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二十三章 ゴールデンハンマー

それから私達はマニファンに別れの挨拶をして・・汚れと体の疲れを癒す為に・・ズクラッドの案内でレアウルスの一角にある銭湯へと出向いた。

「5日ぶりの風呂だぜ!汗臭いったらねえぜ・・」ウィルがクンクン自分の体臭を匂う姿に「軟弱者ねえ・・私は任務の為なら1ヶ月くらい平気だわ。死ぬわけでも無し・・」情けないとばかりに首を振る。

「かぁぁーーっぅ我らが騎士様は女らしさの欠片もねえな・・だからあんな変な男くらいしか寄って来ねえ。」

「何よ!女である前に騎士なのだから当然だわ。そんなモノをアピールする立場ではないの。」

「へいへーい、ごもっともでさあ。」小馬鹿にしたようなウィルの反応に苛立ちを覚えるが私だって不潔を望んでいるワケではない、時には忍耐力も必要なのだ。

彼にはそれが分かっていない・・そう考えてると、

「ウィルあまり茶化すな、エリューヴィンにはそれくらいの覚悟があるというだけであって・・普段は風呂に入ってて清潔だし女性としての魅力も、一応は無い事も無いだろう。」何の擁護にもならぬシンの言葉にドスッゥと心臓に矢が刺さるような感覚に襲われる。

「ははは・・一応は、ね・・そう。」分かってはいたがシンは異性との色恋沙汰に興味が無い。当然、私を異性として意識する事も無い。その彼がお世辞にも一応は無い事も無いと発言するならばそれは全く無いという意味だろう。

「お主ら若いのう・・ワシなんぞ朽ち果てた老骨の身じゃから絶世の美女を見たとしても・・・もはやピクリとも反応せんわい。してウィルよ、お主の好みの女性は何かのう??」

「へへっぅ・・よくぞ聞いてくれた爺さん、俺はな城下町の酒場ラッサリアの歌姫オリヴィアが好きだな。あの美貌、歌声、素直な性格・・・堪んねえや。」勝手に惚気るウィルのアホヅラを私は呆れた風に眺めると「アンタじゃあ高嶺の花ね・・それに素直な性格って演じてるだけでしょ。」ピシャリと断じた。

「良いんだよ、演じてても。演じる事すら出来ないそこらの女と違って夢を持たせてくれる。それが良いんだ。」重ねて主張するウィルからは相当入れ込んでる様が見て取れる。酒場の主人はオリヴィアとやらを雇って正解のようだ。

「ピュアだな・・幻想を抱くのは良いがもう少し現実的になれ。」シンが諭すように語るも「悪いかよ、俺はくだらねえ徹底した現実主義者のおめえと違って、夢や希望を持って生きてるんだよ。俺の人生にケチを付けないでくれ。」ここぞとばかりに反発する。享楽的に生きるウィルとリアリストのシンでは意見が食い違うのも無理はない。

「兄ちゃん、刹那的に生きてるんだねぇ・・・ホラッ、あそこだよっぅミューンズドヴルメ一番の高級銭湯さっぅ!!!!少しディールは張るけど今のオイラ達にはピッタリだよ。」

ズクラッドの指差す先に煙突から煙を吐く一際大きな建物が見える。看板に大きくゴールデンハンマーと表示されていて私は少し困惑した。

「ゴールデンハンマー??銭湯でしょ?ゴールデンはともかくハンマーって何よ。肩叩きサービスでもしてるのかしら??」

するとズクラッドは両指をパチパチと打ち鳴らしながら「お姉さん大当たり!!!風呂上がりにゴールデンハンマーでバンバン叩いてくれるサービスが有名なんだ、ココは。」ビシッゥと人差し指で決めポーズをする。

「風変りな銭湯だな・・」シンが私の感想を代弁してくれた。

「げげっぅ冗談じゃあねえぞ・・ハンマーで肩叩かれて喜ぶほど頑丈な身体してねえって・・」ウィルの悲鳴に近い声に「大丈夫、オイラでも余裕で耐えれるからさ。きっと気に入ると思うよ!」どうやら乗り気なのはズクラッドだけの様子だがここまで来た以上は覚悟を決めるしかなさそうだ。

