三十五章 立食会
「さあ・・約束通りの時間内に全て終わらせて来たわ。」
飛空艇へ戻ると渋い顔付きに仁王立ちで待っていたゼアトルべ・ザックスに報告をして客室へと入る。
「で、どーだったよ??」
ウィルがジャーキーを齧りながらアホヅラで呑気に訊いて来た。
「どうもこうも無いわ・・最低のクソッタレ野郎ね、アイツ。でも協力は得られる・・背に腹は代えられないから止む無しかしら。」
「よほど不快感を抱いたようだな・・具体的に協力とは??」
シンはいつもながら冷静だ。
「それは教えてくれなかった・・けど、私達がオークションに参加して王家の財宝の落札を長引かせるのが条件よ。」
「でぇぇええ!?!?俺達がオークションに参加ぁぁあああ~~~!?!?」
ウィルが素っ頓狂な声を出す。
「そ、ドレスコードのドの字も知らない私達に無茶な要求よね~・・」
「その口振りからすると服装の備えはランツィ公に用意して貰うんだな??」
「えぇシン、その通りよ。貴族や金持ちに交じってこんなみすぼらしい格好じゃあ参加もできゃしないったら・・」
「ほっほっほ・・わしゃパスじゃ。おぬし等で適当に参加してくれ。こんな老いぼれにフォーマルな服装で数時間なんて拷問じゃからのう・・」
早速ナッセルが拒否の意向を示した。
「そうよね、しみったれた爺さんじゃ着飾っても物乞いにしか見えないわ。」
「・・毒を吐くのう。」
「へへへ・・オークションだって??オイラに任せなって・・金持ちになっちゃったからさぁ・・」
意味不明なズクラッドの物言いに私は首を傾げつつ「彼どうしちゃったの??」
仲が良いであろうウィルに問いかける。
「さっきから坊主ちょっと様子が可笑しいんだ。」
「えへへへ・・お姉さん綺麗だね・・」
ろれつの回らない声でニヘニヘと笑う彼の顔に「!?」まさかっぅ・・ズクラッドの襟首を掴み胸倉を持ち上げ目を確認すると完全に瞳孔が開いている・・
「やったのね!?ヤクを!!!!」ブンブンと振り回す。
ラミューダで単独行動をさせたのが悪かったか。後悔するも時既に遅しだ。
「ごっ・・ごめんよぉぉお~~~我慢出来なかったんだ!!!!ちょっとだけ・・って思って・・」
パンパンパン!!!私はズクラッドの頬を平手で左右に叩きのめすと腰にある小袋を全て没収して中身を確認し始めた。
「ビヨンドヘヴンだわ・・20トピアはある・・こんなモノ!!!」ワンワン泣くズクラッドを尻目に甲板上に出ると船尾へ行き大空へと一気にばら撒く。白い粉がキラキラと輝きながら風に飛ばされて散って行った。
「これだからっぅ冒険者って奴は!!!!」私は独り甲板上で怒鳴り声を上げると「ふぅ・・落ち着け・・落ち着くのよ、誰にだって間違いはあるわ。」何とか怒りを鎮めて客室へと戻った。
「良い?今後はおチビちゃん単独行動禁止よ!!!今回限りは任務成功で帳消しにしてあげるから。薬物中毒で死んだら誰がディールを払うと思ってんのよ。後味が悪いったりゃありゃしない。」
私の剣幕に一同沈黙して泣き喚くズクラッドを見やる。
「俺には責任が持てねえから言うのも何だけど・・4ラディールもの報酬を得たんだ、少しくらい羽目を外しても無理はねえよ。」
相変わらずウィルは甘い。情に流されやすい男だ。
「もちろん気持ちは分かるわ・・でもそれとこれは別よ。契約中は彼の健康状態にも気を遣わなきゃならない立場なんだから。私には監督責任があるの。平手打ちで済んだ事を感謝して欲しいくらいよ。」私は悪びれも無くそう言い放つとドカッゥと椅子に座って不機嫌を露わにした。
「エリューヴィン、オークションの件に付いてだが・・貴族の出で立ちで行くのならば俺よりは背が高いウィルの方が向いている・・幸いにも苦労を知らない顔付きだしな。」シンの嫌味が効いた推薦に「俺かよぉ!?文字が書けなくても良いのか!?」ウィルが困った顔をするが「そうかもね・・受付は私が対応するから・・確かに黙って立ってるだけなら見栄えは悪く無いわよね・・」
