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四十七章 ようこそミュータンポへ!!!

馬車が走り続けてどのくらい経過しただろうか・・・昼過ぎ頃にカラッカラッゥと車輪の回転する音が軽くなり間も無く停止した。

コンコンとノックの後に扉が開くと

「馬を交換します、1時間と少しお待ち下さい。休憩用に貸し切りの宿場を手配してありますので。」

隊長がそう述べて目の前の建物を指し示す。

「ん、助かるわ・・もう身体が硬くなって悲鳴を上げる寸前。」

外に出て辺りを見渡すとすっかり寂れた町で「ようこそミュータンポへ!!!」とアーチ状の看板が遠目に見える。

「どうやらこの地はまだ帝国の資本が投下されてないようだな。」

シンがポツリと口にした。

「そのようね。リシャーヴ王国に近いから昔は交通の要衝だったんだろうけど・・栄枯盛衰が窺えるわ。」

「くぅぅ~~っぅこの坊主とんだイカサマ師だぜ。12回も勝ちやがった!!!」

ウィルが何やら叫びながら馬車から飛び降りて来た。

「イカサマだなんて、兄ちゃん証拠はあるのかい??」

ズクラッドが続けて馬車から飛び降りながら澄まし顔で応じる。

「ぐぐぐ・・証拠が見つかってたらとっくにタコ殴りにしてるってばよ。」

「ほっほっほっぅ・・何しろホビットは手先が器用じゃからのう。細工や仕掛けはお手の物じゃ。」

「爺さん、最後の3連勝はありゃ呪術を使ってただろ!?反則だろって。俺1回も勝てなかったぞ・・有り得ねえ。」

「知らんわ。凡人は博打で負けが込むとぬしのような言いがかりをするのが世の常じゃ。」

「だから言ったじゃんオイラに勝てたら2倍でも良いよって。」

3馬鹿トリオが騒がしく言い争うのを見て私は肩を竦めた。

「あ~あ、嫌よねぇ賭け事の醜い争いって。」

「ああ・・全くだ。剣で己の命を賭ける事に比べたらくだらん。」

シンの意外な返答に思わず目を丸くする。彼が独り旅を続けてこれたのもその剣の腕前在りきでの話だろう。

「良い??みんな、ここで1時間ばかり休憩よ。食事とトイレは済ましておくように。」

「へいへい、最悪な気分を紛らわす為に旨いモンでも食べますか。」

「で、いくら負けたんだ??」

シンの問いにウィルは首を振って

「訊かないでくれ・・もう二度と坊主とは賭け事しねえからよ。」

低い声でげんなりとぼやく。

「あはっぅ敗北宣言かい??オイラまだまだ本気出してないんだけど。」

ズクラッドは陽気な口調で両指をパチパチと打ち鳴らして、ビシッゥと人差し指で決めポーズをする。

「悪いけどおチビちゃん、小遣い稼ぎなら余所でやってくれないかしら。ウィルをカモにしないでくれる??」

見かねた私は口頭注意するもズクラッドは口笛を吹いて知らん顔だ。

「オイラの得意分野に片足突っ込んだんだから当然の結果さ。」

「この小僧め、天罰が下っても可笑しくない悪鬼じゃのう・・」

ナッセルが悪態を付くが・・そもそも聖職者が賭け事をするのは何か間違っている気がする。

そうして私達は宿屋の扉を開いて建物の中へ入った。

「おおっぅいらっしゃい、また来たねお客さん達。全てのサービスは無料ですよ、気兼ねなく注文して下さい。」

カウンター越しに店主が笑顔で迎えてくれた。たっぷりと貸し切り賃を頂いてるに違いない。

「ええ、好きにさせて貰うわ。」

木製の長いテーブル席に着席すると

「ホット珈琲、ブラックで。」

「相変わらずコーヒーかよ・・俺はレモネードだ。」

「オイラは生姜湯を貰おうかな。」

「ワシは水でええ。」

「そうだな・・赤ワインの水割りを頼む。」

全員が飲み物を注文するとメニュー表を開く。

