十一章 ファルナジア戦役
緊急招集を受けた我々はサン・アレクサンドラ・ローの一室で待機していた。
「ファルナジア共和国との会談は決裂したようよ・・・黙って併合される気は無いみたい。」カーテンから外を覗きながらギルヴェリアが憂鬱そうな顔をして呟く。
「そりゃそうじゃ、ナルルカティアに併合されたら国の制度や法が根本から覆るからのう・・」ヴァルザックは赤ら顔で屈託もなく返した。
「いよいよ戦争ね・・・」
「ああ・・・あれから2年経った。帝国の英雄としての責務を全うするのが俺達の本分だ。」光輪の絶牙を握りしめて硬い表情で諭す。
「この自由かつ平等で開かれた帝国の拡大こそが貴方の望む世界なら・・本意ではないけど協力するわ。」
「なあに、ワシ等の前ではどんな敵が現れようとも一捻りじゃ。ドラゴンの群れだろうが例え悪魔であってもな。」
「ヴァルザック、ギルヴェリア、俺の我儘に付き合わせて済まんが戦功を上げれば皇帝も我々に一目置くだろう。まずは信頼関係を構築したい。英雄としての待遇は良いが対等な立場で意見を述べるには程遠い・・」
「ふっぅ・・フフフ・・」ギルヴェリアが途端に笑い出す。
「何が可笑しい??」
「あぁ、私はねルアオッド貴方が国を興すのを観たかったのよ。他人に跪くなんて貴方らしくもない・・滑稽だなって。」
「ギルヴェリア、それは買い被り過ぎだ。俺にはそんな権力も能力も無い。ただの一介の・・そう、たまたま偶然生き延びて来た冒険者に過ぎない。ただ・・理想の国家に尽くしその君主に諫言の一つくらいは言えるようには成りたいと思っている。それ以上でもそれ以下でもない。」
「そう・・欲が無いのはエルフの間では美徳とされるけども・・貴方は筋金入りね。残念なのは人間だって事くらいかしら。」呆れたように語るギルヴェリアは、しかし少し安堵の表情を見せた。
「小難しい事をゴチャゴチャ言わんでもお主の気持ちは分かっとるわい。誰にでも対等なパートナーシップを求めるお主の性根は変わらんからの。そうじゃろ??」ヴァルザックが旧知の仲なればこそ分かると事も無げに語る。
「ああ、俺達はそれだけの働きが出来ると思う。対等の協力関係に相応しいか・・値踏みする皇帝に実力で示してやろう。」
「私達に然るべき権利を授けよ、なれば義務も果たそう・・ね??」
「・・・そのセリフを吐いた絶滅戦争の英雄達の末路を知る俺達は学べるハズだ。もっと上手くやってのけると。」
その時ドアがノックされた。「お待たせしました、宰相がお呼びです。」
執事の声を聞き「さあ行こう。」我々は案内の元に謁見の前へと向かった。
「英雄ヴィ・デジェスディア・ルアオッド、並びに英雄ドゥエイン・ヴァルザック、並びに英雄ランス・ギルヴェリア・ナタティアス、以上3名に皇帝陛下の名において命じる、無知蒙昧なファルナジア共和国の元老院を駆逐し彼の地を解放して我らがナルルカティアの庇護下に置く為に帝国軍の将となり出陣せよ。尚、特別に皇帝陛下よりお言葉が賜れる。」
そう平伏した我々に宰相が告げると皇帝へ一礼をした。
皇帝が玉座より立ち上がり「汝ら・・」
男とも女とも知れない魅惑的な響きが発せられる。
「招集した真意を理解しているか・・」
俺は顔を上げ「・・強敵が居るんだな??」ただ一言返答した。
「彼の地ファルナジアには余の宿敵が居る。余と同様に神の力を得し者だ・・」
「神の力・・か、悪いが俺は無神論者だ。大陸中を旅してきたが、神の存在を認知する事は叶わなかった。ついでに言うと貴君の事も神だとは思えない。」
少々の沈黙の後、皇帝は背を向け「期待しているぞ。」と会話を打ち切った。
