十七章 晩餐会
食堂に案内されると・・・純白のテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの上座にランツィが座っており、「おう来たか・・エリュー、お前はワシの隣だ。皆は好きな席に座ってくれ。無礼講だ、気兼ねなしに語りながら食事を楽しもう。ガハハハッゥ・・」言われるがままに席に付きながら「あー・・私達、品が悪いからマナーもへったくれも無いけど・・」私は先手を打って部下の非礼を断っておいた。
「なぁに、礼儀作法など構うモノか・・素手で喰っても上等だ。騎士とその従者は品位などよりも如何に気高く闘えるかが肝要だからな。」他人の細かい事は気にしない・・それも彼の美徳だ。
給仕がグラスにシャンパンを注ぎ・・「このデケェ布はなんだ??」早速ウィルが頓珍漢な事を言い始める。
「口を拭くナプキンだな・・適当に避けておけ。」
「へえ、口を拭く??パンで拭けばいいじゃねえか。」流石のシンも、このような場を経験した事は無いようでアドバイスがなっていない。
かく言う私もよく分からないのでランツィの作法を見様見真似で膝の上に広げるも何の意味があるのかサッパリだ。
「ナイフとフォークはこりゃどうなってんだ?俺の手は3本も4本も無えぞ・・」
「それはね、一品毎に使い分けるの。外側から順に使うのがマナーよ。」私はここぞとばかりにロンシャイアから仕込まれた知識をひけらかす。
「そういうものか。」「よく知ってんなぁ。」
「オイラ、手が届かないんだけど・・」椅子をガタガタ動かすズクラッドに「失礼しました。」即座に給仕がテーブル擦れ擦れにグラスや食器を移動させた。よほどホビットには縁が無いと見える。
「ヒッヒ・・おぬしら情けないのう。人生経験が足らんぞ。」そう、この爺さんは自称元神父・・格式が高い食事会の場数は踏んでいても可笑しくない。
「ガハハッ、ナッセルよそう咎めるな、若人に知見が足らぬのは何ら恥ではない。老いて見識を深め、次世代に託すのが世の常だ。もっともその者に必要とあらば、だが。」
「つまり俺等には必要ねえって事だ、爺さんの出る幕じゃねえ。」ウィルが堂々と開き直って無知を誇る。まあ彼の人生で二度とこのような晩餐会にあり付ける機会はあるまい。
私だって騎士に任命された時に王家の食事会に呼ばれた際の一度きりだ。厚切りのフライドポテトと殻付きの貝が運ばれてくる。ポテトにフォークを刺して口に含むと絶妙な塩加減で自然に手が進む。
続けてフォークで貝の身を口に運ぶと、旨味が凝縮されていて甘い香りがフワッと広がり思わず声が出た。「あら美味しい。」「この貝は白ワイン蒸しだな・・甘みが程よい味わいだ。」シンも舌鼓して唸る。
「プリップリの身が最高に引き締まってて、こりゃ旨え!」殻を手に持ち吸い付くウィルがご機嫌の余りに叫んだ。ズクラッドは黙々とフライドポテトを片手で口にヒョイヒョイ入れてパクついている。
「エリュー・・ワシはな、最初お前が帝国へ入国するとの通告を受けてリシャーヴ王国はワシの暗殺を狙っておるのかと警戒した。」静かにランツィが口を開いた。
「まぁそんな馬鹿げた話、夢にも思った事は無いけど?」私は即座に否定するもののランツィは続けた。
「だがエリュー、お前に殺されるなら本望だと思い直してな・・愛する娘に引導を渡されるなら幸せな最期じゃあないか??その覚悟を以って招待したのだ。」
「・・私はそんな事をするように育てられた覚えは無いわ。仮に、王家から貴方を殺せと命令されても従うつもりも無い。誰が喜んで親を殺せると?ディールや任務よりも唯一無二の家族の絆の方が大切よ。」
手を止めて思いの丈を口走るとランツィは笑い、「ガハハハッゥ、お前は良い子に育った・・ロンシャイアやナターシャもさぞや鼻が高いだろう。」
「騎士団では冷遇されてるけどね。」私の一言に「そう言うな、現在の待遇は一時的だ。いずれは騎士団長を任せられる・・お前はそれだけの価値がある存在だ。」冷遇を否定し出世は間違いないとお墨付きを与える。
