6話 変態燕と少女の夢
「燕さんは能力持ちだったんだね」
服を借りた俺にご飯を出してくれながらお下げの少女、アメリは言った。
「能力?」
「そっか、燕さんだったから人間のことは知らないよね」
どうやら勝手に納得してくれたようだ。
彼女の説明によると、この世界には能力持ちというのがごく稀に存在するらしい。
それは植物を育てる能力だったり、力持ちだったりと色々らしい。
「私は生き物に懐かれる能力とでも言うのかしら?動物も魔獣も私に警戒しないわ」
「へぇー、便利な能力だねって…魔獣??魔獣がいるのか?」
「えっ?ええ。村の外には居るわ」
この世界、もしかしてもしかするのではないだろうか。
「魔法とか使えたりする??」
「私は使えないけど。でも使える人がいると聞いた事があるわ。それも能力の一つだと思うけど…」
どうやらアメリは魔法が使えないので原理が分からないようだ。
しかし魔法があるとわかった事実が大きい。せっかく転生したのだから魔法がないとつまらないではないか。
考える俺を見ながらアメリはパンを食べながらニコニコと笑っている。
「さっきは驚いたわ。最初に燕さんに手を出した時に逃げられてしまったから」
アメリは今まで動物に逃げられた事が無かったらしい。
「でもその後、あなたが追って来た時はもっとびっくりしたわ。この村には結界が貼ってあって、動物も魔獣も嫌な空気を感じて入ってこれないようになっているの」
村に入った時に感じた冷たい空気の事だろうか。
「でも同時に安心もしたの。私の能力がなくなった訳じゃなかったから。あ、でも人間には効かないと思うわ」
そうか、納得だ。
始めて会った少女がいくらニコニコと愛嬌が良くても普通は嫁にしたいなんて思わない。
ましてや、失礼ながら彼女は飛び切りの美人って訳でもないのに一目惚れなんて事も無い。
全ては彼女の能力に魅了され、彼女を追っかけ、ましてや嫁にしたいなどとこの年端も行かない少女に思ってしまったのだ。とりあえず今は人間の姿なので安心だ。
(よかった。ロリコンじゃなくて)
「それでね、この村の外に出られるのは私だけなの。村の外には魔獣が隠れていて、私以外の人が外に出るとみんな襲われちゃうんだよ」
「じゃあ果樹園はアメリが一人で手入れしているの?」
「うん。手入れできるのも取りに行けるのも私だけなの。本当はみんなお肉も食べたいって言うんだけど、私には動物達を殺すことなんて出来ないから」
自分に懐いてくる動物を殺す事は難しいだろう。彼女にとって動物は飼っているペットみたいなものだろう。
「そう言えば、燕さんの名前は有るの?」
ある。そこそこ古風な日本男児の名前だ。しかし、燕から変態したはずの俺が名前を持っているはずかない。
どう答えようかと悩んでいると、
「もしまだ無いのなら『ノア』ってどうかしら?ノアールって神様がいてね。命と永遠を司っているんだって。あなたは色々な人に姿を変えられるのでしょ。永遠に、命ある限りあなたが幸せでありますようにって」
「ノアか…うん…良い名前」
「そうでしょ?姿を変えられるなんて、まるであなたは神様に遣わされているみたい。とっても素敵ね」
ニコリと微笑むアメリにくすぐったい気持ちになる。
ばあちゃんが世話を焼いてくれた時と同じ感じ。
嬉しい。気持ちの悪い変態をする俺を受け入れてくれて名前までくれた。それに前世でも『素敵』なんて言われた事はない。アメリは若いのに褒め上手過ぎる…。
「そう言えばノアは元の燕の姿に戻れるの?」
「どうかな?やった事無いんだ。燕から姿を変えたのはアメリが初めてなんだ」
それから俺はアメリの家でお世話になりながら変態をスムーズに出来るように練習をした。
この村を観察していると、村人達はアメリに頼りきりのようだ。
果樹園の手入れはもちろんの事、木が必要になった時や羊の毛や牛乳が必要になった時、アメリは嫌な顔一つせず答えてあげる。
「ここから出れない村の人達は可哀想なの」アメリはそう言ったけど、これでは彼女の自由なんて全く無い。
3年前まで、この村は普通の村だったらしい。
それまでは弱い魔獣しか出現せず、悪さをする事も殆どなかったらしい。
他の村とも交流があり、特にこの村原産の果樹を目的に通ってくる商人もいたそうだ。
だけどある日を境に魔獣は凶暴になり、商人は護衛をやっとってここまで来ると果実代より高くつくと次第に足は遠のいていった。
こちらからも売りに行ければ良いのだが村の外に出られるのはアメリだけ。
まだ成人もしていない少女には難しいだろう。
村に結界が張られたのは3年前で、村人達が崇める神様が魔獣から村人を守る為に結界を張ったそうだ。その結界もいつまで保つか分からず怖々と日々の生活を送っているようだ。
アメリの姿になった時に彼女の大体の情報は手に入れている。
両親とは3年前に死に別れたらしい。それからは村の大人達に可愛がられているようだが。
「アメリは将来の夢とかないの?」
ふと気になる事を聞いてみた。
アメリは少しだけ考える素振りを見せると「村の人たちには内緒だよ」と人差し指を唇に当てる。
「もしこの村の問題が解決して村を出られたら生物学者になりたいの。この世界には私の知らない生き物がいっぱいいるもの。せっかく神様が私に与えてくれた能力なのに、それを使わないなんてもったいないじゃない!旅をして動物とも魔獣とも皆んなとお友達になるのよ。何歳になっても、何年かかってもよ。ウフフ。」
キラキラとした瞳で答えてくれる
俺は子供の時から夢など諦めていた。その日食うものもままならず、お腹いっぱい食べれればいいと、それだけが俺の望みだった。
彼女はこんな村に押し込められながらも未来を諦めて居なかった。
「アメリは結構ドジだからな!旅の途中で生き倒れなきゃいいけど!」
「ノア酷い!!」
(叶えてあげたいなぁ…)
軽口を叩きながらも、前世では早々に夢も幸せも諦めていた俺は、アメリに自分がなれなかった姿を重ねていたのかもしれない。