「・・このシスコーニャって何かしら??」

「それはクレープ生地に刻んだ豚肉と野菜を詰め込んで折り畳んだ軽食だな。美味いぞ。」

伊達に双極半島を旅して来てないシンが物知り顔で教えてくれた。

「ふーん・・じゃあシスコーニャとパンとクリームシチューを。」

「俺は濃厚ソースポテトベーコンサラダにとっておきの焼きベーコンにヘルマンキって奴を!!!肉喰うぜ肉っぅ!!!」

「ヘルマンキ??」

はしゃぐウィルを余所にシンと顔を見合わせる。

「米をトウモロコシとチーズとバター、スパイスで和えて煮込んだ料理だ。好みが分かれるが俺は嫌いではない。」

「へえ、アンタって料理の事なら何でも知ってるわね・・」

シンの説明に感心の声を上げる。

「子供の頃から旅の連続だったからな。だがマトモな料理にありつけるのは週に1、2回程度だった。旅の大半は干し肉と粟と稗に味のしない堅パンで飢えを凌いだものだ。」

「そんな糞みてえな粗食でよく剣技を磨ける体力が付いたもんだぜ。俺にゃ想像も出来ねえ。」

ウィルがシンの身の上話に口を挟む。

「生きる為に犯罪もしたさ。必要に迫られて剣の腕も身に付いた。」

「へえ、おめえが命のやり取りが得意なのは餓鬼の頃からか。おっかねえな。」

「安心しろ、今は分別くらい備わってる・・当時の俺は親は当てにならん上に妹の面倒も見る必要性があった。大の大人でも斬り殺す恐ろしい子供だったろう。」

「王都で何一つ不自由なく育った私からしたら複雑な心境ね・・10歳の頃までの記憶は無いけど。」

「ああ・・正直、お前さんと初対面の時はこんな小娘いびってやろうかと思ったものだ。」

「あら、私だって何を考えてるのか分からない無口な変人が来たとしか思わなかったわ。」

「フッゥフフ・・」

「ぷっぅあはははっぅ」

私とシンは同時に笑い声を上げた。

「それが今や相性が良いと認め合う仲なんだから世の中分からんモンだぜ。」

「ウィル、それは違う。俺はただ役割分担をしているだけだ。」

「・・・・」

途端に私の顔から笑顔が失せる。そう、シンは私に特別な感情なんて抱いて居ないのだ。

「話が長くなったな、俺はたっぷりアサリの白身魚ムニエルと黒糖レーズンパンを頼む。」

「ワシは鮎の塩焼きを所望するぞ。肉は胃もたれするし臭くてかなわんワイ。」

ナッセルが贅沢な川魚をチョイスしたのは滅多に食べられないからだろうか。

「爺さん魚が好きよねぇ・・年齢かしら。」

「おぬしも歳を重ねたら分かる。人間は魚で健康長寿に成れるんじゃ。」

「おいおい爺さん、一体何歳まで生きる気だよ・・もうポックリ逝っても良い歳頃だろ。」

「んん~~オイラは・・そうだね、ズバリ!ハンバーグと旨味抜群キノコのソテーをよろしくっぅ!!!」

「かぁぁーーっぅ坊主、何でも無料なのにキノコなんて喰うのかよ!?」

ズクラッドはイチャモンを付けるウィルに分かってないなぁとばかりに両手の平を振って見せ、

「兄ちゃん、美味しいキノコのソテー食べた事無いのかな??人生変わるよ??」

「ケッゥ・・こちとらキノコで変わるくれえ安っぽい人生歩んでねえってんだよってやんでい!!!」

途端にドッゥと場が沸いた。

「ひぃっひぃっぅww横腹が痛いwwちょっとウィル勘弁してよ!!!」

「ぶぷっぅぶっぅふ・・はははっぅ・・良い冗談だなウィル。」

「アフヒャヒャヒャ・・ウィルよ齢何年じゃったかのう。フヒヒッゥ・・」

「何だよ何が可笑しいんだよ!?俺は19年真摯に生きて来たってのによ!!!」

ウィルの物言いに私達は更に笑い転げる。

「兄ちゃん天然だね・・何の才能も無いのにどうして騎士団に居るの??」

突然場が静まり返った。