「私の価値って??そろそろ私の出自について知っているなら・・教えてくれても良いんじゃない?」
「それは俺も気になるな・・」「ああ、何だって生粋のリシャーヴョンじゃねえのに騎士に任命されたんだ??」シンとウィルが強い関心を示した。
「・・・・」ナッセルも手を止めて耳を傾ける。
「それは・・言えんな。お前の今後の人生を左右する。時期が来たらナターシャが話してくれるだろう。」
「そう・・それは残念。」ほどなくして皿が取り下げられスープとパンが運ばれて来た。
「ほほう豆とチーズと玉ねぎのクリームシチューか・・贅沢じゃな、実に結構。」ナッセルの爺さんが舌なめずりしながらスプーンを手に「うむ・・うむ・・」満足気に頷いて美食を堪能する。
「鮮やかな緑ね・・さてお味の方は・・」口に入れて見るとスープのコクと素材の味わいに頬っぺたが落ちるかと思うほど美味であった。「うーん幸せだわ~・・」
「オイラこんな美味しいスープ食べたこと無いよ!」ズクラッドが歓喜の声を上げながら舌を鳴らす。
「このパン柔らかくて伸びるぜ、こんな旨いパン喰った事がねえ!!!」ウィルが嬉しい悲鳴を上げる。豪華で美味な食事に私達はイチコロだった。
「ねえ・・ずっと聞きたかった事なんだけど・・」私は思い切って口を開いた。
「何だ?遠慮せず聞いてくれ。」
「貴方がリシャーヴを裏切るのに何か理由はあったの・・??」
ランツィは一息置いてから「理由・・か、ワシはな、新たな人生を歩んでみたくなったのだよ。妻を亡くしてからリシャーヴの騎士としての人生に価値を感じられなくなっていた。エリュー、お前の成長だけが生き甲斐だった。」
「なんだかむず痒いわね・・でも貴方は結果として私を裏切った・・もちろん批難するつもりはこれっぽっちも無いわ。新たな生き甲斐を見つけたのね。」
正直ランツィが数年間を私の為だけに浪費していたと聞くのは心が居た堪れない。
「そうさな・・まぁ言い訳になるかも知れんが・・少し長話をしよう。」
「うはっぅこりゃたまんねえ!!!」パンでスープを拭ってべちゃべちゃに食べるウィルは全く興味が無さそうだ。ズクラッドもスープを皿ごと持ち上げて舌でペロペロと舐め回している。全くもって行儀が悪い・・シンはパンを齧りつつも聞き耳を立てている。ナッセルはスプーンを口に運びながらランツィを凝視していた。
「しばらく公務に気が向かない日々が続いてな、そんな折に第16騎士団長として属国ミューンズドヴルメのスヴァルト地方の領主を任された。目的はテヴシルメ公の監視及び反リシャーヴ勢力の撲滅だ。ワシは数カ月毎にリシャーヴとスヴァルト地方を往復する生活を送り・・・ミューンズドヴルメの実態を目の当たりにした。テヴシルメ公とその一族は莫大な富を独占しており豪華で潤沢な暮らしをする一方国民は重税に喘いでいた。すぐに大幅な減税を実施し、国庫への納税をそれまでの50%に制限させた。テヴシルメ公は激怒したが無視してやった。スヴァルト地方は活気を取り戻し他の地方からの人口流入が超過となり栄えた。」
「良い話だわ。ランツィ、実に貴方らしい。」率直な感想を漏らすと「ああ、今日のミューンズドヴルメ繁栄の下地は出来上がっていたワケだ。」シンも賛同する。
「・・・して?」ナッセルが話の先を急かす。
「2年後、テヴシルメ公は税率を大幅に引き上げる事、そして莫大な国庫への納税額を要求し、その内容に従わぬ場合にはリシャーヴ王国へ提訴すると脅して来た。ワシは騎士団会議でミューンズドヴルメの民は貧しく、テヴシルメ公とその一族が放蕩の限りを尽くしており改革が必要だと力説したが無駄だった。副王陛下は・・テヴシルメ公の要求を呑むように命令を下された。」
「それが引き金だったの?あくまで民の為に?」私はランツィの真意を探った。
「民の為でもあり・・・ワシの野望の為でもあった。」そう正直に語るランツィは心苦し気に笑みを浮かべる。
「テヴシルメ公は、傀儡としては都合が良かったのか・・。」シンが意外だな、と言った風に顎に手を添え考え込む。