私達は否応なしに暖簾をくぐった。


「らっしぇー、お客さん見ない顔だね・・それにその肌色。ここは初めてかい?」番台の婆さんが物珍しそうにしげしげと見つめて来る。

「ええ・・そうなの私達ミューンズドヴルメに来たばっかりで・・そこのホビットは違うけど。」私は愛想笑いをしながら適当に受け流した。

「ホビットの男は1ディールで、人間の男は1ディール30チャリン、人間の女は2ディールだよ。お勘定は別々かい??」

「いえ、まとめて払うわ。7ディール30チャリンね・・ところでロッカーはどのくらいの大きさかしら??」ディールを数えながら尋ねる。場合によっては荷物の見張り役が必要かも知れない。

「安心しな、ウチのロッカーは特大サイズなんだ。おまけに頑丈。ドワーフが斧で叩いたって破れないさ。」

「それを聞いて安心したわ。」

ディールを支払うと全員がロッカーの鍵を受け取りそのまま奥の広間へと向かう。そこには中央に椅子が並べられており左右にロッカーが並んでいた。

椅子に座った客らしき人物の肩をハンマー・・らしき代物で従業員がトントン叩いている。そのハンマーの打撃部は黄金色の毛皮で覆われており、弾力性があるのか叩かれる度に強く弾んでいる。

「ねえ、ゴールデンハンマーってもしかしてコレの事??」

私は並べられたハンマーの一つを掴むと少しロッカーに叩きつけてみた。軽やかにドプッゥドップッゥと弾む。

「そうだよ。」

「なぁ~んだビビッて損したぜ・・」

「全くだ・・」ウィルとシンが安堵の声を漏らす。

「ほうこれは珍しい・・ガチューの毛皮じゃな。」ナッセルが目を細めてまじまじと眺める。相変わらず博識な爺さんだ。

「いらっしゃいませ~お客様方、当店のゴールデンハンマーに興味がおありのようですね!」若い女性が声をかけてきた。

「えぇ・・初めて見たわ。肩叩き専用の特製ハンマーって奴よね。」

「その通り!!北ミトレニアの神の砂場にのみ生息する電気ガチューの毛皮の中にスライムをギュウギュウに押し込んで木の棒で串刺しにしたのが当店自慢のゴールデンハンマー!!!」

「ス・・スライム!?」一同がギョっとする。

「えぇと、つまり・・それって生きてるのかしら??」

「電気ガチューの方ですか??それともスライム??」

「どちらかと言うとスライムの方が気になるわね。」

「さあ??スライムですから死んでいるのか生きているのか・・存じ上げませんがこの弾力性はスライムだからこそ可能な逸品ですわ。」

「別の意味でとんでもねえハンマーだな・・」ウィルが正直な感想を漏らす。

「兄ちゃん知ってるかな?電気ガチューってさ、砂漠のネズミなんだよ。とっても大きい。」ズクラッドが得意気に知識を披露する。流石に冒険者は仲間と情報交換しているので詳しい。

「へえー・・砂漠のネズミなのか。黄金色だからって毛皮が重宝されてるってワケかい??」

「お客様、それだけではありません!!!電気ガチューの毛皮は呪力を通すと電気を発します。その状態で叩くと肩から全身の筋肉や血管、神経を刺激し血行促進を促し脳の活性化にも良いと言われております。お風呂上がりは是非ゴールデンハンマーをお試しください!きっと忘れられない体験が出来ますわ。」

「そいつぁ楽しみだな、なぁみんな??」すっかり謳い文句に乗せられてその気になったウィルは騙されやすいというかお人好しというか・・

「少し怪しいけどまぁ悪くないサービスね・・さあさっさと風呂に入りましょ。」

「高級銭湯には・・とんと縁が無いから、イマイチ分からんな・・」シンが理解に苦しむ、といった顔をする。

「とうの昔に錆び付いた老体の身にはどれほどのモノかのう?」ナッセルの爺さんも若干懐疑的だ。

「へへっぅ、ここをチョイスしたオイラを信じなって!」ズクラッドの自信満々な後押しが尚更不安だがロッカーに荷物を叩き込むと私達は男湯と女湯に別れて脱衣室へとそれぞれ向かった。

「じゃ、後でね。」「おう!」

血と汗で汚れた服を脱ぎ捨てると、入浴場へ向かう。「館に帰ったら服は洗濯して貰わないと・・汚いったらありゃしない・・」ブツブツ言いながら入浴場へ入ると風呂はとても広く・・そして誰も居ない・・

「なぁに??貸し切りじゃない。」椅子を取って近場のシャワーに手を伸ばす。

帝国産の石鹸にシャンプーが並んでいる。

私は全身でシャワーを浴びてシャンプーで髪を泡立てた。「んん~~最高っぅ!!この泡立ち城下町のとはレベルが違うわね!お土産に売ってないかしら??」鼻歌まじりで良い匂いがするシャンプーを洗い流し身体中を石鹸で綺麗に磨くとドボンと勢いよく浴槽に飛び込んだ。

