を触らせたりはしなかった。
もしも少しでも触ろうものなら、その情報が凄まじい速さで町中に広がり、その加害者は町を出ることを余儀なくされる。
今思えばこれは獣人に限ったものの可能性が出てきたがそれは考えるのをやめよう。
朝会うたびに(カジュアルだが)ハグをしあい、仕事中も絶えず話し、一緒に帰る。
ここまでいくと付き合っていると勘違いしたくなるが、以前聞いてみたところ真っ向から否定された。
嘘をついてるのではと思ったが、そういう雰囲気はわかるものだ。
獣人なら尚更に。
だからこそ困惑している。
本当に自分の世界がおかしかったのか。
マイクは本当にフーベルトに嫉妬しているのか。
そして以前と比べてフーベルトは変わった様に思う。
少しだけ柔らかくなり、接しやすくなった。
だが、フランにだけ態度が違う。
もしそれが単純な童心から来る恋心なら、汲んでやることはできる。
彼もその経験をする権利はあるし、それがまた人として成長させることも知っているからだ。
だが仕事が関わってくると少し複雑だ。
ここは学校ではなく職場。
恋愛をするなら仕事との両立が求められる。
魔法協会に所属するものとして仕事と感情のバランスは適度に保つべきだ。
マイクはフーベルトへはっきり言うかどうか迷っている。
フーベルトの心が変わり始めているのは見ればわかるし、それに歯止めをかけるようなことを言っていいものかと。
そして何より、その資格が自分にあるのかどうかを迷っている。
フーベルトの仕事の効率は依然として群を抜いている。
効率が多少落ちたとしても、常人の数倍の速度であり、マイク自身よりも質の良い仕事をこなしている。
そしてかつての魔族危機の時もフランは現場へと乗り込み、フーベルトは自分自身で犯人を捕まえた。
マイクだけがアイクの力に頼り、事なきを得ている。
こんな事でいいのだろうか。
自分だけ立場が違うのではないだろうか。
そんなマイクも努力はしている。
仕事が終われば、毎晩魔法関連の書物を読み漁り、日課の数十キロのランニングも怠らず、ジムも週8回で通っている。
だが、隣にいる天才たちに並べる気がしない。
彼らと肩を並べているという実感が得られない。
フーベルトのことを気にしてしまうのもそんな劣等感からかもしれない。
マイクは一度頭で考えていたことを全て真っ白にして、初めの考えに戻る。
だが結局、マイクが注意をするかしないかでぐるぐると悩んでいるところに声が割り込んできた。
「仕事が入ったわ」
声を出したのはドアの方だった。
ステイが顔を覗かせている。
「今もしていますが」
それを見たフランが彼女に手元を見ながら言う。
ステイは小さく笑い、言い返す。
「それは事務でしょう、こっちが本命よ」
珍しくステイが部屋へと入ってきて、それぞれに資料を配り始めた。
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