「ふうむ、おぬしの王家への忠誠心が薄れているところに来て不服な命令が決定打となったか。誰かに相談はしなかったのかのう??」ナッセルの問いに「ハッゥ、冗談は止せ・・副王陛下とナターシャを敵に回して頼れる者など、騎士団には存在しない。強いて挙げれば、ワシの苦境を知る第16騎士団の部下くらいだ。」そう断ずるランツィからは多少なりとも副王陛下への恨み節が感じられる。
「私の知る限り騎士団会議で副王陛下に強く反論したのはアルキュレイア騎士団長が一度だけ。彼女の正義感は並大抵では無いわ。」
「あの天才児か・・当時はまだ騎士だったな。竜眼のアルキュレイア・・対帝国における切り札、神具で武装した英雄を屠る能力さえ有するとまで言われた傑出した存在・・王家の駒としては当然手放せぬだろう。特別扱いも止む負えまい。」
「なんでえ、我らが騎士様も特別だろ??人間離れした馬鹿力だぜ。」無関心かと思っていたウィルが突然割って入る。
「何言ってんの、腕力では呪術には勝てないわよ。」そっけなく答える私を前に「ガッハッハ、確かに竜眼には勝てぬ・・が、接触呪文や発声呪文の使い手ならば先手を取ればエリューにも勝機は十分にある。ワシとロンシャイアとナターシャが鍛えたのだからな。」ランツィが自負心を以って言明する。身内贔屓もあるだろうが彼から評価されるのは素直に嬉しい。
皿が取り下げられ鮭のムニエルが運ばれて来た。「ほっほ、ワシの大好きな魚料理が来たぞい。」「鮭だなんて高級品が味わえるなんて役得だぜ!」「お姉さん様様だね!」全員もろ手を挙げて大喜びだ。
「うはっぅ!!この醤油バターのコクが最高じゃねえかっぅ」堪らずウィルが感激の声を上げた。
「上品で爽やかな風味だな・・鮭の料理とは久方ぶりだ。」シンも気に入ったようで心なしか普段は緊張感のある顔付きに穏やかさが見て取れる。
「クッチャクッチャ・・鮭が嫌いな人なんて居ないよ!中でもこの調理は特級品だね!」ズクラッドが目を輝かせながらガツガツと頬張っていて良い喰いっぷりだ。
「そうじゃとも。鮭の塩焼きも旨いが、これはこれで格別よのう・・」ナッセルは快活に賞味して「うむ、うむ・・」心の底から自然と満足の頷きを声に出す。
皆が夢中となって味覚の快楽を堪能し・・食べ終わる頃にランツィが口を開いた。
「・・話を戻すがワシはスヴァルト地方に帰るとリシャーヴを裏切る決断をした。テヴシルメ公の法外な要求を新聞の一面に載せ、国民に是非を問うた。結果、暴君討つべしとの気運が高まりミューンズドヴルメの世論はワシに味方した。その時、新たな人生を歩んでみるチャンスが到来したのだと確信したのだ。第16騎士団で信用のおける者だけを抜擢し、3000の兵を率いてレアウルスへ進軍した。テヴシルメ公はミューンズドヴルメの全域で兵を動員したが、反応は冷ややかだった。我が軍は瞬く間にレアウルスを陥落させテヴシルメ公とその一族を惨殺するとワシは臨時総裁を名乗りミューンズドヴルメはリシャーヴからの独立を果たさねばならないと国民を扇動した。」
私はナプキンで口を拭うと「そこまでは貴方の計画通り・・・ね。第16騎士団の他のメンバーは何も知らされなかった・・で良いかしら??彼等を始末しなかったのは流石に良心が咎められたから??」第16騎士団の半数はランツィに追従せず混乱の中、事態を注視しリシャーヴへ報告の数々を上げていたのを私は知っていた。
「愚鈍な赤髭のヴァロアスは王家の忠実な犬だからな、派閥ごと無視した。残しておいても大したことは出来ぬと踏んだ。アハリルは・・有用かつ実力がある・・が、信用出来なかった。奴は王家すら手玉に取りかねん曲者だ。これらを始末しなかったのはワシが分別が付かぬ狂人では無いと抜擢した部下に示す為だ。」
「なるほどね・・」シャンパングラスを傾けつつ旅の途中でアハリルと接触した事を思い出す。彼は謎が多い人物であるとは聞いていたが私達に協力を申し出たのは互助努力義務の範囲内であろうか?
