十六章 ランツィ
大きな扉を隊長が開け大声で「ランツィ公、国賓ユンフィニス・リア・エリューヴィン様御一行をお連れしましたっぅ!!!!」そう報告する。
見渡すと、天井にシャンデリアが光る広大かつ豪華な絨毯の敷かれたエントランスホールにかつて馴染み深い大柄な姿の人物が立っていた。
「ランツィ!!!」
「おぉエリュー!!!愛しき我が娘よ会いたかったぞ・・」
私は駆け寄り手を広げて迎えたランツィに飛び付くと互いに大きくハグをして身体を揺すった。
「また再び生きて会えるなんて思ってもみなかったわ。」
「ワシもだ・・リシャーヴを裏切ってエリュー、お前だけが心残りだった。」
親愛のキスを頬に受けながら「私だってどんなに心配したか・・貴方と剣を交える日が来るんじゃないか気が気でならなかったわ。」
「ガッハッハ、どうじゃ、この際リシャーヴを捨てて帝国の貴族にならんか。贅沢な暮らしが出来るぞ!」
「もう・・相変わらず冗談が上手いんだから・・」私は一旦ランツィを両手で引き離し拒絶の意向を示しながらも「過去や未来の事はともかく・・今はひと時の再会を祝いましょ。」再会した敬意と感謝を伝えその胸にヒシッゥと抱き着いた。
「ご無沙汰しております、ランツィ公・・」シンが頭を下げる。
「シンか。貴様の剣技があればこそエリューを安心して預けられた。礼を言う。」
「ハッゥ、力及ばずとも彼女の盾となり矛となりいつ如何なる時においてもこの身を尽くす所存です。ご安心下さい。」シンは腕を胸に添え再び一礼した。
「うむ。」
「ほっほっほ・・ランツィ久しぶりじゃのう、元気にしておったか?」ナッセルが親し気に挨拶をする。
「ナッセルよ、とうに死んだかと思っていたがまぁだ生きておったかこのくたばり損ないめ。」旧知の仲でこそ分かり合えるセリフに私は安堵の胸を撫でおろした。
「ほっほっ・・おぬしに戦場で顔を会わすまでは死ねんよ。ところで英雄となったとな??」
「はっはっは、そうとも・・ワシはミューンズドヴルメを帝国に献上し属州とした功績で帝国の英雄となった。ナルルカティアで帝都臣民から多大な祝福を受けて、皇帝陛下にも謁見した。これ以上ない立身出世だ・・・迷うことなく断言できる。今がワシの人生の絶頂期だ。」
私を腕で抱きながらそう言い切るランツィからは明らかにリシャーヴ王国を裏切った後悔の念や良心の呵責に苦しんでいないのが感じられ・・・やや釈然としないがついぞ心が弛む。彼は幸せなのだ。
「そこの貴様は??」
「俺はハルヴァドリア・ウィル・・2年前にエリューヴィンの従者になった者だ。リシャーヴ王国を裏切ったアンタはいけ好かない野郎だが、我らが騎士様が大切に想ってる人物だからにゃ命は取らねえよ。」
「こらっぅウィル!!」慌てて叱るも「ほっほう、豪気な奴よ。気に入ったぞ・・良い心意気だ。」ランツィは一笑に付して気にもかけない。
「そこのホビットは??」
「オイラは・・その、何て言うか・・」
「彼は私が任務の都合雇った冒険者よ・・名前はズクラッド。ミューンズドヴルメに詳しい案内人が欲しかったの。私達の仲間だわ。」
「ほう、エリューお前の傭人ならば手厚く歓迎しよう。」
「ありがとうランツィ・・おチビちゃん、聞いての通りよ。」私はにこやかに返答した。彼の気前が良いのは昔からだ。豪放で快闊、心が広い気質は変わって無いようで何よりだ。
「えへへ・・オイラが帝国の国賓だなんて冒険者ギルドで自慢したら皆何て言うかな??」普段冒険者ギルドで扱いが軽いのだろう、自慢したい気持ちも分かる。
「さて、晩餐会まで時間があるが・・客間でくつろいでくれ。おい、案内してやってくれ・・」
「待って、折り入ってお願いがあるんだけど・・私達の任務の手助けをして欲しいの。早急に・・」私は言葉を選びつつも本題に入った。昔話に浸って懐かしむ時間は後からでも作れる。
「もちろんだ、愛しき娘の願いとあらばワシの権力を存分に振るって手を貸そうではないか。遠慮せずに何でも言ってくれ。」
予想通りの返答に私は頷いて「ナッセル!映して頂戴。」欠片を手渡すとナッセルが起動して床に映像を投影した。そこにはヨハン・ミシェルの姿が映る。
「この男と同じ外見をした者を殺人と強盗の容疑で追跡してるわ。州境とミューンズドヴルメ全域の衛兵と自警団にこの欠片をコピーして、指名手配して欲しいの。そして赤い宝石が付いた宝飾品について何か手掛かりがあればその情報も合わせて報告するよう衛兵に指示をお願いしたいわ。後、この顔を印刷して主要都市全てに指名手配のポスターとして貼り付けてくれるかしら??」
