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三十一章 誰が為に鐘は鳴る

無数のドラゴンが夕焼けの空を埋め尽くしていた。

「300匹はおるぞ・・ルアオッドよ、いよいよ覚悟を決める時かも知らんな。」ヴァルザックは馬上で干し肉を嚙み千切りながら悠然と我々の末路を口にした。

「ああ・・流石にこれほどのドラゴンはかつて見た事が無い。神話によると、人は使役させる為に神の手により創造されし奴隷でありドラゴンは愛でる為に創造されし特別な存在とも言うが・・連邦では人とドラゴンが協定を結んでいるというのは本当のようだな。」俺は人とドラゴンの生まれ持った宿命について触れつつどうしたものかと思案した。

「これが連邦の戦力・・ドラゴン信仰が盛んな地であるとは聞いたけど・・今までの戦いとは次元が違うわ。」ギルヴェリアも危機感を露わにし憂慮を口にする。

ドラゴンの群れは竜眼で方向指示の信号を宙に描いている。戦うつもりはなさそうだ。もっとも、戦いになれば我々が全滅するのは確定的だ。兵士達も動揺しているのか陣形はやや乱れ気味でドラゴンの襲撃を受けると恐慌状態に陥るのは目に見えている。

我々は帝国領の南東部に突出している連邦諸国の支配するズクラニアを征服すべき軍を編成し外征に向かったが・・完全に連邦は徹底抗戦の構えを見せ我が軍に十分に対処可能な戦力を次元の門から経由して送って来ていた。

このドラゴンの群れは連邦の戦力の一端であり・・警告でもあるかのように感じられる・・本気で戦争になれば優に10万を超える軍勢が投入されるだろう。全ての呪力を消耗して禁呪や世界呪文を唱えたとしても勝利の絵図が思い浮かばない。

「誘き寄せて一網打尽にする気かのう・・」ひたすら方向指示の信号に従い進軍する我々は例え罠だとしても後退もままならず主導権を完全に握られていた。

「だとしたら私達一巻の終わりね。呪力が尽きるまでドラゴンとの死闘だなんて・・・戦史の1ページに刻まれるにしては上出来かしら。」ギルヴェリアは既に諦め気味だ。好戦的な彼女の心を折る程には圧倒的な戦力に間違いない。

「戦いになったら開幕で禁呪を連鎖的に使う。その後は野となれ山となれだ。相手が相手だ、どの道逃げ切れん・・一匹でも多く道連れにする。」

「あらルアオッドいつになく勇猛ね。貴方が逆境に強いのは知ってるけど・・共に戦って死ねるのなら本望よ。」彼女は冷静に俺達が辿る道を暗示しつつ同時に異存が無い心持ちも露わにした。

「今回ばかりはお手上げじゃのう。ドラゴンというのは厄介じゃ。遥かなる高みから竜眼で呪術を唱えて来おる・・ワシの戦斧は空には届かんぞ。」ヴァルザックは死への恐怖よりも活躍の目が無い事に対する不満の方が上回ってるようだ。

ガカカッゥ・・伝令兵が馬で駆け寄って来た。

「報告!!!英雄ディススピャルゲー公より我、皇帝より与りし禁呪の巻物を使う準備有りとの事!!!!」

「なんだ?あの若いリザーディアンはそんな代物を受け取って居たのか・・奇妙な英雄だとは思っていたが目付け役か。」俺は皇帝の真意を察して口にした。

「あの若造か。初めてあやつを見た時は機械仕掛けの占いマシーンかと思ったぞ。水晶の球を宙に浮かべて両手でグルグルと回し無表情でゲロロと不気味な声を出しおってからに・・」ヴァルザックが苦虫を嚙み潰したようような顔をして吐き捨てる。

「もしかして皇帝はこうなる事を予見していたのかも・・」ギルヴェリアの推測に「・・だろうな。連邦はこれまでの小国とは規模も軍事力も違う。より洗練された強敵だ。伊達に双極半島の反対側全域を支配しているワケではない。」同意しながらも虎の尾を踏んだ我々の立場を強調した。

「連邦は大陸にも足掛かりを築いていると聞く。帝国に負けぬ勢いがあるわい。」ヴァルザックはペッゥと唾を吐いて「まぁ・・だから何じゃという話じゃがの・・ルアオッドよ、帝国自慢のワイバーンはどうしたんじゃ。」ふと思い付いたように問いかけて来る。