「おチビちゃん、言って良い事と悪い事があるでしょ。ウィルは大切な仲間なの。」

「やはり一言多いなこのホビットは。」

「うむ・・部外者にそこまで言われる筋合いは無いのう。」

全員が冷やかな視線をズクラッドに浴びせる。

「でっぅ・・でも冒険者ギルドだったら間違いなく冷遇されてネズミ喰いだよっぅオイラは20年以上勉強もして経験も積んで・・」

「黙りなさい。冒険者ギルドの話なんてしてないわ。」

「俺の妹もいわゆるネズミ喰いって奴だったが・・だから何だ??存在まで否定するのか。」

「才能があれば他者を見下して良いとは天使の教えにも載っておらぬわ。」

「うぐぐ・・」

「なぁっぅなあっぅそこら辺で許してやってくれよ。俺に才能が無いのは俺自身が一番よーく知ってる。坊主に悪気は無かったんだっぅ!!!」

ズクラッドを含む一同がウィルの訴えに注目した。そう、この男の良さとは他者への思いやりと情が深いという点だ。

「アンタがそう言うのなら・・情に流されやすくてお人好しなのは欠点でもあるけど・・そういうトコ、嫌いじゃないわよ。」

「偉いのう、ワシじゃったらブチ殺しておいたトコロじゃぞウィルよ。」

「・・連邦では侮辱は決闘罪にも成り得る。俺なら剣を抜いて黙らせるが、お前がそれで良いなら文句は無い。」

「はは・・兄ちゃん、ありがとう!!!オイラが悪かったよ。」

「分かれば良いんだよ。俺は無用な諍い事は御免だからな。」

その時注文しておいたドリンクが運ばれて来た。

「みんな、良い?今後はもう二度と美食を味わう機会が無いわ。質素倹約のいつもの雑用騎士団に出戻りよ。」

「これで食べ収めか。ジャガイモや豆を齧る日々に戻るのも仕方あるまい。」

シンは巻物代金に給与の大半を充てており元々粗食なので問題なさそうだ。

「とは言え王都の飯屋の味も悪くねえぜ。ただ詰所での夜番の食事はありゃヒデエもんだ。」

ウィルが詰所で私が備蓄している食料に文句を付ける。

「貧困騎士団なのだからしょうがないわよ・・給与払うので精一杯よ。」

受け取る騎士団支給額は雑費を除くと綺麗に4等分しているので、私だって生活は苦しい。

「ワシは焼き魚さえ喰えれば不満は無いわい。夜番はもう少し干しいりこを多めにして貰えると助かるのう。」

ナッセルは魚さえ与えておけば何でも良いようだ。苦い干しいりこならいくらでも買ってやる。

「オイラは報酬金でしばらく豪遊するよ。冒険者は身体が資本だからね。」

ズクラッドはどうせ薬物を頭がパアになるまで吸うのだろうから勝手に野垂れ死にすれば良い。契約期間さえ順守しておけば後の事は知った事では無い。

「それじゃ最後の美食に乾杯しましょ!」

「おうよ!」

「ああ。」

「ほっほっ・・」

「タダ飯万歳!!」

カチーンとコップやグラスをぶつけ合って銘々が飲み始める。

「この素晴らしい香りのキトリニア産の珈琲も悪くないけど・・あの珈琲の味わいに比べたら霞んでしまうわ。」

「あのコーヒー??おめえのお気に入りのリトベスタ産か??」

ウィルがレモネードを片手に飲みながら訊いて来た。

「いいえ、夢の中で人生最高の珈琲を堪能したのよ。ほらオークション会場で私、意識を失ってたでしょ。」

「心底人が心配してたのにコーヒーの夢なんて見てたのかよ。こりゃ末期症状だな手の施しようが無え。」

「確かヴェルドラって言ってたわね・・」

「ああ、あの胡散臭い、いけ好かない野郎か・・我らが騎士様にベタ惚れしてたな。」

「いつか彼に会いに行く必要性があるかも知れない。」

「ハァ!?冗談は止せって、あんな男の何が良いんだ??しかも冒険者ギルド本部だぜ??」

「彼は言ってた、最高の珈琲をご馳走しますともって。確かめてみたいの。」

