八章 リョース街道
秋の涼し気な朝の旅路は快適で自然に歩が進む。
双極半島は気候が良く夏と冬が短く春と秋が長い。
2500年前の絶滅戦争の頃は片田舎だったらしいが、現在では大陸でも先進的な地域で特に帝国の隆盛は文化的にも軍事的にも顕著だ。
「なあエリューヴィン・・」歩きながらシンが声を掛けて来た。
「ランツィ公の名を叫んでいたがどんな夢を見ていたんだ??」
「別に・・分かると思うけどあの時の悪夢よ。どうしても忘れらないあの悪夢。」
「そうか・・・俺には何も出来んがランツィ公に会ったら思いのたけを打ち明けてみたらどうだ。少しは気分が晴れるかも知れない。」
「そうね・・任務が優先だけど・・私にも知る権利があると思うわ。もしかして、ナターシャが私達を派遣するよう仕向けたのはランツィの動向を探る為であるのかも・・・」
「ハハハッゥ、我らが騎士様は何をぶつくさ言ってんだ??悪夢なんてそんなモン忘れちまえよ。」
ウィルが会話に割り込んできた。
「俺はな、自慢じゃないが嫌な事はすぐ忘れる。良い思い出だけ残して気楽な人生をエンジョイすんのが座右の銘だ。その点おめえは余計な苦労背負いこんで、悩み続ける辛い人生を送ってる。少しは俺を見習って楽に生きたらどうだ??」
私は溜息を付くと「ハァ・・アンタっていつも能天気で羨ましいわ。本当に見習いたいわねその性格。」
最大限に皮肉るが「へへっぅ・・だろ??」このお気楽な男には何を言っても無駄なようだ。
「ウィル・・人には時として誰しも忘れられない過去がある。安易に触れるな。」
シンが少し苛立ったように注意した。
「なんだよシン・・何かおめえの癇に障る事でも言ったか??」
「ああ。お前の人生観は実に結構だが俺には片時も忘れられぬ苦い記憶がある。嫌でも決して忘れてはならない苦悩の記憶が。」
「へえ、そりゃ大変だなさっさと解決出来ねえのか??」
「もちろんそのつもりだ・・・・が、決着したところで清算できる過去ではない。もう・・取返しが付かないからな。」
私は少し逡巡しつつ「シン、アンタの悩みぶちまけても良いのよ??私で良ければいつでも聞くわ。」と申し出てみるも「あぁ・・お前さんにはいつか話す時が来るかも知れん。だが今は俺の胸の内にしまっておく。すまんな。」
あっさり躱される。
「俺等仲間にも話せねえってよっぽどだな、こりゃ重症だ。爺さん、幸せになれる呪文でもあれば唱えてやってくれ。」
「ほっほっほ・・それではワシの忘れられぬ思い出を一つ。その昔教会に傷を負った若者が運び込まれての、治そうと治癒術を使おうとしたところが何を間違ったか火炎術でそのまま丸焼きにしてもうた。遺族には既に死んでおったから火葬しておいたと説明し事なきを得たがのう。」
「爺さん・・・それ笑えないわ。」嬉々として語るナッセルは頭が何処かオカシイのだろうか。それともそろそろボケてくる年齢か。
「アッハッハ、爺さん俺が傷付いた時は燃やさないでくれよ??トドメを刺されたらたまんねえや。」
「ウィル茶化さないの。ナッセル、時効だから聞かなかった事にしておくけど・・・今度それやったら容赦なくしょっ引くからね。」
「ほほっぅ安心せい、ただのジョークじゃ。ほれ死人に口なしと言うじゃろう。」
「どうだか・・・昨日の魔法の絨毯といいなんだか不信感が拭えないわ。潮時かも知れないからいよいよ引退して貰って代わりの従者を採用すべきかしら。」
「おっぉぉおお何たる事じゃっぅ今までのワシの貢献を無下にし脅迫さえするとは!!!今時の騎士は年寄りを敬う気すらないのか、この世の終わりじゃ!!!」大袈裟に天を仰いで叫ぶ姿は実に白々しい。
「おいおいエリューヴィン、ナッセルの爺さんはこれでも・・・」シンが弁護し始めたところで「ただのジョークよ。少しブラックだったかしら??」
途端にナッセルがニカッゥと笑みを浮かべ「分かっておったとも・・・ぬしがワシを捨てられるハズがなかろうて。やれやれ大根役者を演じるのも疲れるわい。」
「心臓に悪いぜ我らが騎士様よぉ・・まあそもそも俺がクビになってないんだから爺さんは生涯安泰だな。」
「あらウィル、自覚あったの??てっきり底抜けの天然かと思ってたわ。」
これみよがしに弄ってみる。
