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第13話 不幸(2)



「状況は変わらずだがヒントを一つ追加。母親は自身で自覚していない」


オフィスへと帰ってきた特捜部はそれぞれが自分の席についている。


「先生はあんな言い方しかできないんですか?」


フランがアイクへと突っかかってくる。


「できない。彼女の脳はかろうじて機能している程度だ。いつ活動を停止してもおかしくない。それまでに情報を引き出し、解決する。今あるヒントを整理しろ」


フランを思考から排除し、膨大な情報を並べる。


「0歳からですか?」


そう聞いたのは、アイクとフランの方を交互に見つめるマイクだった。

このまま話を進めていいかを迷っている。


「早くしろ」


アイクの言葉で事件に集中することに決める。


「0歳、ブランコにある病院で出産、小学校まで、保育園のような場所にも行っています。

これらは公的記録で残っていまし、証言とも一致する。問題はここからです、もし実在するなら、小学校に入学し、この学校は担任が年ごとでも変わらないことから、ワットという教師が今に至る年齢まで見ていたことになります」


マイクが出てきたヒントをかみ砕いて説明する。


「だが、記憶にはないそのうえ、その年の入学名簿も見せてもらったが、カイトという生徒の名前はなかった」


フーベルトがこの事件を発見したきっかけのことを話す。


つまり、カイトの存在は小学校入学時点から曖昧だということだとアイクは考える。

だが、それも確信するほどの情報はない。

全てを疑っていくしかないだろう。


「母親が精神魔法で病院側から協力していたら?」


マイクが病院もグルである可能性を探る。


「病院だけでならまだしも役人を簡単に騙すことはできない。戦前以前ならまだしもな。社会からの風当たりの強いシングルマザーには尚更無理だな」


アイクがそれは無理だと反証する。


「協力者説を考えるのはやめろ。あの母親にそれ程までの価値があるとは思えない」


例え、彼女のために書類を偽装したとしてもリスクとリターンが全く合わない。

ここに恋愛感情が混ざってきたら複雑だが、特別親しかったという関係者はいないと調査済みだ。


「幻影を伴い、視覚的にも影響する魔法。幻覚魔法は?」


声を出したのは先程からのことを根に持っていたフランだった。


「次の選挙では保守党より、革新派に投票するとしよう」


アイクは悪くないフランの意見を採用し、検査をするため母親の部屋へと行こうとするとドアにはワシントンが立っていた。


「何の用だ」


アイクが今は忙しいという意味を込めて声をかける。

だが、彼の予想とは反しワシントンがここに来たのは煙草を乞食に来たわけではなかった。


「母親が失踪した、存在しない息子を探しにな」



 



目覚めるには早すぎる、アイクはワシントンからの伝言を聞いてまずそう思った。


これが母親の強さとでもいうだろうか。

母親が失踪したと聞いたアイクたちは、それぞれで捜索に当たり建物を封鎖、護衛隊にも連絡をした。



建物中が混乱の中、アイクは一人で上の階へと行く。

彼には心当たりがあるからだ。


アイクの考え方は基本的に消去法で答えを出す。

もちろん、公式によって答えが効率的かつ最短で出せるに越したことはないが、それが通じない時はあらゆる可能性を潰し、最後に残ったものが答え。


その式と今回の情報を整理しながらラストピースを埋める為、屋上へと向かう



「人は考え事をする時、周りの情報を遮断する。この理由は他に囚われずに集中して考えたいからや、邪魔をされたくないからなど挙げられるが、どれも適切とは言えない」


「あなたは?」


「単純に一人になりたいからだ」



扉を開けた瞬間、気持ちの良い、透き通るような風がアイクを包み込む。

開放的な空間だ。

空にはこれ以上ないぐらいの青色が広がり、そのまま見ていると落ちていきそうな感覚に陥る。

視線を落とすと、建物の縁ギリギリに立って今にも落ちそうなところにいるカイトの母親がいる。


「どうやって来たの?」


「聞いて驚くな、この世界には魔法というものがあるんだ。」


それを切った彼女は少しだけ笑った。


ここに来るまでに執拗なぐらいのバリケードが築いてあり、魔法による特殊な鍵も掛けられていた。

だがそれはアイクを止めるほどの力はなかった。


「もう放っておいて」


アイクは返事をしない。


「いつだって貧乏籤を引くのは私だった。子供の頃、しょうもない喧嘩で両親が離婚したのが始まり、学生の頃に万引き犯のレッテルを貼られて退学。そんな私でも恋をしたと思ったら、相手にはたった一年で逃げられた。仕事すらうまくいかない私に残されたのは、腹を痛めて産んだカイトだけだった。しかも、あの子まで私が作り出した幻想だなんて言うの?もう笑えてくるわ」


全然笑える不幸の話ではない。

たが、このままだと落ちかねないのでアイクがついに声をかける。


「誰でも不幸は経験する」


「いいや、私以上は無いと言えるわね。周りの人は私のこの人生の不幸の8割も経験せずに生まれて、生きて、死ぬんでしょうね」



アイクは何を言ってもダメなような気がしてくる。

事件解決のためにも何とかして生きる希望を与える必要がある。


「だからどうした、俺に慰めてほしいのか、労ってほしいのか、そんな言葉は君の人生では飽和状態のはずだ」


彼女の心を埋めてくれる言葉はもうこの世にはないはずだ。気遣いも心配も彼女は望んでいない。彼女が欲しがっているもの、それは


「だから聞かせてよ、あなたの不幸話」


他人の不幸な話を聞いてボロボロになった心を何とか保とうとする。

アイクはすぐに頭の中でストーリーを組む。


「・・分かった。・・・俺には足の悪い弟がいるんだが、・・」


「嘘には敏感なの。次はないわ」


そう言いながら彼女は少しずつだが確実に危険な方へと寄っていく。


「・・何て女だ」


アイクは考え込む。

一朝一夕の嘘をつくにはリスクが高い。

だができるだけ自分のことは人に話したくはない。

頭の中で天秤にかけ、出てきた答えも実行する。


アイクは死にかけている女に冥土の土産を渡すことにした。


アイクは自分の身の上の話をした。

それで彼女が満足できるかは不明だったが、アイク自信では幸福だったと言える人生ではなかったからだ。

過酷な出生に始まり、幼少期からの戦争の経験、そこで経験した唯一無二の体験。

そして戦後に続く後遺症。そして今。

暗い人生のどん底にいる彼女に自分も同じ世界の住民であることを伝える。

アイクが語り終えるころには彼女は眠ってしまっていた。

うまく伝えられたとは言えないが、自分の人生の話が人を少しでも救うことになるとは全く考えていなかったアイクは落ち着いた気持ちはしなかった。



 *



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