私の要望にランツィは髭をさすりながら「何だ、そんな事か・・任せておけ。3日もあれば事足りる。お前達はこの館でのんびり待っておれば良い。」易々と承諾してくれた。
「恩に着るわ。子供の頃から頼りっ放しで悪いけど・・」ランツィはハッゥと笑い「何が悪いモノか、娘の為に骨を折るのは親として当然だ。良いからワシに任せておけ。1時間半後に晩餐会を開く・・客間でゆっくりしておいてくれ。おい、案内してさしあげろ。」
「かしこまりました・・」メイドの案内で私達は広い客間へと通された。
大きな暖炉の前に長いテーブルとソファーが2組、対となって設置されてある。
「お飲み物は何か・・」メイドが手帳を手に聞いて来たので、
「温かい珈琲をお願い。」「俺はお茶。」「ワシも茶で良いかの・・」「炭酸水を頼む。」「オイラはただの水で良いや・・トイレは何処??」それぞれ注文するとソファーに座った。
「灰皿が用意されてるとは分かってんじゃねえか・・爺さん火をくれ。」
「ほいよ・・ワシも吸うかのう・・」ナッセルが指先から炎を出し、ウィルと共に帝国産の紙巻き煙草に火を付けて一服する。
「ふぅぅーーーっぅ生き返るぜ・・馬車の中では吸えなかったからよぉ・・」
ウィルのご機嫌な一言に私は呆れかえり「すっかりニコチン中毒ね・・」「カフェイン中毒に言われたかねえよ・・」「何よ剣術の心得も無い癖して偉そうに・・」「泳げねえ騎士様が何だって??」「何よ木偶の棒。」「馬鹿力女。」
喧嘩腰に応酬を始めた私達を「まあまあ・・何はともあれランツィの支援が受けれて良かったのう。」ナッセルが諫めた。
「ああ・・計画通りだな??エリューヴィン。」シンも腕を組んで口をそろえる。
「まあね・・これで任務の成功は約束されたも同然。帝国本土に逃げられてなかったら・・ね。」
「その場合はランツィ公から推薦状を貰って帝国本土を追跡するんだな??」
流石はシン、分かってる。
「ええ、最悪の場合はそう。でも徒歩3日でミューンズドヴルメを抜けるとは思えないわ。恐らく私達の勝ちよ。」
「やれやれ・・殺害されたヨハンもこんな大事になるとは思ってなかっただろうな・・さぞやあの世で驚いてるだろ。」ウィルが煙草を吹かして何処となく呑気に構えた物言いをする。
「ヨハンは遺跡の財宝を盗んだ可能性があるから生きていたら御用だったかしら。王家の遺産に手を付けた罪に問われるくらいなら死んで正解だったかもね。」私は上の空で適当な推測をした。
「後、ヴェイルド教授を殺害した可能性も否定出来んしな・・」
シンが追加で述べる。
「それについては第5・第6騎士団にお任せね・・副王陛下からしたらヴェイルド教授の安否の方が重要みたいだから。後は・・そうね、マルネラント大公国が関与していないか・・そっちのが気になるわ。」
「関与って?同盟国だろ??」ウィルの疑問に「一応はね。でもリシャーヴ王家の正当性に関わる遺跡の調査発掘だなんて彼等からしたら断じて受け入れ難いハズよ。その結果がリシャーヴに利する内容ならば尚更。表立っては事を荒立てないだろうけど・・裏で何をするか分かったモンじゃ無いわ。」鼻息を荒くする私に「お・・おう。そうか・・」ウィルは気の抜けた返事をした。
多分よく分かって居ない・・
「まぁなんじゃ・・リシャーヴの神話では旧ゲーニヒス領域は我らが祖国の始祖が誕生した地じゃからのう・・遺跡がそれを証明したならば領土の割譲を求めるのもやぶさかではあるまいて。」ナッセルが分かり易く噛み砕いた説明をする。この爺さんは色々と博識で助かる。
「ふ~い、オシッコじょろじょろてんてくてんてくコンキントン♪」ズクラッドが奇妙な鼻歌を鳴らしながら戻って来た。
「俺もトイレ行ってくらあ、坊主トイレは何処だって??」「アッチだよ。」
「お飲み物をお持ちしました。」メイドがトレーからカップをテーブルに並べる。私は珈琲を静かに啜りつつ「おチビちゃん、ミューンズドヴルメの冒険者ギルドはここレアウルスにあるのかしら??」ふと尋ねた。
「そうだよ!追加で誰か雇うつもりかな!?」
「いいえ。数日間暇になるから・・何なら挨拶に行っても良いわよ。」
