二十八章 飛空艇
ドンドンドンッゥ!!!
「おーい我らが騎士様よっぅいつまで寝てんだよ!!!!もう昼だぞっぅ!!!」
「えぇ!?」私はガバッゥと跳ね起きると慌てて時計を確認した。
12時を過ぎている・・ダッシュして扉を開けると「ちょっと何で起こしてくれなかったのよ!!!!」ウィルの顔面に逆ギレして喰って掛かる。
「今起こしただろ。扉を叩いたのはこれで4度目だぜ??獣相手に大立ち回りして疲れてんのは分かるけど眠り姫・・いや眠りゴリラかと思ったぞ。ハハッゥ」
両手を上げて笑うウィルに「笑い事じゃないわよっぅヨハンの紛い者が逃げちゃうじゃない!!!!」焦燥感に駆られて八つ当たりするものの、
「おめえが悪いんだろ・・」
「そうじゃな。」「ああ、今回は流石にお前さんが悪い。」「お姉さん・・それはアウトだよ。」仲間達が口々に私を諫める言葉を吐いた。
私はやり場のない怒りに顔を真っ赤にして「そんなの分かってるわよ!!!でも、私にだって色々と心労があってぇ!!!!」怒鳴り返すがみっともない駄々っ子を眺めるような皆の冷たい視線に「・・ハハ・・ちょっと寝起きでパニくっちゃってるみたい・・」すぐにトーンダウンする。
「エリューヴィン、早速だが着替えてくれ。」シンが籠を片手に渡して来た。
「ちょっと待って、10分・・いや15分ほど!!!用意してくるから・・客間で待機!!!」そう言うとバタンと扉を閉じる。
「へいへい、4時間も待ったんだ・・15分くれえどうってこたあねえや。爺さん煙草吸おうぜ!」
「うむ・・この銘柄・・ニージャホルンと言ったか、至高の絶品じゃな。」
ウィルとナッセルの煙草談義を扉越しに聞きながら私は急いで服を脱ぎ捨てる。
「あぁ、それとサンドイッチを預かってる・・レタスはシナシナだが。」すぐに扉を開き「ありがと!!」シンの手からトレーを受け取り再び扉をバタンと閉じた。裸だったが今は気にしてられない。
急いでトイレに駆け込むと・・大と小を出してスッキリしたところでいつもの服を手早く着こなしラグナブレードをホルスターにいつでも着脱可能な状態にしてからサンドイッチにむしゃぶりつく。
「モグモグ・・この際味なんてどうこう言ってられないわね・・とにかく栄養補給よ。」
最後の欠片をごっくんと飲み込むと扉をバァァーンッゥと開けて客間へと走る。
擦れ違ったメイドが驚いて悲鳴を上げたのに「ごめんなさい!!!」と一声かけて構ってられないとばかりに突っ走った。
「ふぅふぅ・・お待たせ!!!」ソファーに座っていた全員が目を丸くして唖然とした表情を向ける。
「おいおい・・5分も経ってねえぞ・・」「早業じゃのう・・」
ウィルとナッセルはまだ煙草に火を付けて間もない状態だ。
「あー・・エリューヴィン、女性が裸を気軽に見せるのは良くないと思うが。」
やはりシンの眼にはそう映ったのだろうか。「そうね、以後気を付けるわ。」
軽く受け流しつつ「おチビちゃんは??」
「坊主ならランツィ公を呼びに行ったぜ。もう情報が上がってるらしい。」
「そう・・吉報ね。」私がニンマリ笑みを浮かべると「さあどーだか・・ガセネタ掴まされて無けりゃ良いがな。」煙草をスパァーと吸いながらウィルがぶっきら棒に答えた。
「ひっひ・・まあなんじゃ、何も無いよりはマシじゃろうて。」ナッセルの意見に「うむ、ここでいつまでも遊んでるワケにも行かないからな。」シンも同意する。
「もちろんよ。手掛かりがあったら行動あるのみ!!容疑者が帝国本土へ逃れたら捜査は難航する・・それまでに片を付けるのよ。私のコネが効くのはミューンズドヴルメにおいてのみなんだから。」
「国賓じゃなくなっちまうもんな。ついでに坊主の土地勘も。」
ウィルの的を射た指摘に「それよ、冒険者を追加で二人も三人も雇う無駄金なんて・・そんな余裕はないの。あんな金の亡者!!!」と扱き下ろしたところで
