四章 冒険者ギルド
チャランチャラン・・・「おーい我らが騎士様そろそろ時間だぞ!!!」ウィルの声にハッゥと気が付いた私は慌てて本をリュックに詰め込むとバタバタと降りて行く。
「おめえが遅れてどうするんだよ。もう皆待ってるぞ。」「悪いわね、ちょっと本に夢中になっちゃって・・・」
「なんだあ??まぁた小説か、俺と一緒で学が無い癖に高尚な趣味をお持ちで結構な事だな。」ウィルが呆れ顔で批判してくるが気にも留めず、倉庫からシャベルを取り出すと「ハイ、これアンタが持っててね。」と手渡す。
「トイレ用か・・・俺にはお似合いだってか??」「あら分かってるじゃない重要な物だから無くさないようにね。」詰所の外に出るとシンが腕を組んで壁に寄りかかっておりナッセルは煙草を吸っていた。
「さあ皆、準備は出来たわね!?保存食と水とトイレットペーパーは十分持ってる??」
「ああ、問題ない。あるとしたら俺のロングソードが痛んでるから買い替え時だってくらいだ。」シンが僅かに曲がったロングソードをコンコン叩いて「もし戦闘になったらどうとでも使うが・・・途中駄目になったらウィル、お前のを貸してくれ。」
「え、おめえ俺のを当てにしてるのかよ・・そうなりゃ俺はどうする?素手で戦えって言うつもりか?」不満を表明するウィルに「アンタの剣の腕がへっぽこなのは皆知ってるわよ・・シャベルがあるじゃない。それ振り回しておいてくれれば助かるわ~」と皮肉を突き刺す。
「まぁまぁ、どうせ剣を振るう前にワシの呪文で片が付くわい。それに今回の遠征はヨハンに扮した容疑者の確保じゃろう?相手は独りじゃ、尚更ウィルの出番なんぞ無いわ。」ナッセルの爺さんが煙草を放り投げて足で踏み潰すとニヤリと笑う。
「じゃあ出発するわよ。まずは城へ行き宮廷交付官庁で特別入出国許可証と支度金を受け取るわ。」
大きなリュックを背負った我々は詰所を後にして城へと向かった。
道すがら数人の騎士や従者とすれ違う。「おいアンタら遠出か?」「第13騎士団が一体何処へ行こうってんだ?」と声を掛けられるが「ごめんなさい、任務の話は出来ないの・・・しばらく留守にするからまた今度ね。」と手を振りやり過ごす。
「流石に・・4人でこの格好は目立つな。」シンがボソッゥと呟いた。「ああ、ただでさえ我らが褐色の騎士様が目立つのにこんな荷物とシャベル持ってたらサーカスでも開くのかと思われるだろーよ。」文句を言うウィルに「ヒヒッゥ、さしずめおぬしは調教師にムチで打たれるパピーじゃな。」ナッセルが笑いを堪えて指摘する。「こらこら従者は文句を言わない、さっさと歩く!!!」「・・・だな。」
城門まで辿り着くと「ご苦労様です・・・従者は1人までですが。」と門番が引き留めた。
「そうね・・・シン、付いて来て。」「了解だ。」
そのまま宮廷交付官庁へ向かう。
「ねえ・・シン、副王陛下はヴェイルド教授に関しては何も仰らなかったんだけど・・・どう思う??」
「うん?ヨハンの偽物を確保したら今度はヴェイルド教授の追跡じゃないかと考えてるんだな??」
「そう。でもヴェイルド教授に遺跡の発掘調査を依頼したのは他でもない副王陛下よ。何故後回しにするのかしら??王族にしか話せない重要案件らしいのに。何故ヨハンを殺害した容疑者を優先するのかしら。」「・・・分からん。ナターシャ副騎士団長にでも聞いてみたらどうだ。」「どうせ話してくれないわよ。ナターシャはいつまでも私を子供扱いするんだから。もう良い大人だってのに。」「ははは・・・育ての親からしたら子は子だ。要らない心配を掛けたくないのかもな。」