「ウィルの言う通りだ。止めておいた方が良い。」

シンがワイングラスを傾けながら横から口を出した。

「エリューヴィン、俺の感だが・・アイツは人を何人も殺した眼をしていた。」

「へえ、アハリルと同類ね・・私を殺せたら大したモンだわ。」

「いかん、いかんぞっぅアヤツは暗黒呪文の使い手じゃ。ルの者と通じておる。」

水をチビチビと飲んていたナッセルが警告を発する。

「アハリルよりも危険じゃ。観光本部長とか申しておったが・・とんだ跳ねっ返りの呪術士じゃ。」

「でも・・帝国の皇帝ほどの力は無いんでしょ??」

「そうじゃな・・文献に寄ると皇帝は数千年程生きておる現人神であり大陸最強であった英雄王ルアオッドに勝るとも劣らずの実力を秘めておるのは確かじゃのう。」

「彼は私の生い立ちや運命に付いても知っている素振りを匂わせていた。私は真実を知りたいのよ。」

「お前さんがそうまでして渇望するのなら俺からは何とも言えん。」

シンは私の信念が堅いのを見て取って匙を投げた。

「でもよぉ・・バン・ガリトゥーレだなんて双極海のど真ん中だぜ?長期休暇でも取るつもりかよ。」

「お、兄ちゃんそこまでは知ってるんだね。バン・ガリトゥーレは冒険者ギルドが総力を結集して造り上げた人造島さ。」

ウィルにズクラッドがしたり顔で誇らし気に語る。

「さあね。いつかの話よ。10年後かも知れないし・・今はまだその時じゃないわ。」

「お姉さん、冒険者ギルド本部勤めならエリートだよ?結婚したら幸せになれると思うけど。」

「おチビちゃん、馬鹿言わないで。誰があんな軽薄に甘い言葉を囁く男と・・」

ズクラッドの無邪気な提案に私をそっぽを向いた。

「冒険者ギルドは双極半島のみならず、大陸中に根を張っている・・その影響力は帝国以上かも知れん。」

ワインの水割りを呷ってシンがポツリと呟く。

「オイラのような底辺には縁がないけど・・全ての冒険者にとってバン・ガリトゥーレは憧れの地だね。」

「へえ、誰でも行けるワケじゃねえのか・・坊主、行ってみたいのか??」

「もちろんだよ。ギルドマスターか四つ星以上の冒険者或いは招待状を受け取った部外者しか入れないんだけどさ。」

「俺もバン・ガリトゥーレには行った事が無いな・・帝国からも連邦からも干渉を受けない自由と楽園の島とは聞くが。」

「ハハッゥ自由と楽園?お兄さんよりも腕が立つ冒険者がゴロゴロ居る魔境だよ。冒険者同士の殺人は罪に問われるけど部外者はどうだろうね。」

ズクラッドがシンの発言を鼻でせせら笑う。

「そういやリシャーヴの冒険者ギルドで出会ったハーフの吸血鬼はバン・ガリトゥーレに長い事滞在してたとか坊主が言ってたよな。」

思い出したかのようにウィルが語り掛けた。

「ガリアトスの事だね。アイツは珍しい存在だから保護されてたんだギルド関係者の良心によってね。」

「ギルド関係者の良心・・ね、そんな慈悲深い連中だとは思ってなかったわ。」

「けど2年前にロア・ファキマが変わちゃってね。居心地が悪くなってリシャーヴに流れて来たみたい。」

「ロア・ファキマって??」

「冒険者ギルドの最高指導者の事さ。終身制で、各支部のギルドマスターが1票、本部の部長級以上が1票で投票をするのさ。」

「ほっほう、じゃが誰が指導者に成っても冒険者のやる事は変わらんじゃろう。」

普段から冒険者を小馬鹿にするナッセルがここぞとばかりに口に出す。

「そんな事ないよ!!特に2代前のロア・ファキマは法のコドラックって呼ばれたエルフが104年も務めてね・・冒険者同士の争いを厳罰に処すルールを制定したんだよ。おかげでその時代はコドラックの安寧とも呼ばれる多くの冒険者に歓迎された治世だったんだ。」

