七章 ミューンズドヴルメ紛争
ここで私は本を閉じて時計を見ると「あっぅ・・いっけない3時過ぎてるわ・・」時計は3時半を指していた。
急いでシンの肩を揺らす「ねえ、シン起きて時間よ。」
「ん・・あぁ、もう3時か。」「3時半よ。」
シンは大きなあくびをすると「お前さん相変わらず小説に夢中になってたんだな、豆に読書をするとは騎士としての嗜みか??」それとなく聞いて来た。
「ただの趣味よ。私寝るからね、焚き木は集めておいたから足りなかったら補充よろしく。」くったくもない返事をすると焚火の前で横になる。
「了解だ。夜番は任せろ。」
「あと・・・」首を回してシンの方を見て「第16騎士団の者が接触してきたからまだそこら辺に居るかも知れない。しつこい様だったら追い返しておいて。」
「そいつは騎士か??」
「騎士よ。害は無いけど何を考えてるのか分かったもんじゃないわ。ったく、・・下手に共同作戦張ってランツィに知られたら態度を硬化させるだけって分かってるのかしら・・・厄介事は御免よ。じゃあ8時に全員を起こしてくれる??」
「あぁ8時だな・・良い夢を。」「ありがとう。」
私は燃える森の中を馬で駆け抜けていた。火矢が次々に降り注ぎそこかしこで延焼していく。森を抜けると広大なカレリア平原に数百名の兵が乱戦を展開していた。
第11・12・13騎士団が戦っている。
私は馬を走らせ乱戦の最中を「伝令!!!伝令!!!!第6・第7・第9騎士団がヴァルガリュシュの森でミューンズドヴルメ兵と交戦中!!!!」と叫びながら、突入して行った。
「エリューヴィン!!!」シンが敵兵を斬り捨てながら呼び止めた。
「シン、ロンシャイア騎士団長は!?」「単騎で敵陣奥深くに突撃した!!!狙いはランツィ・・元騎士団長だっぅ!!!!」
シンが指差す方向へ馬を向けると全力疾走してミューンズドヴルメ兵を振り切る。ところどころで顔面を粉砕されたり胴に穴が開いた死体が散乱している。怯えた様子の兵士がその殺戮の痕跡を眺めておりこちらへ注意を払う事もない。
間違いない、ロンシャイアはこの先に居る。神殺しの籠手の破壊の跡を辿って更に馬を走らせると遠巻きに集団が円を描いており皆がその中央部を向いているのが見えた。
私は馬から降りて兵士をかき分けながら前へ出る。誰も私を気にも留めない。
中央部にロンシャイアが居た。ランツィと睨み合っている・・・今にも一騎打ちが始まるや否やその瞬間をその場の全員が固唾を呑んで見守っている構図だ。
「ロンシャイア!!!」私は声を上げたが聴こえたのか聴こえなかった定かではないが全く微動だに反応しない。黙って神殺しの籠手に呪力をチャージしていく。
ランツィも二刀の愛剣ツィンファルカンに呪力を込めているのが分かる。
第13騎士団長と第16騎士団長の凄まじいまでの息を呑むほどの気迫が周囲の軍勢を制しているのが肌で感じられた。
口火を切ったのはランツィの方だった。
構えてファルカンを振り下ろしたと同時に、衝撃波と地鳴りのような凄まじい爆発がドドドドンと連鎖的にロンシャイアに直撃して・・その爆風で私を含めその場に居た全員が数トーリアほど木の葉のように吹き飛ばされる。
尻もちを付き慌てて立ち上がった私は立ち込める爆炎の中心で激しく打ち鳴らされる戦いの舞曲に目を凝らした。接近戦ならロンシャイアに負けは無い。彼の神殺しの籠手はあらゆる属性攻撃を無効化してしまう。
だがランツィが無策でツィンファルカンを振るっているとも思えなかった。籠手とファルカンが激突を繰り返す。数巡した後にランツィが引いた。
「流石だな、騎士団随一の実力者だけはある・・・しかし、ロンシャイアよ今日が貴様の命日となる定めだっぅ!!!!」ランツィは懐から金色に輝くアミュレットを取り出すとその呪力を解放させる。
