7話 ねずみ追いしふるさと
ある程度自由に変態が出来るようになった俺は、鳥の姿で村か出てアメリの姿で外の仕事を手伝うようになっていた。
アメリはかなりドジっ子で、何も無い所で転んだり前を見ずに歩いて気にぶつかったりと目が離せない。村人達はよくこんな子に生活を預けていたものだと感心するほどだ。
かく言う俺も、アメリの姿をとっている時はかなりのドジっ子なのだが…。
「ノアが手伝うようになってくれて、とっても助かるわ!!」
愛嬌があるアメリにそう言われると悪い気はしない。
アメリの仕事は意外と多い。一番大変なのは薪を作る事だろうか。アメリの細腕で木を切り倒すのは難しいので、枝を切り落として運ぶ作業だ。
これが意外と重い。これを村の為にずっと続けていたなんて健気過ぎる。
ちなみに入れ替わりアメリと俺が木を運んでくるので、村人はその早さに驚いていた。
そりゃいつもの2倍だからね。
手伝いはしているものの、これだけでは何の解決にもなっていない。
(きっと俺がここに来たのも何かの運命なんだ。この村の魔獣騒ぎの一端に触れる事は出来ないだろうか)
転生物語の主人公しかり、きっと俺には魔獣に困る村人を救う役割が与えられたのだ。とか、この時の俺は疑いもせず、アメリのヒーローになろうとしていたのだ。
「アメリ?魔獣を全然見ないんだけど。本当にいるのかな?」
魔獣魔獣と騒がれているけど、俺は1匹も不思議生物に会っちゃいない。
「え?…ノアはもう見ているわよ?」
「え??」
アメリが何を言っているのか分からず首をかしげる。
「ほら!!」と言いながら彼女はヤギに近づき、その毛をわしゃわしゃと撫でた。
「この子は『カルプス』っていう種族の魔物よ。火を吐いたり蹴る力がとても強いの」
「…」
「それからこの子は『グリットハウンド』。走るスピードがとっても早くて、噛み付く力が強いのよー!」
アメリは自分の爪や歯を剥き出しにしながら紹介してくれる。
動物だと思っていたヤギも犬も魔獣だったのか…。
「魔獣は戦闘体勢に入ると表皮に魔力が宿って見た目も全然変わるのよ。牙や爪が伸びたり大きさが変わったりするわ」
嬉しそうに説明するアメリだが、犬や羊と思っていた動物が魔獣だった事に驚きだ。
今更ながら不思議生物に異世界を感じてしまう。俺が言うのもなんだけど…。
俺もアメリの姿になっているので襲われる事はなさそうだけど、人も動物も見た目では分からないものだ。俺も見た目だけじゃ変態したって分からないしな。違うって、変態するだけで変態じゃないんだよ。
ちなみに、俺は不用意に生き物に触れないよう、アメリの格好をしている時は手袋をしている。めちゃくちゃ寄ってくる生き物に触らないのは不可能なのだ。
「アメリ。俺さ。魔獣が凶暴になった原因調べようと思ってるんだ」
わちゃわしゃと寄って来た魔獣達を撫でながら、アメリはキョトンとした顔をしていたが、次第にワクワクした顔になり、いつもの彼女ではなく年相応の好奇心に満ちた女の子の顔をする。
「良いわね!良いアイデアだわ!!私も調べてみたいの!何故彼らがこんなに怒っているのかを!」
(妹がいたらこんな感じだったのかなぁ…)
心の中で少しむず痒い物を感じながら、アメリを微笑ましく見ていたら「私はノアのお姉ちゃんだから、助けてあげるよ!」っと言われたけど…。俺はもうすぐ三十路なんだよー!!
それから二人で何日か分の果物や薪を準備し、蓄えを残してから村を出発する事になった。
アメリの話だと洞窟燕の巣がある森に沢山の魔獣が住んでいるらしいけど。
人間の気配を察すると観察隊のようなウサギの魔物が奇声をあげて知らせるのだとか。
しかし、俺たちはアメリの能力のおかげですんなりと森へ入ることが出来た。
生まれてから殆どの時間を洞窟で暮らしていたので森自体に見覚えはないけど、横を見ると森に入るのは久しぶりなので少し顔が強張ったアメリがいた。
(やっぱり、妹じゃない?)
