四十六章 王家の天使と悪魔
チチチ・・窓の外で小鳥が鳴く音で目が覚めた。
ガバッゥと跳ね起きると「んんん~~~っぅ良い目覚めね!」
両手を上げて思いっきり背伸びをして微かな残り香の眠気を吹き飛ばす。
時計を見るとまだ6時半・・
「ちょっと早いか。客間でただ待ってるのもアレだし調べ物でもするかな。」
荷物を纏めるとリュックを背負い部屋の扉を開き客間へ向かう。
廊下に人の姿は無く物音一つせず、どうやら従者達はまだ寝ているようだ。
客間でリュックをソファの隣に置いて「さあ準備は良し、と。」
書庫へと歩を進める。
ヨハンの偽物・・いやヨハン本人だったのかも知れない何かをナッセルはドッペルゲンガーと言い表した。ドッペルゲンガーに関して私は知識が無い。今後に備えて勉強しておくべきだろう。
ヴェイルド教授が消息不明なのも同じ現象に見舞われた可能性すらある。彼が王家にまつわるルの者を召喚するというのも何処まで本当か・・
生贄が必要・・ヨハンの日記ではそう記してあった。
「でも・・上手く行かなかったのね。それで、リシャーヴ王家に生贄を捧げるよう連絡を取れとヨハンに命じた。」
生贄は何か特別な人間でなければいけないのか??
副王陛下はそれをご存知なのだろうか??
書庫に辿り着くと広い多段の棚に並んでいる本を眺めると溜息を付いた。
「コレの中から探すのも大変だわ・・でもまだ時間はある。」
一列ずつ本のカバーからタイトルを確認しつつ嘗め回すように入念に調べていく。
1時間近く見回っただろうか・・ようやく「ドッペルゲンガーとその生態について」という一冊の本を探し当てた。
「著者はフレデリック・アズリカか・・現世紀1632年著作・・900年くらい前ね。」
私は熱心にページを開き読み進める。
ー古来より伝わるドッペルゲンガーに付いて、様々な文典や口伝を参考にしここに書き記す。この禁呪はしばし魂の複製と呼ばれるがそれは完全な誤りである。何故ならドッペルゲンガーは魂を持っていないからだ。
高位のラの者、ルの者、或いは伝説的な呪術士のみが、この禁呪を使いこなす事が出来る。ドッペルゲンガーは呪術による身体の複製であり完璧に対象を精神・肉体的に生成復元してしまう。
これには様々な利用用途がある。一説によればスペリオルナイツに追い詰められた古代の呪術士アルガンゲミウスが自身にこの呪術を施し難を逃れたとある。
また、ラストヴァニア継承戦争でサヴァリアス・フェイカンが序列3位の高位悪魔ル・ロワウ・ガラリア・アハリアンを召喚する為の生贄として、やはり自身にこの呪術を用いたが皮肉にもドッペルゲンガーに生贄にされ以降ドッペルゲンガーがあたかも本人であるかのように振舞ったとの逸話もある。
更に絶滅戦争以前の奇術師デ・タラ・メイゴンは訪れた先々でこの呪術を乱発的に使用し多くの混乱を招いたとされている。
天使ラ・アルナーガ・ヴァルゲニシュアムは天の啓示として人々にこの呪術を振舞いそれは天の刻印とも呼ばれた。
この呪術に問題があるとすれば生成復元されたドッペルゲンガーは元となる本体を殺そうとする習性がある事だ。元となる本体を殺しその立場を乗っ取る傾向にある。故に禁呪とされているのだ。現在多くの国ではドッペルゲンガーは見つけ次第処刑にするという対処法が成されているがこれは些か危険だ。
何故ならドッペルゲンガーであるか否かは外見や供述では判別が付かない・・魂の保持者であるか我々には判断できない。ただ、唯一の解決法がある。解呪の呪術を使用してみる事だ。ドッペルゲンガーは呪術でのみ成り立つ複製であるので解呪で消滅する。私は処刑ではなく、この方法でドッペルゲンガーを駆除するのが最善の選択肢であると信じる。多くの無実の人間が汚名を着せられ処刑されている現状は野蛮かつ残酷としか言いようがない。かく言う私もドッペルゲンガーの疑惑の目を向けられた・・今牢獄でこの書を記しているが偽りと憎しみにより無知な輩どもに処刑されるのは我慢ならない。余談だが吸血鬼のドッペルゲンガーは本体を殺そうとはしないらしい。吸血鬼の始祖ユーヴァラスはこの特性を活かし配下の者を増やして行ったとの話だ。また、とある事に・・ー