途端に全身が黄金色に発光しだし無数の小天使が現れ呪術印字を彼の周りに紡ぎ始めた。「祝福か。逆賊が我らがリシャーヴの天使の力を借りるとはな。」ロンシャイアが忌々しく吐き捨てる。
天使の祝福・・・あるいは祝福とも略されるそれはリシャーヴ王国の騎士団長のみに与えられる天使の力を呪封されし宝石の加護であり、使用者には比類なき能力が備わるという話だ。
初めて見る美しくも儚い祝福の解放に私はランツィがこの戦闘に全力を掛けているのだと悟った。
「エリューヴィン!」私を追いかけて来たシンが息を切らしながら肩に手を当てて「敵陣のど真ん中だぞ・・・」と言いかけた途中で「ロンシャイア騎士団長とランツィ騎士団長!?まさか一騎打ちか!!!!」ハッとしたような声を上げる。
「分かってる・・・今からこの戦いの趨勢が決まるのよ・・」半ば放心状態で私は答えた。
この2人がこんな事になるなんて・・何故?ランツィがミューンズドヴルメを手中に収め、リシャーヴ王国に攻め込むような暴挙に出たのはきっと何か理由があるはず・・・そうよ、そうに決まってる・・
私に出来ることは・・?頭の中を支離滅裂な思考が交錯する。目の前の現実を認めたくない拒否反応に私は気が付かぬフリをして動揺を隠そうとした。
「フフッゥ・・圧倒的な呪力がみなぎって来るのが分かる・・分かるぞっぅ!!!!ロンシャイア、ワシはリシャーヴの力でリシャーヴを滅ぼす!!!!」
ヒュンッゥヒュンヒュンヒュンッゥ!!!回転する呪術印字から無数のレーザーが走ったかと思うと灼熱の光線がロンシャイアを後方のミューンズドヴルメ兵ごと薙ぎ払った。
ジュワァァアアッゥ!!!巻き添えを喰らった人であった者が下半身のみを残して蒸発して消えて行く。
ジジッゥジジッジジジジ・・・神殺しの籠手を交差に構えたロンシャイアが必死に耐えるがピキピキッゥ・・と籠手にヒビが入り徐々に砕けて行くのが分かる。
「ロンシャイアっぅ!!!」私は万一の時は使えと預かっていた祝福のアミュレットを投げた。
バキンッゥ!!!ジュゥゥウーーーッゥ籠手が片方割れて散り落ちレーザーが鎧ごと脇腹を貫通したその瞬間にロンシャイアはアミュレットを片手で受け取り片手で代謝機能の促進の接触呪文で癒しつつ祝福を解放した。
キィィイイーーーンッゥ!!!!身体が黄金色に輝き小天使により呪術印字を紡がれ始める・・・その圧倒的な呪力の増強により脇腹に空いた穴は内臓ごと蘇生され閉じて行った。
「ほぉう?流石の貴様も祝福を使わざるを得んか・・・だが一足遅かったな、籠手はもう一つしか残ってないぞっぅ!!!!獅子のロンシャイア敗れたり!!!!」
「ムゥゥウウンッゥ!!!!」溢れ出る呪力で空いた右手に呪術障壁のシールドを形成するとロンシャイアが真っ向から駆け出す。
ヒュンッゥヒュンヒュンッゥ!!!狙いを定めたレーザーが無数ほとばしり直撃したかに見えた瞬間、シールドが全ての灼熱の熱線を反射偏向させてその巻き添えを喰らった周囲の兵士達が蒸発していくのを見て「危ない!!!!」私はシンに抱き着いて地面に伏せた。
ミューンズドヴルメ兵が悲鳴を上げながら逃げ出して行く。
見上げると偏向されたレーザーが拡散して場は地獄絵図と化していた。
ガキャァァンッゥ!!!ランツィとロンシャイアの呪術印字が激突干渉しキュルキュル音を立てながら崩壊消滅して行った。
即座にロンシャイアが左手の神殺しの籠手を振るう。
「チィッゥ!!!」ランツィがツィンファルカンを交差させながら受けたかと思うとバキッゥ・・パリィィインッゥ!!!!ファルカンは粉々に打ち砕かれそのまま振り抜かれた籠手でランツィの鎧は砕け吹き飛んだ。
「グハッゥ・・」堪らず血反吐を吐くランツィをロンシャイアがバクンッゥ!!!と右手で殴りつける。
「貴様は楽には殺さんぞ・・リシャーヴの騎士として誉を受けて反逆した罪は何たるか存分に思い知れっぅ!!!!」そう言うと繰り返し右手で殴り続ける。
