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四十一章 天と地の狭間で

「可哀想な子・・誰が救済出来るのかしら・・」

誰かの声が聴こえ私はぼんやり朦朧としながらも目を見開いた。

透き通るような淡い緑色の髪に白い肌の若い女性が心配そうに覗き込むかのように見下ろしている。

どうも彼女の膝枕で寝ていたらしい。私はよろめきながら起き上がりつつ少し距離を置いて座っている彼女に尋ねた。

「貴方は・・??」

「私が誰かは・・重要では無いわ。此処に来た事に比べれば・・」

周囲を見渡すと大小様々な大地が宙に浮いて点在しており眼下には太陽に照らされて赤茶けた雲がゆったりと流れていた。

「ここは・・??」

「天使の庭園・・この先に貴方が本来歩むべき道がある・・」

彼女は立ち上がると物憂いるような表情で天高くに浮かぶ大地を指差す。

「でも・・今はまだその時じゃない・・」

「待って、私には任務が・・任務・・何だっけ・・??」

シュバッゥ・・

突如として神々しい甲冑を身に纏った全身が光り輝く人物が降り立った。

「第4177回アンシャクリア聖天神技会が執り行われているというのに、貴公はまた参加しないのか。」

「興味無いわ・・私は新たな来訪者の道標であり案内人・・それ以上でもそれ以下でも無い。」

彼女はそう答えると指を無造作に宙へと書き連ねて印字を紡ぎ始め・・

「今はこの子をどうすべきか考えないと・・」

「ほう・・彷徨える高貴な魂がまた一つ。我が歓迎しよう。」

光り輝く人物がこちらへ片手を差し伸べた来た瞬間、

「シェアインホルテ・・駄目よ、その子は・・」

「うっぅ・・頭が・・」途端に激しい頭痛を覚え私は頭を抱えて座り込む。

「そうか・・この者は・・違うのだな。」

「そうなの。魂と心が一致していない・・無自覚なラガシュギアの申し子・・」

そう言いながら彼女は指先で印字が完成させ巨大なヘキサグラムが青白い炎となり浮かび上がった。

「さあティーパーティーへ行きなさい・・オリオニアン・ティーを飲めば目が覚めるわ・・」

私はフラフラと揺れ動きながら導かれるがままヘキサグラムへ近づく・・すると、ガシッゥ・・頭を鷲掴みにされた。

「あら失礼、私の茶会を邪魔する誰かさんは貴方かしら??お邪魔虫は遠慮なさって下さる??」ヘキサグラムから見覚えのあるダークエルフの女性が次元を抜けて現れる・・や否や、

「・・・ほぉーーほっほっほっぅ誰かと思えば褐色の騎士様じゃないですのぉ~~お元気かしら??任務は滞りなく遂行出来てますぅ~~??」

すぐにダークエルフの女性は手を離すと笑顔で両人差し指をツンツン私の横っ腹に当てて来る。

「任務・・冒険者ギルドの・・ゼ・・ヴァンナ??」

意識に揺れ動くノイズが走り、確たる認識を妨げる・・これは夢・・??私は何を見ている??

「ぬぅ・・ヴェルギスティス・・何故裏切り者の貴様が此処に居る・・去れ。」

シェアインホルテの光輪が真っ赤に燃え上がり・・彼はダークエルフの女性に明確な敵意を向けた。ヴェルギスティス??誰??