「金の亡者って酷いなぁ・・」「おう、皆揃ってるか・・」ズクラッドがランツィを連れてやって来た。
「やだ聞かれちゃった?おチビちゃん気を悪くしないね・・ただの冗談だから。」
「いや本音だろ。」ウィルがツッコミを入れ「お姉さんそれ笑えないよ・・」
ズクラッドも何やら不満気だ。
「ようし、これを見てくれ。」ランツィがテーブル上に地図を広げた。
「ミューンズドヴルメの地図ね。」
「昨日から今日にかけてだ、18件の通報があった。その場所にペンで印を付けてある。」見ると数カ所はてんでバラバラの位置だったが・・13カ所は明らかにリシャーヴとの国境から東沿いに北上している。最北の通報箇所は帝国本土に近い。
「見ての通りだ。恐らくこの順路で容疑者は逃亡を続けているのだろう。」
そう言いながらランツィは集中している赤ペンの印を指でなぞる。
「最高ね!ここまでの情報があれば・・間違いなくヨハン殺害犯人の足跡を追える!!!ありがとうランツィ!!!」
私の歓喜の声に「ガッハッハ、果報は寝て待てと言うだろう。」
ランツィが笑いながら私の肩に手を置いて揺すった。
「我らが騎士様がグースカ寝ていたのには理由があったって事か。おみそれしたぜ。」
嫌味なのか褒め言葉なのか判別もつかない言い回しでウィルが感心の声を上げる。
「最北の印には何が??」シンの問いに「都市サンスフィアだ。州境には連絡してあるので密入国でも無ければ帝国本土へは逃れられん。袋のネズミだ。」ランツィの手際の良さに任務達成を確信して「じゃあおチビちゃん、サンスフィアまで案内お願い出来るかしら??」と訊いてみるも「良いけど・・丸二日かかるよ??」
「えぇ!?そんなに!?」まさかの想定外である・・ミューンズドヴルメは狭いと思っていたが・・
「・・ランツィ、悪いけど馬車をお願い出来るかしら・・??」困った私の頼みに「なぁに、そんな代物よりもっと良いモノを用意してある。とっておきの手段がな。」そう得意気に語るランツィは豪然と手を掲げて握り締めた。
「もっと良いモノ・・??」全員が困惑の表情を浮かべる。
「レアウルス郊外の西にあるアラファント地区に付いたら分かる。きっと驚くぞ。それと・・この紋章を渡しておこう。本来は高級将校の身分証明用だがきっと何かの役に立つハズだ。」私は布の紋章を受け取ると、腕にピンで刺しつけて「色々とありがとうランツィ・・感謝するわ。」頬にキッスをした。
「なに、エリューお前の為なら労力は惜しまん。任務の成功を祈ってるぞ。」
互いにハグを交わすと私は意を決して「さあ出発するわよ!!!おチビちゃん・・アラファント地区まで案内よろしく!!!」
「任せなって!!」「おう、行くか!!!」そうして私達は太守の館を後にした。
レアウルスの街並みに出た私達は驚きの声を上げた。
「こりゃ・・やり過ぎだろ・・」「徹底してるわね・・」
「印刷屋は大儲けじゃのう・・」「腐っても帝国の一部だな。」
至る所にヨハンのポスターが貼り付けてある。窓ガラス、郵便受け、石垣、壁・・全てヨハンまみれだ。
「驚いたかい??これが帝国流さ。高度で莫大な情報伝達・発信能力で世論を動かし国を治める・・良い意味でも悪い意味でもね。」帝国事情に詳しいズクラッドがヘヘンと鼻高々に説明をしてくれた。
「確かに・・雑多な人種をまとめ上げるのにプロパガンダは必要だな。その強みの一端がコレか。」シンの鋭い分析に「自由で開かれた社会の構築に努めたかつての英雄王ルアオッドが帝国の将来を憂慮して冒険者ギルドを創設したのは正解だったのかしらね・・」と私は書物で得た知識を以て推論する。
「オイラ達冒険者には帝国の情報戦略なんて関係無いからね。独自のネットワークを構築しているし国家に束縛されないから。ただ真の自由とは全ての言動と契約が自己責任でもあると冒険者ギルドに入会する際では告げられるんだ。」