ガッゥドカッゥドコンッゥ・・・なぶり殺しだった。私は走り出すと両手を広げてランツィを庇った。
「もうやめて!!!」ピタリとロンシャイアの拳が止まる。
「エリュー・・・何をしとるか、そいつはリシャーヴ王国へ弓を引いた逆賊だぞ。退けっぅ!!!」
「退かないわ・・こんなの馬鹿げてるっぅ何で私達が殺し合わなければならないの!?」
憤怒の表情をしたロンシャイアは神殺しの籠手に呪符をかけながら「それはランツィに聞け。ユンフィニス・リア・エリューヴィン!!!!団長命令だ・・・今すぐ退け、さもなくば・・・」と続けた。
「さもなくば!?私はロンシャイア、貴方とランツィに育てられた・・・ランツィを殺したかったら私を殺してからにして。なら文句は無いわ。」
「ぐくっぅ・・馬鹿者が・・」籠手を収めながら苦渋の顔をするロンシャイアに「むぅ・・はっはっは、エリューに気勢を削がれたなロンシャイア。思わぬ助け船が入ったところで今回は退かせてもらう。エリュー、達者でな。」ランツィは接触呪文で回復しつつ打ち上げ閃光の呪文を唱える。
ッゥパァァアアアーーンッゥ!!!退却の合図だった。
ランツィは馬に飛び乗ると「また会おう!!!次は勝つぞ獅子のロンシャイアよ。」そう言うと退却していくミューンズドヴルメ兵の雲霞の中に混じって行った。
「ランツィ!!」私は叫ぶと跳ね起きた。
「なんだあ??ようやく起きたのか寝坊助。」そこにはウィルが野暮ったい顔をしてこちらを覗いている。「え??」
周囲を見渡すとシンが木に身を傾けておりナッセルが大あくびをして呑気に身繕いをしていてズクラッドがハーモニカを吹いていた。
どうやら悪夢を見ていたらしい・・・よりにもよってあんな記憶が蘇るなんて。
「お前さん、疲れていただろうから無理に起こさなかった。今8時半過ぎだ。」
シンが腕を組みながら申し訳なさそうに一瞥してきたのを「良いわ・・ちょっと気分は優れないけど相変わらず察してくれる配慮は抜群ねアンタ。」そう応えつつ「ウィル、シャベル頂戴。」と手に持っているシャベルを奪い取る。
「寝起きのトイレ行くから少し待ってて。」「あぁ了解だ。」
「我らが騎士様に一つご忠告、俺のデケェ一本野糞を掘り起こさねえようになぁっぅ!」
「ウィル、アンタ昨夜食べ過ぎたからよ!一緒にしないでくれる??」そう言うと茂みに入って土を掘り起こし用を足した。
戻ると全員出立の準備は出来ているようで私を待っている。
「さあて、皆出発するわよ・・天候が良い今のウチにリョースロヴナまで辿り着くのが目標ね。」
「へっぅ、夜道を歩くのを考えりゃ楽なモンだ。坊主の負担も減るしな。」
「オイラは別にどっちでも良いや。兄ちゃん小鳩がカラスの空腹を心配をするって知ってる??」
「なんだそりゃ?」
「ホビットにある伝承でおせっかい焼きの小間使いを現した諺さ。兄ちゃんに心配されるまでもないって事。」
「ハッゥ、言うじゃねえか小生意気な坊主だな!!!」怒り心頭のウィルが両手でズクラッドのこめかみをグリグリと圧迫する。
「痛っぅ痛いって・・やっぱりリシャーヴョンは怒りっぽいって本当だ!!!」
「ちょっとウィルやめなさい、一言多いおチビちゃんもどうかと思うけどアンタの感情の起伏もよっぽどだわ。」私はそう言うと手でウィルを制した。
「へいへい、我らが騎士様がそう仰るなら勘弁してやるよ。」
「ほっほっほ・・・若いのう、ワシは馬鹿にされても血気盛んなお主と違って何とも思わんわ。無視されるよりかはいくらか楽しめるしのう。」ナッセルの爺さんが聖職者としての矜持を立ててるつもりか知らないが天使の後輪を三度拝んで踏まずの精神はこの似非神父になど無い。
「エリューヴィン、駄弁ってないでそろそろ出発しよう・・・」
「シンの言う通りよ。さあさあ歩いた歩いた!!!」
こうして我々は朝日が昇る快晴の中、荷物を背負って出発した。