「冒険者が喧嘩っ早いのは知っている・・無論、例外なく剣で応えて来たが。」

シンがワインを軽やかに混ぜながら遠い目をして過去を掘り起こす。

「冒険者って言ってもピンキリだからね。チンピラ崩れから、誰からも尊敬される偉大な人物まで千差万別さ。」

「そりゃそうだ、坊主みてえなヤク中も居るしな。」

「うるさいやい!オイラくらいの薬物摂取は珍しくも無いってば。」

そうしている内に料理が次々とテーブルに運ばれて来た。

「さ、じゃあ今後の英気を養う為にも食べましょ。無事帰国するまでが仕事よ。」

「我らが騎士様よ、言われずとも喰うぜ。飯が冷めたら台無しだ。」

黄色いクレープ生地のシスコーニャを一つ摘まんでガブリと喰らい付くと豚の挽肉と野菜のミックス加減が絶妙な旨味が口内に広がる。

「ん、美味しい!!ニラとピーマンが入ってるわね・・これはソースの配分が絶妙だわ。」

「俺にも一つ寄越せよ。全部食べたら太っちまうぜ??」

「もちろんよ、シェアする為に注文したんだから。」

私の返事を待たずにウィルがシスコーニャを搔っ攫ってパク付いた。

「おっほう、こりゃ旨えな。ピッツァと違って生地が薄いからパンに合うぞ。」

「じゃあ代わりにとっておきの焼きベーコン1枚貰うわね。」

「おうよ、どうせ王都に帰ったら肉なんてそうそう喰えないんだ。喰える内に喰っとこうぜ。」

残りのシスコーニャを口の中に放り込むとまるでステーキのような肉厚のベーコンを皿に移す。

ゴクリと喉が鳴る。見るからに・・規格外のとんでもないベーコンだ。

ナイフで切り分けてフォークを一刺しすると脂身が溢れ出て滴り本能的な脳の欲求に身を任せて夢中で齧り付く。

「こんな肉厚でジューシーなベーコン初めて!!!んん~塩胡椒が抜群ね!脂身が病み付きになりそうだわ~。」

舌が快楽の余り痙攣するのを抑えきれずに自然と笑顔になる。本当の幸せとはこの事か。

「ああ、口惜しいが感謝祭のウィンナーよりも旨えっぅ!!!くぅぅ~~人生最高のベーコンに乾杯だっぅ!!!」

私は珍しくもウィルに共感を寄せた。舌馬鹿でも流石にこのベーコンの味の違いは分かるようで上機嫌で頷く。

「シン、アンタの料理はどう??」

「・・見ての通りだ。アサリがたっぷりでワインに良く合う。」

感情を帯びぬ彼らしい返答に私は「そう・・」と少し残念そうな相槌を打つ。

食事を共に楽しめないと有らばそれは私の責任だ。

「シスコーニャ一つどう??」そう言いながら皿を突き出した。

「ああ・・貰おうか。これを喰うのは随分と久しぶりだな。」

シンはひとつまみするとムシャリと頬張る。

「うん、これだ。懐かしい味だ・・子供時代を思い出す。」

「へえ、子供の頃によく食べてたの??」

「いや、そうじゃない。旅の途中で飢えた時に、俺は妹を連れて料理店に物乞いをしに行った事がある。残飯目当てだな。」

「子供に残飯を恵んでくれる素晴らしいお店の体験談かしら??」