「まぁ実力主義じゃからな、冒険者どもはピンキリじゃわい。」ナッセルが小馬鹿にするように鼻で笑う。そう、誰でも成れるが稼げるかどうかは本人の実力次第なのが彼等冒険者だ。
「で、オイラはネズミ喰いだなんて真っ平御免だから努力してこうして今があるのさ。」
「まぁ坊主は戦いの才能が無さそうだからな・・別の方面で頑張ったって事か。」ウィルの感想に「そう。冒険者は戦闘技術だけが仕事じゃないんだ。地理に得意な者、情報収集に長けた者、特異な能力で稼ぐ者、中には料理人や掃除屋、引っ越し屋も居るよ。」ズクラッドが端的に話す。
「まるで何でも屋ね・・でもその道のプロには勝てないんじゃない??」軽く質問を飛ばしてみた。
「だからこそ、急用にいつでも即応可能な24時間営業体制なんだ。そして仮に、冒険者が仕事で命を落としてもディールで解決出来る。後腐れなく利用出来るのが最大の売りさ。」
「分かってはいたが随分と安い命だな・・」シンがズクラッドの言葉に何処か陰鬱な感じで呟く。
「そうね・・私達騎士団は恩給も出るし、戦争以外で大勢の死者が出たら責任問題だわ。裁判もあるし。」
「俺は学が無いから餓鬼の頃にゃ将来は農奴か漁師か冒険者かと思ってたが最終的に石鹸屋か騎士団かで落ち着いたなぁ・・」「石鹸屋??アンタが??」ウィルの過去話に私は思わず素っ頓狂な声を出した。
「遠い親戚が石鹸屋を営んでたからな。手に職をつけるのも悪くないと思ってよ・・だけどおめえが採用してくれて結局立ち消えだ。」
「人生どう転ぶか分からんモノだ。俺もリシャーヴ王国に寄ったのは・・騎士団に仕えるのが目的では無かったしな・・」シンが静かな口調で語る。
「ワシだって元は聖職者じゃったからの。あの頃が恋しいわい。」
「爺さんみたいな俗物が聖職者だなんて辞めて正解だわ。ラ・メディス・アルティーナの加護だなんて冗談じゃない。」
「ほっほっほ・・ワシャ楽に生きたかっただけじゃ・・それが何を間違ったか騎士団にスカウトされてこのザマじゃよ。」何がこのザマなのか。この似非神父、川に放り投げてくれようか。
広場を通り過ぎる時に「号外だよ号外ぃ!!!」昨日の売り子がまだ新聞を売っていた。流石に2日目となると人は疎らだ。秋の木枯らしが剥がれ落ちたポスターを木の葉のように舞い散らしていた。
「ねえおチビちゃんアラファント地区って遠いのかしら??」
「いや全然。あと15分も歩けば着くよ。」鼻歌を鳴らしながらズクラッドが陽気な返事をする。
「きっと驚くぞって言ってたけど船でも用意してんのか??」ウィルの疑問に
「う~ん・・船と言えば船だね・・」彼は曖昧な受け答えをしつつ
「多分見た事が無い船だろうけど。」何か思わせぶりな表現だ。
「げげっぅ・・私、身体重たいし泳げないんだけど・・」
「まぁ落ちたら即死だね。」軽く無慈悲な一言に少し目眩がしてきた。
「ちょっと・・勘弁してよね・・」
「妙だな、この辺りには大きな河川は無いハズだが。」シンが疑問を呈すると
「お兄さん昔は旅人だったって言ってたけど・・残念ながら肝心な部分を見逃してるよ。」分かってないなぁ・・と言いたげにズクラッドは両手を振った。
「へえ、坊主は物知りだなぁ・・帝国に長居してただけはあらあ・・クッチャクッチャ・・」ウィルがジャーキーを齧りながら適当に話を合わせる。袋には100%ビーフと書かれてあり・・害獣退治の報酬で買ったのだろう、高級品だ。
「私にも一つ頂戴。」手を伸ばすと「ほらよっと・・あんな軽いサンドイッチじゃ足りねえもんな。」気前が良いのがこの男の取り柄でもある。
「兄ちゃん達・・酔っても知らないよ。」ズクラッドの一言に「おチビちゃん後で酔い止めの薬お願い出来る??」
「もう残り少ないけど・・今回分はあるから後で渡すね。」
しばらく歩いて住宅街を抜けると遠目に巨大な何かが見えてきた。
「アレだよ!ほら駆け足で行こう!!!」
「あっぅオイこら待てって・・」
「随分と嬉しそうだな・・」