私もシンの意見に賛同する。
「でもよぉ・・貴族の振る舞いなんて知らねえぞ。」
「あら私もよ。良いじゃない、世間知らずな田舎の貴族って設定で・・」
「ほっほっほ・・諦めるんじゃなウィルよ。」
そうして私達は今後について話し合いつつ・・飛空艇は夜7時頃に州都レアウルスへと到着した。
「快適な空の旅もこれでお仕舞か・・もう二度と乗ることは無いだろうなぁ・・」搬入口へ向かいながら名残惜しそうにウィルが呟く。
「ああ・・悪くない経験だったな。リシャーヴの関係者で飛空艇に乗ったのは俺達が初だろう。」シンも少なからず感銘を受けた様子だ。
「オイラ・・絶対に忘れないよぉぉ~ぐすっぅ・・」ズクラッドはよほど夢が叶ったのが嬉しかったのだろうか・・グズりながらも感激の声を漏らす。
「ひっひっひ・・これなら冥途の土産話に尽きぬわ。」ナッセルの爺さんも上機嫌で寿命を迎える気もない癖に飄々と語る。
ガラガラガラ・・ガタン・・搬入口が開いて地面を突くと
「ゼアトルべ艇長、お世話になりました・・ランツィ公へは貴方から格別の配慮を賜ったと伝えておきます。」感謝の言葉を述べた。
「フン・・乗客を運ぶのがワシ等の仕事じゃ。配慮も糞もあるモノか・・貴様等が何の用で飛空艇を利用したか知らんが役に立ったんじゃろうな??」
「もちろん!感謝してもしきれないわ・・では失礼します。」
「ありがとさんよぉっぅ!!」ウィルが屈託も無い挨拶をして私達は太守の館へと帰途に付いた。秋の夜7時過ぎはもう日が沈んでおり街灯の明かりを頼りに街中を進む。既にマーケットや店は閉まっていて通行人は疎らで広場にも誰も居ない・・衛兵がいくらか巡回していた。
「王都やロヴナと違って夜の屋台街が無いのは少し寂しいわね・・」
「ああ、閑散としているな。だが双極半島の大多数の都市はこんなものだ。かつて旅で訪れた帝国本土のティストレテやナルルカティアは深夜でも活気がある眠らない都市として有名で・・24時間営業の店があると言ったら伝わるだろうか。」
シンの発言に私は吃驚こいて「24時間営業!?何よそれ・・常識を疑うわ・・」「はえ~とんでもねえなそりゃ・・」
ウィルも半ば呆れたように感心の声を上げる。
「帝国の主要都市では当たり前さ。ただ、夜中は手癖の悪いフェルマーが多いから要注意だね・・あいつ等は夜行性だから・・あと酔っ払ったゴブリンやドワーフは喧嘩っ早いから逃げるが勝ちだよ。」
帝国事情に詳しいズクラッドが補足説明を入れて来た。
「へえ~・・人種雑多なだけはあって昼と夜の世界で活躍する種族が違うのね・・人間が99%のリシャーヴや連邦諸国では考えられないわ。」そう、同じ人間でありながら肌の色が違う私ですら物珍しい扱いを受けるのだ。他種族ともなると白い目を向けられる可能性は捨て切れない。
「うむ連邦は人間至上主義じゃからのう・・冒険者ギルドも人間の比率が大きいと聞く。後はヴェッセリルア条約が批准された影響があろうて。」
ナッセルが通称人間保護条約を口にする。帝国以外の全ての双極半島の国家が調印したこの条約は多人種間における人間の権利と保護を明確に定めた人間優位の条約だ。リシャーヴとて例外では無い。
「種族別に犯罪傾向の差などはあるのか??俺が旅をしていた時は剣で礼儀を示して来たものだが。」珍しくシンがズクラッドに会話を持ちかけた。
「う~んスリや窃盗などの軽犯罪はフェルマーが断トツに多いね。天性の才能だよアレは。路上での暴行事件はリザーディアンやドワーフが圧倒的かな・・特にリザーディアンは名誉を重んじるから侮辱されたらすぐ決闘を挑む習性があってね・・詐欺や洗脳などの知的犯罪はノームの十八番さ。呪術に長けてるからね。エルフやホビットは比較的優等生が多い傾向かな・・ゴブリンは散らかすのが得意だけど、犯罪の才能なんて無い。でも何といっても一番怖いのは人間だよ。」