「そう現実は甘くない。店の連中は良い顔をしなかった・・当然だろう。地元民でもない悪評名高い流浪の民リーヴェの末裔だ。」

「どうせおめえの事だから、可愛気の欠片も無えクソ餓鬼だったんだろ。門前払いされて当たり前だって。」

ウィルがベーコンをクッチャクチャと味わいながら減らず口を叩いた。

「・・だから妹を連れて行った。少しでも情に訴えかける為に。」

「で?それからは??」

私はクリームシチューをパンで掬いながら話の顛末を急かせる。

「罵声を浴びせる店員と向き合う中、シスコーニャをテイクアウト注文をした男が足を止めた。」

「飢えた子供が困ってるなら私だって見過ごせないわ。」

「ほっぅおぬしはただのカモじゃな。乞食に餌をやると縁者丸ごと押し寄せて来るわい。」

ナッセルの爺さんが鮎の塩焼きをほじくり返しながら嫌味を言う。

聖職者の癖に貧困に喘ぐ者に情け容赦が無いこの爺は何様のつもりなのか。

「その男は腹が空いてるのか、これを持って帰りなさい・・と大量のシスコーニャが入った紙袋を手渡してくれた。」

「良い思い出話じゃない。見知らぬ者からの親切は心に残るって言うわ。」

シチューの味が染み込んだパンを千切り食べながらほっこりとした気分になる。

「これには続きがあってだな・・」

「・・だろうな、陰気臭えおめえが覚えてるって事は少なくとも明るい話題じゃねえ。」

「ちょっと、ウィル!!」

私が注意するにも関わらずシンは話を続けた。

「俺はシスコーニャを2つ貪ると残りは妹に持ち帰らせてその男の後を付けた。」

「何故??感謝の言葉を送りたかったから??」

シンは自嘲気味に笑うと「お前さんとは育ちが違うからな・・」と前置きしてから

「他人に施しをする余裕があるなら金持ちだろう・・そう俺は判断した。」

「それってつまり・・」

「ああ、強盗殺人をするつもりだった。」

その一言で一同が静まり返った。

長い沈黙の後、私は重苦しく言葉を発する。

「間違いは誰にでもあるわ・・でも1度や2度の行為じゃない・・そういう事よね。」

「当時、俺が犯罪に手を染めて金を持ち帰る度に両親は手放しで喜び褒めてくれた。それでこそリーヴェの末裔だと。自分と家族が生きる為にはこの道しかないと信じ切っていた。豊かな奴から奪って何が悪い、社会の最下層民として当然の復讐の行為なのだと。」

「恐ろしいねえ・・筋金入りの殺人鬼かよ。どうやって更生したのか知らねえが、戦闘狂なのは今も変わらねえな。」

そこでシンはアサリと白身魚ムニエルを口にするとワインを一気に呷った。

「ところが男が帰宅したのはとんだあばら小屋で中から子供の声が聴こえる。ねえパパ、月に一度のごちそうの日なのにシスコーニャは無いの?シスコーニャが食べたいよう、とな。男が今月は無しだよ、来月まで我慢しなさいと諭すように言うと子供が嫌だ嫌だ、食べたいよう・・と駄々をこねる。」

