十九章 ミューンズドヴルメ冒険者ギルド
コンコンコン、扉をノックする音で私は目が覚めた。
「朝食をお届けに参りました・・」時計を見ると8時を回っている。
慌てて扉を開くとメイドがサンドイッチと珈琲が乗ったトレーを突き出して来た。
「ありがとう。」
受け取るとテーブルへ置き、まずは寝起きのトイレへと直行する。
昨晩は食べ過ぎた・・胃腸は強い方だが、少し太った気がする・・そう思いながら排尿排便をしてスッキリしてからサンドイッチに齧り付いた。卵とハムと胡瓜の、何の変哲もないサンドイッチだが元気が湧いて来る。仄かな香りを漂わせる珈琲を啜ると「ブレンドね・・目覚めの一杯には丁度良いわ。」満足して更に2口、3口サンドイッチを齧ると珈琲を流し込んだ。
リュックを背負い部屋を出ると隣の部屋のシンとかち合う。
「おはよ・・昨晩は良く眠れた??」
「ん・・久々に熟睡出来た。お前さんは??どうせ夜更かしして小説でも読んだのだろうが。」
「当たり。読書は私の日課よ。知識を蓄えるのは大切だわ。」
そのまま2人して客間へと向かった。
「よぉ我らが騎士様のご登場だ、良い夢でも見たか?」
「わしゃあの小僧の寝付け薬で悪夢を見たぞい。」
ソファーに座ったウィルとナッセルが煙草を吹かしながら迎えてくれる。
「ウィル、アンタってば朝っぱらから元気よね・・」
「俺は朝に強いんだ、ぐっすり寝て起きたら元気一杯メガシャキよ。」彼の天性の快活な性質は正直羨ましい。その活気を分けて欲しいくらいだ。
「・・で、朝食の珈琲はおめえの眼鏡にかなったか?」
「65点ってところかしら・・可もなく不可もなく・・ね。」
珈琲党の私の辛口批評に「あんな苦い汁、どれを飲んでも俺には違いなんて分からねえ。」つっけんどんにウィルは吐き捨てた。
「どうせアンタ付いて来た角砂糖3つ全部入れたんでしょ。分かってるんだから。」
「甘くでもしねえと飲めねえよあんなの。」珈琲の素晴らしさを理解出来ないとはつくづく愚かな男だ・・そう思いながら時計を見やる。
「そろそろ9時になるわね・・おチビちゃんは??」
「知らねーよ、まだ寝てんじゃないか??」
「妙だな・・・10時間近く時間はあった。ホビットは睡眠時間が長いのか??」シンの疑問に「寝付け薬を過剰摂取でもしたのかのう・・」ナッセルが適当な推測をしてみる。
「やれやれ・・起こしに行くわ。部屋は何処だったかしら??」
「シンの3つ隣だったハズだぜ。」「了解。」
急いで駆けつけてドンドンドンッゥ・・扉を叩くも返事は無い。
「まさか・・薬のやり過ぎで死んでるってオチは無いわよね・・」段々と不安になって来る。近くを通りかかったメイドに「ねえ、この部屋の合鍵持って来てくれるかしら??」と頼み込む。
合鍵で扉を開けて突入するとベッドの上で爆睡してるズクラッドが目に飛び込んできた。
「朝よ、起きなさいおチビちゃん。」問いかけるも全く反応は無い。
「むにゃむにゃ・・もう食べれないよぉ~~えへへ・・・」呑気な寝言を言ってるズクラッドにムカついた私は襟首を掴むと小さな身体ごと持ち上げてブンブン振り回し「コラっぅ起きなさいっぅ!!!!」怒鳴り込んだ。
「はわわっわ!?」寝ぼけた顔のズクラッドが声にならぬ悲鳴を上げる。
「・・目が覚めたかしら??」ベッドの上に放り投げると「時間よ、さっさと支度して。」ポカンとした彼に言い放った。
「う・・うん、強烈な目覚ましだねお姉さん・・・」
「貴方が居ないと始まらないんだから。ったく・・」
部屋を出ると合鍵をメイドに返し、「この子に朝食をお願い。大急ぎで。」注文を付けると大股歩きで客前へ戻った。
「で、どうだったよ??」ウィルが数本目か知らないが煙草を灰皿で捻じり消しながら聞いて来る。
「何も。ただの寝坊助よ。ところでアンタ煙草吸い過ぎじゃない??」
「悪いかよ?俺の給料で買ってるんだ、俺の勝手だろ。」
「健康に悪いわ・・長生きしたかったら節制しなさい。」心配しているからこその忠告だと言い聞かせるが「へっぅ、煙草吸ってても長生きした奴は多いぜ??なあ爺さん。」屁理屈だけは一丁前だ。
「そうとも。わしゃ今年何歳だったかのう・・120歳まで生きるぞい。」
「完全に煙草で脳が逝かれてるわね・・老い先短いんじゃないの?」
「俺等は馬鹿だから吸ってんだよ。何度も言わせるなって。」