そこまで読んで私は本を閉じた。
「元となる本体を殺そうとする習性がある・・か。だからヨハンはああなったのね。」
懐から時計を取り出すと8時を過ぎている・・そろそろ戻る時間か。
私は本を手に取り客間へと向かった。
「来たわい、荷物を置いて何処行っとたっんじゃ??」
木製の椅子に座ったナッセルが煙草を吸いながら尋ねて来る。
「爺さん相変わらず早起きね。ちょっとドッペルゲンガーに付いて調べてたの。」
本を片手で左右に振って見せた。
「ほうほう、ヨハンの偽物についてか。ワシの知見を当てにしないとはぬしも成長したのう。」
「爺さんに訊いても良かったけど本の方が確実よね。」
ナッセルは帝国産のニージャホルンを吹かしながら白髪を掻きむしり
「ワシも知ってはいたが、実物は初めて見たからの。よほど強力なルの者の呪いか見当も付かぬわい。」
「さあね、ルの者だとしたら討伐対象だわ。ただ王家の意思には従わないと・・」
その時ズクラッドが姿を現した。
「やっほい!リシャーヴ王国へ帰れる朝が来たよ!」
「なんじゃこのホビットめ・・故郷でも無い癖して帰国がそんなに嬉しいか。」
ナッセルが呆れ声を上げて白い目で見る。
「嬉しいに決まってるよ!オイラの居場所はリシャーヴの冒険者ギルドだからね。それにあんな事されたらもうミューンズドヴルメ支部へは戻れないったら。」
ぴょんぴょん飛び跳ねるズクラッドは本当に嬉しそうだ。
「おチビちゃん、薬物を自由に楽しめるのが待ち遠しいんでしょ。分かってるんだから。」
「うっぅ・・お姉さん鋭いね・・でっぅでも追加報酬でしばらくは楽が出来るってのもあるし。」
しどろもどろながらズクラッドは少しバツが悪そうに答える。
「まぁ、リシャーヴの地理と観光名所を徹底的に把握する良い機会ね。今後も稼ぎたいんでしょ??」
「もちろんだよ!帝国の属州になったらウハウハな未来が待ってるからね!」
「誰が帝国の奴隷になるだって??坊主。」
「ウィル!?アンタいつの間に・・」
「ほっほう盗み聞きしておったか。小生意気なホビットに折檻の時間じゃな。」
リュックを背負ったウィルが階段を降りて来た。
「坊主、また痛い目に遭いたいのか??」
指をコキコキ鳴らすウィルを前にズクラッドは完全に及び腰で
「ははっぅやだなぁ・・本気にしないでよ兄ちゃん。」
チラリと私の方を見て助けを乞う。
「暴力は厳禁よ、ウィル。」
監督者の務めとして一言物申すと
「ビンタして泣かせたおめえに言われたくないって暴力ゴリラが。」
「なぁ!?言ったわね!?脳味噌スッカラカンのヒョーロク玉がっぅ!!!」
私はついカッとなり売り言葉に買い言葉で応じた。
「なんでえカナヅチ、カフェイン中毒で脳味噌まで筋肉の、女らしさの欠片も無え癖して猿山の大将気取りかよ。」
「アンタは文字も書けないお馬鹿さんで剣の腕もからっきし、背が高いだけの独活の大木でしょ!!!」
「朝っぱらから何を言っとるんじゃコイツ等は・・」
ナッセルの爺さんが紫煙を燻らせながら駄目だこりゃと首を振る。
「ねえ、オイラが悪かったから喧嘩はやめなよ二人とも。」
こうなったらもはやズクラッドは蚊帳の外だ。私とウィルがギャーギャー醜い応酬を繰り広げる間にもシンがコホンと咳払いをした。
「朝からやたら元気が良いな、エリューヴィン。起床で俺が一番最後とは珍しい事もあるものだ。」