「あ~ら、ちょっと新しいティーのお茶会をしていただけよ。それに~彼女は私のお得意様よ。ね??」

そう言いつつウィンクしながら私の左腕に両手を絡ませて抱き付いて来る。

やはり・・私は彼女を知っている。

「去らぬならば実力行使をするまでの事・・天界に貴様の居場所など無い・・闘士たる我が許さぬ。」

ブゥゥン・・眩い光と共に彼の手から一筋の剣が伸びた。

「何よ、殺り合う気??未だに私を慕う天使は数多いわよ??蒸発したいなら相手してやっても良いけど。」

私から離れるとヴェルギスティス・・いやゼヴァンナは冷めた目で両手の平を宙に掲げると・・複数の漆黒の球体がギュルギュルと彼女の鼻先で円弧を描き始める。

「シェアインホルテ、ヴェルギスティス、止しなさい・・終末戦争が到来した暁にはその時こそ存分に戦えば良いわ。今は・・私に免じて矛を収めて。」

淡い緑色の髪をした彼女が静かに・・しかし重く制止した。

「・・・よかろう。」「そうねぇ、貴方がそう言うのなら。」

両者が臨戦態勢を解除して一歩引いたのを見届けて、彼女は安堵の溜息を付き・・続けて口を開く。

「この子に目覚めのティーを振舞って頂戴・・まだ現世でやるべき事が残ってるわ・・」

「それならお安い御用ですわ~さあ、此方へどうぞ!!!」

ゼヴァンナはニコニコと笑顔になりしなやかな手付きで私の片手を握るとグイグイと引っ張った。

「やるべき事・・??私は・・私は誰??」

ヘキサグラムの方へ足を運ぼうとすると

「あぁそっちじゃなくてぇ~・・コッチですわよっぅ!!!!」

ドンッゥ・・突如として私は大地の裂け目から空中へと蹴り出された。

「え!?あっぅわわわっぅ・・」

ビュウビュウと風を切りながら自由落下が始まる。現実に思考が追い付かない。これは・・何??私が立っていたであろう大地がみるみる内に小さく遠く過ぎ去るのが目に映り・・手を伸ばせば届きそうな眼下の美しい雲が近いようで遠く・・私は絶景を眺めながら・・ここで死ぬのだろうか??と諦めにも似た境地で虚ろな表情をしてただ成すがままに身を任せた。

しばらくして厚い雲の層に突入し・・そのまま永遠に落下し続けるかのような・・どれ程、時間が経っただろうか??

気が付くと空が真っ暗な闇の帳に覆われたように暗くなり、下を見ると地面に燃え立つようなオレンジの光が暗黒の中を微かに照らしている。

ゼヴァンナが宙を飛んできて私をキャッチしたかと思うと、抱きかかえられながらフワッゥと降り立った。「ようこそ欲望と混沌と荒廃の世界へ!!!褐色の騎士様にピッタリな地ですわよぉ~~」

彼女の腕から離れ、遠目で空を眺めると真夜中のように暗い・・辺りは様々な店や建物に備え付けられているオレンジ色の電光色が照らしていた。

人通りは疎らで道行く人々はこちらへ興味を示す事もなく足早に行き交っている。まるで己の事に夢中になっているかのようだ。

「いい加減にしろっぅ!!!」怒声と共にとある男性が店から叩き出された。

見ると頭に3つ角が生えている小柄な悪鬼が地面を這いながら黒装束の人物の足に縋り付いている。

「まっぅ待ってくれ、2週間で返す!!!!だから少しでも貸してくれないか!?頼むっぅ!!!チャンスを与えてくれっぅ!!!」

悪鬼は平身低頭しながらヘコヘコと頭を下げ続けて恥も外聞も無い様子だ。何が彼をそこまで追い詰めているのだろうか??

「200%債務超過だ・・36時間後に魂を徴収する。残り少ない余命を精々楽しむのだな。」黒装束の人物はそう言うと店の中へと去って行く。

「そっぅそんな・・見殺しにする気か!?おっぅ俺に出来る事なら何でもするっぅ・・だっ誰かっぅ助けてくれっぅ!!!」

周囲を見渡しながら叫ぶ悪鬼は私に気が付くと慌てて駆け寄って来た。

「なっぅなあアンタ、ほんの少しで良いからさダマスクアを分けてくれないか!?見たトコ新参者だろ??俺はこう見えてもル・ロワワ・ガラリア・アハリアン様に仕えた事があるんだ。2倍、いや3倍にして返すから・・頼む、この通りだっぅ」