「ワイバーンは100匹に満たない上にドラゴン相手では勝ち目が無い。投入したところで焼け石に水だろう。何にせよ上手く機先を制したのは連中の方だ。導きのままに進軍するしかあるまい。」

空に示される多数の方向信号に従い進軍を続けて40分後・・遠目に巨大な次元の門が見えてきた。恐らくドラゴン達はそこを通ってやって来たのであろう・・その隣に一際大きく純白なドラゴンが我が物顔で鎮座している・・明らかに方向信号は彼を指し示していた。


俺は即座に竜眼で進軍停止の記号を宙に大きく映し出し、同時に英雄集結の記号も投影した。恐らく彼等は何らかの交渉をしたいのだ。こちらの意見をまとめておく必要性がある・・

しばらくしてセス卿がやって来た。「やあ貴公等、今回の外征は失敗だな。連邦がここまで本気だとは・・皇帝陛下に申し訳が立たぬ。」彼は一にも二にも何事にも増して皇帝の事しか頭に無い。有能ではあるがその極端な思想は玉に瑕、だとしか言いようがない。

「ああセス、君も承知の通り戦いになったら全滅は必至だ。仮に全てのドラゴンを滅しても地上戦力を送られて来たら消耗した我々に打つ手はない。だが・・幸いにも連中はどうやら交渉事を望んでいるようだ。」

セス卿は少し考えるように片手をフルフェイスに添えて「無論・・ズクラニアには手を出すなという話だろう。だが、何らかの対価を得られるのであれば皇帝陛下も納得するハズだ。」

「対価ですって!?この状況下で??正気で言ってるの?信じられない・・」

ギルヴェリアが肩をすくめて不満の声を漏らす。そう、生きて帰れるだけでも御の字なのだから強気に出るのは過ちの可能性が高い。

「むぅ・・ワシ等の要求は精々相互通行条約が良い所ではなかろうか。それか国交を結んで大使館でも建てるかのう・・」ヴァルザックが常識的な案を述べる。

「対価・・か。現時点でのズクラニアの領有は放棄するとして帝国南端部に接するファディエラ公国とジュゲーエユ共和国の領有を認めて貰う代案はどうだろうか。」

俺の提案にセス卿は満足気に頷き「うむ、それなら問題ないだろう。問題は奴等がそれを認めるかだが・・時限的な制約が必要かも知れん。」

勝手に話を進めるのを「ねえ、やめて・・ルアオッド、一触即発の状況で火に油を注ぐなんてどうかしてるわ・・」ギルヴェリアは聞いてられないといった風に首を左右に振った。

「ロロロ・・ドラゴンの群れは・・我輩が皇帝陛下より賜りし神の力が封じられしこの巻物で・・ススス・・一掃出来る。問題無いロロ・・」

「おぉ、出たわい占いマシーンが。」

ディススピャルゲー公が到着するや否や複雑な文様と呪術が描かれた怪しい羊皮紙の巻物を開き豪語する。

「皇帝の神の力か。それは最後の手段だ、交渉決裂したらその時はよろしく頼む。君から何か意見はあるか??」

「ロロロ・・交渉は全てか無かだ。ススス・・皇帝陛下はズクラニアを所望しているロロ・・」

「なんじゃこの腐れリザーディアンは寝ぼけておるのか。」

「そうねえ・・少し・・現実が視えてないみたい。」

ヴァルザックとギルヴェリアの小馬鹿にした態度に「シュゥゥーーッゥ!!!!」彼は威嚇の声を鳴らして怒りを表す。

「悪いがズクラニアは諦める。連邦と全面戦争だけは避けたい・・代わりの折衝案として他の領土の割譲を要求してみよう。」

「妥当な落としどころだ。決まりだな。」

俺とセス卿は見解の一致を得て合意した。

「上手く行けば良いけど・・」

「どうなることやらじゃな・・」

「ススス・・予言によれば・・必ずや我々は勝利するロロ・・」

各々が不安や盲信を口にしながら純白のドラゴンのもとへと出向いた。


目の前まで来ると明らかに大きい・・他のドラゴンの3倍はある。

「貴公が代表だ・・上手くやれよ。」セス卿がポンと肩を叩く。

「ああ・・」

俺が一歩前へ踏み出ると純白のドラゴンの竜眼がチカチカと輝いて・・宙を一条の黄金色の粉が舞いそれは流れるように文字を模り記される。

ー我は終末戦争を迎えて参戦する義務と運命にあるディバインホワイトドラゴン、サザラーガ・ラヴィシュティアム・コッツォー・・英雄ルアオッドよ貴様の武勇は聞き及んでいる・・大陸で幾らかの我等が同胞を屠ったなー