「テヴシルメ公は晒し首にしたと聞くが・・それもおぬしの計略か?」ナッセルがやや訝しげに問うた。
「民衆が望んだ事だ。悪政を敷いたのだ、憎まれて当然だろう。ワシは許可を出したまでの話よ。」ランツィが好んでそのようなパフォーマンスをするとは到底思えない。事実なのだろう。
「帝国と連邦が介入する暇を与えなかったのは見事な手腕であるかと・・」シンの褒め言葉にランツィはフフッゥと笑い、続けた。
「リシャーヴ王家が騎士団を動員して鎮圧しに来るのは分かり切っていたのでワシは機先を制した。後は知っての通り・・5000の兵で東の国境を越えリシャーヴへ進軍しヴァルガリュシュの森を抜けつつカレリア平原でリシャーヴ騎士団と激突し・・一敗地に塗れたワシはレアウルスまで退却すると最後の手段に打って出た。帝国に編入されれば豊かになる・・そう臣下や国民を説き伏せて帝国へミューンズドヴルメの編入を願い出た。事情を察した皇帝はすぐにミューンズドヴルメを帝国属州にすると公布を下した。その時点でワシの勝利が確約されたのだ。」
やや自慢気にも聞こえるそれは明らかなリシャーヴ王家への勝利宣言であり、国王陛下や副王陛下への届かぬメッセージでもあった。
「なるほどのう・・してやったな、ランツィよ。」
「おかげでオイラは稼がせて貰ったよ。帝国からの旅行者でウハウハさ。」
「とんだサクセスストーリーよね・・」「ああ・・起死回生の大逆転だ。」
話の全貌を聞き及んだ私達はそれぞれ感想を漏らす。
「へっぅ、聞いてりゃ運よく賭けに勝っただけじゃねえか・・」太々しく語るウィルに「ガッハッハ、そうとも言える。強運が無ければ人生の勝利者には成れぬ。」ランツィは臆面も無く堂々と肯定した。
「もちろん・・帝国の属州となる条件に税率は本土の7割未満、帝国からの莫大な投資の約束、最低賃金の保証を加えた。ついでにワシを帝国の英雄とする事もな。ワシはミューンズドヴルメの太守を任され、4年経った今ではミューンズドヴルメはかつてない繁栄と成長を遂げている。」
私はふぅ、と溜息を付くと「リシャーヴ王家や私達騎士団からしたら卑劣な裏切り行為だけど・・ミューンズドヴルメの民からしたらそれが正しかったのかも。個人的にはランツィ貴方が悔いのない選択をして現状に満足しているなら・・」クイッとシャンパンを呷り「私は他に何も望まないわ。」断言した。
皿が取り下げられ湯気が出ている熱々のハンバーグが運ばれてくる。
「おほうっぅ良い匂いがする!これまた旨そうだなオイ。」ウィルが鼻をスンスン嗅ぎながら声を弾ませ
「デミグラスソースが輝いて見えるよ!オイラの大好物がメイン料理だなんて嬉しいなぁ~~!!!」ズクラッドがじゅるりとヨダレを啜って喜びの悲鳴を上げる。
普段食べる少量の豚肉に玉ねぎとジャガイモを大量に混ぜ込んだ粗末なハンバーグを思い浮かべながら「これが本物のハンバーグって奴かしら・・?」食欲をそそる匂いに思わず感嘆の声が出た。
「牛肉か・・年寄りには肉の脂は堪えるのう・・神よ、救いたまえ。」ナッセルは苦手のようで手で十字を切っている。
「ナヴィエア産の仔牛肉だ。口に合うと良いが・・」ナイフで切り分けフォークで刺して口に突っ込むと肉汁がジュワッと口内に広がり溶け落ちる。最高の至福感が舌を通り抜けた。
「!!!」私は驚きの余りに手が止まり・・ただ味わいの余韻に浸った。
「なんじゃこりゃ!?スゲエっぅ!!!限りなく最高に旨いっぅ旨すぎる!!!」貧乏舌のウィルには尚更だろう。はしゃぐ気持ちも分からないでは無い。
「ジューシーで肉々しい・・程よい脂身・・絶品だな。」シンが言葉少なげながらも称賛する。
「これはそこら辺のレストランとは次元が違うよ!!!至高の一品だね!オイラ、感激しちゃう・・」基本的にグルメとは程遠い私達はあっという間にハンバーグの虜となった。
「ナターシャとロンシャイアは元気か??」不意にランツィが聞いて来た。
