序章 事件
様々な樹木が鬱蒼と生い茂る熱帯林をどのくらい歩いただろうか。
我々は大きく開けた土地へ導かれるように彷徨い出た。
雑草こそ生えているものの熱帯林の中にポッカリと空いた土地の奥に何か遺跡のようなものが見受けられる。
「・・・今度こそ当たりですかね、教授。」
もう3日も水しか口にしていない私は絞り出すような声で相方に問うた。
「わからん。だが調べてみるしかあるまい。人が住んでいたら食糧も恵んでもらえる。」
この熱帯林を歩き続けて既に2ヶ月が過ぎようとしている。食糧は小麦と大量の粟をバックパックに確保して出かけたはずだが現在では臭いネズミの干物が置き換わっている。
食べて死ぬか飢えて死ぬか、教授も私も判断が付かないまま熟成が進んで行っている。
現地民とよい交換条件になれば良いが、少なくとも私は食べる気にはなれない。
ふらふらと歩いて遺跡に近づくとそれは多少朽ち果てている煉瓦状の建物であった。
「教授、どうなんですかこれは。」
「うむ、どうなんだろうね、これは。」
まるで人の気配はしない。煉瓦状の構造物は天井部分が崩れ去り、中央には地下へと続く階段が我々を誘っているかのように露出していた。
いくつかの柱を教授が丹念に見て回っている。
「煉瓦の建物なんて全てトカゲ野郎のもんでしょう、調べるだけ無駄ですよ。」
私の苛立った口調に教授は黙ったまま柱を調べている。
連中の元居留地を発見したのはこれで3度目だ。日干し煉瓦ばかりでネズミの干物を作る以外に何の役にも立たなかった。クソッタレな発見を神に感謝せねば。
「いや、これは・・・違うぞ。ミシェル君。」
「ああ、確かに違いますね。煉瓦の数が多い。これなら干物も沢山出来ますよ・・できればネズミ以外が欲しいところですが。」
「違う、これは耐火煉瓦だ。色をよく見てみたまえ。何らかの混合物が含まれている。アルミナと・・・石英か何かだ。」
「耐火煉瓦?あのパンを焼く窯に利用されるという?」
「そう、その耐火煉瓦だ。」
「なるほど、とうとう私が背負っているネズミの干物を焼く時が来ましたか。」
「君が窯を造るのであれば焼いても構わんよ。」
教授は皮肉を込めた私のメッセージをかわすと煉瓦の山に腰を下ろした。
「つまり、だ。文明の程度が違う。」
私がまだ理解できていないかのような反応をしているので教授は付け加えた。
「当たりだよ、ミシェル君。ここが目的地だ。」
その一言に私は電撃が身体を走ったかのような感覚を受けて身震いした。
「きょ・・教授、報酬、もちろん忘れていませんよね?」
「うむ、遺跡の発見で8ラディール。聖遺物の発見で30ラディールだったかな。」
「だったかな?じゃなくてそうですよ!やった!やったぞ!故郷で俺を馬鹿にしていた連中に銀貨を鳴らして鼻からビールをぶちまけてやる!」
「まてまて、まだ早い。聖遺物を見つけなければ。」
小躍りする私を教授が制す。
「では早速聖遺物を発見しましょう、この地下へ続いている階段がまだ入ってこないのかと我々を誘っていますよ!さあ早く!」
途端に元気を取り戻した私は勇んで教授を急かした。
「うむ・・・だがまずはこの上層にある奇妙な点が少し気になる。」
「奇妙な点・・ですか?」
「そうだ。何故全てを耐火煉瓦で覆っているのか。私の知る限り、耐火煉瓦は貴重で必要不可欠な部分に絞られて活用されるべき代物。これらの膨大な耐火煉瓦を赤煉瓦や日干し煉瓦の如く使用しているのは何故なのか・・・?」
「教授、そんなのファイアーエレメンタルでも住んでいたんでしょう。深く考える必要などありませんよ。」