「俺を知っているのか・・で、サザラーガ、何が望みだ??」

ー帝国と条約を結びたい・・我の望みはズクラニアと帝国の領土不可侵条約だー

「良いだろう・・だが条件がある。ファディエラ公国とジュゲーエユ共和国を帝国の領土として編入する事を黙認してくれ。」

ーそれは認められない。帝国の領土拡大は双極半島の恒久的平和を損なっているー

「ならば・・今後200年間帝国は領土の拡大をしないと約束するとしたら??」

サザラーガは少し間を置いてから再び黄金色の粉が束となり文字を模り記される。

ー了承しよう・・ただし300年間だ、条約を破った場合には宣戦布告と見做すー

ズドォォーーンッゥ!!綺麗な長方形に加工された石英が天空から降って来て半分ほど地面に埋まり込んだ。サザラーガの竜眼により石英に条約の内容が刻印されて行く・・末尾にサザラーガ・ラヴィシュティアム・コッツォーの署名が刻印されると俺も続けて竜眼でヴィ・デジェスディア・ルアオッドと刻み署名した。

ー条約成立だな・・去れ人の子よ・・二度とズクラニアの地に足を踏み入れるなー

我々は追い立てられるかのようにその場を後にし・・

「貴公、陛下に断りもなく勝手に300年もの条約を結んで責任は取れるのか。」セス卿が憤りを露わにして問いかける。

「さあな・・取れるワケがないさ・・俺が死んだら後は皇帝の考え次第だ。好きにするだろう。」俺は取り澄ました顔で知った事かと冷ややかに応じた。

「ロロロ・・勝てる戦を何故やらぬ・・腰抜けめシュゥゥーーッゥ!!!」

「何とでも言え。俺には守るべきものがある・・今まで帝国に貢献して来た自負もある。少しくらいは勝手にさせて貰おうか・・」そう、俺の人生も残り少ない・・いつまでも外征に明け暮れている時は過ぎたのだ。

「そうね・・ルアオッド貴方が居なければ今の帝国は無いと断言出来るわ。」

ギルヴェリアが惜しみない称賛をする。

「無論じゃ。帝国の版図がここまで広がったのは誰のおかげじゃ??皇帝か??」ヴァルザックも皮肉を利かせながら俺を擁護した。

「・・・・」ディススピャルゲーは黙って無表情となる。

我々は軍勢を率いてナルルカティアへの帰途に付いた。


帝都へ帰国すると民衆が熱狂的に祝福してくれた。相変わらずだ。彼等はアイドル崇拝のように英雄を称賛するがそこに何の意味があるのかまでは考えてない。ただ帝国の栄光と力の象徴を崇めているだけだ。

彼等は何も知らない。過酷な戦場も、無名兵士の死も、今回の条約締結さえも・・無責任だからこそ祝福・称賛出来るのだ。

「実に良い身分だな・・」冷笑しながら呟くと「え?何??」隣のギルヴェリアが聞いて来た。

「いや・・民衆がシャドルテルスの死を追悼することもなくただスズリアサザード平定を祝っていた時の事を思い出してな・・誰も死者を顧みない。」

「・・それは私が死んでも同じよ・・でも・・きっと貴方が死んだら皆が悲しむと思うわ。貴方の名高い声望は帝国でも随一よ。」ギルヴェリアが俺だけは特別だと言ってのけるが「いや、俺が死んでも彼等は悲しまないだろう。それよりも新たな英雄を歓喜の声援で迎えるだけだ。俺達はただのシステムの一部だ・・・実に良い身分じゃないか??」自嘲気味に言い放った。


我々はサン・アレクサンドラ・ローの謁見の間へ向かい・・大勢の貴族達が談笑する中で、ズクラニア外征報告の儀が執り行われた。俺がズクラニア制圧は困難である事、連邦と条約を結んだ事、ファディエラ公国とジュゲーエユ共和国への侵攻は連邦が認めるところである事を報告するとザワザワと貴族達が騒めき立つ。