「俺等人間が怖いって??何の冗談だそりゃ・・おい坊主ヤクがまだ抜けてねえのか??」ウィルがズクラッドの頬を軽くつねる。
「ひゃんと理由があるのら・・コホン、人間は数が多く組織力に優れるからね・・比較的個人の能力は平凡でも物量作戦であの手この手でとにかく厄介なんだ。帝国では人間を悪意を込めて呼称する際にはドブネズミって呼んでるよ・・意地汚い、何処にでもいる、群れを成して貪り食う・・そんなイメージさ。」
「最悪じゃねえか。帝国に産まれなくて良かったぜ・・俺みてえな才能がねえ奴が帝国では辛酸を舐めてんだろうなぁ・・」
ウィルの自虐風味の感想に「だが、種族に関わらず実力がある者は認められる・・それが帝国の長所でもある。」シンがズバリと指摘する。
「そうだね。英雄ともなると誰もが一目置くし尊敬する。そこには人種なんて関係無いよ。オイラはそんな競争社会で落ちこぼれたからミューンズドヴルメやリシャーヴで生計を立てる事にしたんだ・・」
たわいも無い会話をしながら私達は太守の館へと帰宅した。
「おぉ戻ったかエリュー、簡素ながら夕食の準備が整っておる・・皆で食事をしながら語り合おう。」ランツィが広間で両手を広げて迎えてくれた。
「ランツィ・・飛空艇がとても役に立ったわ。ゼアトルべ艇長に世話になって・・事件解決の糸口は何とか掴めた。話したい事が沢山あるの。」
「うむ、エリューお前の武勇伝を存分に花咲かせてくれ。さあ食堂へ行こう・・」
食堂へ付いて行くと椅子は無くテーブルに沢山の料理が並べてある。
「今宵は立食会だ。自由に取って食べてくれ。酒も用意してある。」
「おほぉっぅ豪華じゃねえかっぅ丁度腹が空いてたんだっぅ!!!」
「オイラもだよ!!!見てるだけでヨダレが垂れて来る!!!」
「たまには贅沢な食事というのも悪くない・・今回の旅路は食道楽だな。」
「ほっほ・・聖職者が一時的な食の享楽に溺れても天使は許して下さるじゃろうて。」
銘々が歓喜の声を上げながら皿を片手に料理へ殺到した。私は皿にペペロンチーノをよそうと一口食べた瞬間、旨味が爆発する。
「美味しい!!」ニンニクとオリーブオイルの香ばしさが抜群に効いており唐辛子のツンとした刺激が良いアクセントになっていて食欲をそそる。ズビババーッゥとテーブルマナーも何処かへ消し飛び懸命にパスタを吸い込む。
「あぁ~至福の一時だわ~・・で、ランツィ・・容疑者は確保出来たんだけど・・モグモグ・・」
「やったか!!!流石は我が娘よ・・これで任務成功で晴れて凱旋帰国出来るな、ガッハッハ・・」豪快に笑うランツィは心の底から祝福してくれているようだ。
「・・ところがね、解呪の呪文を唱えて貰ったら消滅しちゃったの。文字通り消え失せたわ。」
「何?どういうことだ・・」
「ドッペルゲンガーじゃ!!ムシャムシャ・・ドッペルゲンガーに違いない!!」フライドポテトをヒョイパクと頬張りながらナッセルが物申す。
「呪力のみによって意識と身体を持つ存在・・元となる人のコピー・・としか考えられないわ。」
「ふむ・・伝承によれば古来よりドッペルゲンガーは死の凶兆として不吉がられておるな。リシャーヴではその存在が認められれば問答無用で処刑すると定められておる。だが、ワシも実際に目にした事はない。よほど卓越した呪術士か高位のラの者かルの者でなければそのような呪いなどかけられぬ。」
ランツィの私見をシャンパンを呷りながら耳にした後「それなんだけど・・ルの者が関与している可能性があるの。」
「ほう??」
「おい!このミートボールすんげえ美味いぞ!!!」フォークで次々に突き刺してはバクバク掻っ込むウィルが絶賛する。
「ちょっと私の分も残しておいてよね!」黒光りするデミグラスソースがふんだんにかかった肉汁たっぷりのミートボールをフォークで突き刺してあんぐりとむしゃぶり尽くすこの幸せ!!!口内に旨味が溢れ出る!!!