あまりに深く物事を考えるのは教授の悪い癖だ。
さっさと階下に降りるため、私は松明の準備を始めた。
今日中に聖遺物を発見して明日にはここを立ち、ネズミの干物を齧りながら1カ月で故郷に帰る。その頃には大金持ちだ。ざまあみろってんだ。
「ふむ。何らの危害があるやも知れん。潜るならロープを繋いでおきたまえ。何かあったら引きずり出せるようにな。」
「了解。ここまで来て死んでたまりますかって。」
ウキウキしながら私は自分の腰にロープを巻くともう一方を柱にしっかりと巻きつけて固定し、松明を片手に階下へと降り始めた。
「気を付けてな、ゆっくり降りるんじゃ。」
教授の心配気な掛け声をよそに私は勇み足で階段を駆け降りて行く。
残念ながらゆっくりしている時間などない。1カ月で故郷に帰る黄金計画に遅れは許されない。教授が何と言おうとも、だ。
「通路の状態は良好。誰かが毎日掃除でもしてくれてるのかと思うくらいには。」
「よし、そのまま歩いていけるか?」
「行きますよ。」
私は栄光の未来を思い浮かべながら暗闇の奥へと前進していった。
ディールさえ確保できたらそれで万歳だ。そのためには聖遺物を持ち帰らなければ。
こうして私はダンジョンの奥深くへ歩いていった。
それが後々大問題になるとは知らずに・・・。
一カ月後。
「だーはっはっは!!!それで負けて帰って来たのか。やれやれだな。何やってんのお前?ハハッゥ・・」
場末の酒場の一角から聞こえてきそうな罵り声が廊下にまで響いてくる。
既にメンバーの幾つかは集結しているらしい。
ドアに近寄り扉を開けた。
「ハァイ、みんなご機嫌いかが?」
「お、我らが騎士様のご登場だ!」
「我らが騎士様ぁ??朝っぱらから寝ぼけてるアンタ等の脳味噌に乾杯追加するにはクソッタレな顔触れで気分が悪くなるわ。で、何があったか教えてくれる??」
「ハハッゥ、相変わらずだなエリューヴィン。お前もクソッタレの仲間だって分かってんなら教えてやんよ。」
テーブルの端に居座るムカつく典型的な背が高いくらいしか取り柄の無いリシャーヴョンが大口を叩く。確か名前はハルヴァドリア・ウィルだったか・・・私は他人の名前を覚えるのが苦手だ。
「いいわ、ウィル。続けて頂戴。私も天使に感謝したい程アンタ達には馴染んでるつもりだから除け者にしないで欲しいわね。ちょっと!注文良いかしら??アイス珈琲を一つ。」
「ハァーーハッハッハッ、ナッセル、我らが騎士様が特ダネをお待ちかねだ。さっきの話の続きを聞かせろよ??俺らも待ってたんだぜ??」
手前の席で呆けたような顔をして聞いてるのはパラハウリ・ナッセル。小柄な体格にネズミほどの臆病性を兼ね備えた老人で自称神父だが神に感謝している姿を誰もが見たことも無い。
「んんん、シンの喧嘩負けした話は捨て置いていいのかのぉ??」
「そんなの忘れてくれ。俺だって忘れたいんだ。クソッゥ・・あのちぢれ髪のドラコニアンの野郎、人間相手に全く容赦しやがらなかったぜ、ヴェッセリルア条約違反だ。」即座にシンが反応する。
人間としてはシンは確かな剣技と的確な巻物による魔術使用でターゲットを封殺するプロだ。彼が負けたのは興味深いが今は仕事が最優先。
届いたコーヒーを一口含みながら
「・・・で、何が起きて我々が何を解決すべきなのか教えてくれるかしら??」
私の一言で彼等は沈黙した。そろそろ酔いが覚めてきた頃であろうか。
「そうじゃの・・・昨日の話なんじゃんが・・・」
ナッセルがポツポツと話始める。