「ダマスクア・・??」私は目をパチクリとさせて彼の要求に戸惑いを覚える。

「あ~ら、私の大切なお得意様に向かって何を要求しているのかしら??」

ゼヴァンナがガシッゥと悪鬼の頭部を鷲掴みにすると軽々と持ち上げ、「アハリアンに祈りなさいっぅ!!!」

「ボォギャァァアア゛アあ゛ーーーッゥ!!!!」

絶叫と共に悪鬼は塵と化し白煙と共に宙へ滲み溶け消えた。

「フン、落ちぶれた妖魔が私への挨拶も無しに・・不届き者にも程があるのよね。」

そう言いながら手でポンポンと衣服を払う彼女に訊いてみた。

「彼は・・救いを求めていた・・何故??」

「よくある事ですわ。褐色の騎士様には縁が無い話よ。弱肉強食の世界で利他的な博愛主義に頼ろうする者の末路と言ったトコロかしらねぇ・・」

「違う!!!何故彼を殺したの??」

食い下がる様に問い詰める私にゼヴァンナは少し呆気に取られた顔をしてから微かに溜息を付く。

「ふぅん・・まだ現世の感覚が抜けてないようね・・けど、物事の本質を偽る事は不可能だわ。その魂の色が教えてくれている・・貴方の本性を。」

「意味が分からない・・私の何を知っているというの??」

その時、道の中央をラッパを吹きながら不気味な集団が通り掛かった。

「パッパラパッパラッ♪退いた退いた、第61ラーケジュダイン部隊のお通りだ。邪魔者は潰してでも通るぞっぅ!!!!」

ラッパを吹く人物に先導されて全長が3トーリアを超える見た事も無い怪物が列をなして行進して来る。身体は血に染まったかのような隆々とした異形な筋肉が発達しており顔は能面のように真っ白で眼が無い。手には黄色に輝く凶悪な殺傷能力がありそうな形状のロングスピアーが握られていた。