「ナターシャは今まで通り・・いえ今まで以上に騎士団を仕切ってるわ。誰も彼女には文句言えないから・・ロンシャイアは・・そうね、貴方とのあの一件以来急に塞ぎ込んじゃって・・今は実質隠遁生活を送ってる。騎士団長としての務めは放棄してるも同然よ。だから騎士団会議には毎回私が代理で出席してる。」
不満気に語る私にランツィは豪快に笑って、「ガッハッハ、ロンシャイアめ意外とナイーブだな。カレリア平原でワシを打ち破って獅子奮迅の活躍を見せたのだから威張っておれば良いモノを。全く馬鹿者めが。」旧友の不器用さをあげつらう。
「ええ、救国の英雄と言われてるわ。でも本人はそのつもりは無いみたい。」
「フン、真の英雄が隠遁して仮初めの英雄が帝国で権勢を振るうとはな。世の中、分からんものだ。」
かつて獅子のロンシャイアと恐れられ、騎士団随一の実力者との呼び声が高かった彼が意気消沈しているのは私にとっても望ましくはない現状だ。
「ところで皇帝はどんな人だった?数千年生きてると言われてるけど・・本当かしら。」興味本位に質問をぶつけてみる。
リシャーヴ出身者で皇帝に謁見したのはランツィくらいだろう。
「うむ、顔は赤い兜に青い仮面を付けておってな・・素顔は分からん。声も変声術を使っておって男とも女とも区別が付かぬ・・だが恐ろしいほどまでの呪力は感じられた。神の申し子と自称しているが・・ワシが思うにアレは人間ではない。人の姿に化けた高位のラの者かルの者か・・およそ判別が付かぬが、えも知れぬ崇高な畏怖感がヒシヒシと伝わって来た。」
人ではないというランツィの見立ても不思議では無い。連邦が帝国を警戒するのも皇帝が何者か、どのような意図を以て双極半島に勢力を拡大しているのか分からないからだろう。
「・・ランツィ公、他の英雄とはお話を??」シンが尋ねる。
「何だ、やはり帝国の内情を知りたいスパイだったか?」
「滅相も無い・・ただ興味があっての故で・・」
「冗談だよ、ガッハッハ・・数名の英雄とは会った・・が、人外のバケモノと言うほどのレベルでも無かったわい。帝国の英雄となるのは名誉な事だが・・その質は時代によって左右される。今は伝説的な英雄は存在しておらぬ・・・が、代わりに飛空艇やディアスディアレの量産に力を入れておってな・・ワシも目にしたが、次の戦争は今までとはその形態が一変した戦いになるぞ。剣とドラゴンが勝敗を決する古典的な戦争がいつまでも通用する時代ではない。」
「ってなると、飛空艇もディアスなんちゃらも持ってねえリシャーヴ王国はてんで勝負にならねえって事か??」ウィルが不満気に口を開いた。
「そうさな・・帝国は連邦を警戒している。リシャーヴにはあまり戦力は割かないだろう・・が、宣戦布告したら数週間で王都が陥落するのは間違いない。」
「それでも・・・私達は剣と呪術で戦うわ。それしかないのだから。」私の決意と覚悟の表明に「悪い事は言わん、その時が来れば降伏するのだ。皇帝にはワシから口添えをしてやる・・無下に命を散らす必要は無い。王家に忠節を尽くし無駄死にして何になるか。」ランツィはそう言い聞かせたが即座に反論する。
「分かってないわね、ランツィ・・王都の小鳥がさえずる美しい風景の中で人々が笑顔で語り合い・・活気に満ちた街中で働き遊び人生を謳歌する・・ただそれを、私は護り、永遠の平和と繁栄を約束する。その為ならば命は惜しまないわ。」
一同押し黙るがすぐにウィルが賛同の意を示した。「我らが騎士様の言う通りだ。帝国に屈するなんて冗談じゃあない。俺達が城下町を見捨てるという選択肢は有り得ねえ。」
「頑固なところはロンシャイアに似たな・・まぁ良い、今はその話は止そう。」
皿が取り下げられ茶色いココアパウダーで表面をまぶしたティラミスが運ばれてくる。
「わしゃ甘いモンは好かん、誰か要るか??」ナッセルの皿を一瞥しての一言に「はいは~い、オイラに頂戴!甘いの大好物さ!」ズクラッドが名乗りを上げる。給仕がすぐに皿を移動させた。「お得お得♪」