宮廷交付官庁に着くと受付嬢に「第13騎士団ユンフィニス・リア・エリューヴィン出頭しました。話は通ってるわね?」と尋ねると「はい、了承しました少々お待ち下さい。」と受付嬢が奥へ引っ込む。
しばらくして「エリュー、10分遅刻よ相変わらず時間に疎いわね。」ナターシャが姿を現した。「ナターシャ!!!!どうして!?」
「引継ぎがあるんでしょう??ついでにこの場で済ませておきましょう。」
その時受付嬢が出てきて「お待たせしましたこちらが第13騎士団の皆様の特別入出国許可証と・・支度金となりますお受け取り下さい。あと受け取りのサインをお願いします。」
「分かったわ・・・えぇ30ラディール!?こんなにも!?」酒場で飲み食いしたら40チャリン程度だ。価値としては60チャリンで1ディール銅貨、60ディール銅貨で1ラディール銀貨、60ラディール銀貨で1ファディール金貨の値打ちがある。30ラディールもあれば馬が2頭は買える。あるいは名剣が4本は買える。
毎月の第13騎士団の予算が18ラディール前後なのでそれよりも遥かに多い。「えらく気前が良いな、それだけの価値がある遠征とは思えんが。」シンが驚いて声を上げるが同感だ。
サインを終えて支度金を受け取った後にナターシャと引継ぎの件を話した。とはいえ詰所に保管されてある食料と予備の武具巻物の在庫くらいではあったが。
一通り話し終えた後にナターシャが「これ個人的な餞別に渡しておくわ。」と20ラディール銀貨を取り出して手渡してくれた。
「嬉しいけど・・ここまで必要ないわ。」
「良いから取っておきなさい、何に使おうが貴方の自由だわ。その代わりに・・・分かってるわね、失敗は許されないわよ?」そう念を押して来るナターシャはいつになく険しい表情をしていた。「了解、ナターシャありがとう。行ってくる・・」互いにハグをして宮廷交付官庁を後にすると城門へと向かった。
「シン、これアンタの。」特別入出国許可証を手渡すと「さあてウィルとナッセルの爺が煙草吹かしながら待ってるだろうから急ぎましょ。」先を急ぐ。
城門前では城壁に背を預けた2人が美味しそうに煙草を吸って談笑をしていた。「やっぱり煙草吸って駄弁ってたわね、本当にアンタらって・・・」
「おめえが遅いから今後の作戦会議を兼ねて一服してたんだよ、空いた時間を有効活用してるだけだ。」
「そうじゃそうじゃ。まぁ・・一服どころか3本は吸ったがのぉ・・・・」
「あ~ら作戦会議って?どんな内容かしら興味深いわね。」
「おめえには教えてやんねーよ。」このニコチン中毒の馬鹿2人には付ける薬は無いのだろうか。頭痛がしてくるのを抑えつつ「はい、これ無くさないようにね。」と特別入出国許可証を2人に手渡す。「へへっぅ、これが噂のゴールドカードって奴か?将来旅に出る時にでも役に立つかな。」ウィルが歓喜の声を上げるが「悪いけど任務が終わったら没収するわよ。」とにべも無く将来の旅とやらを一蹴する。「そもそも旅に出る程の長期休暇が我々に与えられるとは思えんがな。」シンが冷静に指摘した。
「ちぇっぅ、なんだよケチな話だな・・良いだろ夢くらい見たって。」「夢を追いかける暇があったら容疑者を追いかけなさい。話はそれからよ。」
「・・・で、どうする?馬で国境まで駆けると言ってたがグリフィンの方が遥かに速いぞ。」
シンの問いに「まさか!こんな大きな荷物を背負った4人じゃグリフィンに乗せて貰えないわよ。」「とすると・・・やはり馬か。」
「そうよ、馬屋に行きましょう。」
「馬屋か・・・ワシの魔法の絨毯でひとっ飛びするかのう。」ナッセルが提案する。