「痛ましい話ね・・施しをしてくれたのは貴方とそう変わらない貧困層だったのね。」

「俺は己の残忍かつ浅ましい心を恥じた・・忘れもしない、10歳の頃の話だ。」

「・・して、おぬしが犯罪から足を洗ったのはいつじゃ??」

ナッセルが鮎の内臓を突きながら質問を飛ばす。

「15歳の頃だな。両親と妹に別れを告げて独り立ちしたのを機に、足を洗った。独りならば罪を重ねなくとも剣の腕前で食べていく自信があった。」

「その後は定職に就かず独り旅よね??」

「ん・・なんでもやったさ。用心棒、護衛、道場破りに決闘、剣術の指南・・巻物を使う事も覚えたな。」

「全部聞かせて貰ったけど、何で冒険者ギルドに加入しなかったのか不思議でならないよ。」

それまで黙っていたズクラッドが疑問の声を上げた。

「俺は元来からして群れるのは好みじゃないからな。砕いて言えば、組織に収まる性質じゃない。」

「でも今は騎士団に在籍してるよね??」

「事情があっての事だ。お前に話すつもりは無い。」

「ふーん・・変わり者だね、お兄さん。」

「ぶひゃひゃひゃっぅよぉっく分かってんじゃねえか坊主、コイツは本当に捻くれた変わり者なんだぜ。」

ダンダンと机を叩きながらウィルが嬉しそうに嘲笑う。

「それはそうと坊主、やけに美味しそうにキノコ喰ってんな・・そんなに旨えのか??」

「もぐもぐ・・んん、オイラのキノコのソテーはやらないよ。気になるなら自分で注文してみれば??」

そう言いながらむしゃぶり尽くす。

「あぁ~・・こんなバターのコクとニンニクの風味が調和した素晴らしいキノコを味わえない可哀想な誰かさんの惨めな人生を想うと不憫でならないよ。」

ズクラッドの嫌味たらしい言いっぷりにヘルマンキを食べていたウィルのスプーンが止まった。

「ぐくっぅ・・言ってくれるぜ。おやっさん、キノコのソテーを追加注文頼むっぅ!!!!」

「あいよぉー。」

「ウィル、いくらなんでも食べ過ぎよ。」

「いいや、ここで引き下がったら男が廃るってモンだ。止めないでくれ。」

「面白い、俺も同じ奴を一つ頼む。」

ついでにシンも乗った事に私は驚きを禁じ得ず口をパクパクさせる。

「・・えぇ??どういう風の吹き回しかしら。」

「これが最後の美食なのだろう??存分に楽しむさ。」

「おうっぅシンの言う通りだぜ。我らが騎士様も一丁どうだ!?」

「私は遠慮しておくわ。もうお腹が一杯よ。」

この2人が変な所で意気投合するとは珍しい事もあるものだ。


そうして私達は料理を舌鼓しつつ雑談に花を咲かせ・・つかぬ間の休息を気ままに楽しんだ。

掛け替えの無い語り合える仲間というのは計り知れない価値のある宝だと痛感する。

そう・・人は独りで生きていくのは難しい。孤独を恐れる弱さが人の絆をより強固に、確かなモノとする。

例え弱者の馴れ合いと呼ばれても構わない・・それが私にとって心地良いライフスタイルであり人生の揺り籠なのだから。

「失礼、馬の交換が終わりました・・いつでも出発可能です。」

お楽しみの時間は唐突に終わった。隊長がドアを開いて催促の言葉を述べて、私に判断を求める。

「・・良い?みんな、10分後に出発するからトイレは済ませておくように!準備が遅い者は置いてくからそのつもりで!!!」

即座に気持を切り替えてリーダーシップを発揮した。本来私はリーダーの器に非ずと認識しているが従者を動かすのも騎士たる者の務め。

第13騎士団長のロンシャイアが隠遁生活をしているのでは致し方ない。彼とその神殺しの籠手ならばルの者とて怖くないのだが。

「店主、この町に薬屋はあるかしら??」

ふとこの先を案じる。大事な備えをしておかなければ。

「ああ、それなら店を出て左方向に20トーリアも歩けばすぐだ。」

「だって。ウィル、トイレの後で良いから酔い止めを買っておいてくれる??」

そう言いながら4ディール銅貨を手渡す。

「俺かよ!?まぁ良いけどよぉ・・」

「1ダース程よろしく。釣りは要らないわ。アンタの小遣いにしなさい。」

「へいへい、了解。釣りでビーフジャーキーでも買いますか。」

「オイラも一緒に行くよ。」

「げげっぅ坊主、まさかヤクを買うつもりか!?」