宰相が前へ出て「皇帝陛下への無礼は緊急事態故に見過ごす。今後の作戦について詳しくは英雄会議で執り行うように。」と多少の憤怒混じりに指示を述べる。
「英雄会議・・??」
「諸君の他に英雄を招集している。兵舎へ急行せよ。」
我々はサン・アレクサンドラ・ローを後にすると兵舎へと向かった。
「ワシ等の他に英雄だと?一体何人居るんじゃ・・」不満あり気なヴァルザックに「さあ・・聞いた話だと英雄はその時の都合で増減するらしいわ。全員招集されてるかは知らないけど。」ギルヴェリアが他人事で答える。
「俺達は新参者だ。実績を積んだ先輩方の意見に耳を傾けるべきだろう。」
「あらルアオッド、貴方らしいわね。良いわ、借りてきた猫のように慎んでおきましょ。」
「ワシはそんなまどろっこしい真似はせんぞ。腹を割って意見をぶつける、それがドワーフの流儀じゃ。」
「あらやだドワーフって爪を隠せない猫なのね。」「当たり前じゃ。」
兵舎へ辿り着くとリザーディアン警備兵が挨拶をしてそのまま会議室へ通された。
「やあ英雄の同胞よ待ち侘びていたぞ。」扉を開くとセス卿が両手を広げて迎えてくれた。
「セス!?君か・・」
「今回の外征は貴公と共に戦えることを光栄に思う。紹介しよう、こちらは総大将を任された英雄ベナズグリード卿だ。」背の低い、しかし、恰幅はあるゴーグルを付けたドワーフが椅子に座ったまま軽く頷いた。
「ほほう同胞とは心強い。して、お主は何が特技なんじゃ??ワシは斧を振るうが・・」
ヴァルザックが金剛の戦斧を見せつけるように揺する。
ベナズグリードは一瞥すると「ハッゥ、そんなモン戦いでは役に立たんわ。適当に休んどいていいぞ。」話にもならん、と言いたげに首を振る。
「なんじゃと!?」
「まあまあ、ベナズグリード卿は戦争に関してはプロフェッショナルだ。彼の率いるゴーレムは本外征における主戦力となる。」セス卿が間に割って入って宥めるがヴァルザックは苛ただし気に「フン、ゴーレム屋か・・」忌々しく吐き捨てる。
「英雄会議と聞いたが作戦は今から立案するのか??」俺の問いに「いや・・実は既に出来上がっている。失礼ながら貴公等は実力があるが戦争の作戦・指揮に関しては我々の方が長けているのでな。貴公等が納得すればそれで終わる。これを見たまえ。」
セス卿が机の上に広げられた地図を指し示した。
「左翼は我セスが6000名のリザーディアン突撃兵を指揮する。中央はベナズグリード卿が鋼のゴーレム4500体を指揮し、右翼は8000名の重装歩兵を我の副官が指揮、そして後方にエルフの弓部隊が3000名・・それは貴公等に指揮を任せたい。」
「了解だ。」
セス卿は頷くと「作戦はこうだ。まずエンリルヘイヤ高原からツーロン峡谷までの間で陣を敷き敵の動向を窺う。ツーロン峡谷を進軍して来るならば鋼のゴーレムを先頭に激突しリザーディアン突撃兵は左方へ迂回し崖上から投擲・・エルフ部隊は右方へ迂回し崖上から射る。重装歩兵は後方待機。敵の進軍が早すぎるのであればエンリルヘイヤ高原で全軍最初に申し上げた陣形で野戦。そして敵がツーロン峡谷の出口で待ち構えるようならば先頭を鋼のゴーレムが、次に重装歩兵、その後方にエルフの弓部隊で突破する。その場合においてリザーディアン突撃兵は温存しておく。」
簡潔な説明に「なるほどのう・・」「非の打ち所がない作戦ね・・」ヴァルザックとギルヴェリアが理解を示す。
「2500からなる設営・補給・衛生兵部隊は2000トーリア後方より追従する事になっている。彼等が撃破されればこの戦いは負ける・・のでその護りも貴公等に任せたい。エルフの弓部隊を指揮しつつ後方にも注意を払ってくれたまえ。よろしいか??」セス卿が念を押して来た。