「爺さん最初から飛ばして行くと呪力が枯渇するわよ。」と否定的な意見を出してみるも「なぁに今日はどうせ呪文を使う機会など無いわい。」ナッセルはそう断言してリュックからはみ出たグルグル巻きの大きな絨毯を広げると「さあ乗った乗った、魔法の絨毯の快速便じゃ。」と私達を促した。
「流石だぜ爺さん危うく俺達の足が棒になるところだった。」ウィルがはしゃぐ。全員が乗ったのを確認すると「それでは良いかの?」ナッセルが絨毯に手を付いて接触呪文を発動させた。フワッゥ・・と絨毯が宙に1トーリア浮いたと思ったらドビュゥゥウウウーーーーーッゥ物凄い勢いで加速する。道行く通行人を左右に避けつつ縦横無尽にビュンビュンと飛び回る。「アヒョォォオオヒィィーーーッハァァアアッゥ」「ちょっと、爺さんスピード出し過ぎよ!!!!」「ひっひっひ・・・何を言うか快速便と言ったじゃろうっぅ!!!!」
魔法の絨毯は快適で便利だが呪力の消耗が激しく普通の呪術士では500トーリアも持たない。だがこの似非神父は普通ではないので2000トーリアは余裕で飛ばせる。「爺さん本領発揮だな・・」シンが呆れたように口を利く。「俺達が楽できればそれで良いじゃねえか。」ウィルが後頭部で両手を組んで鼻歌まじりに答えた。
すぐに騎士団ご用達の馬屋に到着するとナッセルは魔法の絨毯を仕舞い込み私達は中へ入って行った。ところが馬屋はガラガラで馬は一頭も居ない。
「何だよ馬は何処に行っちまったんだ?」「ちょっと・・・どういう事??」
「まさかの馬無しとはな・・・」
「ボッタラーニャ爺さん!!!!居る!?馬を借りたいんだけどっぅ!!!!!」「あん??」小屋からボッタラーニャが姿を現す。
「なんじゃ褐色の小娘か。」「馬は??」「馬は全頭出払っておるぞ第5騎士団と第6騎士団が乗っていったわい。」「ハァ!?何処へ!?」「旧ゲーニヒス領域へ用があるんじゃと。後は知らん。」
「!!!・・やられた・・・副王陛下だわ。」「ん?何だって??」ウィルが間抜けな声を出して聞いて来る。「副王陛下がヴェイルド教授の捜索に第5騎士団と・・第6騎士団を投入したのよ。」
「俺達に説明も無く・・・か?」シンが尋ねる。「そう。やはりヴェイルド教授の安否も重要だったみたい。でもこれじゃ第13騎士団の面子は丸潰れね。」
「・・・で、どうするんじゃ?ワシ等の馬は無いぞ。」ナッセルが不貞腐れたようにつぶやいた。
「こうなったら仕方ないわね・・・歩いて行きましょ。」「おいおいおい・・帝国第一国境まで歩いて??冗談じゃあないぞ。」ウィルが抗議の声を上げる。
「とんだ遠征となったモンだな・・」シンもやれやれといった感じで溜息を付く。「ほっほっほ・・・老体に鞭打つつもりか。最近の若者は酷いのう。」ナッセルまで否定的だ。だが他に手段は無い。
「じゃあね、ボッタラーニャ爺さん。」「馬を用意出来ずにすまんのう。」挨拶を交わすと外へ出た。
「ナッセル、まだ魔法の絨毯・・数百トーリア行けるわよね?」「なんじゃ・・?何処か用でもあるのか?」
「予定変更よ、冒険者ギルドへ向かって。」「おまっぅ・・わざわざ冒険者を雇うのかよ・・そんな金あんのか??」ウィルの心配を他所に「私達はミューンズドヴルメの地理や交通網に疎いわ。その道のプロが必要なのよ。」と言い切る。
「なるほど。支度金の良い使い道だな。」シンが賛同してくれた。
「ふむ・・ここから城下町の冒険者ギルドまで1000トーリア以上ある。途中でワシの呪力が尽きるぞい。」「それで結構よ。城下町の繁華街を爺さんの暴走絨毯で飛び回るなんてとんだ自殺行為だわ。事故る前に降ろして頂戴。」そう言い全員が魔法の絨毯に乗り込むとナッセルの呪力で再び浮かび上がり猛スピードで城下町へと飛んで行った。
