第10話 提案(2)
「なぜ通報しなかった?タバコの違法製造を知っていながらそれを隠していた者も処罰されることぐらい知っているだろう」
このオフィスにはアイクとフランの二人きり。アイクがフランの真意を探る
「頭痛ですか?」
「誰から聞いた?」
「・・・いえ、以前にそういう人を知っていたので。先生もご存じかと思いますが、私の故郷では煙草が蔓延していました」
アイクはフランの言葉を聞いて頭の中を探り、引き出す。
今となっては衰退したものだが、かつての煙草産業は戦後の後遺症に悩む世界には最高の薬となって流行し、熱烈な煙草ブームが起きた。
だが、世界の煙草の生産の約半分を占めていたエルフが生産を中止したこと、使用による危険性が明らかになったこと、煙草の代替品の登場により喫煙者もどんどんと少なくなっていき、今では道端で煙を吐いている人は数えるほどしかいないようになったのである。
「エルフの国か、俺にとっては夢のような場所だな」
「今ではもう瓦解寸前ですが」
「大戦の英雄も時が経てば、だ」
長引く大戦に終止符を打った、この世界で唯一の人権を獲得した魔族改め、魔人族。
アイクは人族の短い人生で彼らの全盛と隆盛を一度に見ることになるとは思ってもいなかった。
「・・私の推測ですけど以前の戦争に参加されていたんですよね。そしてその後遺症で悩んでる。戦争の傷は癒えないものも多いと聞きます。先生の気持ちは分かりませんが行動は理解できる」
フランが慈悲を含んだ目でアイクを見る。
アイクはその目で見られるのが嫌いだった。
「ならこれからも好き勝手やらせてくれ」
「それでは私は納得できませんし、先生の身も今以上にボロボロになってしまいます。なので、代替案を」
アイクはフランが煙草に過剰なアレルギーを起こすのは分かった上で採用した。
フランがどんな反応をするか気になったからだ。
「私は先生の行為を通報しません。その黙認の見返りとして、医師から処方される薬を飲んでください、それが私の妥協点です」
アイクは純粋に悪くない条件だと感じた。アイク自身から見てもメリットの方が大きだろう。だからアイクはフランの目を見て答えた。
「断る」
アイクは即答した。
提案は悪くなかったが、悪いのは相手だった。
アイクは通報程度にビビる段階はすでに通り過ぎている。
「つまりどっちでもいいぞ。通報しても、せずとも俺の生活が変わることはない。そしてお前の生活も変わることはない」
そう言って、一人オフィスで茫然と立ち尽くすフランを置いて、アイクは部屋を出た
そして帰ってきた。
「言い忘れていた。お前は母親倒れた場所の付近を調べろ?」
それだけ言ってからフランの方を見ずにドアを閉めた。
*
「先生の望み通り犯罪者になって帰ってきましたよ。これで満足?」
「よくやった、やはり顔つきが違うな」
マイクは隣にいたフランへと確認を求めるが、彼女は取り込み中のようだった。
アイクはマイクのカバンから黙って一枚の紙を取り出した。
「これは、成績表か?」
その紙にはA、B、Cが書かれた紙だった。
マイクがその神について補足する。
「カイトのね。彼は確かに存在しています。これに加えて家にはランドセルや勉強机、靴から制服まで全て確認できました」
カイトの存在を示す証拠ともいえるものが複数見つかったとマイクが言う。
「それだけでは何とも言えない、近隣住民もあんまり関わり合いはなかったらしい」
フーベルトの方もハズレだったと告げる。
「フランは?」
「・・イマイチです。通報した人によるとその周辺には子供はいなかったと。ですが彼女の友人は数年前ですが、子供と一緒にいたところを見たところがあると言っています」
情報が錯綜している。カイトの存在を支持する情報、存在がないことを支持する情報、整理しないといけないだろう。
つまりどっちかが嘘をついているということ。
「まずはカイトの存在について何が考えられる?」
アイクが除法を整理するために問いかける。
「単純に、今も迷子中ということは?」
フランが一番考えられる可能性について指摘する。
「捜索では見つからなかった。だから周りの小学校に聞きに行ったんだ」
フーベルトがありえないと反論する。
「なら制服は?」
マイクが自分の手柄である重要な手掛かりのことを挙げる。
この世界の公立の小学校の制服は一律であり、何より政府が管理していて、売買が禁止されている。つまり政府を騙しでもしない限り制服を手に入れることはできない。
「成績表の説明もつかない」
マイクが畳みかける。
「母親が子供のために作った」
フランがカイトの実在論を粘る。
「残念ながら成績表は担任の朱印と名前のサインがないと正式なものとしては認められないんだ、魔族は知らないかもだが」
フーベルトがフランを煽る。
フランがついには何も言えなくなる。
この成績表には学校名は書いていない。
だが担任のサインが書いてある。アイクはそこから辿っていくしかないと考える。
「そこに書いている担任の名前がある私立、公立を含む小学校をこの地域にある全部の学校の中から探し出すんだ」
「簡単に言いますね」
黙っていたフランがたまらず口を開く。
「ああ、やるのは俺じゃないからな。戸籍も調べろ、生まれた病院もだ。そいつが本当に母親の腹から生まれた人間かを確認するぞ」
部下たちがオフィスから出ていく。
*