「そうねえホビットの機嫌の上向き加減は理解不能だわ・・」駆け出しながら私とシンは呆れ口調で語る。
「ヒィヒィ・・これ老体の身を労わらんかい・・」爺さんが青息吐息だ。
そこには長さ100トーリア程もある巨大な木造船が鎮座していた。
「船だな・・」「船ね・・」
だがよく見ると船にしては何処か様子が可笑しい。無数の巨大なプロペラが取り付けてあり帆も厚みがある。
「ひょっとして・・これが飛空艇って奴かしら??」
「ピンポン!当たり!オイラも乗るのは初めてだよ。」
「こんなデケェ物が空を飛ぶのかよ!?」ウィルが度肝を抜かれた声を上げる。
「これが・・帝国の英知の結晶・・か。」シンも驚きを隠せぬように呟く。
「ほえぇ~~このような代物を拝めるとは長生きするもんじゃな・・」ナッセルも開いた口が塞がらないようだ。
ガラガラガラッゥ音を立てて飛空艇の底部が開き・・搬入口がガタンッゥと地面を突いた。すぐに中から老ドワーフが出て来る。
「待っていたぞ貴様等がランツィ公の仰っていた乗客だな。ワシは艇長のゼアトルべ・ザックス。」そう老ドワーフが出迎えてくれた。
「あらよろしく私は代表のユンフィニス・リア・エリューヴィンよ。」互いに握手をすると「リシャーヴョンと聞いて居たが・・貴様は少し毛並みが違うな。」
すぐに私の肌色に付いて言及して来る。
「複雑な事情があって・・でもリシャーヴ王国の騎士に違いは無いわ。」
「そうか。なぁに構わん・・ランツィ公からは国賓だと聞いておる。」
「こんなデカい物がどうやって空を飛ぶんだ??」
ウィルの質問に老ドワーフはフム・・と頷き「これは45年前のプロトタイプだ。メイン動力は中核に設置されてある浮遊の呪符石でサブ動力として発熱の呪符石と水で機械仕掛けのプロペラを回す。風力も利用する。巡航速度は70アクト・・で、何処まで飛ぶのか教えてくれるかの??」
「サンスフィアまでお願い。まさか飛空艇に乗れるなんて・・光栄だわ。」
「なに、最新鋭艦に比べれば・・朽ち果てたオンボロじゃ。2時間半で着く。さあ乗った乗った。」
私達は搬入口から乗り込むと客室へと案内された。左右に椅子が並んでいて真ん中の通路にはガス灯だろうか明りが灯されており食事や喫煙用のテーブルが等間隔で設置されてある。奥にはベッドまで備えてあった。豪華としか言いようがない。
「中は結構、広いぜ・・こりゃくつろげそうだ。」ウィルが室内を舐め回すような視線で物珍しそうにキョロキョロとしながら言う。
「椅子やテーブルは少なくとも高級品ね。やけに格式高いけど皇帝でも乗ってたのかしら??」私が誰にともなく喋り掛けると「かもね。あるいは英雄か貴族ご用達だったのかも・・もちろん、今でも庶民は乗れないよ。」ズクラッドが語尾を強調して私達が本来は乗れる身分ではないと説明してくれた。
「換気口があるな・・新鮮な空気を吸えるのは有難い。」やはりシンは目の付け所が違う。淀んだ空気や水は毒素を溜めると古来からの言い伝えがある。
「ほっほっほ・・コレに比べればワシの空飛ぶ絨毯はチンケな手品じゃな。」
当たり前だ、そんなの言われるまでも無い。
「ほんっと爺さんの危険運転で全滅してたら世話無いわよね・・」
「ほら、みんな酔い止め渡しておくから・・すぐ飲んでおくれよ。」ズクラッドが小袋を手の平に逆さまにして差し出した。
「ありがとう、助かるわ。」
「ハハッゥ、ナイス坊主あんがとよ!」
「・・そんなに揺れるのか??」シンが受け取りながら訊いてみる。
「オイラも分かんないよ・・けど、揺れない乗り物なんて存在しないのさ。それが地上や海や空であったとしてもね。」
「なるほど・・納得だな。」
ギュォォオオオーーーッゥ・・ガクゥゥン・・大きな音を立てて飛空艇は浮かび上がった。振動が客室にまで伝わって来る。私達は緩やかに出航する瞬間を小窓から興奮気味に様子を窺う。
「マジかよ空に浮かんだぞスゲエ!!!」
