十八章 皇帝・ファテシア
ナルルカティアの賑やかな大衆料理店の一角で俺は水を呷って思案を巡らしていた。このような場末の料理店を指名するとは何を考えてるのか・・彼は食事という行為をするのか?まずは正体を知りたい・・何者か知らずして心から打ち解ける仲には成り得ない。そして理想を共有する友として迎え入れるに相応しいかどうか。俺の要求を彼は受け入れてくれるだろうか??まるで、念願の恋焦がれた待ち人を望む気分だった。
「よろしいか?」長い赤髪の女性が向かいに座った。
「ああ、悪いがその席は空いてない・・他へ行ってくれないか??」
丁寧に断りの言葉を送ると「他へ??汝が望んだからあえてこの場へ来たのに・・失礼であろう。」
「!!!」直視すると均整で美しい顔立ちの・・あまりに魅惑的な女性であることに言葉を失った。
「・・貴君が女性だったとは・・驚きだな・・」
「・・汝が男だから女の姿で来たまでだ。汝が女であれば男の姿で来ている。余は性別に制限されぬ。」簡潔に言い放つと「注文して良いか?食を共にしながら語るのがよかろう。」と店員を呼び各々が好きな料理を頼んだ。
「そうか・・その美しい顔も変化自在なのか??」
「当然だ・・が、本日はあえてオリジナルの顔を用意した。それが礼儀だと思ってな。」簡素ながらも着飾った彼女はただの人間にしか見えない・・しかし本質的にそれは誤りだ。何物にも媚びぬ堂々たる姿勢は普段のそれと変わっておらず在りのままで超越感すら感じる。
「余が即位してから生身の姿をさらけ出すのは汝で3人目だが・・高潔さ、度量、知性、実力、いずれも汝は際立っている。人間でここまでの者が存在していたとは嬉しいぞ。」
「俺は・・ただ己の理想とする社会の実現を追い求めているだけだ・・貴君がその理想を共有してくれる友人として信用に値するか・・それを見極める為に少し話が必要だと思った。」
彼女は長い髪を優雅な手つきで波打つように振り払い「少し?気が済むまでいくらでも話をしよう、ヴィ・デジェスディア・ルアオッド。」金色の瞳を眩かせた。
「率直に聞きたい。貴君は・・何者だ??帝国発祥から590年・・600年以上生きている計算になるが・・仮に本当だとして人間なのか??ラの者やルの者ではないのか。」
俺の長年に渡る疑念を・・・彼女に対する不信感を拭えない発言に対し「・・仮にそうだとして何か問題が?」素っ気ない返事であった。
「・・ラの者やルの者はその性質上、人を治めるに相応しくない・・貴君がそうであれば斬って捨てる。」
脅しとも聞き取れるであろう内容にしかし意に介さず平然と「貴君・・か、2人の時はただの君で構わぬ。汝は絶滅戦争を知っておろう。」淡々と語り始める。
「ああ。ところで対等な立場で会うという約束だ、余はやめてくれ。」
「それが望みならば。知らぬと思うが絶滅戦争より遥か昔の古代に大規模な戦争があった事について話さねばなるまい・・」
「絶滅戦争より以前に??初耳だな・・」俺は神妙に聞き入った。様々な遺跡や迷宮を踏破してルの眷属とラの眷属が争った時代があるのは知っていたが、その実態に関しては今の世で誰も知らぬハズだ。
「今から数千年前・・まだ神々が地上に存在していた時代・・・神は様々な人種を創造し世に侍らせた。人間はその中でも最も神の忠実な僕として創造された。人の文明の創世記であり初期段階の頃・・私は呪術を扱う小汚い盗人であった。」
「いきなり数千年前か。耳を疑うが名前は?」
「名前はとうに捨てた。どうしても呼びたければファテシアと呼べ・・数ある名の一つに過ぎないが。」彼女は目を閉じて続きを語る。
「とある日、私は神々の財宝を盗もうとして捕まり牢獄へ閉じ込められた。神々もまた罪人であった。故に神の世界・・天界から追放され地上に閉じ込められたのだ。」
「神話の時代・・とはな。信じ難いがそれが君の物語なれば聞こう。」
その時彼女の注文したパエリアがテーブルに置かれた。
「・・先に食べても?」
「ああ。不老不死でも食事はするんだな。」俺の一言に「肉体というのは不便だが楽しみでもある。人間として生を受けたならば罰と快楽は表裏一体だ。」そう言うとエビと貝が混ざった質素なパエリアを美味しそうにスプーンで掬い出す。
「・・だが罰せられ地に墜ちたハズの神々が地上で栄華を誇り君臨しているのを見て天界は問題視した。そこで天界の決議でルの者が創造された。目的は地に墜ちた神々を滅ぼす為に。数百万のルの眷属が生み出され一斉に神々へ牙を剥いた。」