15分後・・・
「えへへ・・お待たせ。」客間にニヤケ顔のズクラッドが姿を現した。
「これで全員揃ったわね・・みんな荷物の忘れ物は無い??」
「ああ。」「問題ないぜ。」「うむ。」
チリンチリン・・テーブル上のベルを鳴らしてメイドを呼ぶと「ランツィに伝えておいて今日の昼食と夕食は不要だって。あと明日どうなるかは不明とも。よろしくね。」そう言い残して
「さあ出発しましょ!おチビちゃん冒険者ギルドまで案内よろしく。」
「任せておくれよ!」私達は館を出るとズクラッドの先導の下ミューンズドヴルメ冒険者ギルド支部へと急いだ。
レアウルスの街並みは木造2階建築が多く、箱庭のように密度が高い。リシャーヴ城下町と比べて趣きが異なり整然としているが人通りや活気はそれほどでも無さそうだ。帝国の属州になって4年・・ランツィはかつてない繁栄と成長を遂げていると語っていたが貧しかったミューンズドヴルメが豊かになるのはまだまだこれからだろう。
市場を通るとリンゴや人参、カボチャ、ジャガイモなどが山積みで並んでいる・・フラワーショップには色とりどりの彩色豊かな花が活けてあり、誕生日を迎えるとナターシャからストロベリアの花を贈られるのが思い出された。
「花なんか見てどーしたよ??そんな柄じゃねえだろ。」ウィルが茶化して来る。いつもながら無神経でデリカシーに欠ける男だ。
「俺は毎月・・妹の命日に弔いの献花をしている・・ウィルお前も年齢を重ねると分かるさ。」シンが静かな口調で、しかし重みのある言葉を発する。
「そういや俺の親や兄弟は元気ピンピンだな。生きているウチに少しは親孝行でもしておくか。」
「ひっひっひ・・ウィルよおぬしが元気で生きてればそれが親孝行じゃ。それだけで十分じゃよ。」ナッセルが分かった風な口を利く。天涯孤独な身の癖に・・・
「そういうもんか。」
「オイラ達冒険者は基本的に一匹狼の集まりだから関係ない話だなぁ・・」
ズクラッドの一言に「あらおチビちゃんそれは切ない生き方ねえ・・」
「ああ殺伐としているな。」私とシンが口を揃えてその人生観の考察を述べた。
「冒険者はコネも身寄りも無い連中がディールを稼ぐ為に成る職業だからね・・・他人の死なんか構ってられないのさ。」
「ほっ・・それもよかろう。神の元へ召されるのには変わりあるまい。」ナッセルの爺さんは元神父だけあって死生観は卓越している。
「もしかしたらファルギルダイテに堕ちるかもよ??」「それも運命じゃ。」
「そろそろ着くよ!!!あの建物さ。」ズクラッドが指差した方向には3階建ての大きな建物が見えてきた。
「案外と近いのね。」「見た感じリシャーヴ支部とそっくりだな。」
「ディールの亡者の集会所だ、糸目は付けないんだろう。」
「あらシン上手い事言うわね。」
玄関前の横にある掲示板を何気なしに見ると「あ!!!あの時のフェルマー!?」ズクラッドが珍妙な声を上げる。
「ん?何だって坊主、おぉこりゃ見覚えがあるぞ。」そこには指名手配のポスターにデカデカと記憶に新しいフェルマーの顔が載っていた。
「・・リョースコノーティアの宿屋に居たクアッドの呪術士にそっくりだな。」
シンの指摘通りよく似ている。「間違いないよ!本人だって!!!」
「へえ・・冒険者ギルドメンバー2人殺害の罪・・ねぇ。4ラディールの特別報奨金とはなかなかのものね。」
「・・で、どうする?通報でもしておくか??」私達は立ち止まって論議した。
「いやしかし通報ではなく捕縛でなければ報奨金は貰えない。」
「任務が終わって王都への帰り道の途中に寄るべきかしら?」
「ふむ・・じゃがクアッドの呪術士が相手となると一筋縄では行かんぞ。」
「そう悪い奴には見えなかったがなぁ・・」
「・・オイラは帰り道の途中で寄るのに賛成かな。この人数なら負けないよ。」
「そう、じゃ決まりね。リシャーヴへ帰国する時に、リョースコノーティアへ寄りましょう。これでこの話は一旦打ち切りよ。」そう決定するとズクラッドを先頭に冒険者ギルドミューンズドヴルメ支部の玄関を開けた。
カランカラン・・鐘が鳴り響き中に居たギルドメンバーがこちらに視線を向ける。
「なんだあ??ズクラッドじゃねえか・・お前リシャーヴ支部で働き口が無いから逃げ帰って来たか。」赤毛の人間の男が小馬鹿にするように見下した発言をした。