「ああ重要な任務を与えてくれて感謝する・・ところで皇帝陛下から直言されたがファルナジア軍にはかなりの強敵が居るとか。」
セス卿はベナズグリードと顔を見合わせると神妙な面持ちで「・・それに関しては我々も最終兵器を用意している。貴公等の助力が必要そうなら・・その時はお願いしよう。」
数時間後・・我々は軍団を率いて次元の門を通り抜けエンリルヘイヤ高原を行軍しその中心部へ到達した。
「そろそろ日が暮れるな・・・セス卿がどう考えているか知らんがギルヴェリア、夜戦の準備だけはしておいてくれ。」
「了解。灼熱の太陽光でいくらでも照らしてやるわ。彼らは少し訛りのあるエルフ語だけど指揮も任せて。」馬上で確認を取っておく。
ナルルカティアは主要言語があるが各人種の言語での意思疎通の方が早いらしい。
「フン、あのような大規模な次元の門を設置しているとは用意周到じゃの・・戦争に手慣れておるわ。」ヴァルザックが感心の声を上げる。
「ああ・・次元の門は多大な呪力を必要とする・・それだけ呪術士が数多いのだろうが・・、今回の作戦に呪術士の部隊が存在しないのは今後に備えて温存しておくつもりなのかも知れない。」
「つまり様子見か。ワシ等を試金石にするとは舐めた真似をしてくれる。クソッタレの皇帝陛下万歳じゃの。」嫌味を言うヴァルザックに「それか私達でカバー出来ると踏んだのかも・・私とルアオッドの呪力があれば数百人分の呪術士の代わりは出来るわ。」ギルヴェリアがさも自信あり気と胸を張る。
その時馬が駆けて来た。「伝令!進軍中止したり。ここで陣を敷き野営するとの事!2時間後に建てられる予定の本営へ向かわれたし!」
我々は目を合わせると「・・どうやら夜戦をする気は無いらしい。」「あら残念。腕の見せどころだったのに。」「まぁ、戦争なんぞ昼夜問わずじゃ。いつでも問題無いわい。」
ギルヴェリアが進軍停止の命令を出して小休止に入った。
陣を敷くと言っても兵士は携帯用布袋で一夜を過ごす。野宿も同然だ。もちろん、冒険者として旅をして来た我々にとってもそれはかつての日常であり懐かしさすら感じる。英雄としてメイド付きの邸宅に住み贅沢な羽毛布団で寝るのも悪くは無いが少々飽きてきたというのが本音だ。
「このような大自然に囲まれてるとなんだか安心する・・ナルルカティアの雑多な人込みから解放されると気分が落ち着くわ。」ギルヴェリアが安穏な表情を見せた。
「エルフらしいのう・・ワシャドワーフの地下王国が恋しいわい。」
「ヴァルザック、ラヴァニラロクに居る家族が気になるならこの戦争が終わってから里帰りしてみたらどうだ??皇帝には俺から伝えておく。」
ヴァルザックは「ハッゥ」と苦々しく笑いながら「馬鹿言うんじゃない、ここから半年はかかるぞ。往復で1年も留守に出来んわ。それに20年近くももう会っておらん・・どのツラ下げて帰れと言うんじゃ。とうに野垂れ死にしたと思われとるわい。」
「そうか・・互いに歳を取ったな・・もう故郷に未練を残すほど人生に猶予が無いとは。」
「そうじゃの・・」しみじみと語り合う。
エルフのギルヴェリアはまだ人生の折り返し地点にも届いていないが俺とヴァルザックは残りの人生をどう生きるか考える年齢に達している。だからこそ、冒険者として終息するのではなく己の理想と願望を実現する為、帝国の英雄としての余生を選んだ。
それは本望だが・・果たしてギルヴェリアとヴァルザックにとって幸せな選択だっただろうかと少し疑念が残る。俺に絶大な信頼を置くこの2人は言わば人生の伴侶であり無くてはならない存在だ。決して道を誤ったとは思えないが何処となく冒険者だった頃と比べて活き活きとした表情が失われたのは気のせいだろうか??