「ほぉう?300年の領土不拡大か・・余に相談もなく、随分と大胆な条約を締結してくれたな・・だが汝なればこそ事後承諾しよう。」

皇帝の追認を得たところで「・・帝国は拡張を急ぎ過ぎた。しばらくは内政に注力する頃合いではないだろうか。」俺は前向きに提案をする。

事実、帝国の繁栄が行き届くのはティストレテ、ファルナジアまでだ。それ以外は未だ旧態依然とした貧しい地域である事に変わりはない。

「フッゥ・・まぁ良い・・宰相、すぐにファディエラ公国とジュゲーエユ共和国に使者を送れ。服従か滅亡か選べとな。」

「ははっぅ!!!」

彼女の覇道は俺の死後も続くだろう・・帝国はまだ途上段階であり大陸と比べれば中規模にも満たない国家に過ぎない。俺と彼女の夢が結実するにはまだまだ遠すぎる・・なればこそ俺は新たに別の道を模索しよう。遠い未来に帝国が滅んだ場合に備えて・・

「余は・・連邦が本気かどうか試してみたのだ。あわよくばズクラニアをこの手にしたかったが・・危うく連邦との総力戦になるところであったな。汝が無理と判断したならばそれで正解だったのだろう。汝以上の実力者はこの帝国におらぬが故に。」

皇帝の高い評価と賛辞とは裏腹に俺はしかし溜息を付くと心の中で毒づいた。白々しい・・君が居るであろうに。それともそんなに神の力を振るうのにためらいがあるのか。

「・・なるほどな。連邦を試すとは危険な橋を渡るモノだ・・貴君が直接出向いていたら外征は成功していただろうに、残念だ。」

「これっぅ無礼者めがっぅ!!!」宰相の叱責が飛ぶが「良い・・構わん。」皇帝は悠長に構えて俺を一瞥すると「汝は特別だ。これまでの英雄とは違う・・いや、今後もそうだろう・・汝が余の理想とする帝国を実現してくれた。礼を言う。」

「改まって何だ??俺は俺の役割を全うしただけだ。それに過去の外征が成功裏に終わったのも全ては各英雄達と兵士達在りきの結果だ。」

「謙遜するな。汝の事は汝以上に知っている。実はな、前々から準備をしていたのだが・・あえてこの場で宣言しておきたい事がある・・・ヴィ・デジェスディア・ルアオッドよ。」

「・・何か??」

皇帝は従者から立派なシオニアの葉冠を受け取ると「我が帝国史上・・類を見ないこれまでの数多の戦功・功績を讃えて汝に英雄王の称号を授けたい・・受け取ってくれるか?」意外な発言に俺は困惑した。

正直称号など全く以ってどうでも良いが・・流石に貴族達の面前で皇帝のメンツを潰すワケにも行かないだろう。

「謹んで拝命しよう。帝国の矛となり盾となり臣民に尽くし貴君へ忠誠を誓い我帝国の守護神とならん。」進んで頭を垂れてシオニアの葉冠を授かると割れんばかりの拍手が謁見の間に響いた。貴族達が口々に英雄王万歳!!!の歓呼を上げる。

「茶番だな・・」小声で苦笑しつつ俺は列座に戻る。

「やったわね!英雄王だなんて貴方に相応しい称号だわ。」ギルヴェリアが我が事のように喜ぶ。

「そうか・・君が喜んでくれるなら俺も嬉しい。」

「フフン、苦労が報われたな。唯一無二のおぬしにピッタリじゃ。」

「言うな、ヴァルザック。」俺達は貴族達の拍手喝采の中、退席して行った。


「やあやあ、英雄王じゃないかっぅようこそ当店へ!!!支払いは無用だ、たんとサービスするから好きなだけ飲み食いしてくだせえ!!!!」いつもの会合場所へ行くと店主が笑顔で応じてくれた。こんな貧困街にまで名前と顔が知れ渡るとは、どうにも居心地が悪い・・

「英雄王だ・・」「我々の英雄王!!!」

途端に周囲の客がザワザワと色めき立つ。椅子に腰掛けた彼女は楽しむように俺の戸惑う姿を眺めていた。彼女を待たせるのはこれが初めてだ。席に着くと長い赤髪を片手で波打たせながら「ふふ・・大人気じゃないか・・一躍時代の寵児となった気分はどうだ??有名人は辛いな、なあ英雄王??」

彼女はからかうように口にする。

「・・ファテシア、君が仮面を付けている理由が分かったような気がする。何処を行っても落ち着く場所が無い・・」

彼女は水をクイッゥと含みながら「それが有名税という奴だ。私も500年と少し前までは払っていた・・大衆の良き友としての人生を謳歌するのも悪くはない・・が、永遠に生きる者ともなれば話は別だ。それより料理を注文しよう、食事をしながら語り合う方が楽しい。」