「遺跡の発掘にのう、考古学者と助手が出発して・・・それが3カ月前じゃ。そして戻ってきたのは助手独りだけ。大金を手にして酒場で武勇伝を語っていたらしいが翌日には殺されてもうた。名前はヨハン・ミシェル。で、我らが第13騎士団の出番らしいんじゃがの・・・」
「何それ?そもそも何処の遺跡を発掘に行ったの??とりあえず遺跡の場所と考古学者と助手の詳細な本人確証を調査する必要がありそうね。」
テーブルの上の硬いパンをヒョイとパク付きつついつもの適当な殺人事件かと思いを巡らす。
「いや、それがの・・・遺跡の場所なんじゃが旧ゲーニヒス領域なんじゃよ。我らが祖国の始祖が誕生した地じゃな。今は領域外じゃが。」
「ハァ!?国外案件だなんて私達の仕事じゃないって前にも言ったわよね!?」
「それがさ、法務局の連中によると俺らの出番なんだってさ。ふざけてるよな。」
ウィルの俺シラネって態度に私こそがその態度を取りたいのだと立腹する。
「で、じゃ。とりあえず手がかりは助手のヨハンなのだが・・・聞いとるかの?」私は残りの珈琲を一気にあおるとダンッゥとコップをテーブルに叩きつけた。
「はいはいはい、とりあえず手掛かりは国内だから私達、第13騎士団のお勤めってワケなのね??個人的に上には抗議しておくわ。で、ナッセル続きは?」
「うむ。酒場の豚来亭で大金を手に馬鹿騒ぎをしている途中に何者かに刺殺されたのが昨日の夜じゃな。もう店仕舞いも間近で客の姿が疎らな状況で死んでいるのが確認されたらしい。」
「豚来亭って・・・すぐ向かいじゃない。今すぐ行くわよ。ったく、何で最初からそっちで待っておかないかな。さあ行くわよグズグズしないっぅ!!!!」
座る間もなく席を立つ私にポンポン言葉が飛んでくる。「だからワシャ最初から豚来亭でと・・」「事件の現場で飲みにくいったりゃありゃしないだろ常考。」「・・・俺は知らん。」
ったくこの3馬鹿トリオが。とも思いつつ先行する。私がリーダーシップを取らなければ誰も責任は取らないのだから。せめて第13騎士団長がもう少し頼りになれば・・一瞬の迷いと願いを胸に豚来亭へと肩を風切らして進んだ。
「おーい、褐色の騎士様46チャリンだよ。」店長がそれに待ったをかける。
褐色の・・という枕詞は常にこの王都城下町において私個人を指して呼称される。色白のリシャーヴョンの中において強い褐色の肌を持つ私は非常に珍しい存在らしい。
「シン、これよろしく。」1ディール銅貨を財布から取り出すとピンッゥと片手で跳ね上げる。宙で回転を描く1ディールを無言で掴み取るとシンが「釣りは??」「好きにしたら。」
街路に出て斜め向かいにある豚来亭へと急いだ。「ヒック・・なぁ騎士様よ、駆けつけ3杯って言葉知らねえのか??それとも俺の酒は飲めねえのか?」
ウィルが赤ら顔で得意気に語る。
「そうじゃのぉ・・遅れてきた罰として豚来亭では大いに飲んでもらおうかのぉ。へへっぅ」
ナッセルも同調する。このうすらノッポと聖職者の風上にも置けぬ背信者がどの口で言うのか。一体誰のおかげで酒が飲めてると思うのか。イライラしながら豚来亭の戸を開いた。
「はい、いらっしゃい何名様で・・・」私を見るや否や店の主人の顔色が急変する。「これは第13騎士団の皆様・・・昨日の事件の件で来られたんですね?」
「そうよ。知ってる事を教えて頂戴。あと店の常連客リストをよろしく。」
「では一番奥の席へどうぞ。空けておきましたので。」昨日に殺人事件があったというのに店を開く主人も主人だが席でごった返している客も客だ。