俺はニコッと微笑むとアメリと手を繋ぐ。
怖がってる女の子が居たら当然だよね?とても紳士的だよね?この姿ならロリコンじゃ無いよね??
アメリも少し安心したように肩を撫で下ろし、ギュッと握り返してきた。
しばらく歩いているとどこからか視線を感じるようになってきた。森の生き物達がアメリと俺に近づいて来ているのだ。
「ねえ、みんな。ロディオ様にお会いしたいのだけれど」
アメリは姿が見えないけど、気配を感じる生き物達に話しかける。
ガサガサと草をする音が沢山聞こえて、いつの間にか俺たちを囲んでいた生き物達が姿を表してくれた。
その中から1匹のネズミが目の前に現れて尻尾を持ち上げる。まるで「ついて来い」と言っているようだった。ネズミに見えても魔獣かもしれないけど。
ネズミに案内されるがまま獣道をしばらく歩いていると洞窟に辿り着いた。
(あれ?ここは…)
そこは俺の育った洞窟だった。
アメリは洞窟を訪れる事を最初から察していたように、用意していた火種に松明を灯す。
人一人が入れるかどうかの入り口から中に入ると、だんだんと洞窟の中が広がっていく。
迷路のような洞窟をネズミは迷うことなく進んでいく。
「アメリ。ロディオ様って?」
「ロディオ様は、ずっと昔からこの辺一帯の守神様なの。村の人々はロディオ様に祈りを捧げて、ロディオ様はこの地に恵みをもたらしてくれると言われているのよ」
「守神とはそんな大層なものではない」
アメリと俺の会話に突然混ざってきた奴がいた。地を響かせるような唸り声にも似たその声に背筋が凍るような思いをした。
しかし姿は見えずどこに居るのかキョロキョロと周りを見回す。
「こっちじゃ」
松明の灯に怪しく照らされた薄暗い洞窟の中、声のした方を見上げると怪しい二つの光が見えた。よく目を凝らしてみると、見上げた先に大きな狼の顔が現れた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「ロディオ様。お元気そうで何よりです」
叫び声を上げた俺の横でアメリはスカートを持ち上げ丁寧に挨拶をしていた。
「アメリ!!食べられる!食べられるって!!」
アメリのか細い腕を震えながら引っ張ってみるが、アメリはクスクスと笑いながら「大丈夫よ」と囁く。
ロディオは5mはある巨体で、洞窟の中のドームのような所に丸くなって寝ていた。
「アメリ。久しぶりじゃな。人間の顔は見分けはつかぬ。じゃが、アメリの気配を2つ感じる。これはいったい??」
「彼は洞窟燕ですが、能力を与えられた者なのです」
「洞窟燕?」
「はい。彼は変化を使える洞窟燕なのです」
自分の事のように嬉しそうに胸を張ったアメリが「見せてあげて」と言うので、俺はおっかなびっくり燕に変態した。
ロディオは驚いたように目を見開いたが「あの時の…」と呟いた。
何かを納得したように頷くと、スクっとおすわりの体勢になる。
『こちらへ来い』
ロディオが言った。
言っただけなのに、俺はその言葉に逆らえずにロディオの鼻っ柱に飛びついた。瞬間ーー
俺は光だし、ロディオの姿に変態する。
「ぐえぇぇ…」
狭い…。
いくらドームになっているとはいえ、ドームの中に巨大狼が2匹…。
俺は急いでアメリの姿に戻る。もちろん裸のおまけ付き。
(胸も尻もペッタンこで良かった…)
一瞬そう思って、ゴメンと心の中でアメリに謝る。
アメリは急いで服を持ってきて、洋服を着る手伝いをしてくれた。優しい子だ。女の子の価値は絶対に外見で判断してはいけないのだ!!
(服も一緒にコピーできれば良いのに…)
「ここで育った洞窟雀は、私の言う事に逆らえぬのじゃ。その代わり洞窟にいる間は他の生き物から私が守ってやっている」
なるほど、アメリの姿に戻って良かった。燕になっていたら言いなりだ。
そう言われて辺りを見回すと、飛び立った燕の巣が沢山あった。
古い巣から新しい巣まで。ここから何十、何百万の燕が飛び立って行ったのだろう。
「じゃが、お前は…私の管理する洞窟で殺生を行った燕じゃな?」
確信を持ったようなロディオの質問に、俺の背筋は再び凍りついたのだった。