「イェア♪出発進行ぉぅうう~~!!!」
「どのくらい呪力があればこんな芸当が出来るのかしら??」
「いっぱいだよ!とにかくいっぱい!!!」ズクラッドが目を輝かせながら叫ぶ。
「これでオンボロなのか・・最新鋭艦とやらはどれだけ凄いんだ。」普段は冷静なシンも目を見開いて呆然と眺めている。
「ワシの呪力で1トーリア浮かべて2000トーリア航続が限界じゃと考えるとワシの数百人・・いや数千人分の呪力が必要じゃな。全く以って常識では考えられんわい。」ナッセルの爺さんが脱帽するように唸った。
20分後・・天高く遥かなる大空にまで高度を上げた飛空艇はかなりの速度で巡航を開始した。客室はカタカタと微振動を続けており時折揺れ動く。
「想像以上に揺れるわね・・空模様はイマイチかしら。」
「ああ、こりゃ坊主の酔い止め飲んで正解だぜ。」
椅子に座っていてもどうにも落ち着かない。
「雷が落ちるとどうなる??炎上したら鎮火する手段はあるのだろうか。」
ふと思いついたように問いかけるシンに「それは確かに気になるわ。普通の船舶も嵐に遭遇したら天使に祈りを捧げるらしいし、それだけ落雷被害に遭うと致命的って事よね。もっともこれだけの技術力なら導雷針とそのエネルギーを吸収する呪符石くらい用意してるかもだけど・・」私は私見を述べる。
「うーん・・その辺は対応出来るんじゃないかなぁ・・仮に帆が焼けても航行可能みたいだし。帝国が考え無しにこれだけの物を造るとは思えないや。」ズクラッドが曖昧で適当な返事をした。専門家でも無い彼に分かるはずも無い。
「この大きさじゃと緊急着陸にも場所を選ぶわい。それなりの設備か呪術士でも配備して対策しとるんじゃろう。杞憂じゃな。」ナッセルの爺さんがそれっぽい事を言う。いつもこうだ・・呪術士としての知識は一丁前だが時として憶測で好い加減な判断をするから厄介だ。鵜呑みには出来ない。
「なあ、こんなところに縮こまってないで外に出てみないか!?きっと物凄え景色が見れるぞ!!!」ウィルの提案に「兄ちゃん賛成!!!良い事言うね!!!」
すぐズクラッドが諸手を上げて賛成するや一緒に駆けた。
「危険じゃないかしら??でも、興味あるわね・・こんな機会滅多にあるもんじゃないわ。」私も乗り気で後に続く。
「何事も経験だな・・良い土産話になる。」シンも興味津々で席を立つ。
「老いて尚見聞を広め知見を得る・・死に損ないの爺でも意欲は若人に負けられん。」ナッセルも張り合うかのように我先に出口を目指す。
私達は次々に飛び出るように客室から上甲板に出た。風がビュウビュウと髪を靡かせプロペラがババババッゥと唸り・・ひたすら澄み切った青い空を突き進む光景に「凄い・・まるで・・夢みたい。」私は圧倒されてただ呟く。風にたなびく雲が、手を伸ばせば届くかのように感じられた。
「こりゃ・・一生モノの風景だな・・」ウィルも息を飲んで感無量の様子だ。
「ともあれグリフィンよりは乗り心地が良い・・比べて速度は出ないようだがプロトタイプと言ったな。」シンは冷静に空を見上げながら口にする。
「大いなる天空さえも支配するとは・・帝国の野望は果てを知らんのう。こりゃ、参った。」ナッセルが呆れたように感服の言葉を吐いた。
「こっち来てみなよ!地上を見下ろせるよっぅ!!」ズクラッドがはしゃいで船首の方へと駆け寄る。
連られて全員が船首へ向かった。
我々は一望千里の地上を俯瞰して、
「うへえ・・どんだけ高いトコ飛んでんだ??まるで都市がマッチ箱みてえだ。」
「ドラゴンの目線ってこのようなモノかしら・・」
「神は人々に地上を与えた・・というのは昔話だな。」
「見よ、ラの者は至高なる天空から汝らを見届ける・・福音書第6章27節じゃ。ワシがこの目で見届ける羽目になるとは。」
「ずっーとオイラはこの時を待ち望んでいたんだ・・死ぬまでに飛空艇から地上を見下ろしてみたいって。こうもあっさり願いが叶うなんてね・・」