「洒落たデザートね。珈琲によく合いそう・・」
「おめえは何処に行ってもコーヒーコーヒーだな・・」
「珈琲こそが我が血肉よ。珈琲が無い人生だなんてつまらないわ。」そう言い切る私に「ハッハッハ、変わって無いなエリュー。子供の頃からおねだりするのは常に珈琲だったな・・誕生日プレゼントは珈琲ミルが定番で・・月の小遣いは珈琲豆、不思議な子だと思っていたぞ。」ランツィが昔懐かし気に気分良く語る。
「うへえ・・・餓鬼の頃からとは筋金入りだ。コーヒーキチガイもここまで来りゃお手上げだな。」小馬鹿にするウィルをキッと睨むと「黙りなさい。」私はティラミスをスプーンで掬って口に含んだ。
「ん、素敵な味わいね・・」
生チョコ、ホイップクリーム、エスプレッソ・スポンジ、チーズクリームが多層で織り交ぜられておりここまで贅沢なティラミスは初めてだ。
「うわあっぅ文句なく究極のティラミスだよ!!!」
「うめぇぇーーっぅこんな美食スイーツとは感激感動モノだぜっぅ」ズクラッドとウィルが大きな声で絶賛する。オーバーな表現だが気持ちも分からないでもない。
砂糖は貴重品でリシャーヴ王国において高値で売買される。砂糖がふんだんに使われたデザートを食べる機会など滅多に無いからだ。
「これは、美味だな・・」シンが言葉少なげにポツリと呟いた。彼が控え目な時は機嫌が良い証拠。
「ねえランツィ、今ミューンズドヴルメで話題になってると思う害獣事件についてなんだけど・・」私はそれとなく聞いてみる。
「おお、よく知っておるな・・軍を動員しているが解決の糸口すら掴めておらん。被害がかさむ一方で頭痛の種だ。居場所さえ突き止めればワシが成敗するのだが。」
やれやれと首を振るランツィにもう一押ししてみる。
「退治したら報奨金が出るんでしょ??」
「うむ、35ラディールをな・・おかげで冒険者ギルドも必死に追跡しておる・・興味あるのか。」
「ええ、明日から明後日にかけて駆除討伐に参加してみたいの。冒険者ギルドでね。」そこで私は計画を明らかにした。
「ほう?軍の方で参加しても良いのだぞ。特別待遇で・・」と言いかけたランツィに「いえ・・ディールが掛かってるなら冒険者ギルドの方が鼻が利くわ。」ティラミスの最後の欠片を口に放り込みながら「丁度良いと思って・・小遣い稼ぎにはね。」その意思を伝えた。
晩餐会が終わり私達はランツィと挨拶を交わすと、メイドから番号札が付いた鍵を渡され宿泊室の方へ案内された。
「全室個室だってよ。」
「あら最高じゃない、アンタのいびきを聴かずに済むわ。」
「誰かさんの寝相の悪さも気にせずに済むな。」
「そうそう、蹴っ飛ばされた日にゃ痣が出来るっての。」
「そうとも、寿命が縮むわい。」
口々に文句を言う従者達に「それは悪かったわね!」私は不貞腐れて明後日の方向を向いた。
「何にせよ・・久々に独りで落ち着けるのは良い。」
「シンおめえは孤独が好きなだけだろ。根暗だもんな。」
「オイラは薬・・ええと寝付け薬飲んで朝までグッスリさ。」
「ワシにも一つ寄越してくれんか、老体は長時間寝れんのじゃ。」
「良い?明日9時に客間に集合よ。寝過ごしたら扉蹴っ飛ばすから。」そうして私達はそれぞれの部屋へ別れ散って行った。
「102番・・ここね。」鍵を開け部屋に入ると預けておいた荷物が転がっている。「ご丁寧に運んでくれたのね、良いサービスしてるじゃない。」
私はランプに火を灯すと扉を閉めベッドの上に転がりランツィの帝国の貴族に成れるという誘いを思い浮かべた。「貴族・・か。そんな柄じゃないのよね。」時には騎士団としての仕事を何もかも放り投げて好きに生きたいと考える事もあるが・・決して捨てられぬしがらみや人間関係がある現状それは無理というモノだ。
「まだ寝るには早いか・・さて、と。」荷物を探り小説を手に取るとベッドの上でうつ伏せになってページを捲り続きを読み耽った。