「ふぅ・・生き返るわぁ~こうやって旅の疲れを癒すのも悪く無いわね・・」数分ぼんやりと浸かってるとカラカラカラ・・別の客が入ってきた。見たところ30代くらいの女性だ。貸し切りは中断か・・そう思ってるとその女性は身体を洗う事もなく浴槽に入り込む。しかもすぐ隣だ。

「ハイ!地元の方かしら??ご機嫌如何??」気まずくなった私は声を掛けた。

「しぃーっぅ!・・静かに・・帝国の英雄が2名、本土からミューンズドヴルメに移動して来たのを確認しました。」

「え!?何ですって!?貴方・・」私は驚いてザバッゥ・・と立ち上がるが、

「くれぐれもお静かに・・私は第16騎士団配下の者です。失礼ながら尾行させて頂きました。そのまま身を沈めて・・」ゴクリと息を飲むと言われるままに浴槽に全身を浸ける。

「帝国の英雄の来訪目的は不明・・極めて危険です。騎士エリューヴィン、貴方の抹殺が目的かも知れません。太守の館に戻るのは止めて都市ラミューダのカフェ・ルーチェリアに急行して下さい。我らが主アハリルがお待ちです。彼なら英雄にも対抗出来ます。」

「・・・・」

私は黙って考えを巡らせた。ランツィとアハリルのどちらに信用が置けるだろうか・・無論、そんなの決まってる。

「警告ありがとう、でも私はランツィを信じるわ。彼だって英雄の一人よ。」

「貴方とランツィ公の関係は存じ上げております・・貴方がむざむざ殺されるのを看過するワケがない・・そうお思いでしょうが、それは致命的な間違いである可能性も。ランツィ公は名誉職の英雄でありその実力は本来の英雄に及びません。騎士エリューヴィン、誤った判断はその身に災いとなります・・忠告はしました。」

「それが貴方の仕事なのね・・騎士アハリルに言っておいて、私の意向に文句があるならラミューダの地下に潜伏してないで堂々とレアウルスに来て話しましょうってね。」そう言うと私は浴槽から上がり入浴場を後にした。ランツィはアハリルを曲者と評していた・・イマイチ不信感が拭えない。


脱衣所で服を着て広間に出るとまだ男性陣は上がってないようで、風呂場で仲良く雑談でもしてるのだろうか。椅子に座ると「ゴールデンハンマーよろしく」従業員に声を掛ける。

「はぁ~い、当店自慢の極楽ゴールデンハンマーで至福の一時をお楽しみくださいませ!」

トントントン・・肩を叩かれ始め私は納得した。なるほど、弾力性のあるスライムの感触が実に心地良く・・更に電気がピリピリと肩から全身を刺激する。謳い文句に偽り無し、か。

「ん・・もっと強くお願い。」

「了解しました!思いっきり行きますよ!」

ドプッゥドップッゥ・・打撃の感触と刺激が更に一段と高まる。

「あー・・良いわぁ・・んん・・こんなの初めて。」数分後、私はすっかりゴールデンハンマーの虜となった。恍惚な表情で天にも昇る気分となり・・この無限とも思える快感を失いたくない気持ちで一杯だった。これは正に心の麻薬だ。

15分後、「時間ですわ~サービスはここまでとなります!」

突如としてその快感を失った。

「えぇ!?もう終わり!?」

「はい、また次回にでもご来店下さればいつでも叩いて差し上げますわ~。」名残惜しい表情で私は椅子から離れ・・まだ微かに残っている身体中を巡る極上の快感の余韻に浸った。

気が付けば先ほどの第16騎士団の女性が素通りしてそのまま退店して行く。下手に広間で長居して尻尾を出さない為の配慮だろうか。このサービスを享受出来ないとは可哀想に。

「でよぉっぅゴブリンの婆が出て来て俺は一目散に逃げだしたんだ!投げキッスの追い打ちに巻き込まれたドワーフが失神しやがってよぉ」

「ははは、兄ちゃん上手いね~」

「ほっほっほ・・夜の店とは元気じゃのう、ウィルよ。」男性陣がようやく長風呂から上がって来た。

「こらっぅ遅いわよ!!!」

「悪ぃ悪い、湯舟に浸かるなんて久方ぶりでじっくり満喫したぜ。」

「ああ、誰かさんの話が長くてな・・・」シンの嫌味にすかさず「おめえが無口なだけだろ。これだから辛気臭い野郎は・・たまには場を盛り上げる役目を代わってくんねえか??」ウィルが皮肉混じりに返す。