郊外から街並みが見えてきたところで斜め45度に絨毯が傾いたかと思った瞬間、突然地面に投げ出され私達は文字通り弾け飛びドッゥガッゥゴッゥと転がりながらリュックごとバウンドして幾度も宙を舞い大地に叩きつけられた。
しばらくの静寂後に「うう・・・」と誰のとも知れず呻き声が聴こえて来る。ガバッゥと立ち上がった私は「ちょっと!!!爺さん、私達を殺す気??」と叫んだ。リシャーヴョンに比べて頑健な身体の私はかすり傷で済んだが従者達はそうはいかない。
「す・・すまんのう・・・いきなりガス欠じゃ。痛たたた・・・」最後まで絨毯にしがみ付いていたナッセルも軽傷のようだ。「エリューヴィン、ちょっと来てくれ・・・」虫の息のシンが倒れたまま呼んでくる。全身ズタボロのように見受けられ重傷か。「受け身を取ったら腕が血だらけだ・・・巻物を使ってくれないか?」
私はシンのリュックを漁ると回復の巻物を取り出して詠唱した。「我は治癒する、仲間の傷とその肉体をっぅ!!!!」シュウシュウシュウ・・代謝機能が促進されみるみるシンの傷口が塞がって行く。「・・・助かった、少々眩暈がするが数分後には歩ける。」ウィルの奴はどうなっただろうか・・・?キョロキョロと見渡すと遠くの方にピクピクと痙攣しながら倒れている。
急いで駆けつけると全身打撲で足首がねじれ曲がった哀れなウィルの姿がそこにはあった。「シン!!!回復の巻物は!?」「もう無い・・」「仕方ないわね。」
両手でウィルの身体を担ぎ上げると「このまま冒険者ギルドに向かうわ。シン、歩けるようになったら付いて来て。ナッセル、行くわよ。」「・・了解だ。」「ほいほい呪力が切れたワシはただの爺じゃ・・」全くこんな事故を起こすなんて幸先が悪いってモンじゃない。ぶっ飛ばしてやろうかしらこの耄碌爺・・・そう思いながら街路を突き進んで行った。
繁華街に入ると「褐色の騎士様一杯やっていかないかい?」
「褐色の嬢ちゃんウチのケーキ買っていきなよ!」
「おやおや怪我人かい??大丈夫かしら・・・ところで骨董品に興味は無いかえ??」などと声を掛けられるが「はは・・・また今度ね。」とやり過ごして先を急ぐ。「い・・痛えぇ・・よ・・」途中ウィルが情けない声を上げた。「アンタ男でしょ、もう少しだから我慢しなさい。」「恨むならワシじゃなくてあの絨毯じゃな。不良品じゃ。」
一等地に3階建ての立派な屋敷が見えて来た。リシャーヴ王国唯一の冒険者ギルドだ。金儲けにがめつい連中の事だ、ここの土地を買収して豪華な建物を建てるなんて朝飯前だろう。
カランカラン・・・入口の鐘が鳴り響き足を踏み入れた。中は人々の喧騒に包まれていた。人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、リザーディアン、フェルマー、ホビット、ダークエルフ、ゴブリンと様々な人種がごった煮で騒がしく会話をしている。彼等の共通語はナルルカティア語だ。帝国こそ彼等の本場であり文化の拠り所であって連邦諸国にはオマケ程度の支部しかない。
私は息を吸い込むと「誰かっぅ!!!怪我人が居るんだけど助けてくれる!?」
大声で叫んだ。一瞬喧騒が止むが多くの者はすぐに会話を続けた。数人が急いで駆けよって来る。「俺に任せな。」「なんの、お前の呪力じゃ中途半端にしか回復できんわ。ワシに任せなさい。」「退いた退いた、回復呪文ならノームの専売特許じゃい。」「こんなの早いモノ勝ちじゃない。」各々ウィルを取り囲むと接触呪文や発声呪文を使って勝手に回復させてしまい、ほぼ同時に全員が