ベルを鳴らしウェイターを呼ぶとすぐに注文を受け付けに来た。

「英雄王と美しきお嬢さん、何をお望みですかい?」

「そうだな・・豆とキノコのトマトスープと厚切りベーコンサンドを貰おうか。」

「私はたっぷり卵とチーズのカルボナーラを。」

「了解でやんす。で、そこのお嬢さんは英雄王の意中の女性ですか??ヒュー♪」そう囃し立てるウェイターに「いや違う。彼女は・・ただの友人だ。それ以上でもそれ以下でも無い。」即座にあえて彼女に対するメッセージとしても強調した。

ウェイターが去った後、「何も否定せずとも良いだろうに・・私が人として惚れたただ独りの人間なのだからな。」ややファテシアは不満気にこぼすが、それが本心だとも思えない。彼女は帝国の為にではあろうが最大限に俺を利用した・・今度は俺が利用する番だ。

「俺に惚れたと言うがそれは能力でか??実績を鑑みてか??それとも人柄だろうか??」

「全てだ。汝は人としては完璧に過ぎる・・時折こう思う、私の神の力を汝が得ていたらと。さぞや名君に成ったであろう。」真剣な顔付きで最大限の賛辞を述べる彼女は何処か寂しげでもあった。まるで子供が宝物を失うのを惜しむかのように。そう、後数十年もすれば俺は死ぬ定めだ。だが彼女は生き続ける・・・もっとも、その時に彼女が深い喪失感を抱いたところで知った事ではない。

「・・何か言いたそうだな??」彼女は俺の表情を察して問いかけて来た。

「ああ・・この17年間、俺は君の期待に応えて来た。そろそろ俺の願いを叶えてくれても良い頃合いではないだろうか。」

「もちろんだ、なんなりと言え・・汝と私の仲ではないか。無条件で認めよう。」

「会話中のトコ失礼~お待たせしやした、注文は以上で?」

テーブルに料理が運ばれて来るのを待っていたかのように「さあ優雅に食事を楽しみながら続きを聞こうか。豊かな人生とは、食を共にして語り合うのが一番だ。」彼女はフォークを手に持論を述べつつ濃厚なソースの中のパスタをクルクル巻くと美味しそうに口に運び出す。

「豊かな人生・・か。普段は誰と食べているんだ??」素朴な味わいの豆とキノコのトマトスープを啜りながら口にした。

「実はな・・私には汝とは別に仲間が居る・・厳密に封印された地で、私の知識や技術を共有・研究し記録に残す・・その為の仲間だ。もっとも・・」

彼女は生クリーム入りの濃厚なソースにベーコンを絡ませつつ「汝をそのメンバーに加えるには最低条件を満たしていない。残念ながら。」ペロリと舌ですくい舐め取る。

「驚いたな、君は孤高の存在だと思っていたが・・無論、そこに参加する気は毛頭無い・・が、最低条件とは??」俺は肉汁が滴るベーコンサンドを齧り付きながら興味本位で訊いてみた。

「不老不死だ。自力でその境地に辿り着いた者だけを迎え入れている。この二千年余りで3人スカウトしたが・・いずれも単純な戦闘能力では汝に及ばぬ。だが並みの英雄よりよほど頼りになる上に親愛の情もあってな・・」いつの間にかフォークでパスタを巻き過ぎているのに気が付き苦笑すると「まぁ、汝がドゥエイン・ヴァルザックやランス・ギルヴェリア・ナタティアスを親しき友としているのと似たような話だ。」

大きく口を開けてパスタを味わう彼女の意外な一面に「君にそのような情があったとは知らなかったな・・ところで本題だが・・」感心を示しつつベーコンサンドを胃袋に詰め込むと切り出してみた。

「ん・・遠慮は要らん。何が望みだ??汝が願いを求めるとは珍しい事もあるものだ・・いや、それともこの日の為に今まで私に尽くして来た・・そう考えると妥当だな。英雄王の称号よりも価値がある有意義な何かを求めている・・そうだな??ヴィ・デジェスディア・ルアオッド。」そうフォークを向けて語る彼女・・いや、ファテシアの本質を見抜く洞察力は相変わらず卓越している。