口々に幻想的な情景に想いを語り合う。掛け値無しに人生でこれほどまでに雄大で風光明媚な景観は見た事が無い。きっと全員そうだろう。
そのまましばらく左右に揺れながら地平線の彼方へと疾走する飛空艇の甲板で私達は初めての体験に心躍らせて見入った。「素敵ね・・」思わず溜息が出る。
次の瞬間、船体が大きく傾き・・「あっぅ・・わわわ!!」私はバランスを崩して甲板上を滑って落下防止の柵に激突し・・バリンッゥ!!!右足が突き抜け宙へと投げ出された。
「たっぅ助けて!!!」すぐにシンとウィルが私の両手を引っ張り上げる。
「大丈夫か!?」「ったく何やってんだよ・・」
私は顔面蒼白で少し震えつつ「し、死ぬかと思った。甲板は危険ね、戻りましょ。だから船は嫌いなのよ・・」と文句を言ってそそくさと逃げるように客室へと歩き出す。
「しっかしおめえ重たいな・・体重は何ラピアあるんだ??」
「あら女性に体重を聞くの??失敬ね!!」目くじらを立て抗議するも「そんなの気にするタマかよ・・へいへい我らが騎士様は都合が良い時は女になるんだな。」ウィルは嫌味をブー垂れながら片手をヒラヒラと泳がせた。
「おい、坊主戻るぞ。」
「オイラはもうちょっとここに居るよ・・もう二度と味わえない眺めだろうから。今生の思い出にするんだ・・」ズクラッドは恍惚とした表情で振り向きもせずそう語る。彼にとってそれほど感動的なシチュエーションなのだろう。それが他人からしたら夢絵空事だったとしても放っておくのが吉か。
そう思いながら客室へ戻ると何やら機関室の方が騒がしい・・「連邦のスパイだっぅ!!!」「殺せっぅ!!!」物騒な叫び声に私達は顔を見合わせると走り出す。
慌てて駆け付けるとそこには縄で拘束された独りの人間の男が囲まれていた。
「違う!!俺は決して・・連邦のスパイなんかじゃ・・」男と対面したザックスは訝し気な面持ちで「二等航海士、エリクソンよ・・二度は問わん。連邦からやってきた理由は何だ??」低く座った声で問いかける。
「ゼアトルべ頼む・・俺には2人の妻と4人の子供が・・あぁ連邦に居たのは事実だ。でもスパイなんかじゃない!!」ザックスが彼の額に手を置くと呪文の詠唱を開始するや否や「おい嘘だろ・・俺達仲間じゃないか!?やめろっぅやめてくれっぅ」
バリバリッズドンッゥ「ァァアアアーーッゥ・・」彼の身体は悲鳴と共に床を貫通し落下した。空いた穴からは遥か眼下の地上が見える。
「彼が何を・・??」私は気の毒にと思いながらも事情を訊いた。
「連邦の出身だった。」「それが??」
「それだけで十分だ。飛空艇の技術は帝国が独占すべきであって連邦が造り始めたら際限のない建艦競争が始まる・・貴様等はリシャーヴョンらしいが特別だ。国賓らしいからの。ここは乗客が来る場所ではない、さっさと出ていけ。」
私達は後味が悪い事件を目の当たりにして客室へ戻ると「ゾッとするな・・」
「ああ。即席裁判にも程がある。」ウィルとシンが珍しく意見の一致を得た。
「部外者の私達には何とも言えないけど・・人権よりも機密の方が重要みたいね・・なんだか帝国の在り方が垣間見えるような・・リシャーヴ王国のそれよりも過激だわ。」
「なんでえ、リシャーヴでもある程度はこれに近しい事があるかのような物言いは納得できねえな・・」早速ウィルがケチを付ける。
「アンタには分からないでしょうけど、薄氷上の綱渡りをしているようなモノよ。騎士団会議ではね。みんな力関係や序列に機を見るに敏でいつ失脚するか分かったものじゃない・・私は第13騎士団を守るので精一杯よ。」
「へえ、そんなモンか・・我らが騎士様も苦心してるんだな・・爺さん煙草吸おうぜ。」
「んむ・・ワシも長い事騎士団に在籍しておるが確かに、腹の底が知れぬ者たちの魔境じゃのう・・」そう言いながらもナッセルは接触呪文で自身とウィルの煙草に火を付けた。