「1ディール!!!」と声を揃えて手を出してきた。そう、決して親切心でしてくれたのではない。ディールの為だ。快く支払うと満足した者どもは散って行った。
「さあて、立てる?ウィル。」「ああ・・死ぬかと思ったぜ。ここは??」「冒険者ギルドよ。道先案内人を雇わないと。」
カランカラン・・・「シン!!!もう良いの?気分は??」
「最悪だ。爺さん、タクシーは次から乗らないからな。」「ほっほっほ・・・安心せえ次からは安全運転を心がけるからのぉ。」一同揃った私達は受付へと進んだ。
受付嬢のダークエルフが私を見るなり「あ~ら・・お得意様のご登場じゃあないですのぉ~~褐色の騎士様、本日はどのような御用件で?探索でも護衛でも何なりとお申し付けください。そ・れ・と・も豊胸手術でもするぅ~~??」と擦り寄って来た。
私は溜息を付くと「悪いけどギルドマスター呼んでくれるかしら。」「あらいけずなのね。グッドファイフ!!!!お客様がお呼びよっぅ!!!!」だが喧騒に満ちた建物内でその声はかき消されて明らかに届いてない様子である。
ダークエルフは無言で呪符石が仕込まれたベルをジリリリリリリンッゥ!!!!!と鳴らした。一気に場が鎮まると同時に、「あぁ~~テステステス、グゥゥッドファーイフッゥ!!!!お客様が呼んでるつってるだろぉぉうがっぅさっさと降りて来いっぅ!!!!!」発声呪文で3倍に拡張された怒鳴り声が建物中に響いた。
「んだあ?誰が俺に用だって??ゼヴァンナ・・・」すぐに身長が2.3トーリアはありそうな巨躯を持つドラコニアンが降りて来た。ドラゴンの末裔だけはあって後頭部から尻尾まで竜鱗が金色に輝いており眼は琥珀色でギョロリと、その歯は鋭く噛み砕く力は相当なモノであろう。
「何だ、お前か・・・」珍しくも無い、といった様子で私を一瞥して「腕相撲大会のケリでも付けに来たのか??言っておくが負けたつもりはねえ。」と言い放つ。
即座にシンが「あぁっぅお前っぅ!!!このちぢれ髪のドラコニアン野郎っぅ!!!!」と叫んだ。
「なぁに?アンタら顔見知りなワケ??」「んあ?」ちぢれ髪のドラコニアン・・グッドファイフはシンをギョロギョロ見渡すと「そうか・・・、あの時の人間か。ディールは払っただろう・・しつこい奴だな。」
「ちょっとちょっと、一体何があったのか教えてくれる??」私は大切な従者とこれからの交渉人の間に割り込んで諍い事になるのを止めようとした。
「あぁ・・いいだろう、俺は1週間前に犯罪の香りがするレストランで夕飯を食べていたんだ。すると隣にこのドラコニアン野郎が座ったかと思うと皿ごと奪って俺の夕飯を口の中へ放り込みやがった!!!!汚らしいゲップ付きだっぅ!!!!!まだベーコン3枚と目玉焼きが残っていたのに、だっぅ!!!!!」
グッドファイフはやれやれといった様子で首を左右に振り「ちょっとした間違いだ・・ディールは払った。」
「俺が抗議したら、コイツはディールか??と言って1ディールをピンッゥと親指で投げて寄こしやがった。怒り心頭の俺は当然食って掛かったさ。」「それで喧嘩になった・・のね??」「ああ、コイツは俺をタコ殴りにして店の外の路上に叩きつけやがった。」「先に剣を抜いたのはお前だろ。」「かも知れんが俺の剣はひん曲がり意識朦朧で店主に助けられなかったら死んでいたかもしれん。」「手加減したつもりだったが・・・人間とは脆い生き物だな。」「手加減だとぉ!?何処がっぅ明確なヴェッセリルア条約違反だ!!!!」
両者が罵り合いを続けて今にも殴り合いそうな剣幕になったところで・・・
ピィィイイイーーーーッゥ!!!!!