俺は黙ってトマトスープを2、3口ほど含むと何処から話すか考えつつ言葉を選んで発言した。

「・・あらゆる人種の揺り籠として機能する、君が築き上げたこのナルルカティア帝国は・・控え目に言っても素晴らしい理念と理想を併せ持つユートピアだろう。君は俺の意見も取り入れて、自由主義と人権を尊重する極めて隆盛した帝国を現在統治している・・だがその恒久的な存続について俺は少なからず懐疑的だ。」

彼女は残り少なくなったカルボナーラを小分けするのに夢中になりつつ「何を憂いる必要がある?私が居るではないか・・汝が希望するなら若返りの処置もしよう。共に帝国の統治運営を確かなものとし・・帝国の繁栄について終末の日が来るその時まで語り合うのも良かろう。」彼女の極当たり前かのような想像を絶する提案に俺は溜息を付くと額に手をやり首を振る。

「やめてくれ。俺は普通の人間として余生を過ごし死ぬ・・それが人の子の宿命であり在るべき姿だ。それに君に数百年も尽くすのは骨が折れるだろう。」そう言うと一気にトマトスープを呷った。

「フフ・・・全ての者が望むであろう若返りを断るその高潔なまでの意思の力・・だから汝が好きなのだ。」彼女はわざとらしく好意を仄めかすと、パスタの最後の一切れを口に放り込む。

「ファテシア・・確かに君は神の力を有しているかも知れない・・だがそれでも君が死なないという保障は何処にも無い。そして国家とはいずれは滅びるモノだ。」

「・・で、あるからに??」真剣な眼差しでやや力説気味に語る俺に結論を急いだ。遠回しに話を進めたのも彼女の納得を得る為には致し方ない。

「連邦と条約を締結し帝国の版図拡大は止まった・・俺が英雄として戦う事はもう無いだろう。そこで俺の人生の最終ステージとして成すべき事に協力を願いたい。人種や国家に囚われない自由で開かれた組織を立ち上げる。冒険者ギルドだ。」

途端にファテシアは強く関心を引いたかのように目を見開き「ほう??・・つまり我が帝国の理念や理想をある程度共有しつつも、帝国に縛られぬ全く異なる組織の設立か。」流石に飲み込みが早い。気紛れながらも理性的な彼女ならその重要性に気が付くとは思っていたが。

「ああ・・双極半島、いや大陸中の都市に冒険者ギルドを構築して人種や国家の枠組みやしがらみから完全にフリーな組織とする事で・・あらゆる人種の揺り籠というナルルカティア帝国のバックアップ用途として作用させる。仮に帝国が滅んでもその役割を担えるハズだ。その為には資金と人材が要る。」

俺の要求にファテシアは何か目が覚めたかのように瞬きをし、俯き加減に深呼吸をして息を吐くと「そうか・・汝は・・最初からそれが目的で私に接触したのだな・・違うか??」複雑な感情が入り混じった音色の声で確認を求めて来た。

これまで幾重もの会合で帝国の運営について協議して来たのは冒険者ギルドの在るべき姿を探る為であったのを今になって理解したようだ。

「そうだとしたら??」

「大したものだ・・汝はやはり他の人間とは異なる。まさかこの私が手玉に取られようとは・・見事にやってくれたな。」彼女は負けを認めつつ少し微笑してから「良かろう、帝国の主要都市に汝が望む冒険者ギルドとやらを無償の出資金で設置する。しばらくの間は運営金も出そう。同時に双極半島の全域に帝国の影響下ではない中立の組織だと宣伝工作も・・やるからには徹底的だ。組織の条文規約については汝が好きなようにしてくれ・・忙しくなるな。」彼女は舌でフォークを渦巻き状に巻き取るとカチャンと置き席を立った。

「ファテシア、君なら理解してくれると信じていた。紛れも無く・・君は俺の最大の理解者だ。」

「ん・・言うな英雄王、こそばゆい。ところで私の寝室で酒でも飲みながら続きを語り合わないか??」長年に渡っての会合で初めての彼女の誘いに「いや、やめておこう。俺にはギルヴェリアが居る。」素っ気なく断ると「!そうか・・義理を通すのも汝の魅力の一つだ。」彼女はやや残念そうに・・だがそれ以上は強要せずに去って行った。

俺は彼女の全てを知らない・・が、理知的で公明正大な態度を一貫として示してきたのは確かだ。数百年・・いや数千年後において双極半島を治めるのに相応しい者であるとここに記しておこう。そして俺の人生の目標は達成された。もう思い残す事は無い。この記録を・・我が冒険譚を読んだ全ての者に問いかける・・果たして俺は正しい選択をしただろうか??

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