「シン!!!聞いてよウィルが酷い物言いで私をなじるのっぅ!!!!」
「人の事言えた立場かよ・・俺は嘘付いてねえ、本当の事を言ったんだ。」
シンは面倒臭そうに天井を仰ぐとポツリと語る。
「あー・・そうだな、喧嘩をするほど仲が良いという言葉がある。」
「はぁ!?私とウィルが!?冗談は止してよね。」
「そりゃこっちのセリフだ。我らが騎士様は何も分かっちゃいねえ。」
フンと互いに視線を逸らしたトコロで
「何はともあれ全員揃ったんだ、出発しよう。一刻も早く帰国するんだろう??」
シンが諍い事を打ち切った。いつもこうだ・・シンは私とウィルの言い争いに関与するつもりは無い。
「そうね・・最後にランツィへ挨拶しとかないと。」
「ほっほ・・傑物のランツィと会うのはこれが最後やも知れぬな。」
ナッセルはランツィとは旧知の仲だ。この爺さんでも親交を温める気配りに余念が無いと見える。
「おう、とっとと帰ろうぜ城下町によ。オリヴィアの歌い声が懐かしいったら。」
ウィルが惚れている酒場ラッサリアの歌姫の名を口にした。どんな女性なのか興味はあるが場末の酒場だなんて柄じゃない。
「その前に・・エリューヴィン、今回の任務の件について真相を再確認しておいた方が良い。情報共有はしておくべきだ。」
シンが提案を申し出た。彼なりに色々と案じている様子か。
「なんでえ、ヨハンの偽物は消滅したし王家の財宝は取り戻した・・これで任務は終わりだろ??」
「ウィル、そう単純な話では無い。」
「そうねえ・・今までの話を総括すると副王陛下がヴェイルド教授に旧ゲーニヒス領域への遺跡の発掘依頼をしたのは・・王家にまつわるルの者の力を取り戻したいから。でも、公には出来ない話だわ。だから騎士団を動かさず個人的な関係で依頼した。」
「うむうむ・・然り、大天使ラ・メディス・アルティーナの加護在りきでの王家の表向きな建て前に反するからの。」
ナッセルが補足説明を入れる。相変わらず博識な爺さんだ。
「そして、予定通りヴェイルド教授は遺跡を発見し、ルの者を召喚する為の儀式を執り行った・・でも上手く行かなかった。そこで王家へ生贄を捧げるようヨハンを使いに出してコンタクトを試みたけどヨハンは発掘された王家の財宝を持ち出して脱走した。」
「ああ、そこから俺達の長い遠征が始まったってこった。有難いねえ・・」
ウィルが鼻糞をほじりながら嫌味を吐き捨てる。彼からすれば良い迷惑だったろう。
「その後ヨハンは呪いに罹りそのドッペルゲンガーが本人を殺して王家の財宝を手にミューンズドヴルメへ出国・・副王陛下は第5・第6騎士団にヴェイルド教授の捜索を命じ・・そして私達、第13騎士団にヨハン殺害事件を追跡・解決するよう命じた。その真意は恐らく王家の財宝が目当てだわ。王家にまつわるルの者を召喚するのに王家の財宝が必要不可欠なのかも知れない。以上よ。」
「・・で、そのルの者を召喚するのは俺達的には有りなのか??」
ウィルが稀にも核心を突いた。そう、問題はそこなのだ。
「本来は・・ルの者は討伐対象でありリシャーヴには不要な存在よ。でも・・前にも言ったけど、私達騎士団は王家の手足としての役割を担ってるの。王家へ忠誠を誓った者だけが騎士になれる。副王陛下が白と言ったら例え黒でも白なのよ。」
私の苦しい物言いに場が静まり返る。本音を言えば私だって副王陛下に有り得ないと反発したい・・けどそれが無理なのは百も承知。
「辛い立場だな・・エリューヴィン、お前さんの意思がどうであれ王家には逆らえない。だが、仮に独自の判断で動くとなれば俺は何処までも付いて行く。俺の忠誠心は王家ではなくお前さんに在るからな。」
シンが何があろうとも私の決断を支持すると明言した。有難いがシンを巻き添えにするのは少々気が病む。