2時間後・・我々は設営された本営の灯火の元へと出向いた。
張られた大きなテントの中へ入るとセス卿とベナズグリード卿が何やら会話をしている。セス卿がこちらに気が付き、「貴公等、来たか・・斥候からの報告だ。敵は闇夜の中ツーロン峡谷を進軍中とのことだ。」そう報告した。
「予定ではツーロン峡谷で激突すると聞いたが。」
「もう間に合わん。明朝を待って野戦で迎え出る。」ベナズグリードが断言した。
「我々も熟慮を重ねたが夜戦は可能な限り避けたい。呪術士の数が少ないこちらが不利だ。」セス卿が補足説明を入れる。
「私とルアオッドなら対抗出来るわ。」横からギルヴェリアが割って入って意見を述べるがベナズグリードは首を左右に振り「ぬし達の実力は聞き及んでおるが・・本外征では万全を期して戦いに臨みたい。皇帝陛下から預かりし兵の命を粗末には出来ぬ。」
「そうか・・アンタが総大将だ、異論はあれど従おう。ギルヴェリア、ヴァルザック、聞いての通りだ。明朝での決戦となるから今夜は兵を早く休ませよう。」
「これが最後の会合になるかも知れないので伝えておく。エルフの弓部隊は追い風の呪術込みで、射程1200トーリア。ファルナジア兵は約1000トーリアだ。200トーリアの差でどれだけ射込めるかが勝負の鍵となる。観測兵から射程距離圏内に入ったと伝えられたら後先のことは考えずとにかく連射してくれ。恐らく、敵は呪術士部隊で何らかの呪文攻撃をしてくると予測される・・その場合は障壁を張ってくれたら助かる。左翼は我セスが障壁を張れるので右翼と後方を頼む。正面のゴーレムは護る必要性は無い。どうせ使い捨てだ。それと・・我が軍の竜眼での合図記号は全て把握しているだろうか。」
セス卿が手慣れた口調で確認を取って来た。数々の戦争を経験してきた歴戦の指揮官なのだろう。
「ああ、全て覚えている・・基本的には指示に従うが君やベナズグリード卿に万一の事があれば」
「その時は任せる。我はともかくベナズグリード卿が戦死ともなると敗北は決定的だ。撤退戦を頼む。」
それだけ確認すると我々は本営から帰途に付いた「撤退戦じゃと??何があろうとワシは戦うぞ・・戦場で死ぬ誉れを知らずして何がドワーフ兵か、何が金剛の戦斧か。絶滅戦争を勇敢に戦った先祖に顔向け出来んわ。」鼻息を荒くして語るヴァルザックはいつになく興奮していた。
「私は戦場での死が誉れとは決して思わないけど・・・私達が本気を出したら必ず勝てるハズだわ。ねえ、ルアオッド??」ギルヴェリアが誘っているかのように、問いかけて来る。彼女がこう言う時は同意が欲しい合図だ。
「ああ・・まずは戦局の推移を見守ろう。その上で劣勢が明らかになればその時点で命令を無視して勝負を仕掛ける。勝てばセス卿も文句を言うまい。」
「よし、お主がその意気なら決まりじゃの・・腕が鳴るわい。特にあのベナズ何とかのゴーレム屋にはワシの力を見せ付け認めさせねば気が収まらん。」
ヴァルザックの怒りの根源が垣間見える発言に「・・案外と根に持ってるのね。」ギルヴェリアが一笑しながら「ドワーフはエール酒を飲み交わして親交を深めるんでしょ??酒場で仲直りしたら??」と提案するも、「うるさい!ワシ等にはな、嫌いな奴と飲む酒は馬のションベンという諺がある。エルフには分からんだろうが・・」
「じゃあヴァルザック、戦場で力を認めさせるのがドワーフ流の仲直りかしら?」「そうじゃ。」
陣に戻り、全員休息の後に就寝を指示して我々は焚火を囲んだ。中隊ごとに焚火をしてくつろぐエルフ兵達の談笑が聴こえてくる。