「はいはいやめやめ、ストォォーーップッ!!!!」受付嬢のダークエルフが笛を鳴らして中断させた。
「グッドファーイフ、減点2よ。明らかに自衛の範疇を越えている人間への暴力は禁止されている・・・前にも言わなかったっけ??そしてお客様への過度な挑発も禁止されているわよね・・・ギルドマスターの貴方がそれを守らずして一体どーすんのよ!!!!今月の特別手当から差っ引いておくからよろしく。」
「おいおいおい、ゼヴァンナ俺は自主自衛をしただけで・・・」
狼狽えるドラコニアンに「あ~ら、反省の色無しということで追加減点1かしらね・・・」とゼヴァンナがニヤニヤしながら書類に-1と書こうとするのを見て「参った、俺が悪かった・・・そこの人間、この通りだ許してくれるか?」と頭を下げる。
「お、おう・・・まあ謝ってくれるなら・・・それで十分だ。」シンが抜きかけた剣を鞘に戻す。満足げに頷いたダークエルフは「さあ、では存分に商売の話をして頂戴。ささ、あちらのテーブルへどうぞ~。私の特製スイロンティー淹れて来ますので~~」と奥へ引っ込んだ。
私達はリュックを降ろすと近場の円テーブルに着いた。
「・・・で、今回はどんな用件なんだ??」グッドファイフがテーブルの上をコンコンと叩きながら聞いて来る。
「コホン、そうね・・・私達はこれから帝国へ行くんだけど・・・近年のミューンズドヴルメの交通網・地理に詳しい道先案内人を雇いたいわ。」
「なんだ、そんな事か。少し待ってろ・・・すぐに適任者を連れて来よう。」そう言いグッドファイフが席を立つと入れ替わりにゼヴァンナがティーカップを乗せたトレー片手に「当ギルドの名物ガチコチップクリスプとスイロンティーをどうぞ~、ゆっくりしていってね!」と人数分の菓子と茶を撒いていった。
「帝国産の菓子に帝国産の茶か・・ワシ等には普段縁が無い高級品じゃのう・・」ナッセルがぼやく。「ついでに言えばここのギルドメンバーもその多くが帝国出身だろう。」シンが指摘をする。
「なんだよそれって帝国の下部組織なんじゃねえのか??」
「それは違うわウィル。」私はすぐに訂正をした。「冒険者ギルドは国家という枠組みから完全に独立した組織を標榜している・・・現に結成から1600年余りが経つけど戦争行為において帝国や他の国に肩入れした事は一度も無い。ただ、冒険者ギルドが雑多な多種族で構成されているのと帝国におけるあらゆる人種を平等に扱う政策が適合して親和性が高いので・・必然的に帝国出身者がギルドメンバーに多くまたギルドの数も帝国に集中している・・・ただそれだけよ。」
「まぁの、もっと掘り下げれば冒険者ギルドの創設者は帝国の英雄王ルアオッドで永らくギルド本拠地は帝都ナルルカティアにあった。公平性を重んじる為に双極半島の中央部の島バン・ガリトゥーレに本拠地を移したのが700年ほど前じゃのう・・・」
「へえ・・・爺さん物知りだな。そのルアオッドって奴は何者なんだ??」
「若い頃より世界中を旅して回った冒険家だったらしいんじゃが・・・噂によると接触呪文、発声呪文、竜眼をオクタで自由自在に操る剣士だったとか。」「皇帝を殺める者あるとすればルアオッドの他に無し・・・という格言が生まれた程に強かったらしいな。」シンが続ける。
「よぉ待たせたな。」グッドフェイフが身長1.3トーリアに満たない一見子供のような男性を連れて席に戻った。
「あら可愛いおチビちゃんね。」思わず口に出る。
「お姉さんホビットは初めてかい?こう見えてもオイラは42歳で良い大人なんだよ?」声も少年のようでとても42歳には見えない。「こいつはズクラッド。8年間ミューンズドヴルメ支部で働いてて半年前にこちらへ移籍して来た。あちらの事は何でも知っている。」
「ミューンズドヴルメの案内ならオイラに任せておくれよ。きっと満足できるハズさ。」両指をパチパチと打ち鳴らすとビシッゥと人差し指で決めポーズをする・・ホビットの習性だ。