「ここの豚の角煮が旨いんだよな良い酒の肴になるぜ。」「わしゃ生姜焼きの方が好きじゃの。」「豚肉なら俺に任せろ」従者どもが好き勝手言いながらツンと豚の匂いが鼻につく店の中を突き進む。
店の主人と私達がテーブルに座るとおもむろに主人が語り始めた。
「あれは・・昨日の午後8時過ぎだったと思います。しばらく顔を見せてなかった常連のヨハン・ミシェルが現れたかと思うとどうだ、俺はついにやったんだ!!!このラディール銀貨を見ろ、宝物もあるぞっぅ!!!!今日は俺の奢りだ、全員分俺が先払いで・・今から入ってくる客分もだっぅ!!!!!どうだ!?皆俺の武勇伝を聞きたいか!?こんな大量の銀貨見たことがあるか!?おまえら数カ月働いても得ることが出来ないディールだぞ!?はっはっはっは・・・などと大声で叫んで店中が一気に盛り上がって活況に湧いてしまい後は奴の苦労話や自慢話が相当続きましてですね・・・で、閉店間際の午後11時前に客の数も少なくなって来たころに突っ伏して寝てたんですわ。で、いつまでも起きないから起こそうとしたら腹から血が流れててですね、えぇナイフが刺さっていたんです。」
「その時は既に死んでいたと??」
「急いで治癒術士を呼びに行ったんですが時間が時間でして・・・もちろん第13騎士団の方にも息子を連絡に行かせまして。」
「で、夜番に詰めていたわしがこの豚来亭に来たのが12時過ぎじゃの。」
ナッセルが続けて言う。
「その時には既に事切れておったわい。すぐに現場の全ての情報を接触呪文の記憶を使ってこの欠片に封じ込めた。そして墓守を呼んだワケじゃが・・・」
「ん、上出来ね・・・では今からその記憶の欠片を解放してくれる??」
「了解じゃ。わしでラッキーじゃったのぉ、巻物でしか呪文が使えないシンや何も出来んウィルではこうはいかんぞ?」
少々自慢しつつも老人は欠片を手に意識を集中させて呪力を解放した。
ブゥゥ・・ン
テーブルの上に映像が浮かび上がる。昨日の午後12時過ぎの豚来亭の様子が映し出されている。
「さて、どの角度から見るかの?俯瞰図がよろしいか??」
ヨハン・ミシェルが横腹を真っ赤に染めて長椅子に横たわっているのが確認できる。
ナイフが内臓にザックリと刺さっていた。客はもう一人もおらず、ガランとした店内に主人夫婦と息子、そしてナッセルだけが彼を囲んでいる状態だ。
「・・・こいつが持っていたディールと宝物とやらは??見当たらないわね。」
「そうなんじゃ。わしが来た時にはもうそんなもん何処にも無かったわい。」
「も、もちろん私どもも知りません。いつ無くなったのかさえよく分からないんです」店の主人が慌てて言う。
「とりあえず疑うワケじゃないけどご主人の昨日の記憶にアクセスしても良いかしら??」
「はい、妻と息子の分も見てもらって結構です。」
「じゃナッセルよろしく。」
「ほっほっほ、任せておくれ。わしの得意分野じゃ。」
ナッセルが主人の頭に手を置き接触呪文で記憶の読み込みを開始すると同時に、空いている片手で再生の呪文をテーブルに展開した。
テーブルに昨日の主人の網膜に映し出された情報が表示される。残念ながら音声は無い。
まだ生きているヨハン・ミシェルが笑いながら銀貨が詰まっているらしき革袋を揺らしている。
きっと遺跡で手に入れた宝物も中に入ってるに違いない。
周囲には大勢の取り巻きが出来ていた。この常連客全員が容疑者である。
「早送りするぞい。」