「なるほど、ルの者はその為に作られたのか。しかしファテシア・・・君の話だと神の申し子というのは偽りではないだろうか。」
彼女は食器を鳴らしながら味わいつつ「ん・・良い指摘だ、これには理由がある。神々はラの眷属を率いて迎え撃った。悪魔の軍勢は圧倒的でありまた一部の天使は悪魔へと寝返った。神々は戦力の不足を補う為に人間に神の武具を与え配下に加えた。大陸中に眠る神具やダイアモンドの騎士はその時の名残りだ。」
注文していた豚肉にナスとピーマンを和えた炒め物が届き・・俺は黙って食べながら彼女の突拍子も無い物語に耳を傾けた。
「神々と配下の人間は300万以上のルの者を打ち倒したが次第に力尽きその魂を貪り食われた。神殿にルの者が迫る中、牢に閉じ込められた私を神の一人が可哀想に思って解放してくれた。その時・・神の英知と力を私に託した。私は神の能力を授かったがルの者は私を神と見做さず無視して・・おかげで難を逃れ逃げ延びれた・・今の私が有るのはただ幸運であったからに過ぎない。」
「300万以上のルの者か・・壮絶だな。俺も数多くのルの者を倒して来たが・・精々数十だ。」
ルの眷属の恐ろしさ、比類なき暗黒の力を俺は身を以って知っている。高位のルの者との危険な盟約を結んだのもその力を欲したからだ。
「神々が地上から一掃されると天界はルの眷属を地獄・・今で言うファルギルダイテに封印した。そうして極一部の生き残ったラの者と取り残されたルの者が地上に残り・・人の時代が来た。」
「神話の時代の終焉か・・それを目撃して生き証人になったのは君だけだろう・・興味深いがそれからは??」
我々は料理を口にしながら話を進めた。彼女以外誰も知り得ない、語り得ない内容には少なからず惹き付けられる。
「私は3000年余り神の力を試し調べ研究しその限界を知った。その過程で有力なラの者とルの者を個別に排除して行き・・人類に貢献をしている気取りのその時の私は今思えば愚かだった。」
「愚か??何故だ。俺も似たような事をして来た・・が、後悔はしていないし愚かとも思わない。」
彼女はスプーンを置いて「まぁ聞け。汝も私と似た道を歩んだのは承知している・・」水を一口含み息を付いてから続けた。
「そうしている間に人間・エルフ・ドワーフとオウガの絶滅戦争が始まった。私は介入するべきか悩んだが無視した。そして後になってその結末を知って後悔した。その時にようやく私は悟ったのだ・・神の力を何に使うべきか、何の為に神の力を授かったのかを。」
「オウガという種の絶滅がナルルカティア建国の由縁か・・」歴史上最たる人間の蛮行とも呼ばれるオウガ絶滅という所業は他の人種から忌み嫌われ糾弾されたが、勝利者としての人間は気にも留めなかった事実が残っている。
「そうだ。強大な神の力を以って私は双極半島の一角にナルルカティアを建国した。あらゆる人種の保守保全を目的とした揺りかごとして。だが、それには代償を伴った・・私が神の力を振るうと人々は私を畏怖し、より良い統治者としては歓迎されない事実が足枷となった。そこで私は人種の多様性から有用な人材を登用し帝国を神の力としてではなく強靭な組織力を原動力として機能するように改善した。英雄システムはその一部だ。」
我々はすっかり料理を平らげ会話に没頭していた。
「・・で、その君の話が真実か否か信用に足る証明可能な何かがあるのか??」
俺はファテシアに裏付けを求めた。ルの者は人を騙すのが巧妙かつ鋭利で一筋縄では行かない事も知っている。
「確かに・・ラの者やルの者ではないと確たる証拠は無い。信用出来ないとあらば今この場で私を殺すが良い。」思わぬ申し出に俺は困惑した。
「それは穏やかな話じゃないな・・」
「だが汝は納得しないのであろう??今の私は生身の脆くか弱い身体・・汝がその気になればいとも容易に血反吐を吐いて死ぬ。私とて死は望まぬ・・が、信用出来ぬとあらば斬って捨ててから後悔するのだな。汝の理想とする帝国の在り方も永遠に失われるであろう。」
彼女は本気かも知れない・・が、俺が浅はかな選択をしないという絶大な信頼感も伝わって来る。上手いな・・そう思いつつ、「そうか・・命を賭して会いに来た、それだけの価値があると??」最終確認をしてみた。
「無論だ。汝は私が求める全てを兼ね備えている。それに余りに魅力的だ。互いに信頼を得て帝国のこの先について語り合う価値は十二分にある・・そうだろう?」彼女の勝ちだった。
「分かった、信用しよう。言葉ではなく態度として。」