「ん、舌が喜びのあまり痙攣するわね・・最高。・・でね、実は王家の財宝を彼は盗み持っていたの。そして旧ゲーニヒス領域で行動を共にしていたヴェイルド教授という人物が発狂してしまい生贄を捧げてルの者を召喚するのだとか・・・王家の財宝もルの者に関わる呪物なのかも知れないわ。」
ランツィは深く溜息を付き、「それは闇が深いな・・手掛かりは王家の財宝か・・ヴェイルド教授はワシも知っておる。元第16騎士団の騎士で現在は考古学者・・ところでエリュー、リシャーヴ王家の神話は知っておるか??」
私はムニィィーーッ・・とチーズたっぷりのピッツァを口で引き延ばしながら・・「えぇ、天使ラ・メディス・アルティーナの加護のもとで・・くちゃくちゃ・・・リシャーヴは建国され現在に至るまで天使の導きのあるままに・・だっけ。」
「昔ナターシャから聞いた話だが・・どうもそれは誤りらしい。王族にのみ伝わる本来のリシャーヴ建国神話では初代王ティタニアスは左手でラの者を、右手でルの者を・・相反する天使と悪魔を自在に行使して強大な王国を築いたらしい。」
「!!!」驚きの余りピッツァを落としそうになる。
「初耳だわ・・庶民が知っている神話とは違う。つまり、本来のルの者の力を取り戻すのが目的で副王陛下は・・」
「そうか、副王の命令だったか・・エリュー、気を付けろ。如何なる指示があろうともヴェイルド教授と接触してはならん。」
「・・なんで??」
「それは・・言えぬ。が、お前には将来がある・・陰謀に巻き込まれて下手に命を落とすのは避けろ。」
「・・・」私は黙ってピッツァの耳を口の中に放り込むと
「フフッゥ・・心配性なんだからランツィったら。大丈夫、私はね・・万が一の時にはコレを使えとロンシャイアから渡されてるの。」ポケットの中から金色に輝くアミュレットを出した。
「天使の祝福・・か。その凄まじいまでの呪力はワシもよく知っておる。が、如何な天使の力とて仮初め・・過信は禁物だぞ。」
「エリューヴィン、ドレスコードについて話すべきじゃないか?」ワインを片手に鶏のトマト煮込みを味わっているシンが横から口を出す。
「そうね・・」「ドレスコード??何の話だ??」
「実は、私達2日後にクリスヴァリアーズ主催のオークションに参加したいの・・王家の財宝が民間企業に流れてオークションに出品されたから・・で、取り戻す策を練ってるんだけど服装がこれじゃ門前払いも良いトコだわ。」
「ガッハッハ、なんだそんな事か。任せておけ・・愛しき娘の為に最高のドレスを用意させよう。」ランツィの確約を得れて私は満面の笑みで「ありがとう!!!!甘えさせて貰うわ。」感謝の気持ちを表して頬にキッスをする。
そしてピッツァの最後の一欠片をウィルとズクラッドが醜く奪い合い・・誰も手に付けないアクアパッツァをナッセルが独り占めして楽しみ、シンが数杯目だろうかワインをじっくり堪能する中で「さて・・と、ランツィ悪いけど書庫で本を借りても良いかしら??」私は席を外した。
メイドに案内されて広い書庫に山ほどの書物が並べられてあるのを見てワクワクと心が躍る。
「本格的な文学や論文よりやっぱ気軽に読める小説が良いわね・・」
15分ほど本棚を漁り・・「12人の弟子が述べる賢者ヴァルタニアスの素顔・・悪く無いわ。でも今はそんな気分じゃないかも。」そしてもう1冊を手に取り「殺戮の宴と悪魔に魅入られた魔将軍ジェシュリー・・か。北方戦争で活躍した現世紀250年頃の人物よね・・」私はこれだと思い自室へと向かった。