このうすらノッポな男にはさぞや耳が痛いに違いない。
「うっせーな、俺だってもっと役に立ちたい気持ちくらいあるんだよ。」
「ほっほ・・向上心があるとは若いのう、羨ましいわい。」「そうか巻物の扱い方で良ければ俺が教えるぞ。」ナッセルとシンが真剣な顔してうそぶくのが手に取るように分かった。
「おうよぉっぅ騎士に仕える従者として早く一人前に成りたい心得くらいあらあっぅ!!!」皮肉も通じない馬鹿が見栄を張るとはこの事か・・・
「感心感心、でも別に私は今のままでも良いと思うけど・・・元気とお人好しだけが取り柄のアンタでもクビになんかしないわ。誰がシャベル持つのよ??」
「なるほど?そこに惚れたのか。」「ちょっぅ・・馬鹿言わないでシン。憎めないってだけよ。」
「んん??よく分かんねえけど俺褒められてんのか??」「ほっほっほ・・ワシ等は誰一人欠けても第13騎士団として成り立たんって事じゃな。良いチームだとは思わんか。」
「お姉さん達、とっても仲が良いね・・・」ズクラッドがポツンと呟く。
「あら・・今はおチビちゃんも大切な仲間よ、気兼ねなく接してくれて大丈夫だから安心して。」
「うん・・・ありがとう。でもそれとこれとは話が違うんだ、冒険者ギルドじゃあディールの切れ目が縁の切れ目で本当の友達なんて居ない。互いに能力を補完しあってる仲はあってもそれは真の友情じゃないんだ・・・利用しあってるだけ。」
「なんだあ坊主、寂しいのか??どうら、よっこらせ」「わわわっぅ」
ウィルがズクラッドを肩車にして担ぎ上げた。
「ほらこれでチビの坊主でも話しやすくなっただろ。」
「高いっぅ高いって兄ちゃん!!!」
「まぁなんだ、俺等で良ければいくらでも話し相手になってやるからよ。なあ?」
「・・・俺は喋るのは不得手だから当てにしてくれるな。」シンが腕を組みながら即答する。
「へっぅ、相変わらずだなおめえはよ。我らが騎士様には心を開いてるが他の人間には冷たいもんな。」
「ウィルそれは言い過ぎ。シンは少し人間関係の構築に希薄なだけよ。私だって、最初の頃は・・・そうね、どう接して良いか分からなかったわ。」
「じゃあどうやって打ち解けたんだよ??」
「互いに訓練で剣を交えてみて実力を認めて貰った・・・で、合ってるかしら。」
「あぁ、それで十分だ。」
「不器用なんだね。」ズクラッドの無邪気な一言が見事に突き刺さるのをウィルが笑い飛ばした。「ははは、坊主の言う通りだなこりゃ。」
「確かに・・・一言多いな。」
「でしょ?まぁウィルみたいな誰とでもフレンドリーになれるのは一種の才能よね。」シンと頷き合う。
「何だよ城下町じゃおめえのが人気じゃねえか。」
「私は悪目立ちしてるだけ。あとはディールの切れ目が・・・ってトコね。」
「ほっほっほ・・・ワシも呪符石を購入する時だけはやけにモテるのう。こんなしわがれた爺でも真に受けてしまうわい。大事な顧客に媚を売るのは世の常じゃ。」
「へえ、そんなモンか・・・ところで坊主、冒険者ギルドで嫌な奴って居るか??ここで悪口言っても別に罰は当たんねえからよ。」
「そりゃ・・沢山居るよ。ヒステリックなエルフとか高慢ちきなドワーフとか舐め腐った態度を取るフェルマーだとか、話しかけてもシューシュー舌を回して侮蔑な眼差しを向けるだけのリザーディアンとか・・・色々とね。ホビットは軽視されがちなんだ。」
「リシャーヴョンはどうだ??少しは居るんだろう??」
「んん、陽気で話しかけやすいけど下働きが多いから苦労してるなぁ・・・ってのが本音かな。特殊技能に秀でた人材は騎士団に行っちゃうからね。」
「うへえ、雑用騎士団の更に雑用係の俺みてえな連中が冒険者ギルドにも居るのかよ。報われねえなぁ。」
「あらウィル、アンタが報われるに値する働きをした事ってあったっけ??」
「今坊主の愚痴を聞いてるだろ。」途端に私は噴き出した。
「ぶっぅ・・アッハッハ・・あぁ・・・そうね、聞いた私が悪かったわ。」
「分かりゃ良ーんだよ。」
得意気な顔のウィルの頭上でズクラッドが何やらモヤモヤしながら
「あと・・・ゼヴァンナが怖い。」ポツリと語る。
「ゼヴァンナ??誰だそりゃ。」
「事務員兼受付嬢やってるダークエルフのお姉さん。」