「あれは・・??」

「黄泉の番兵。人間を5~6人溺死の儀に落とし込み造り出す究極の殺戮兵士・・どうやら戦場へ向かってるようねぇ・・」

「戦場??戦争が起きてるの・・??」

「50余を超える勢力がこの奈落の底で争ってますのよぉ~~・・600万のルの軍勢がこの地に封じられて以来、誰が真の魔王の座に相応しいか永遠に、ね。」

「奈落の・・底??・・ここは・・ファルギルダイテ・・??」

「ピンポン♪大正解ですわ褐色の騎士様!!!私は外様だからこの地の勢力争いとは関係ありませんが・・貴方はどうかしら??」

「私は・・私は・・分からないわ。自分が何者なのかも・・」

何か重要な事を忘れている・・だがまるで思い出せない。

「それなら安心して、私の特製ティーを飲めば思い出すわ。さあ、こちらへ・・」

手を引かれるや否やシュンッゥ・・と瞬く間に風景が消え去り何処か広い部屋へと瞬間移動した。

「幸いにもこの地域の魔王は今、留守にしてるから・・厨房を勝手に使わせて貰いましょう。」

どう見ても怪しげな科学ラボにしか見えないが・・どうやら炊事場のようだ。

「ん~少しお待ち下さいねぇ~この湿度・温度から最適な沸かし方を考えるに・・こうね。」

懐の筒から茶葉を取り出したゼヴァンナはフンフン♪と鼻歌混じりに水道から水を掬うと泡状に宙へ広げて茶葉を粒子分解させながら中へ溶け込みさせ始めた。

「褐色の騎士様、貴方はティーが飲める・・あぁもちろん珈琲も。特別な存在だと思わなくって??」

「おやおや・・誰が私の調理室を使って良いと言いましたか??」

突然背後から声が掛かった。

「あらら・・来ちゃった・・」

そこにはまだ記憶に新しい黒髪のオカッパ頭の男性が白と黒を基調としたローブを身に纏って佇んでいる。

「貴方は・・ヴェル・・ドラ・・??」

「おぉ!!まさかこのような形で再会するとは・・私を覚えてくれていたのですね、もちろんそうでしょうとも!!!親愛なる私の貴方・・」

彼は両手で私の手を握ると、嬉しそうに瞳を輝かせる。これは・・現実ではない。元の世界へ帰らなければ・・

「ややっぅ・・ヴェルギスティス、まさか・・私の調理室でティーなどという無粋な代物を作ろうとしているのでは??」

やや批判的な彼の嫌疑にゼヴァンナは泡の中で茶葉を混ぜながら

「そのまさかだとしたら??」刺々しく無愛想に答える。

ヴェルドラは首を左右に振り

「とんでもない話ですね。そうだ、折角なので本場の珈琲をご馳走致しましょう。ティーなんかよりよっぽど美味しいですよ。」

棚をゴソゴソ漁り始め・・茶色い珈琲豆と珈琲ミルを取り出すと、手慣れた動きでビーカーに着火する。

「私は呪術なんかに頼って仕上げる誰かさんとは違いますから。コクと風味を味わうなら手挽きが一番です。」

皮肉を込めながら珈琲ミルにポロポロと豆を詰めて行く。

「あ~らカビが生えるくらい古典的な淹れ方で完璧な抽出なんて出来るのかしらねぇ・・隣使わせて貰いますわ~」

ゼヴァンナも負けじと言い返しながら流し台を使い始めた。

「貴方達・・知り合い??」自然と湧いた疑問を尋ねてみる。

「・・・私の口からは何とも言えません。少なくとも勝手に調理室を使われるのを心良く思う間柄では無いとだけ。」

「そうねぇ・・答えはYES。でも互いに興味も関心も無く干渉せず・・の立場、かしら。」

とても仲が良いとは言い難い関係性のようだ。その間にも2人は着々と作業を進めて行く。

「低温抽出には少し時間が掛かるのよねぇ・・」

「低温?気が知れませんね。これだからラの者は・・まぁ、私の熟練のテクニックだって時間は掛かります。」

文句を言いながらも素早く見事な腕捌きでまるで職人芸だ。

「ところでティーカップは何処かしら??」

「そんなモノ有るワケが無いでしょう。ここは私の所有するキッチンです・・誰が置いてるとでも??」

ヴェルドラはハッゥ!と悪態を付きながらも引き出しからコップを取り出すと2つ並べる。「これで我慢しておきなさい。」

呆然と立ち尽くして見守る事数分後・・・

「さあ・・世界一と言っても過言では無い最高の珈琲が出来上がりました。今すぐご賞味下さい、親愛なる私の貴方・・」

「私の特製オリオニアンティーも完成しましたわ~一杯どうぞ♪」

2人がコップをそれぞれ台の上に置いた。

「ただし・・飲めるのは片方だけです。腐ったティーの後では珈琲の風味が損なわれてしまいますからね。」

「ん~、それはこちらのセリフですわ・・ドブ水のような珈琲の後では素晴らしいティーの香りと甘みが台無しよ。」

私は躊躇して幾らか逡巡した。この決断が本来の自分を取り戻す運命を変える・・そんな気がしてならない。

「貴方にはどちらかを選ぶか権利がある・・ですが本能の赴くままに在りのままの欲求に従うのです。」

「無理強いはしませんわ~でもティーを飲んで頂ければきっと後悔はさせませんわ。」

悩んだ末に珈琲のコップを手に取るとゆっくり口にした。

「!!!・・美味しい・・」ガツンと来るかつて無い濃厚で奥深い味わいに思わず脳が快感に打ち震えポツリと声が出る。

「あら残念・・それが褐色の騎士様の選択ですのね。」

「ほうらっぅヴェルギスティス、やはり私の言った通りでしょう!!!!本能には抗えないのですよっぅ!!!」

勝ち誇ったヴェルドラの満悦気味な叫びの中、意識が混濁して行き・・瞬時に覚醒して私は跳ね起きた。

「ハァッゥ・・ハァッゥ・・」

「大丈夫か!?死んだかと思ったぞ・・」ウィルが心底から心痛そうな面持ちをして肩を揺らして来た。

どうも別室でベッドの上に寝かされていたようだ。

「何だか・・変な夢を見てたわ・・・」

ペロッゥと舌を舐めると珈琲の余韻が残っているかのような感覚がする。

「このまま目覚めないかと気が気でならなかったが・・とにかく無事で良かったぜ。任務より命が最優先だからな。」

ウィルのホッと安堵した口ぶりに私は一気に現実を取り戻した。

「任務!!!オークションは!?まだ終わってない!?」慌てて確認を取る。

「今7番目の出品だ。気分が落ち着いてからでも遅くはねえ・・ゆっくりと休んでから・・」

「気分は・・最高よ。これ以上無いくらいには。」


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