「俺は城下町を護る為なら命だって惜しくねえ。我らが騎士様はそこんとこ、一丁よろしく頼むぜ。」
ウィルも、暗に同感だと含みを持たせた意思表示をする。彼の城下町への想いが人一倍強いのは分かっては居たが。
「ほっほっ・・聖職者たるワシにとってルの者との聖戦から逃げるのは天罰が下るわい。任せんしゃい。」
どうやらナッセルも俄然ヤル気のようだ。
「オイラは契約通り、リシャーヴに帰ったら抜けさせて貰うよ・・ルの者との対峙なんて真っ平御免だね。」
「うん、それで良いわおチビちゃん。貴方には関係の無い話だから。じゃ、みんな行きましょ。」
そうして私達は荷物を背負うと大広間へ向かった。
大広間ではランツィが寂しげな笑顔を向けて待ち構えていた。
「エリュー、名残惜しいがいよいよ別れの時が来たな。」
「えぇ・・私も少し切ないけど・・こればっかりは仕方ないわ。」
「うむ。お前も立派な騎士に育った・・親としては鼻が高いぞ。シン、エリューをよろしくな。」
「ハッゥ!!承知っぅ!!!」
シンはレッドアイズファテニティブレードを構え威儀を正して応えた。
「ところでランツィ、本を2冊ほど貰って行きたいんだけど良いかしら??」
「なんだ、本の虫になっておるのか??この館にある物なら、好きに持って行って構わん。」
「じゃあお言葉に甘えて・・リトベスタ産の珈琲豆は無いわよね??」
「ガッハッハ、生憎と珈琲にこだわりがある奴はこの館におらんのでな。」
「それは残念。朝の一杯でそうだろうとは思ってたけど。」
「つーことは先日のドレスも貰っておけば良いんじゃねえか??」
ウィルがここぞとばかりに茶々を入れる。
「ばっぅ馬鹿っぅあんな高価な代物、貰うに貰えないわよ!!!それに着飾る舞台なんてもう二度と無いわ。」
「あぁ、ガサツでその肌の色じゃ結婚式の予定も無えだろうしなぁ・・」
「一言多いわよ、ウィル。騎士の道を選んだからには婚姻なんて二の次よ。」
「ランツィよ、この朽ち果てた老いぼれに何か餞別の言葉でもあるかの??」
ナッセルがランツィに何かしらの誘いの言葉を吐く。
「そうさな・・第13騎士団を守護し見届けてくれ。その呪術までは朽ちておらんだろう。」
ランツィの信頼と確信の重みにナッセルはニヤリと笑い頷くと
「任せんしゃい。長生きしても罰は当たらんじゃろう。おぬしも達者でな。」
短い挨拶を交わして拳を突き合う。
「外に馬車を待機させてある・・良いか、エリュー・・決して死ぬんじゃないぞ。己の身を大切にしろ。」
「うん・・分かった。今回の件では本当に助かったわ。忘れないで、私の心の拠り所は貴方にあるわ。」
「ワシもだ。お前の成長が何よりもの生き甲斐だぞ。」
私はランツィの身体に両手を回し、思いっきり力強いハグをして親愛の情を示した。
今生の別れあればこそだ。
そして玄関口に歩み寄ると「さようなら、ランツィ・・」
「ランツィ公、失礼致します。」「じゃあの・・」「あばよ!!」「バイバイ!」
全員が別れの挨拶をして扉を開けて外に出た。
街道上には来た時と同じように、白金の装飾が施された2人乗りの4輪馬車が3台並んでいる。
儀仗用の装飾が施された槍を構えた騎馬兵が厳重な警護をしていた。
「ささ、どうぞお乗り下さい・・」隊長が恭しく一礼をして招き入れる。
「どうせおめえはシンと一緒だろ??俺等は後ろの方にまとめて乗るからよ。」
ウィルが勝手に仕切るが私の意を汲んでくれたので良しとしておくか。
「あら、良く分かってるじゃない・・適当によろしくやって頂戴。さ、乗りましょシン。」
「ああ・・お前さんの邪魔にならないよう努めるか。」
「邪魔だなんて・・そんな間柄だったかしら。私はアンタと波長が合うと思ってるわよ。」
シンと先頭の馬車に同乗しつつ一言物申す。