人々が次々に慌ただしく店内へと出入りして席についたり料理や酒を楽しみ会話をして・・ヨハンの周囲には常に人が少なくとも二人以上は存在していた。
しばらくそんな状況が続く中、人の数が徐々に減っていき・・・
「ナッセル、ここでストップ。」
気が付いたら既にヨハンはテーブルに突っ伏していた。主人はどうやら決定的瞬間を無意識ながらも目撃はしていなかったようだ。
「・・気が付いたらこの状態だな。もう死んでいる。」
シンがさも当然のように語る。
「だがディールがつまった革袋はまだテーブルの上にあるぜ?」
ウィルが鋭い指摘で続けた。
「そうね、共犯かも知れない・・・ナッセル、ここから通常再生で。」
「はいよ。」
その後数分間テーブルを凝視し続ける。全員が黙って見ていた。
「ん!?ちょと待て。」シンが唐突に声を上げた。
「どうしたの?何か怪しい点でもあった??」
「爺さん、ゆっくりと巻き戻しだ。一瞬視界の隅に何かが映った。」
スローで巻き戻る映像を皆が注目する。
「爺さんストップ、ここだ。」
「この映像の何処が」「エリューヴィン、ここだ。」シンがトントンとテーブルの隅を叩く。
そこには店の裏口から暗がりの中を革袋を背負った男が出ようとしている姿が確認できた。
「ハハッゥ、ビンゴォッゥ!!!!よく気が付いたな?」ウィルがアホみたいだ。元からか。
「んん、惜しいけど顔は映ってないわね。後ろ姿だけか・・・ナッセル、別角度に出来る?」
「無理じゃな。店の旦那の網膜に映った記憶映像をただ再生しているだけじゃからの。」
「ん、分かっていたけど了解。」
その後に豚来亭主人の妻と息子の記憶も再生したが大した手がかりは得られなかった。
「ふぅ・・・で、みんなどう思う??」私はとりあえず聞いてみた。
「ふむ、ディールとお宝を自慢した罰が当たったんじゃな。自慢されると誰もが欲しがる・・殺してでも奪い取ってやろうなんて輩も居るじゃろうさ。」
「俺もそう思うな。被害者はただの馬鹿だが犯行の動機は極めて単純だろ。ディールが欲しかったチンピラがバレないように横からブスリで隙を見て銀貨と宝を持ち去った。」
「果たしてそうか??」シンがナッセルとウィルの説に疑問を投げかけた。
「そもそもこいつは遺跡の発掘調査の助手として旧ゲーニヒス領域まで行って大金持ちになって戻ってきた。そのディールはどうやって入手した??考古学者はまだ生きているのか??もしかしたら考古学者と揉めてディールと宝を持ち逃げしたところを特定されて雇われの殺しのプロに始末されたって筋書きでもおかしくないと思うがな。」
「ん、まぁ不可解な点があるとしたらそこよね、考古学者が失踪した理由は・・・もしかしたらヨハンが殺害した可能性も有り得るわね。でも現状では直接的な証拠はこの豚来亭からしか得られてないからこうしましょう。」
「ナッセル、さっきの映像は全て記録してあるわね??」
「もちろんじゃ。欠片は余るほど持っておる。」
「店の中に映っていた全ての人間を一人一人追跡調査するわ。もちろん当日の記憶に接触して無罪の証拠の確認を取ること。これはナッセルとウィルに任せる。ただし記憶の改変や喪失が予想される三日後以内に全員分頼むわね。無理なら私も手伝うわ。あとナッセル、今の映像のコピー頂戴。」
「俺は?」シンが腕組みをして尋ねる。
「アンタは私と一緒に考古学者とヨハンの詳細な本人確証を得ること、そして遺跡の発掘調査に関わった人間全てと関所で何か不審な点が無かったかを調べること、最後に追加で事件が発生したらそれはアンタが単独で対応すること。以上よ。」
