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四十四章 勝利の美酒

すっかり日が暮れて辺りが暗くなった頃にガルムはレアウルスに到着した。

「ありがとう、助かったわ。これ、少ないけどチップ。」

「こりゃどうも・・オラはここで一泊だ。またのご利用をお待ちしております。」

街外れの一角にあるレンタルガルム屋で青年と別れると太守の館を目指して歩き始める。

閉散とした街中は人通りも疎らで街灯が静かに街を照らしていた。肌寒い秋の夜風が吹き荒れ、故郷ではそろそろ感謝祭か・・と想い起す。

「ウィルの馬鹿が喜びそうよね・・それまでに任務を終えなきゃ。」

途中で松明を掲げて巡回する衛兵達に話しかけた。

「警邏中に失礼、太守の館の方向はこちらで合ってるかしら??」

「何だ?館の関係者か??この先を右に曲がって真っ直ぐの突き当たりを左に曲がれば広場に出る。そこから大きな道を・・」

「あぁ大丈夫、広場からなら分かるわ。教えてくれてありがとう。」

特に怪しまれる事も無くその場を後にした私は「平和ボケかしらね・・治安が良い証拠かな。」と独り言を口にし路地をひたすら歩む。

館に到着すると私の為であろうか、玄関には明りが灯っていた。

そのまま玄関を開けると

「お、待ってたぜ!?」「エリューヴィン、無事だったか。」

「ふぅ、一安心じゃな。」玄関口で従者達が勢揃いをして迎えてくれた。

恐らく廊下を行ったり来たりしていたであろうウィルが明るい顔で寄って来る。

ナッセルの爺さんは座り込んでおり安堵の表情だ。

シンは壁を背に両手を組んで緊張の糸が切れたようにホッとしていた。

「お姉さん、任務は成功かい??」

どうやら独りでソリティアを遊んで居た様子のズクラッドも声をかけて来る。

「おめえが帰って来ねえかもって随分と気を揉んでたぞ。」

ウィルの不安を余所に「フフ・・見てコレ、とうとうやったわ。」

後ろ手に隠していた赤色の宝石が輝く王家の財宝を見せびらかす。

「ほぉう!?あのアハリルの奴めを出し抜くとはやるのう。」

ナッセルが手放しで称賛する。

「正確には出し抜かれたけど実力行使で取り返した、かしらね。彼と殺し合い寸前まで行ったわ。」

「・・・やはり危惧すべき事態になったか。何にせよお前さんが無事で良かった。俺も付いて行った方が良かったかと案じていたところだ。」

シンが懸念と気掛かりであったと口にした。彼の不安は的中した・・が、仮にシンを帯同していたらアハリルに面会するのは叶わなかったかも知れない。

「まぁ結果オーライで良かったじゃねえか、これで任務は達成だろ??我らが騎士様の大手柄だ。」ウィルが歓喜の声を上げて褒めちぎる。何事にも素直なこの男のらしさが今はただ嬉しかった。

「ニヒヒ・・ウィルの言う通りじゃわい。色々とあったがこれでようやく帰国できるのう。」ナッセルも同意する。老体の彼には今回の遠征は負担が重かったようでリシャーヴ王国へ帰れるのが喜ばしい限りか。

「ああ・・そうだな。ただ一件、もしお前さんが今日戻って来なかったらランツィ公にアハリルの事を伝えるつもりだった。」

どうやらシンは私の身に危機が迫っていた場合に備えて、最後の手段を打って出るつもりだったようだ。

「そうね、仮に私が殺されても任務は成功させるべき・・シン、それで正解よ。」

やはりこの男は頼りになる。常に冷静かつ正確な判断力・・シンを置いて行ったのは後顧を託すという意味でもあった。

「なあ、とっくに晩餐会の用意は済んでるぜ??ランツィ公が待ってる。まずは飯を喰おう。」

「そうね・・気分的に勝利の美酒に酔うのも悪くないわ。」

「ほっほう、酒を浴びる程飲むのがよかろうて。」

「美味しい料理に美味しいお酒、もうオイラ贅沢に慣れすぎちゃったね!」

仲間達に促され私は一旦自室へ帰り大切な王家の財宝をリュックに詰めると晩餐会へと向かった。


「おぉエリュー聞いたぞ!!見事に王家の財宝を取り戻したそうじゃないか。良くやった、それでこそ我が娘よ。」遅れて晩餐会に出席すると上座に座るランツィがほろ酔いの赤ら顔で労をねぎらってくれた。