「かぁぁーーっぅ我らが騎士様には面白味も糞もねえ無感情で冷淡な男がお似合いだ。さ、乗ろうぜ爺さん、坊主。」
「ようし賭けババ抜きでもするかのう。」
「へへ!オイラに勝てたら2倍でも良いよ兄ちゃん。」
全員が乗り込み馬車はガラッガラッゥと動き出した。
「さて・・と。」
リュックを奥の座席へと押し込んで私とシンは対面した状態で椅子に座る。
「シン、折り入って話があるんだけど・・」
「悩み事か??」
「えぇ。今後、私が何か間違った事をしでかしたらそのレッドアイズファテニティブレードで私を斬り捨てて欲しいの。」
「何だ??藪から棒にいきなりな話だな・・先程も言ったが俺の忠誠心は王家ではなくお前さんに在る。」
私は首を横に振りそうじゃないと正す。
「私を盲目的に信じるのは止して。アンタの判断に任せるから・・今の私は自分でも何が正しくて何をすべきか分かってない。」
「つまり王家への反逆を試みたら討てと??」
「それも含めてだけど・・もし私が暴走したら止められるのはシン、アンタだけよ。」
シンの膝に右手を置き重ねて強調した。
「何をそんなに恐れる??心当たりでもあるのか。」
察しの良いシンが問うてくる。そう、私の懸念を預かり知るならば彼を置いて他ならぬ。
私は窓の外を見やりながらゆっくりと答えた。
「そうね・・アハリルと戦った時に天使の祝福を使ったわ。その凄まじい力に少し酔い痴れて本来の自分を見失ったような感覚に見舞われた。目的の為ならあらゆる障害を排除してでも・・それが例え味方であろうとも、殺す気と覚悟があったと思う。」
短い沈黙の後、シンは理解を示したような顔をして口を開く。
「そうか。お前さんが正体を失ったら俺の手を汚せと・・だが、祝福を使ったお前さんに俺が勝てるとは思えんが。」
「私・・自分が怖いのよ。まかり間違っていつかウィルやナッセルを殺してしまう日が来るかもって。」
シンの己の腕への疑念を余所に本音を口走った。
「なるほどな・・約束しよう、その時は何としてでも俺が止める。誰も殺させずに。」
「それを聞いて安心したわ。言っとくけどここだけの話だから。」
口が堅いシンの事だ、言うまでもないだろうが・・私は心地良い安堵に一息付いて平常心を取り戻す。
「ここだけの話・・か。実は俺からも一件要望がある。」
「あら何でも良いわ、話して頂戴。」
「リシャーヴに吸血鬼が現れたら最優先で俺を投入してくれ。」
「吸血鬼??アンタが吸血鬼に拘る理由ってもしかして・・」
「ああ。王都での8年前の事件を追っている。」
私は一呼吸置くと
「それがリシャーヴに留まってる理由なのね・・つまりは従者に成ったのも。」
シンの現在の境遇について答え合わせをした。
「そうだ。最初は・・騎士団を利用する気で従者になったが、お前さんと出会ってからは少しばかり事情が変わった。」
「少しばかり・・ね。OK、約束するわ。他の任務より優先して対処に当たるよう手配して上げるから。」
気心が知れた彼に利用されるのも悪くない。お互い様だ。
「助かる。この剣があれば吸血鬼を倒すのも不可能では無いだろう。」
「ねえ、前に用事が済んだらリシャーヴを離れるって言ってたわよね??」
「ん、そのつもりだが。」
「止めるつもりは無いけど・・私にとって今はアンタが必要なのよ。」
「今は、だろう??そのうち落ち着くさ。」
「・・・・」
私はそれ以上シンの心に訴える言葉が口に出てこなかった。
ガララッゥガラララッゥ・・身体強化呪文で強化された馬がトップスピードとなり馬車が激しく揺れる。
「ミューンズドヴルメもこれで見納めね。飛空艇やサンスフィアの発展ぶりで帝国の栄華の一端が垣間見えたけど・・・お洒落な都会暮らしに憧れる気持ちが無いと言ったら嘘になるわ。」