「・・・人材不足か。」「人材不足よ。」「やれやれだな。」
「かぁぁーーっぅ、我らが騎士団長様は何やってんのかねぇ。今日もあの山小屋でご隠居生活とはご苦労なこった。」
私はウィルをキッと睨んだ。「彼は救国の英雄よ。彼の文句は私に言いなさい。」
「へいへい・・出過ぎた真似をしてすいませんねぇ騎士様。」
「ではご主人、協力に感謝するわ。どうぞお仕事に戻って下さい。さあみんな、急いで今から仕事よっぅ!!!!さっき言った事に不明瞭な点があるならすぐに聞いてくること。さあ立ち上がった立ち上がった、やるよっぅ!!!!!」
「へ・・俺の角煮は??」「わしの生姜焼き・・」「豚肉は・・次回だな・・・」
全員のケツを蹴り上げて仕事を急かすと私はシンと一緒に王都宮廷大学へと足を運んだ。
日が昇って来た午前10時過ぎともなると街路は人の往来が盛んだ。商人ギルド、職人ギルド、一般都民、だけでなく地方から王都にやって来た人間などで混雑する城下町はにぎやかで・・10歩も歩くたびに「褐色の嬢ちゃん、昼飯はウチのパン喰ってかないか?」「おや褐色の・・巻物は間に合ってるかしら?ババァの特製巻物は安くてよく効くからねえ。」「おーい褐色の騎士様、石鹸と洗剤買っていきなよ、その肌の色も綺麗に落とさなきゃなっぅハハハハッゥ」「褐色の姉ちゃん呪符石買っていきなよっぅサービスしとくよっぅ」と次々に声がかかる。
「いつものことだが人気者だな、お前さんは。」隣のシンがポツリと呟いた。
「悪目立ちしているだけよ。私だってリシャーヴョンだったらどんなに良いかってたまに考えるわ。」「そうか・・俺はお前さんの血族についてどうこう言う権利は無いが少なくともその力は羨ましいぞ。」
「大した役には立たないってアンタがよく知ってるでしょ。」
城下町を過ぎ去り小高い丘を登るとようやく人の往来も少なくなり巨大な城の外壁が存在感を現す。一度に城の中に入れる従者は一人だけというルールが騎士には課せられている。反乱を防ぐ為だとか。馬鹿らしい。
門番が「ご苦労様です。」といつものように声をかけるので「ご苦労様。」と生返事をして門を通り抜けて大学へと進む。
王都宮廷大学は最先端の工学、理学、医学、文学、法学、呪学などが学べるが学の無い私にはトンと縁のない場所である。また、難しい試験に受からなければ生徒には成れず授業料も唸るほど高いのでますます私には縁のない場所である。考古学も学べるらしいことが今回の事件で分かったがいい迷惑だ。
広々とした大学内へ入るなり受付嬢が「あぁ褐色の騎士様何かご入用ですか??」とにこやかに聞いてきたのを「えぇーと、3カ月前に遺跡の発掘調査に行ったっきり戻ってこない考古学者の詳細な身元証明が欲しいんだけどお願いできるかしら??」と返す。
「あぁ、オズハーリー・ヴェイルド教授の事ですね。彼はとても素晴らしい方ですわよ。このリシャーヴ王国の歴史をひも解いて神話時代からの王家の成り立ちの数々を立証された我が宮廷大学の誇りとも言っても過言ではないくらいの人物でして王家から何と4回も名誉勲章を授与されているんですよ。」
「へえ・・そんな有名人だったの??」「もちろん褐色の騎士様ほど有名ではありませんですわよ??」「ハハ・・褐色の褐色ので有名だけど誰も私の名前言えないのよね・・・アンタもでしょ??」
「左様でございます」にっこりと返される。
シンが隣で噴き出したのを横目に「そりゃそーだよね・・・」と肩を落とす。
「えぇとそれではヴェイルド教授の詳細な身元証明が何故必要か教えて下さいますか??」