「だから言ったのにアッチでは通用しないって。」ドワーフの女がそれ見た事かと鼻で笑う。
「違うやい!オイラ、帝国の国賓としてランツィ公に招かれてミューンズドヴルメに来たのさ!!!」
「ぶっぅ・・アッハッハ・・」途端に嘲笑の声が湧き立った。
「アヒャヒャっぅ」「ぎゃはははっぅ」
「ナイスジョーク。負け犬にしては上出来だ、ははははっぅ!!」手を叩いて弱者を愚弄する連中に私は心底から嫌気が差し、「とんだ馬鹿笑いね・・」と聞こえるように水を差した。
ピクッゥ・・その場から笑い嘲る声が消え失せ・・代わりに私への敵愾心が露わとなるのが表情から見て取れる。
赤毛の男が立ち上がると「なんだ?アンタ等はリシャーヴ支部のメンバーか?ここは俺達の島だ、デカイ面をするんじゃねえ。」据わった目で睨んで来るがチッポケな自負心に担保されたプライドなど余りにも滑稽で怖くも無い。
「その子の言ってる事は本当よ。我々はリシャーヴ王国の騎士団。ランツィとは・・親戚の関係で特別に国賓として招かれたわ。何だったら、今からランツィを連れて来ても良いのよ??」
「なに・・!?」「何だって!?」ザワザワと場がどよめき立つ。
その時2階からゴブリンの男性が降りてきた。
「おやズクラッドじゃないか・・アンタ等が火消屋か??」
「火消屋?何のことかしら?」質問に質問で返すと「違う、コイツ等はリシャーヴの騎士団らしい。何しに来たか知らんが・・」赤毛の男が不愉快に吐き捨てる。
「そうか、レイファンス失礼の無いようにな。俺はミューンズドヴルメ支部ギルドマスターのマニファンだ。」
「よろしくマニファン。」互いに握手を交わすと「・・・で、何用かな??我々と旧知の仲であるズクラッドを連れて来たようだが。」早速本題に入ったので心置きなく私は喋った。
「害獣駆除に報奨金が支払われると聞いたわ。そして冒険者ギルドが血眼になって追跡しているとも。私達を臨時メンバーとして加えてくれないかしら??役に立つと思うわ。」
マニファンは一寸間をおいて「そうか・・確かに、猫の手も借りたいくらいだ・・良いだろう。だが断っておくがギルドメンバーでないアンタ等が負傷、死亡、武具破損した場合に保険金は下りない。何の保障も無い。全て自己責任だ。ズクラッドだけは保障出来る。」
「それで結構よ。」
「なあ・・マニファン、火消屋が来るのだから彼等は不要では??」ノームの男性が否定的な見解を述べる。報酬の分配金が減るのを心配しているのだろうか。
「いや・・リシャーヴの騎士団は手練れと聞いている。念には念を入れて戦力増強しておく。備えが必要だ。」ギルドマスターにそうまで言わせる獣とやらはよほど手を焼く相手らしい。
「リシャーヴの騎士がどれだけのモンか・・精々活躍するんだな。」赤毛の男・・レイファンスとやらが皮肉ともとれる嫌味な物言いをする。
「で、報酬の方は??」気になる点を探るように訊くと、「成功報酬のみだ。各々1ラディールでどうだ?」「文句無いわ。決まりね。」私は満足気に頷き再度握手を求めた。
「良し、まずはコレを見てくれ。我々だけの秘匿情報だが、アンタ等は腕が立つと見込んで協力体制で挑みたい。」そう言うとマニファンは欠片を取り出し接触呪文で床に映像を投影した。
「まだかろうじて生きていた犠牲者の記憶から取り出した貴重な映像だ。」
「生きていた・・??」「その後すぐに息を引き取った。内臓を喰われてしまったからな。」
そこには巨大で真っ黒な狼のような獣の姿が映し出される。
「ガレアスの魔獣だ。ギルドメンバーが既に3人殺されている・・真っ向勝負では勝ち目が無い。」
「ファルギルダイテの番犬か、厄介な相手だな。」シンが腕を組みながら唸った。
「魔獣だなんて冗談じゃねえぞ・・」早速ウィルが臆病風を吹かすが端から戦力としては期待などしていない。
「・・で?」
「そこでギルド本部に火消屋を頼んだ。3日前の話だ。」
「火消屋・・??」先ほどから気になる言葉を脳裏に巡らせる。
「冒険者ギルドで手に負えない仕事を専門に処理する為に本部から緊急派遣される指折りの実力者の事を指す。主にドラゴンあるいはラの眷属やルの眷属を処理する為のエキスパートだ。そろそろ到着する頃なんだが・・・遅いな。」マニファンはそう言いつつ頭を搔いた。