私が帰宅するまでかなりの量を飲んだのかランツィが酔っ払う姿は初めて見る。

「ごめんなさい、待たせちゃったわね・・」

「うっほぉ・・このオムレツ、中からチーズが溢れ出て来やがったぞ!!!マジかすげえっぅ!!!」

「うわあ、チーズと牛肉と玉ねぎと椎茸のハーモニーだよっぅそこにケチャップとふわとろの卵!!!もう堪んないやっぅ!!!」

ウィルとズクラッドが椅子の上ではしゃいで夢中で貪り喰う姿は実にみっともないが美食を味わえるのも残り僅か、好きにさせておこう。

「ただのチーズオムレツは食べた事があるが・・これは豪華だな。」

「むむ・・パセリの風味が効いとるのう。こりゃ旨い。」

シンとナッセルも思わず唸り手を止める。この二人が褒めるなら満点だろう。特に肉が好みではない爺さんならば尚更だ。

私はランツィの隣に座ると「それもこれも全てはランツィ、貴方のおかげよ。あら良い香り・・」オムレツの隣にある真っ白なチキンバターライスに目をやる。

「うむ。ナターシャや副王はお前を騎士団会議で高く評価するに違いない・・出世街道に乗ったな、ワシも鼻が高いぞ。」

「出世だなんて大袈裟よ・・でも雑用騎士団だった私達でもやるべき事は出来ると一目置かれるかも。」

給仕に白ワインをお願いするとマッシュルームとコーンがたっぷりのチキンバターライスをスプーンで掬い口の中に放り込んだ。

「んん~~ホワイトシチュー風かしら・・素敵な味わいね。」

バターのコクと調味料をしっかり吸収した鶏もも肉の旨味が口内に広がる。

「エリュー・・どうだ、もう少しここレアウルスに滞在するつもりは無いか??」

確かに酔っ払ってる・・これがランツィの本音なのだろうか。だが悠長に構ってられない。

「いえ、悪いけど明日の朝には発つわ。一日でも早く事件解決の報告と王家の財宝を届けるのが私の責務よ。」グラスに注がれた白ワインをクイッゥと傾けると、程良い酸味が料理の風味を引き立てる。

「そうか。真面目な子に育ったな・・残念だが仕方あるまい。」

そう語るランツィは少し寂し気でもあった。気持ちは痛い程分かる・・私だってランツィと別れるのは内心快く思わない。お互いもう二度と会う事が無いかも知れないからだ。騎士団在籍の身で任務の為に特別に帝国領へ出国するなどと、そうそうある話ではない。

「・・・繰り返すがエリュー、旧ゲーニヒス領域で消息を絶ったヴェイルド教授の捜索に行っては成らぬぞ。例え副王の命令であったとしてもだ。」

「何故??彼が王家にまつわるルの者を召喚するから??」

そう言いつつスプーンで黄色に輝くオムライスを切り崩し口に運ぶ。甘酸っぱいケチャップの味と共にウスターソースで仕上げた玉ねぎと椎茸と牛肉の奥深い食感、噛み締めるほど美味しさが口に染み渡り・・官能的なまでに次々と旨味の波が襲って来る様に私の舌はもうメロメロになった。

「このオムレツ本当に最高ね!」

「だろ!?俺の人生でこんなに美味いオム系は初めてだっぅ!!!」

「兄ちゃんオム系って何だよ??オムレツだよ??」

「坊主、オムライスとかオムパスタとかオムカレーとかオムシチューとか色々あるだろ・・区別が面倒だから全部オム系だ。」

「はえ~大雑把だなぁ。でもオイラ的にはオムレツとオムライスは全く別の料理だね。」

ウィルとズクラッドの真剣なのかギャグなのか分からないやり取りに私は心の中で笑う。ナッセルは呆れ顔だ。

「エリュー話の続きだが・・詳しくは言えん。が、それがお前にとって危険だからだ。」

「僭越ながらランツィ公、俺の命に代えてもエリューヴィンを護り抜く所存なのでご安心下さい。」

エプロンで口元のケチャップを拭いつつシンが申し出た。ランツィに剣の腕を認められレッドアイズファテニティブレードを賜った彼の立場上、黙ってられなかったようだ。

「うむ・・外敵に対してはそうやも知れぬ。期待しておるぞ。だが、内部の陰謀に巻き込まれたら剣は役に立たん。」

「それは副王陛下への不信感を抱けって事かしら??」

「直球に言ってしまえばそうだ。他の騎士団や騎士団長も迂闊に信じるな・・もうワシは政治的にお前を護ってやれん。ナターシャとロンシャイアを頼りにしろ・・育ての親とは言え子を売る事はあるまい。」

「・・・・」

ランツィの言葉に私は絶句しつつも確信した。私の出自や生い立ちに関して、彼は何かを知っている。でも言うつもりも無いのだと。

親子の関係でも言えぬ何が有るのだろうか??

「でも・・第12騎士団のアレクセンは親切だったし・・アルキュレイア騎士団長も正義感が強い筋が通った人だわ。」

「竜眼のアルキュレイアか・・奴は信用するな、アハリル以上に危険な人物だ。第16騎士団在籍時に把握したが奴は・・連邦のスパイだ。」

「えぇ!?何ですって!?」

「まさか・・何じゃと!?」

私とナッセルの声が重なる。騎士団内部の事情に詳しいナッセルも相当驚いた様子だ。

「知っているのはワシだけだろう。第16騎士団は知っての通り諜報活動と対外工作が主だがワシが騎士団長をしていた時に対連邦に限りアルキュレイアが干渉している尻尾を掴んだ。しばらくは証拠を残さず痕跡すら見当たらぬ状態が続いたが、連邦のズクラニア戦勝記念式典に奴が参列している情報が決定打となった。」