「見て・・満天の星空・・・神々の彩る至高なる天空からしてみれば私達の戦争なんて、なんてチッポケな些事なんだろう。」ギルヴェリアが夜空を見上げて溜息を付く。
「そうじゃの、ワシ等が死んだら辿り着く地がここから見えるぞ。」
「あら、それって北北西のアンシャクリアの事かしら??果たして私達にその資格があるかしら・・」
「当然じゃ、神に選ばれし勇士のみが終末戦争に備えてその魂を救済され還魂の儀で甦る事が許される・・ワシ等が選ばれずして誰が選ばれようか。」
「大した自信だな。」俺はヴァルザックの確信に満ちた言葉に異議にも似た一言を呟いた。
ヴァルザックは少しの沈黙の後、「そうさの・・仮にワシが選ばれずとも、お主は必ずや神の目に留まる。大陸中を探してもお主ほどの実力者はおらんわ。」
「そうね・・ルアオッド貴方は特別だわ。エルフの歴史を紐解いても見つからないくらいには。」ギルヴェリアも賛同する。
「どうかな・・俺は現世でラの者にもルの者にも通じてきた・・アンシャクリアかファルギルダイテか行く末は分からん・・そもそも俺は無神論者だ。」
「・・神の存在を認めないのは貴方の唯一の欠点ね、貴方の人間賛歌主義は素晴らしいと思うけど・・」ギルヴェリアはそう言いつつ少し顔を背けて、「私は独りでアンシャクリアに行くくらいなら・・ルアオッド、貴方と一緒にファルギルダイテに堕ちるのを望むわ。」
「ワハハハっぅ少し雑談が過ぎたの・・そろそろ寝ようぞ。」ヴァルザックが火を踏み消してお開きとなった。
「ああ・・寝るか、明日は忙しい。」
「伝令、伝令!!!ファルナジア軍がツーロン峡谷を抜け進軍しつつありぅ!!」けたたましい伝令兵の声で俺は飛び起きた。
「来たか!!!距離は?到達時刻は予想出来るか!?」
「約14000トーリア!!!3時間後には会敵するものと想定されます!!!!準備を!!!」
そう慌ただしく叫ぶと伝令兵は後方部隊へと馬を走らせ去っていった。
「ギルヴェリア、皆を起こしてくれ。」
「なぁに・・もう??夜通しの行軍でもして来たのかしら・・」眠気が覚めやらぬ甘い残り香を振り払うように立ち上がるとギルヴェリアは接触呪文で呪力を込めて笛を鳴らした。
キィィイイイーーーンッゥ・・耳障りで不愉快な警笛が平原に響き渡る。
すぐにエルフの弓部隊が続々と起床し、各中隊長が駆け寄って来る。「3時間後に会戦だ、2時間以内に糧食を取り排泄をして戦闘態勢に移ってくれ。」
「エンピールッゥ」エルフ語で了解の意を示して各中隊長は散って行った。
「さて・・俺達も飯を喰おう。ヴァルザックは??」
「まだ寝てるわ・・いつもの事だけど。私の警笛が全く効かないなんて呆れたものね。どんな神経してるのかしら。」呆れ顔で知らないといった態度のギルヴェリアに「仕方ない、2時間待って起きないようなら叩き起こそう。」
携帯袋からビスケットを取り出し齧りながら平原を見渡した。早朝の朝露がエンリルヘイヤ高原を覆っていた。
「恐らく敵の斥候は昨夜の陣の灯火を確認している、小細工無しで真正面から激突する気だろう。」
「さあ・・・どうかしら。」ギルヴェリアがレーズンを口に放り込みながら適当に返事をする。
「天候は悪くない。弓を射るのに悪影響が無いのは幸先が良いな。ギルヴェリア、敵の指揮官を百里眼で狙えるか??」
ギルヴェリアはレーズンを再び口に放り投げて「距離に寄るわね・・あと追い風の呪文と百里眼を発動させて射撃を加えるには、障壁を張りながらは無理よ。機会を窺ってその時が来れば試してみるわ。」