「ん・・お前さんなら帝国でも楽しく人生を謳歌出来るとは思うが。帝国の貴族に成れるとランツィ公の誘いを断ったのは現実を見据えていたからだろう??」
腕を組んで座り込むシンはそう言いながら足を組んだ。
「たまに思うの。一切のしがらみから解き放たれて自由に生きれたらどんなに幸せかって。」
「自由か。冒険者のように??」
「それか、アンタと一緒に旅に出るのも悪くなさそうだわ。」
「馬鹿を言うな。俺には・・誰かを幸せにする能力も性質も備わってない、ただの風来坊だ。」
「あら、王都で良い結婚相手を探して花嫁になるのが幸せな人生とは限らないわよ。」
「本気でそう思うのか。」
「だとしたら??」
「・・お前さんは騎士団に欠かせない人材だ。俺とは違う。」
「何言ってんの、私はただの雑用騎士団の騎士に過ぎないから。代わりの人材なんていくらでも居る。」
「エリューヴィン、お前さんの美徳は実力で推し量らずに誰にでも公平で平等な点だ。第13騎士団はそれで成り立っている。」
「・・・そう、褒め言葉として受け取っておくわ。」
「ああ、褒め言葉のつもりで言った。」
それから互いに沈黙が続き・・私はリュックから本を取り出した。
「酔うぞ。」
「少し読むだけよ。勉強にね。」
ー実はドッペルゲンガーを見破るもう一つの方法がある・・それは魂をその身に宿しているかどうかで判別が付く。だが、非常に悩ましい事に魂を透視可能な人間はほぼ実在しないという切実な問題がある。それはよほど修行を積んだ呪術士か高位のラの者或いはルの者に限定される。魂を持たぬ者はアンシャクリアにもファルギルダイテにも行く事は叶わぬ呪術が切れたゴーレムのように倒れ死ぬ。一説に寄れば魂は個人個人で色や輝きが違うらしい・・真に高貴な者は魅惑的な魂をしているとも言う。ちなみにドッペルゲンガーは死を恐れない。元の人格より闘争心がより強くリスクを顧みない傾向にある。ー
「闘争心がより強くリスクを顧みない・・か。」
「何だ?何の本を読んでいる??」
「ドッペルゲンガーの事よ。ところでシン、霊魂って存在すると思う??」
シンは腕を組んだまま視線を落とし顔を横に向ける。
「さあな・・俺は死んだ後の世界に興味が無い。だが、妹の命日に献花をしている身としては存在していると嬉しいが。」
「そう、妹さんと仲が良かったのね・・」
「いや・・それほど仲は良くなかった。それでも自立心が強い俺に似ず、他者への依存心が強かった妹の事を心配していた。聞くところ・・冒険者ギルドで常に他人の顔色を窺う弱者としてぞんざいな扱いを受けていたようだ。没後にそれを知って不憫に思ってな。」
私は言葉を詰まらせた。何処となく暗く影のある彼の心の深淵を覗いたようでどうしようもない負の感情を覚える。
「・・兄弟の居ない私が偉そうに言えた話じゃないけど・・シン、貴方の気持ちは理解出来るつもりだわ。」
「無理に共感するのは止してくれ。人の良いお前さんに俺の縁者の苦労話を背負いこませるのは気が咎める。」
「そんな事無いわ。私がウィルのように、どんな悲痛な内容でも茶化す人だったら話してない・・そうでしょ??」
シンは苦笑いをして
「ああ、それはそうだな・・正直ウィルが羨ましくも思える。あいつなら家族どころか、自分の死すら笑って流せるだろう。」
「アイツは頭のネジが飛んでるのよ。ある意味で私達には無い才能よね。」
「フッゥフフッゥ・・それはその通りだ。」
笑顔を見せた彼に私は少しの心の安らぎを実感しつつ・・私達という意味を否定しなかった事に嬉しい感情さえ抱いた。
「ところでそろそろ感謝祭ね・・」
「あぁ・・ウィルはもちろんの事、全員去年はノリノリだったな。」
「年に1回のお祭りだもの、楽しまなくっちゃ・・今度こそ腕相撲大会で優勝するわよ。」