煙が換気口に流れて行くのを見つめながら「俺は権謀術数に興味など無いな・・・エリューヴィン、お前さんが騎士団を追放されたら俺も去る。私的な用事さえ済めば未練などあるものか・・」シンが吐き捨てるように語る。
「去るってどうやって生きてくんだ??おめえの剣の腕を買ってくれる国なんて、そうそう無いだろ。」ウィルのもっともな指摘に「さあな・・また流浪の民として旅をするか冒険者にでもなるか・・明日には明日の風が吹くものだ。」シンは涼し気な顔で答えた。
「そうねえ、そうなったら・・シン、貴方と一緒に旅に出るのも悪くないかも。」
「・・俺に付いて来ても何も楽しい事は無いぞ。」
「そこが良いのよ。」
バタン!その時客室の扉が開き給仕が食事を運んで来た。
「軽食です・・お召し上がり下さい。別に無理に食べなくとも結構ですから。」次々にテーブルに皿が並ぶ。
「白パンにコーンポタージュか・・洒落てやがんぜ。」
「帝国は軽食も華やかね・・」
「質素な食事が美徳とされる聖職者になんてモノを出すんじゃ。」
普段は黒パンしか口にしない私達は異口同音に歓喜の声を上げて食事のスタートを切った。ふわっとしたパンをちぎりコーンポタージュに浸して口に入れると奥深い豊かな甘みと塩味の調和が広がる。上品な味わいだ。
「う~ん、濃厚でクリーミーね。それに良い香り・・完璧だわ。」これに比べれば100%ビーフジャーキーなんて革靴の底も良いトコロだ。
「おぉ、うんめえ~!!!こりゃ格別な味わいだな・・甘味がググっと凝縮されてて口の中で溢れ出るぞ!!!」パンをたっぷりポタージュに浸けて大口でパクつきながらウィルが絶賛する。
「うん・・食の道楽は精神に好影響だな・・」口少な気ながらシンもまんざらではない様子だ。
「むむ、こりゃ贅沢にも砂糖をふんだんに使っておるわい。堪らんのう・・」パンを貪り食いながらナッセルの爺さんが珍しく大食漢を演じている。
「爺さん後で罰が当たっても知らないわよ。」
「罰ならとうの昔に下っておるわい。ホレおぬしの従者になったあの日にな。」
「へえ、言うじゃない。生涯現役で、老衰という言葉を忘れさせてもお釣りが来るくらいの罰で良かったのかしら。よくよく思い返すと天使の声が聞こえてたわ・・もっと酷い罰を与えなさいって・・」
私のブラックジョークに「・・勘弁じゃ。ワシが悪かったの・・」ナッセルが降参の意を示した。
「はははっぅ、爺さん諦めろよ人材不足の我らが騎士団なれば死ぬまで扱き使われるのが宿命だ。爺さんの代わりなんて、何処にも居やしねえって。」ウィルが何の慰めにも成らぬ励ましの言葉で笑い飛ばす。
「わあ、良い匂い!!!」ズクラッドが上甲板から戻って来た途端に鼻をスンスン鳴らしながら駆け寄って来た。
「駄目だよぉ~オイラの分も残してくれなきゃ・・」そう言いながらパンを両手にポタージュにブチャッゥと浸けると物凄い勢いでバクバクとがっつき出す。
「おチビちゃん食欲旺盛ね・・」酔っても知らないよとは一体何だったのか・・
「もぐもぐ・・マッシュルームに生クリーム入りのコーンポタージュ!!!これぞ帝国の味だよ!!!」
懐かしむかのようにズクラッドは暴食の限りを尽くしたちまちパンを食べ終わるとペロペロと皿を舐め上げて完食した。
「この坊主、一番後に来たのに一番早く喰い終わったぜ・・」ウィルも呆れて口をポカンとさせている。
「妙に元気な奴だな・・」「うむ。見てるだけで胃もたれしてくるわい。」シンとナッセルも呆気にとられて「ごちそうさま!!」と満面の笑顔のズクラッドを怪訝な表情で見つめる。
「ご機嫌ね・・そんなに嬉しかったの??」
私の問いに「もちろんだよ!!!夢にまで見た絶景に思わず涙したくらいだね!」満面の笑みを浮かべ軽快に返事をした。
軽食の事を聞いたのだが・・どうやら下界を見下ろす壮観な体験の興奮と勢いそのままに食べたらしい。
こうして私達は優雅な空の旅を満喫した。