俺は水筒から水を含むと「魔弓変換は任せてくれ。呪力増幅との2重波動で決定打を与える。セス卿が我々に弓部隊を任せたからには全力を尽くしたい。」
「矢じりが全て呪符石だなんて一体どれだけの労力をかけたのかしら。考えたくも無いわ・・」
「ナルルカティア帝国は豊かで産業も盛んで人口も多い・・それもこれもあらゆる人種が集う下地があってこそだ。自由と平等であるという下地が。この双極半島にその理念と価値観を広げて行きたい・・まずはこの一戦に勝とう。」
2時間後・・我々は陣形を組んでファルナジア軍を待ち構えた。
「ヴァルザック、ギルヴェリア、我々の連携と役割分担が勝利の鍵となる・・気を引き締めて行くぞ。」
「分かっとるわい・・接近して来る敵部隊はワシの戦斧で叩き潰せば良いんじゃろう??」
寝坊したヴァルザックが干し肉を齧りながらペッゥと唾を吐いて、「任せておけ。お主こそ竜眼は淀んでおらぬだろうな??」戦意に満ちた顔付きで応じる。
「ああ問題ない。全てを見通す竜眼使いの名に嘘偽りがあるとすれば、漆黒の天使クレイア・ラ・ミュルデクレスを相手にする時だけだ。」
「・・障壁は任せて。私達の阿吽の呼吸の見せ所ね。」ギルヴェリアが弓を構えて臨戦態勢で静かに吐息を吐いた。神経が集中しているのを微かに感じる。
何分経っただろうか??張り詰めた空気の中、地平線の向こうから軍勢がその姿を現した。高原の彼方よりファルナジア兵が陣形を組み雲霞の如く進軍してくる。
ブゥゥン・・竜眼で遠目と拡大と投影の呪文を発動させ映し出した。
「数が多い・・3万から4万弱か」
「・・前面はアースエレメンタルの大群で固めてるわ。ファイアーエレメンタルも居るわね・・騎兵の姿も見える。流石にこれは想定以上かしら?」ギルヴェリアの問いに「ん・・だが勝てない相手ではない・・恐らく後方に呪術士部隊か・・」
「呪文とアースエレメンタルで消耗戦を仕掛けて歩兵が最後の畳み掛けをする戦術かのう、小賢しいわい。我が軍の鋼のゴーレムといい命を賭けぬ戦いに名誉などあろうハズもない。」ヴァルザックが持論を展開するが気に掛ける暇など無い。
「距離3000トーリア!!!敵軍徒歩で接敵を狙い進軍中!!!!」
観測兵が報告を上げた直後、ッパァァアアーーーンッゥ!!!!空を青色の閃光が駆け巡った。
「会敵信号を確認っぅ敵には後続部隊が居る模様・・・」
ブゥゥン・・・斜め前方空中に竜眼で記号が投影される。「全軍進軍せよ・・か。セス卿はやる気だな。」
「全軍進軍開始!!!」ギルヴェリアが指示を飛ばす。
「距離2000トーリア!!!」ッパァァアアーーーンッゥ!!!!!空を赤色の閃光弾が駆け巡り・・ファルナジア兵が猛々しい咆哮を上げ突撃を開始した。
ボウッゥボウボウッゥ宙に浮くファイアーエレメンタルから無数の火球が飛んでくるのを見たギルヴェリアが、「障壁を張るわっぅ・・エルフの神々よ我等を護りたもう知恵と勇気と気高さを示す限りにおいて!!!」詠唱を開始して2重の障壁が円状に天を覆う。
火球が連続で障壁にぶち当たり雲散霧消していく・・飛翔して来る火球は激しさを増し障壁を崩そうとするがギルヴェリアの呪力は負けじと増幅されていった。
「距離1400トーリア!!!射程圏内に入ります!!!攻撃指示を!!!!」
「よしっぅギルヴェリア!!!」俺は竜眼で魔弓変換と呪力増強の2重波動を展開して叫んだ。