「決勝戦で台座が割れてノーコンテストになったのは聞いた。途中まで参加したがお前さんに飛ぶ声援が凄まじかったな。」
「地元代表としては譲れないわ。王都の民を護る第13騎士団としてもね。」
「お前さんは王都の人気者だからな。誰からも愛され誰をも愛す・・義を通す人柄に加えてその褐色の肌が目立つ。」
シンにそう褒められるのは何だか照れ臭い。
「義を通すだなんて・・ただ仕事をしているだけよ。まぁ、私なりに穏便に済ますやり方で努力しているつもりだけど。」
「性善説に重きを置く裁定を下すのは治安の良い王都においては有効だとは思う。双極半島でも珍しいレベルの低犯罪率だからな。」
「これもひとえにラ・メディス・アルティーナの加護在りきのおかげよ。」
「リシャーヴの守護天使か。」
「そう。アンタは興味無いかも知れないけど、リシャーヴ王家の血を引く者はその身を捧げる事でアルティーナの力を行使出来る。ナターシャは常々言ってたわ。帝国と戦争になれば彼女はラ・メディス・アルティーナに命を捧げる立場なのだと。そうする事でリシャーヴの独立は保たれるとも。」
「・・なるほど、流石に国王や副王が命を捧げるワケにも行かないからその親戚が当たるのか。しかし生まれ持ってそのような運命にあるとは厳しい境遇だな。」
「私がナターシャを尊敬している理由の一つだわ。彼女は王国の為に命を捧げるのを喜び進んで受け入れる覚悟と強靭な意思を持ってる。」
シンは考えるように顎に手を添えて質問した。
「仮にその宿命を背負った王家の者が命が惜しいと逃げ出したらどうなる??」
「単純明快よ。リシャーヴが滅ぶわ。」
簡潔な私の説明にシンは納得するように頷く。
「そうか・・そうだろうな。普通に戦って帝国に勝てるとは思えん。」
「でも、ナターシャが逃げ出すなんてまず有り得ないわ。彼女は生き様でその模範を示している・・それを私は誇りに思うの。」
「悪用される可能性は無いのか??」
「ナターシャは呪術も剣の腕も一流よ。それに第4騎士団に守られている・・悪用だなんて不可能ね。」
「ん・・しかし、副王は王家の守護天使に加え悪魔をも利用する腹づもりだがその点で揉めないのか。」
私は返答に窮した。私の浅い知識で知っている王家の歴史上、過去に例が無いのだから。
「それは・・何とも言えないわ。でも、副王陛下はリシャーヴの為を考えて命令を出してるのは確かね。多分ナターシャも賛同するハズよ。」
「賛同しなかったら??」
「やめて、シン。考えたくも無いわ。私達の任務成功が王家の内紛に繋がるなら・・いっその事、私の独断で王家の財宝を砕いてしまう方がマシよ。」
「エリューヴィン、早まるな。その場合処罰されるのはお前さんだぞ。」
「だから言ったでしょ、私が暴走したら止められるのはアンタだけだって。」
「つまり、自分でも何が正しくて何をすべきか分からないとはそのような話か。」
「そうよ。副王陛下の勅命とナターシャとの絆・・どちらも私にとって己の命よりも重要だわ。アンタはどちらも客観視出来るだろうから・・」
「だが王家にまつわるルの者と戦うなら客観視とか言ってられん。」
「最悪、第13騎士団は全滅ってオチかしらね。ランツィはロンシャイアとナターシャを頼りにしろと助言してくれたわ。二人を味方に付けて何とか副王陛下を説得できないか考えてみる。」
「それも危険な綱渡りだとは思うが・・が、もしルの者と戦うならウィルは外してくれ。」
「・・まだ若いから??」
「いや、足手まといだ。居ない方が助かる。お前さんとウィルの両方は護れん。」
それが本音なのか彼なりにウィルの身を案じているのか私には分からなかった。
登り行く太陽の下で馬車は走り続け・・私とシンはしばし意見を述べ合って今後について語り続けた。