「あぁ・・アイツか。」
「私はたまに依頼しに行くけどいつも笑顔で機嫌も良いわ。一体何処が怖いのかしら??」
「それは表の顔だよ・・・ギルドマスターはグッドファイフだけど、実質的にリシャーヴ支部を仕切っているのはゼヴァンナだよ。あのお姉さんを怒らせたら良くて他の支部へ飛ばされる。」
「悪かったら??」
「消された上で登録抹消だという噂で持ち切りさ。まだオイラは見た事ないけどね。」
「・・・消すって穏やかな表現じゃないわね・・・それは殺人を意味しているのかしら。」
「だとしたら看過出来ないな・・」
私達は神妙な心持ちでズクラッドの話を受け止める。
「見た人の話によれば・・ゼヴァンナと言い争っているギルドメンバーが突然虚空に消滅してしまった・・・って証言だよ。その後ゼヴァンナは何事も無かったかのように鼻歌まじりに事務仕事に戻ったみたい。それが本当かどうかは知らないけど一つ言えることは現時点でゼヴァンナに逆らう者はリシャーヴ支部には存在しないって事だけ。」
「おいおい罰は当たらねえって言ったけど壮絶なカミングアウトだなぁ・・我らが騎士様どう思うよ??」
ウィルが答えに窮する無理難題を問うてくる。私に判別が付くハズもない。
「爺さん、何か分かる??」
「ふむ・・・ワシはよく知らんが時術か空間術もしくはそれらを組み合わせた時空術というのがこの世界にはあると古来より書物で推定されてるの。そしてその証拠としてファルナクスの異空間が挙げられる。」
「ファルナクスの異空間??初耳だわ。」
「俺も知らないな・・」
「大陸中西部にあるファルナクスという地で遥か昔に追い詰められた魔女が時空術を詠唱し周囲の時の流れを変えてしまったんじゃ。異空間の中心部は時がほぼ完全に止まった状態で騎士が魔女に剣を振り下ろす瞬間が700年前には既に確認されており今も尚その剣は魔女に届いておらぬ。半径30トーリアに広がる異空間は中心部から外周に行けば行くほど緩やかに時の流れが正常に戻っており後世に訪れた探検家が数歩近づくと光の明滅が繰り返され後ずさりした結果1カ月が経過していたという。今は柵で周囲を覆われ進入禁止となっておるが面白半分に弓を撃つ者が後を絶たず無数の放たれた矢がじわじわと数年単位0.1トーリア未満で、騎士と魔女に向かって宙を突き進んでおると聞いたわい。」
「へえ・・・物知りね、伊達に歳を喰ってるワケじゃない事か。」
感心しつつも自分の無知を恥じる。
「だが時空術を操れる者が居たとしてそれが何で冒険者、しかも受付嬢なんかやってるんだ??帝国の英雄にでも成れば良いものを。」シンの全うな指摘に一同沈黙する。
「・・・確かにそうね、証拠も無いワケだしおチビちゃんガセネタでも掴まされたんじゃない??」
「オイラだって詳しくは知らないよ。冒険者が四苦八苦で依頼を遂行するのをゼヴァンナはただサポートしているだけ。特別報酬も無いし臨時ボーナスも少ない裏方の事務仕事だから待遇は悪いハズさ。確かに特別な才能の持ち主なら帝国で一旗揚げようってなるのが自然かなぁ・・・」
「話を折って悪いがそろそろ次のトーリアストーンだな。」
「あらシン流石は流浪の民の末裔ね、ビンゴよ。」
太陽が昇り昼前時になった頃、私達はトーリアストーンまで辿り着くと休憩に入った。
「20分小休憩するわ。トイレや水分補給軽食その他は今のうちに済ませておきなさい。」
「おう・・ん??ガルムの牧場じゃねえかアレ。」
「あら本当ガルムが群れてるわね・・」
ガルムは大きく頑健な体躯をした四足獣で走る速さは馬ほどではないが耐久力に優れ荷物の運搬や人を乗せての長距離移動を得意とする家畜だ。主にリシャーヴ北部からミューンズドヴルメ地方で運用されロバよりも高値で売買される。
「エリューヴィン、そう言えばこの辺りからレンタルガルムが活用可能だぞ・・・ディールがあるなら徒歩よりも断然早い。」シンのアイデアが私達の前途に光明を見出した気がした。
「そうだったの??それは悪くない話ね・・・任務を手早く遂行するにディールは惜しまないわ。ちょっと待ってて、交渉してくる。」
「おう、我らが騎士様は値切りのプロだからな。」
「せめてそこは節約上手って言ってくれない??」