ギルヴェリアが呪力を込めて魔笛を鳴らすと即座に前列の呪術士が追い風の呪文を唱え・・ザァァーーッゥ一斉に弓兵が矢を放った。矢が魔弓変換の波を越えた途端に矢じりの呪符石の呪力が解放され黒く煌めきエルフの弓兵は次々に射撃を繰り返して瞬く間に空は一面矢で覆われ・・漆黒の輝く束がファルナジアの軍勢へと降り注ぐ。
呪力が解放された矢は、アースエレメンタルの身体を黒い発光と共にジュワッゥといとも容易に貫通し四散させた。全身に魔弓を受けたアースエレメンタルが次々に崩れ落ち幾重もの落伍者を出しながらもファルナジア兵の突撃は止まらない。
アースエレメンタルの残骸を乗り越えて彼等は死に物狂いで前進して来た。
魔弓の束が猛威を振るう中、ジジジ・・ドォォーーンッゥヴァリュヴァリッゥ無数の落雷が右翼の重装歩兵を直撃して連鎖する。
「チィッゥ・・チェインライトニングかっぅ障壁を張るっぅ!!!」竜眼で右翼に障壁を張った直後、ファルナジアの弓兵が一斉射を開始した。
それは左翼と右翼に集中して放たれ明らかに鋼のゴーレムを無視しているので魔弓では無いのは想像出来たが毒が塗られていたら消耗は避けられない。リザーディアン突撃兵と重装歩兵は盾を掲げてそれを受けつつ前進を続けた。
互いの前衛を弓矢で潰し合う形で軍勢は激突へ向けて接近していった。
「距離1100トーリア!!!我々も敵の弓兵の射程圏内に入ります!!!!」
報告が終わらぬうちに多数の弓矢が複数のエルフを射抜きバタバタ倒れて行く。
「全軍、照準を敵弓兵へ合わせろっぅ撃ち合いなら我が軍有利だっぅ!!!」
ギルヴェリアが指示を出し弓の撃ち合いが始まった。
黒い煌めきがファルナジアの弓兵を襲うと同時に敵の弓兵も応じて来てすぐに猛烈な射撃戦となる。空を火球と雷撃と弓矢が駆け巡る壮絶な戦いの最中に、最前線で正面戦力が激突した。
「距離800トーリア!!!中央軍がファルナジア兵と接触!!!!」
中央でアースエレメンタルと鋼のゴーレムが真正面から壮絶な殴り合いの肉弾戦となる。左翼のリザーディアン突撃兵と右翼の重装歩兵も続いた。
鋼のゴーレムの屈強な戦闘能力は圧倒的であり、アースエレメンタルを散々に打ち倒し蹴散らし踏みつけてその猛烈な進撃に敵の陣形が乱れ始めた。
即座に不利を悟ったファルナジア軍が戦況打開の為に騎兵を動かす・・右翼へ回り込むように騎兵が投入されたのを見て「ファルナジアの騎兵だっぅ横腹を突かれるぞっぅ・・・ヴァルザック!!!」
「おうともさっぅ!!!!」
ブゥゥン・・すぐに空中へ竜眼の記号が投影された。
「何!支援要請!?何処へ!?俺達にかっぅ!?」
数秒後、ブァァアアアーーーッゥ我々を無数の影が通り過ぎ・・頭上を見上げるとワイバーンの大群が彼方から空中を疾走して来てそれは騎兵へと襲い掛かった。
完全に急襲を受けた騎兵は混乱に陥りながらも右翼への突撃を敢行したがワイバーンの方が速かった。馬を鷲掴みにして宙へ放り投げ噛み付き砕き、散々に食い荒らすその姿は竜の眷属である事を強烈に物語っていて戦場の空気を一変させる。
だが騎兵が無力化されつつあるのを黙って見過ごすファルナジア軍では無かった。ジジジ・・ドォォーーンッゥヴァリバリュッゥドドンッゥ!!!!チェインライトニングが直撃し、複数のワイバーンが地上へ墜落したのを機に竜の眷属は飛翔して去って行った。
僅か2分程度の出来事ではあったがそのインパクトは絶大で「セス卿の支援要請は完璧なタイミングだったな・・」と舌を巻く。
「全軍、矢が尽きました!!!!敵の弓兵はまだ射撃を続けています!!!!後退の指示をっぅ!!!!」撃ち合いでエルフの弓部隊は少なからず損害を受けており後方の衛生兵が必要なのは明白だった。