「そんな・・彼女が王家に忠誠を誓っているのは仮面を被ってるってこと??」

「そうさな、あわよくばリシャーヴ王国を利用する腹づもりやも知れぬ。だがこの件に付いては他言無用だ。アルキュレイアが本気になったらエリュー、お前を消し去る事などいとも容易いだろう。良いな、決して誰にも言うな。」

そう強調するランツィは真剣な眼差しをしていた。私に死んで欲しくない一心での忠告であるかのように。

「むぅ、連邦のスパイなれば対帝国強硬論者なのも頷けるの。となればリシャーヴ生まれなのも嘘偽りやも・・」

ナッセルが憶測ながらも自論を述べる。

「ムシャムシャ・・気に喰わねえな、何かあったら俺は真実をブチ撒けるぜ。我らが騎士様に傷一つでも負わせたらタダじゃ済まさねえ。」

皿を掴んでチキンバターライスを掻っ込むウィルが鼻息荒く主張した。

「ウィル駄目よ、それは最後の手段だわ。警戒するに越した事は無いけど・・一応は目上だし。」

そう、相手は騎士団長。発言力も信用度も私より高いハズ。連邦のスパイだと告発したところで証拠はランツィの記憶のみだ。

「連邦は友邦国とはいえ、潜在的にリシャーヴが帝国の傘下になる可能性について危険視している。彼女はもしもの時の為の保険だろう。」

そう言うとシンは赤ワインをクイッゥと口に含む。

「感情的に考えるならば俺からはノーコメントだ。関与するつもりは無い。」

如何にもなシンらしい思考に「相変わらずね・・でもそこがアンタの良いところかな。」私は崩れたオムレツの欠片を綺麗に整えると口の中へ放り込む。

「モグモグ・・オイラには関係無い話だね。このチキンバターライス、バターと塩コショウの配分が絶妙で手が止まらないよ!」ヒョイパクヒョイパクとスプーンを忙しく動かすズクラッドには確かに関係の無い話だ。

「ガッハッハ・・チト辛気臭い話になってしまったが、まぁどうにでもなる。とりあえず今はエリューの任務成功を祝おうじゃあないか。」

「賛成!将来の不安の種なんて悩んだって仕方ねえ、今が良けりゃそれで良い!」即座にお調子者のウィルがランツィに賛同した。

「そうじゃのう・・最良とは言えぬが合格ラインは超えておるわ。」

ナッセルの爺さんが今更のように任務成否の線引きをするのに私は呆れて声も出ない。

「なぁエリューヴィン、乾杯の音頭を取ってくれ。」

無駄口を嫌うシンが提案をしてくれた。

行動で示すのが隠されたモットーの彼は終始変わらず、だ。

「そうねえ・・みんなグラス持って!」

「うむ。」「おうよ!」「よし来た。」「・・・」

「おっぅオイラ、グラス空だよ!?」

「ったく肝心なところでドジな坊主だなオイ。」

早速ウィルのヤジが飛ぶ。

「だってオイラ昼に・・いや、今体調悪いからさ・・ハハッゥ」

どうにも歯切れが悪いズクラッドを横目で見ながら

「・・やったんでしょ??ヤクを。」ズバリ言ってのけた。

「っぅ!!!」

ズクラッドはドクンと動悸がしたかのように言葉を詰まらせて口をパクパクさせていたがすぐに私は笑顔を見せる。

「良いわ、今日だけ特別よ。おチビちゃん。」

「はぁはぁ・・焦ったよ・・そう、今日だけで明日からはやらないから。約束するよ。」

「これで何度目の約束かしらね・・まぁ良いけど。」

給士がズクラッドのグラスにシャンパンを注ぐのを待ってから私は音頭を取った。

「それじゃあ任務成功を祝して・・乾杯!!!」

「乾杯!!!」

それから銘々が好きに飲んだり食べたりしながら雑談に花を咲かせ・・9時を過ぎた辺りでお開きとなった。

「ヒック・・もう飲めねえ・・俺の部屋は何処だぁ??」

「ウィル、アンタ飲み過ぎよ・・明日二日酔いになっても知らないんだから。」

完全に酔っ払ったウィルに肩を貸して廊下を歩いて部屋の前まで送る。

「酒との付き合い方が下手だなウィル。それともリシャーヴョンの美徳とやらか??」

シンが飲んだくれのウィルに冷やかしを入れると去って行った。

「というより兄ちゃんお酒に弱いんじゃないかな・・じゃあまた明日!」

ホビットは酒に強いというのは本当のようだ。ズクラッドは鼻歌混じりで自室へと向かう。

「ほらほら、しっかりして。良い?明日9時には起きてね。嫌でも叩き起こすから。」

そう言い残しウィルを見届けると私も自分の部屋へ戻った。

「ふぅ・・まだ寝るには早いわね。」

リュックから小説を手に取るとベッドへ飛び込んだ。

「ジェシュリー・・私には共感出来ない何かを教えて欲しいの・・貴方が破滅するその時まで。」

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