「違うって!!睡眠薬を買っておきたいだけだって!!!」

ズクラッドがムキになって否定する。よほど私のビンタが堪えたようだ。

「エリューヴィン、ここのトイレは田舎にしては水洗式で快適なのが売りだな・・水を引いてある。」

一足先にトイレに行ったシンが上機嫌で語り掛けて来た。

「文明的よね・・美食の後に汚物の臭いなんて勘弁だわ。」

「大陸にはトイレという概念が存在しない地域もあると聞く・・不衛生で、疫病が発生するのも事情があるという話だ。」

「やだ、何処の野蛮人かしら・・トイレが無いだなんて想像もしたくないけど。」

私はウェッと舌を出して不快感を露わにする

「かのファルギルダイテの決戦で投石機で飛ばす石が尽きた時に人糞を詰め込んだ樽を飛ばしたという逸話がある。」

「へえ・・まさかそれが決定打だったとか!?」

「そうだとしたら面白いな。文字通り糞喰らえって奴だ。」

「ほっほっほ・・おぬしらは知らんであろうが、かつて天使の輪に糞は乗るのか??と試した君主が居てのう。」

「爺さん、何よそれ。罰当たりにも程があるわ。」

「もちろん天使の怒りに触れ雷に身体を焼かれたんじゃが・・」

「で、乗ったのか??」

シンが興味深げに訊いた。

「いや、素通りして頭に乗ったらしいのう。その天使は後々に聖なる糞頭のラ・ミレイアスと呼ばれるようになったんじゃ。」

「また一つ、意味の無い無駄な知識が増えたわ・・」

「ユーモアのあるワシの知識を何たる言いぐさじゃ。」

「天使って言っても多種多様よね・・私達の守護天使ラ・メディス・アルティーナは寛大かつ強大な天使だけど。」

「まあのう・・しばしば最強の天使と呼ばれる、織天使ファヘルダルクシアは人や悪魔を手の平で転がして楽しむ悪癖があるという話じゃ。」

「ラの定冠詞が乗らない天使って珍しいわね。」

「戦闘用の天使として創造された特殊枠のようじゃ・・ルの者を9999匹倒して序列1位の悪魔ラギス・ラギュアにルの者の遺灰で作ったネックレスを送り付けた嫌味たらしい逸話もあるのじゃ。」

「我らが騎士様よ、酔い止め薬を買って来たぜ。15個だ。」

丁度その時ウィルが薬屋から戻って来た。

「あら、ありがとう。1人3個づつ分けましょ・・隊長さん、準備が整ったわ出発お願い出来るかしら。」

「はい承知致しました・・」

「ご主人、美味しい料理をありがとう。もう会う事も無いだろうけど。」

去り際に店の主人にそう礼を言うと

「なぁに食事を楽しんで貰えて何よりでさあ。お客さん達の良い喰いっぷりを見届けて満足ですよ。」

店主は揉み手で顔を綻ばせながら応じる。人柄が良いのか貸し切り賃にご満悦なのか知らないが・・

「じゃあ国境までよろしくね。」

酔い止め薬をパクッと口に含み隊長にそうお願いしてから馬車へと転がり込んだ。

「さあて俺の王都での武勇伝でも聞くか坊主??」

「いや別に・・兄ちゃん酔っ払ってんの??」

ウィルが彼の笑えるヘッポコ物語を披露したいようだがズクラッドはあまり乗り気ではなさそうだ。

馬車が再び動き出し私達は帰路に就いた。

カラッゥカラッゥ・・ガララッゥ・・

「さてと・・腹も満たしたし、読むか。」

ガタガタ揺れる車内でリュックから小説を取り出す。

「エリューヴィン、今度は何の本だ??」

シンが何処となく尋ねて来た。

「殺戮の宴と悪魔に魅入られた魔将軍ジェシュリーね。」

「あぁ北方戦争か・・史上初でその後二度と無かった、ルの者と闇の眷属の王国が勃興し衰亡するまでの話だな。」

「600万のルの者をファルギルダイテから召喚するつもりだったなんてゾッとするわ。」

シンは頷くと続ける。

「絶滅戦争以来のスペリオルナイツの名声を不動の物とした戦争でもある。」

「双極半島にはスペリオルナイツは存在しなかったのかしら??」

「俺もそこは気になって旅がてらに痕跡を探したが・・彼等は、あまり双極半島に興味が無かったらしい。」

「へえ・・ジェシュリーの行き着く先は栄光か死か・・」

私はページを捲った。


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