「よし、弓部隊は負傷者を連れて引き上げろ!!!ヴァルザック、ギルヴェリア、俺達は最前線へ向かうぞっぅ!!!」ギルヴェリアが後退の魔笛を吹いてエルフの弓部隊は撤収を開始した。
その刹那、ドスッゥ「ぐっぅ!!!」ギルヴェリアの肩に矢が刺さり血が滲む。「くぅぅ・・こんな時にっぅ!!!」
「ギルヴェリア!!!!」
彼女は矢を片手で掴むと接触呪文で燃焼させて傷口ごと焼き払うと苦悶の表情で治癒呪文を詠唱した。
「大丈夫か!?」「えぇ・・これくらい平気・・」
「流石じゃのう、じゃが毒が回ったら・・」ヴァルザックの懸念に「心配無用よ、解毒もしたから。それより戦局は?」と平然と言い放つ。痛みは残ってるハズだが気丈な性格なのは分かっている。
俺はすぐに竜眼で前線の様子を映し出した。
「中央が押されている!?馬鹿なっぅ!!!」そこには鋼のゴーレムが陣形を大きく崩されファルナジア軍が攻勢を強めている戦況が映し出されていた。完全に形勢は逆転している。
「何が起こったんじゃ??鋼のゴーレムは一騎当千・・負けようが無いぞ。」
ヴァルザックの見解はもっともだ。映像を拡大すると眩い燐光を発し目にも留まらぬ高速機動する何者かが信じ難い事に鋼のゴーレムを紙細工でも斬るが如く次々に斬り捨て突き進んで居るのが確認出来る。
映像をスローモーションで再生すると光り輝く武具に身を包んだ独りの騎士の姿があった。
「これは・・まさかっぅ!!!!いや・・間違いない・・」
「コヤツを知っているのか??」
「ああ・・伝説の・・ダイアモンドの騎士だ。」
「ダイアモンドの騎士・・??エルフの神話には出て来ないわね・・詳しく話してくれるかしら。」
「伝説の勇者のみが装備出来るという神具、悪魔に対抗する為に生み出された神の造りし遺産・・話には聞いていたがまさか双極半島に現れるとは。」
手短に説明するとギルヴェリアは小首を傾げて「あらそれって貴方の事じゃないの??」俺の顔を窺うように率直な感想を漏らした。
「いや・・俺は結局のところただの冒険者だった・・奴こそが本物だ。」
煌めく剣と鎧を身に纏いまるでバターのように鋼のゴーレムを斬り刻み雑穀の如く踏み潰し前進する様は圧巻であり、時折眩い衝撃波を発し束となって掛かるゴーレムを吹き飛ばす。鋼のゴーレムが駆逐され全滅するのは時間の問題であった。
「何にせよ、危惧していた劣勢に回ったわね・・・こうなれば私達の出番よ。そうでしょう??」ギルヴェリアの恐れを知らぬ勇敢さに少し憂慮しつつ一考した。
果たして我々だけで勝てるだろうか。相手は悪魔を滅ぼす力を持つ高位次元の存在だ・・
「どうしたんじゃ?ルアオッドよ・・悩むなんてお主らしくもない。」
「そうだな、事態は急を要する・・左翼のセス卿と連絡を取りたいが少し遠い・・本陣のベナズグリード卿の元へ行こう。」
「そう言えば最終兵器を用意しておるとか抜かしていたのう・・」ヴァルザックが思い出したかのように呟きギルヴェリアが少しキッゥとした顔付きで「嘘でしょうルアオッド、そんなの頼りにするの??・・神具を装備した私達以上の戦力なんてあるワケが無いわ。私達だけで十分よ、今までもそうして勝って来たわ・・そしてこれからも。違うかしら??」面と向かって不満を漏らすのは彼女が自分のみならず俺の力を過信し信頼している証明だった。
「ギルヴェリア、今は俺を信じてくれ。行こう。」俺は諭すように、しかし有無を言わせず竜眼で浮遊と倍速の呪文を発動させると本陣へ駆け抜けた。