「で、ゴールデンハンマーとやらはどうだった??」

「最高ね・・吃驚するわよ。」

「さあさあ皆様椅子に座ってどうぞ。至福の一時をお楽しみ下さいませ~」従業員の言葉に誘われるがまま男性陣が椅子に付くとトントンと軽快に肩叩きが始まる。

「おっぅおっぅおっぅ・・こりゃスゲエ!!!」

「へへへ・・最高でしょ。あ~気持ちイイ~」

「うむ・・うむ・・極楽じゃのう・・若返るわい。」

「ん・・コレは悪くないな。」

従者達の感嘆の声を聴きながら私は腕を組んでロッカーに背中を預けると、今後について思案した。英雄の目的が私なら彼等を巻き込むのは避けたい。死ぬつもりは無いが死者は少ない方が良いに決まってる・・これは不可抗力だ。

任務を捨てて逃げ出すワケには行かないのだから選択肢はただ一つ。覚悟を決めるしかない。15分後・・肩叩きサービスが終わった我々は店を後にした。


「ふぃい~~流石は高級銭湯だな、城下町の銭湯とはレベルが違うぜ。」ウィルが肩を回しながら満足感タップリの表情を見せる。

「へへん、オイラを信じて正解だったでしょ?」えっへんと鼻高々なズクラッドに「あぁ、坊主の勝手知ったる地だもんな・・俺達は何も知らないから本当に頼りになるぜ。」当然だ、その為に雇ったのだから。

「電気ガチューの毛皮にスライムか・・材料さえあればワシにも作れるかのう・・」ナッセルの爺さんが変な気の迷いを口にする。

「考えるまでも無く高級品でしょ、爺さん北ミトレニアの砂漠を彷徨うつもり??冗談止してよね。」気持ちは分からないでも無いが。

「で、これからどーするよ??」

「んん、そうねえ・・一旦ここで解散しましょ。私は館に帰るから・・」

「なんでえ、今日に限って付き合いが悪いじゃねえか・・あの日か?」相変わらずデリカシーの欠片もない男だ。

「馬鹿、違うわよ・・ちょっと野暮用があるから少しの間独りになりたいだけ。」

「エリューヴィン、怪我でも隠しているのか??」シンが不安そうに聞いてくる。

「いや・・私は大丈夫。ただ・・何かあったらシン、アンタに一任するわ。」

「とんでもない事を言うな。お前さんが居なければ第13騎士団は成り立たん・・何かあったのか。」相変わらず察しが良い・・だが今はそれが余計に感じられる。

私は平静を装って「何も。。みんな、分かってると思うけど王都とは立場も法律も違うからくれぐれも問題は起こさないでね。そして日没までに帰宅しなさい、それまでは自由時間よ。」言い渡した。

「よぉ~し爺さん、帝国産の高級煙草をカートン買いしようぜ!坊主案内してくれよ。」ウィルがウッキウキで音頭を取る。

「ヒッヒッヒ・・好事家なれば旨い煙草には目が無いからのう。」

「良いよ!帝国産の全ての銘柄が揃った専門店があるから付いてきな。」

「・・その後で構わんが、刀剣を扱う一流の鍛冶屋か武具屋を紹介してくれ。剣が無い剣士なんてサマにならん。」シンも頼み込む。

「はいよ任せなって!」

「あらおチビちゃん引っ張りダコね・・くれぐれもクスリは買わないように、後でチェックするから。」

「えへっぅ信用が無いなぁ・・安心しなって、買わないからさ。」

「ようし天気も良いから後で日向ぼっこでもしながら駄弁ろうぜ。」

「賛成!」

「ほっほっほ・・・ワシの昔話で良ければ花を咲かせるぞい。」従者達が賑やかにその場を去る後ろ姿を微笑ましく見送りながら独りになった私は気持ちを切り替え「さて・・と、じゃ行くか。」荷物から天使のアミュレットを取り出すと、首下に引っ掛けた。

「帝国の英雄ね・・備えあれば憂いなし。まさかの事態になれば・・それはその時よ。」そのまま館へ向けて歩きだす。不安があるとすれば従者達が任務を完遂してくれるかどうかだがシンが居るから何とかなるだろう・・


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