「経験に不足は無さそうね、じゃあ経費はこちら持ちで前報酬2ラディール銀貨、成功報酬で3ラディール銀貨追加でどうかしら?」「雇用期間は??」「1週間から2週間程度かしら、行ってみないと分からないわ。」
「良し、じゃあ決まりだね!」
「ほーっほほほ、早速の契約ありがとうございます。こちら必要書類にサインをお願い出来るかしら。」小走りにゼヴァンナが駆け寄ってきて書類を手渡してくる。サインをしていると「事務手数料が6ディール37チャリンとなりますが報酬から引き抜くか追加でお支払い頂くかどうしますぅ~??」
「追加で支払うわ。」財布から6ディール銅貨と37チャリンを取り出すとテーブルの上に置いた。
「ありがとうございますっぅ!!!!ではパーティ結成という事で・・尚、被雇用者が治癒不可能な怪我もしくは死亡した場合におきましては違約金を請求しますのでご了承下さいませ。」
「了解、じゃあえーとズクラッド、行きましょうか。」
「ちょっと待ったお姉さん。知ってるとは思うけどミューンズドヴルメは帝国領に編入されたから最近はナルルカティア語が浸透しているんだ。一応リシャーヴ語も通じるけどナルルカティア語も話せるよう話術士に頼んでおいた方が無難だと思うよ。」
ズクラッドの提案に我々は目を見合わせて「帝国言語が理解出来る人は??」「俺は無理だ。生まれも育ちもリシャーヴョンだからな。」ウィルが即答する。「ワシもほとんど理解できんのう・・・簡単な挨拶ぐらいしか交わせんわい。」ナッセルも否定する。
もちろん私も帝国語なんて知らないし分からない。「俺は少しは話せる・・・が、難しい単語はよく分からん・・」唯一シンがある程度話せるようだが心もとない。
「そうね・・金銭的には余裕があるし、話術士に言語呪文をかけて貰いましょうか。」グッドフェイフが「じゃあ付いて来てくれ」と席を立つ。
3階まで階段を上ると奥の方で煙草を吹かしている蝶ネクタイをした紳士にグッドフェイフが声を掛けた。「ガリアトス、出番だぞ。ナルルカティア語をこいつらの脳に刻み込んでくれ。」「ほほう?何名様かな??」灰皿で煙草を揉み消すとニヤゥと笑う。その瞳は赤く、鋭い犬歯が覗いていた。
「こいつ・・吸血鬼か。」シンが訝し気に吐き捨てる。「ハーフだよ・・・安心したまえ、血を吸う習慣は無い。」「本当だろうな?」シンが剣に手を伸ばして臨戦状態に入るのを手で制す。「シン、待ちなさい。冒険者ギルドで審査があるハズよ。生粋の吸血鬼じゃないわ。」しかし無害とはいえ吸血鬼まで居るとは驚きだ。「4人なんだけど支払いはいくらかしら?」
「20ディール。」「吹っかけてくるわね・・・8ディールでどうかしら??」「16ディール。」「10ディールよこれ以上は譲れないわ。」「14ディール。」「12ディール。もう帰るわよ。」「決まりだな。」
12ディールを支払うとハーフの吸血鬼は私達の額に手を当てて接触呪文で言語中枢に働きかけた。
「効力はどのくらい持つかしら?」私の問いに「2週間前後・・といったところだ。3週間も経てば忘れているだろう。」「上出来ね。じゃあね、吸血鬼さん。」「俺初めて見たぞ吸血鬼なんて。」去り際にウィルが恐ろし気に語る。無理もない、真性の吸血鬼だとしたら壮絶な戦いになるのは明らかであり討伐対象だ。
「ではご機嫌よう、またの来場をお待ちしておりますわぁ~~~」終始にこやかなゼヴァンナの軽い挨拶を尻目に私達は冒険者ギルドを出た。
「んーで、歩いていくのかい??」ズクラッドの質問に「そうよ。徒歩でミューンズドヴルメまで行くわ。リシャーヴ王国から出るまでは私達でも分かるから案内は不要ね。」「それじゃあ出発進行~!!!!」「元気な坊やね。」「坊やじゃないやいっぅ!!!!」いつもと変わらない城下町の雑踏とした街頭の風景を眺めながら郊外へ向けて歩き出す。