ズクラッドはキョトンとした後に考え込み「うーん・・前にも言ったけど、冒険者同士はドライな関係で・・能力を補完し合う仲であっても結局のところ利害関係の一致でしかないんだ。真の友情なんて無いのさ・・でも、オイラが国賓待遇でランツィ公に招かれたのは皆が興味を示すかもね。」
「あら良いじゃない。見返してやりなさい。」珈琲の香りを楽しみつつカリコム産の珈琲豆かと思いを巡らす。
「はは・・お姉さん達が一緒じゃないと笑われるだけだよ。何の冗談かって。信じて貰えないだろうね。」首を左右に振り肩を落とすズクラッドは明らかに乗り気では無さそうだ。
「丁度良いわ。ねえみんな明日は冒険者ギルドへ行きましょう。」
「ほわ!?なんじゃと・・一体何の用事で・・」ナッセルが異存あり気にソファーから身を乗り出す。
「そういえば・・害獣が出るとか言ってたな・・」シンがポツリと呟いた。
「そう、退治したら報奨金が出るらしいじゃない。・・資金調達の絶好のチャンスだわ。」
「えぇぇ!?お姉さん本気!?」
「ぬう・・獣退治か・・血気盛んなのは良いが任務に支障が出るやも知れぬぞ。」各々の否定的な反応に
「大丈夫。明日、明後日で結果が出なければスッパリ諦めるから。この館で3日も無為に過ごすのは身体が鈍っちゃって仕方ないわ。」
「暇があればランツィ公に剣術の指南を受けたかったが・・獣退治というのも悪くは無さそうだな。」シンは炭酸水を一気にあおると自信に満ちた一言で私の意見を支持した。
「でしょ?ポンコツの兵や冒険者に私達リシャーヴ騎士団の威光と武威を知らしめてやるのよ。」
「小便と糞出してすっきりしたぜ。」ウィルが戻って来て「騎士団の威光と武威って何の話だ??」私の言葉尻に反応する。
「ワシ等がミューンズドヴルメに出没する獣を退治する・・・つもりらしいの。」ナッセルの他人事のような解説に「おいおい・・正気かよ!?害獣駆除なんて聞いてねえぞ。」ウィルは口を尖らせた。
「訓練だと思えば良いじゃない。」私は珈琲を啜りながら平然と言い放つ。
「それに・・たかが獣に私達が苦戦するとは思えないわ。」
「問題は対象を捕捉出来るかどうかだな。」すっかりその気のシンに「かぁぁー、嫌だねぇ・・・戦闘狂はこれだから。爺さんはどうなんだ?賛成か??」ウィルがナッセルを味方に付けようと足掻いた。
「ワシはどうでもいいわ。ただ2人が行くならワシも行かざるを得ん。場合によっては治癒術が必要じゃろう。」
「ウィル、アンタの腰の剣は飾りかしら??」私の嫌味な物言いが決定打となり「あぁーっぅ分かったよ我らが騎士様がそこまで仰るなら獣の一匹や二匹くらい、いつでも相手してやらあっぅ!!!!」ウィルがやけくそに叫んで同意する。
「よろしい。じゃ私もトイレに行こうかしら・・」私は席を離れるとトイレへ用を足しに行った。
戻ると「でよぉ~オカマが鬼気迫る表情で貴方を殺して私も死ぬ!!!って小さい果物ナイフで男の背中をブスリとやってから泣き出して俺は笑いを堪えるのに必死で観てたら男が死ぬっぅ死ぬっぅ誰かぁぁああ~~っぅてバタバタ暴れて、そりゃもう盛大に噴き出したね。」
「うぷぷっぅ・・兄ちゃんとんだ修羅場だったね。」すっかりウィルが話題の中心に居た。ナッセルが煙草を吸いながらうんうんと相槌を打ちシンは黙って腕を組んで知らんぷりを決め込んでいる。
天性のおちゃらけな才能がある彼は何処へ行っても人気者だがそれが故に私やシンとは根本的に合わない。
「アンタがズッコケ武勇伝に花を咲かせるのはいつもの事だけど、よくもまあネタが尽きないものね。」横から突っ込むと「何でえ、おめえの方がよっぽど武勇伝は多いだろ。酔っぱらって暴れるドワーフの手に持つビールジョッキを粉々に握り潰して萎びた大根のように消沈させたのは昨日の事のように覚えてるぜ??」
「それ、笑えないよ兄ちゃん・・」ズクラッドが身震いして息を呑む。
「そうねえ・・明日は巨大な狼の首を引き千切る光景が見れるかも。」
「だから笑えないってお姉さん・・」
「ハハハッゥ坊主、心臓に悪いだろ??こんなのと寝食を共にする俺達の気持ちが少しは理解出来たか?」
「こんなのって何よ!」
その時扉が開き、メイドがやって来て「もうすぐ晩餐会が始まります・・」静々と申し出た。
「よしトイレに行くか。」「ワシもじゃ。」
シンとナッセルがトイレへ行き・・少ししてから私達は晩餐会へと出向いた。




