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第51話 ぎこちない一歩(7)



「今日は来客が多いな」


机上の資料から目を上げ、ロッペンはドア口の影を見やった。

入ってきたのはフーベルトだった。


「状態を見に来ただけだ」


フーベルトの表情は少し曇っている。



「それはいい、人と関わろうとするのはいい事だ」


笑いながらロッペンがフーベルトをからかう。

フーベルトは無言で受け流す。


「・・もうそれでいい」


だが満足した様な表情をしたロッペンを見てそう言わされる。


「以前の続きだ」


フーベルトが不意に話を広げる。


「なぜ俺が人と接するのを避けていると言った?」


「簡単なことさ、目を見たらわかる。同族だからな」


ロッペンは少し驚きながらも答え、続ける。


「私は孤児院で育った。管理人はバ愚かだが善良な人間だった」


「そこにいた私は特段と他人と関わることもなくそれなりに幸せに暮らしていた。だが私が18になる頃、どこから嗅ぎつけたのか私の能力を金が買おうとする奴が現れた」


「もちろん拒んだ、その時にはもうその孤児院で働くつもりだったからな。まあ恩返しなんてたいそうなもんじゃない。ただ行くところがなかっただけだ」


「人手不足に資材不足、食糧不足だったその孤児院は他に選択肢はなかった。だが社会を知らなかった私は売った父親同然の男を一年以上も恨み続けた。今思えば少しはそこに愛着が湧いていたんだと思う」


「たがそんな男もその大金をうまく使えずに死に、孤児院は国によって潰されそうになった。だがら私は今もこうして仕事をしている」


フーベルトは静かに聴いている。


「もちろん、孤児院で得た物は私の人生を基礎になっている。だが私はこの研究所で周りの奴らとバカな雑談をしている方が充実していた。異世界のような感覚さ。私の知らない世界がこんなにもあったなんてとな」


ロッペンの口が、大きく動いた。呼吸にわずかな乱れが混じる。


「・・俺は幸せだったように思う・・・・・」


喉の動きが鈍くなり、言葉が途切れはじめる


「・・・・不思議な感覚なんだ。ここで死んでも・・」


ついには先程と全く同じ様に酸素不足でロッペンは静かに意識を手放した。

フーベルトは観念したようにアイクから渡されたボタンを押した。






「起きたか」


ロッペンが起きて顔を横に向けると、特徴的な椅子に座っているフーベルトがいた。

ロッペンは部屋を見渡しながら言う。


「何時だ」


「朝の3時」


「よく寝たものだな」


忌々し気にそう言う。

予定がずれることが彼にとって1番避けたいことなのだろう。

不機嫌なロッペへと話しかける。


「原因がわかった」


「・・そうか」


ロッペンの表情はあまり興味がなさそうだった。


「気にならないのか?」


そのことをフーベルトが聞く。


「全くといえば嘘になるが・・・いや、そうだな。全くない」


「だが、俺には説明責任があるから勝手にやらせてもらう」


フーベルトは息を整え、言葉を続けた。


「あんたの脳には操作系の魔法がかけられていた」


「ほう」


彼が少し体を乗り出す。


「それは脳の一部分だけを変化させ、元々のあんたの性格を変えるまでに至った」


「つまりあんたの社交性は身についたものではなく、身に付けられたものだったんだ」


「あんたがマイクではなく俺の時に魔法が発動したのは、あんたが俺を親密な間柄だと判断したからだ」


ロッペンは静かに聞いていたが、ついに口を開く。


「ならなぜ今は平気なんだ」


「もうすでに問題の魔法については解除済み。体の方はもう綺麗さっぱりなはずだ。・・寿命は大幅に削られたがな」


「・・なるほど。なら俺は退院できるということか」


寿命のことには触れずに、ロッペンが淡々と聞く。


「・・魔法自体は解除したが、まだ効果は頭に残っている可能性はある。もしかしたら時間が経つと以前のように、孤独の天才に戻る可能性もある」


「わかっている」


フーベルトは躊躇い、そして率直に問う。


「・・・怖くないのか?」


「なにが?」


フーベルトは心のままに口を開く。


「周りは以前とは違う目でお前のことを見るだろう。あいつは変わった、あんな奴じゃなかった、お前は別人になるんだ」


ロッペンはそんなフーベルトを正面から見て、説教をする様な表情で真面目に答える。


「・・フーベルト、好奇心を恐怖で抑えてはいけない。人は時に孤独を好むことで自分を守る。だがそれは、進化を止める行為だ」


「感情こそが人間をここまで進化させてきた。お前は個体としては完成し、次の段階へ行こうとしている。成長しろフーベルト。お前はもうその段階にいる」


フーベルトは何も言わない。

ロッペンは表情を器用に笑みへと変えてから言う。


「これで納得がいかないならこう言い直そう。君は足踏みは嫌いなはずだ」


短い沈黙の後、フーベルトは立ち上がり、部屋を出た。

その背は、来たときよりもわずかに真っすぐに見えた。





「無事に退院したそうだ」


研究室のドアを開けたフーベルトは、机に向かっているフランにそう告げた。


「そう、よかったわね」


彼女は顔を上げず、手元の作業から目を離さない。


「なぜ?」


短く問うと、彼女は口だけで笑ったり


「入れ込んでたでしょう?」


フーベルトは以前言われたロッペンの言葉を頭の中で反芻する。

胸の奥に生まれた小さな圧力に押し出されるように口を開く。


「・・・もし良かったらでいいんだが、今夜飯でもどうだ?」


フーベルトは床を見ながらそう溢す。

いつものような調子でいこうと思っていたのに当然になって頭が真っ白になった。

もし断られたらと考えると、明日からどんな顔をして会えばいいかわからない。

こんなことを人の目を見て言える者がいるのだから世界は広い。


「いや、あれだ・・最近ずっと帰ってないだろ?」 


沈黙に耐えられず、気まずくなったフーベルトがすぐに取り繕う様に言葉を出す。

彼の視線には研究室の端っこの床に置いてあるゴミ箱しかない。

それだけが彼の心を正気にさせている。


すると突然、そのゴミ箱が視界から消え、目の前には整った女の顔があった。

相手の息がかかる程の距離だ。

青色の綺麗な瞳がフーベルトのことを見つめる。


「そういう事は、人の目を見て言うべきよ」


そこからまた沈黙が広がり、気まずくなって顔を逸らそうとしたがフランに手で顔を固定され、動かせない。


「晩御飯を・・食べよう」


その空気感に堪らず、逃れるためにそんな言葉が口から勝手に出てきた。


「いいわよ」


それを聞いて満足したのかフーベルトの顔はフランの手から解放された。

何も深く考えずに出た言葉だったが、何故かそれ以上のものも吐き出せたような気がして、心が軽くなっているのがわかった。


この事はフーベルトにとっては思い出したくないような自身の歴史となってしまう。

だがそれでも停滞していた数年の自分から確かに抜け出すための不格好で、ぎこちない一歩でもあった。



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