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第45話 嫌がらせ(7)

「仕事です」


その短い言葉とともに、フランが静かにオフィスの扉を開けた。

手には分厚い事件資料のファイルが一冊、しっかりと握られている。


「今はダメだ」


応じたのはこのオフィスの主―――アイクだ。


彼の前には奇妙な構造の椅子がひとつあり、その表面には何やら細工を施している最中だった。


「被害者は男性。症状は急性の呼吸困難です。」


「……医者の真似事をしたいなら、俺は必要ない」


椅子の脚を締め直しながら、アイクは面倒そうに言葉を返す。

だが、フランは意に介さず言葉を続ける。


「名前はロッペン、一部業界では天才だとか」


「俺も天才と言われ、よく呼吸不全になった。経験則からいくとただの寝不足だ」


アイクはフランの話をまともに聞かない。

だが、どうせこの資料を手に取るだろうと確信している彼女は気にすることなく続ける。


「――先生のように脳が溶けています」


その瞬間、アイクの手が止まる。

次の瞬間には、フランの手から資料を奪い取り、ページを素早くめくり始めた。


「おい」


アイクが興味を持ったことを確認し、チームを集めるために部屋から出ようとしたフランを呼び止める。

彼女は突っぱねられる可能性を考慮して恐る恐る振り返る。


「この椅子はフーベルトに座らせろ」


そう言って椅子を軽く投げる。

フランはそれを両手で受け止め、ため息を吐きながらその椅子を外の廊下へと置いた。





「脳がドロドロだ」


フランは資料の束を手際よく配りながら、魔法で転写された写真を空中に展開した。

淡く光るその映像には、脳の輪郭が映し出されており──一部がまるで溶けたゼリーのように液状化しているのがはっきりとわかった。


「何をすればこんなことに?」


少し顔を引き攣らせながらマイクが言う。

通常では考えられない症状に驚いているようだった。


「お前も見たことがあるはずだ。あの時はこの写真を用意するは必要すらなかったが」


アイクが、呆れたように肩をすくめながら言った。

その言葉に、マイクはぎこちなく目を伏せ、脳裏を探るように記憶を手繰る。


「・・カイトの母親ですか」


アイクがビンゴと言うように指を鳴らす。



彼らはこの症状を見るのは初めてではない。

マイク自身もそのことを簡単に忘れるような男ではないが、その事件の後に起こったゴタゴタが、記憶の表層から押し流していた。


「ならなぜ彼女とこいつ、ロッペンの間には違いがあるんだ?彼女は脳がほとんど無くなってから症状が出た。彼は症状が出てる割にはまだマシだ」


そう言ったのは未だ部屋へ入る権利を持たない、特徴的な椅子に座るフーベルトだった。

フランが彼の椅子をじっと目詰める。


「・・フラン。フーベルトの椅子が気になるのはいいが集中しろ」


アイクの声が飛ぶと同時に、フーベルトは気配を感じ取り、そっと椅子から立ち上がった。

もちろん、椅子は何もしてこない。

だがフーベルトが再びそこへ腰を下ろすことは、二度となかった


「・・単純に損傷箇所だと思うわ。こればっかりは正確にはわからないけど、彼女の方もあそこまでの状態になる前に症状は出てたはずよ、睡眠障害とか。ロッペンはたまたま最初の症状が肺に出ただけ」


フーベルトの答えにフランが回答する。


「いい調子だぞ、そのまま俺の椅子に何が仕掛けられていたのか答えろ」


フーベルトがさっきまで座っていた椅子を見ながら問いかける。


「やめてやれ、彼女のささやかな嫌がらせも成就せずに終わったんだから」


その言葉で、完全にフランに罪を押しつける形となったが、彼女が反論する前にアイクはさらに話を続けた。


「こいつらに差がある原因はフランの線でもいいが、魔力機能の差もあるはずだ。ロッペンは日常的以上に魔法を行使する。それだとロッペンの方が深刻化しそうなもんだが、魔力は人間の進化で得た機能だ。それなりの耐性がつくこともある」


アイクがフランの補足そして新たな仮説を立てる。


「・・ではどうしますか?」


マイクが、少し迷いながら問いかける。

どこから手をつければいいのか、今はまだ霧の中だ


「まずはその天才の脳をこれ以上減らさないようにしよう。本人は発動中の魔法はないと言い張っているらしいが、それを信用するかはこれからだ」





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