第1話 特捜部(1)
白を基調とした荘厳的で、近代的な建物がある。
その中で周りとは違った雰囲気を持つ部屋が一つあった。
そこにいるのは、種族、性別も違うが同じ首飾りをした者三人がデスクを囲うように座っていた。
彼らが声を交わすことはない。
隣の部屋では慌ただしく息つく暇もないように働いているのが音が聞こえる中こちらの静寂がひどく対照的だ。
もしもこの階を散歩している経営者がいたのならこの職務怠慢につい声を掛けずにはいられないだろう。
なぜならすでに20分前に始業は過ぎており、新しく今日から採用されたこの三人は個々の利益となるために働かなければならない。
だがその経営者の願いは叶うことはなかった。
そもそも彼らの上司が遅刻していることが理由なのだ。
彼らは管理者がいないと仕事ができないと言うほどの年齢でもないが、今は仕事をしなくても良い理由が存在している。
もちろん、彼らは担任がいない場合の対処なんて小学二年生の女の学級委員長が職員室へ行く姿を見て学習済みのはずだ。
それを踏まえたうえでもなぜ誰も動こうとしないのか。
職員室に呼びに行ったら、後で余計なことをした奴だといじめられてしまうことを恐れているわけではない。
彼らは、楽をしたいのだ。
それぞれの細やかな思いは異なるものの考えの根幹にあるのはそれだけだ。
だがそんな労働者にとって夢のような時間も終わりを迎える。
ボスのお出ましだ。
「ようこそ俺のオフィスへ。居心地は悪くないだろう」
そういって沈黙の雰囲気の中堂々と部屋へと入って来たのは身長は高くもなく、低くもない、痩せ型の男だ。
一般人が一見して好印象は持たないだろう外見をしている。
「仕事がしやすそうではありますね」
そう褒めているのか貶しているのか分からないようなことを言ったのはエルフ族の女だ。
その言葉にアイクは少しだけ顔を曇らせてからエルフに向き合って言う。
「なんせ何もしなくても金が入ってくる部屋だからな」
部屋に入ってきた人族の上司、アイクはオフィスに居ながらも働かなかった三人を見て不満げに言った。
隣に座っていた獣人が席を立つ。
「ですがあなたが来たせいでそれも終わりですね」
「楽して稼ぎたいならお前はサーカスの方がおすすめだぞ」
アイクは獣人の視線をものともせずに自分の席へと座る。
「まあそんな怒るなよ、わざとじゃない」
獣人差別とも言える発言を正面から受けた彼はさらに険しい顔つきになる。
それを無視しながらアイクは三人の顔を見渡しながら言った。
「お前たち三名は俺が独断と偏見で選んだ。もちろん承知しているとは思うがこの国では成長が美徳とされている。この仕事に就職できたからと言って安心し、賃金を不正受給しようとするなら即刻クビだ」
「遅刻は処罰の対象?」
エルフの女がすかさず口を開く。
「もちろん、・・それは誰のことだ?」
そういうと彼は自慢げに大量のプリントが入ったファイルをカバンから取り出し机へと広げた。
*
「言い忘れていた。わが部署へようこそ」
そう言ってアイクは持っている一目見ただけで気が滅入りそうな量の文字が書かれたプリントを三人それぞれに配った。
まず資料に目を通した終えたエルフ族のフランが口を開いた。
「こんなに溜まっているんですか?」
「お前たちが頼もしいよ」
アイクは基本的に仕事をしない。
それでもクビになる心配はないし、減給もされることはない。
アイクの部署はこの魔法協会と言う機関の最後の砦だ。
魔法協会での仕事は多岐に及ぶが、主に魔法を管理することを主としている。
この世界での魔法による不可解な事件は一日で数百件にも及ぶ。その上、解決率はその40パーセントだ。
この原因は複数の説が唱えられているが、一般的には魔法の発展に人類が追い付いていないということである。
魔法という超常現象を人為的に引き起こすことが可能な力は世の中に混乱を引き起こすという理由で近代、現代の時代で一般人による個人的使用と研究は禁じられていた。
だが、大戦後での激動の時代、無数の属国の独立に、王政から共和制への移行、民主主義の発達、何より国、政府による力の独占によって被害を受けた人たちの声と大戦の英雄、エルフ族からの要請もあり、魔法の一般的使用、個人研究、が可能になり情報が解放された。
だが、民間人も気軽に魔法を使えるようになったのはいいものの、この力を正しく使えるものは数えるほどもいなかっただろう。
魔法という力の解放は案の定、大戦後の疲弊しきった世の中にさらなる混沌をもたらした。
枷のない獣は自分の身を滅ぼすまで止まらない。
人は膨大な力をコントロールするために様々な制限を作る。法律という名の第二、第三のセーフティを用意し、獣を閉じ込めることに成功した。
しかし、多少の魔法犯罪は減少したものの、それでも進化し続ける魔法に人類が追い越すことはできない。
人類は未だ制御不能で奇禍怪な力に翻弄されているのだ。
それを解決するのが魔法協会の仕事であり、その中でも解明困難な問題はアイクの部署へと回される。
それが対魔特捜部だ。
*