「ん、今回そのヴェイルド教授の助手として遺跡の発掘調査に赴いたヨハン・ミシェルという男が昨日城下町の酒場で刺殺されたのが確認できたのでヴェイルド教授の安否と事件との関係性を洗い出すために念のため身元証明が欲しいんだけど・・・よろしいかしら??」
「ヴェイルド教授の助手・・ですか。分かりました、ではヴェイルド教授の身元証明とそのヨハン・ミシェルという男も宮廷大学と何か関係があるのか調べてみます、少々お待ち下さい。」
受付嬢が慌ただしく奥へバタバタと駆け込んでいくのを見送りながら外来客用と思わしき長椅子へ座り込んだ。シンも横に一緒に座り込む。
「なぁ・・今回のシマ厄介じゃないか??」シンが何気なしに語り掛けて来る。
「何よ急に。厄介なのはウィルでしょ。あの馬鹿。」
「いや、そのつまり遺跡は旧ゲーニヒス領域・・・完全に国外だ。俺達の管轄外で事件性があったら何も出来んぞ。」
「だからそれを調べてから上にお伺いするんでしょ。私も知らないわよ王都城下町の治安維持用の雑用騎士団がそんなに便利な存在だったなんて初耳だわ~。」
「今回は冒険者ギルドに頼らないのか??」
「今回はって何よ。そうそう毎回あんな連中を雇ってたらディールがいくらあったって足りやしない・・アンタ、私が金持ちに見えるの??」
「いや・・精々俺達の食い分を稼いでくれてるだけでも十分だ。やはり騎士団の中で発言権は低いのか??」
「雑用騎士団の騎士団長代理で会議に出席する気持ちを理解したかったらドワーフの飲み会にリシャーヴョン独りで参加するのをオススメするわ。」
「流石に・・キツイなそれは。」
「私だってね、この第13騎士団に憧れていた時期もあったわよそりゃ。でも現実に成ってみると悪い面も色々と見えてくる。それでも必死に抗っていると面白いところも見えて来るワケであってね、そもそも何で私なんぞがすんなり騎士団に入れたのかよく分からないんだけども・・・」
「褐色の騎士様、お待たせいたしました。要件は揃っていますので窓口までお願い致します」
構内に大きなアナウンスが響き渡る。
「・・っと、無駄口を叩くのもこれまでのようね。」
私達は立ち上がると受付窓口へ向かった。
「それでは褐色の騎士様、オズハーリー・ヴェイルド教授の全ての情報と、あとヨハン・ミシェルという助手についてですが当宮廷大学の補助員として正式採用された者ではありませんでしたので、こちらをお受け取り下さいませ。」
すっとカードを差し出されてやはりかと納得した。この遺跡発掘調査、何か裏がある・・・。
「ありがとう、もしかしたらまた来るかもしれない。あと・・教授が帰ってきたら第13騎士団まで連絡お願いね。さあシン、行くわよ。」
「当大学のご利用ありがとうございました。では褐色の騎士様ごきげんよう。」
大学を出てそのままに城下町に足を運ぶ。
「ヴェイルド教授の個人情報を洗うんじゃないのか??」横からシンが聞いてくる。
「後でね、宮廷大学でヨハンの本人確証を得られなかったから町役場に行くわ。ん、二度手間になっちゃったわね。」
「それなら俺が行こう。大学と違って町役場なら俺でも顔が効く。その間にエリューヴィンは詰所に戻って教授の情報を洗っていてくれ。」
「あら気が利くわね・・ではお言葉に甘えてここで一旦別れましょうか。」
私は踵を返すと城から少し離れた第13騎士団詰所へと向かった。
「さて、と。」詰所の鍵を取り出して開錠するとチャランチャランと鈴が鳴る。自衛用に扉には鈴を付けているが第13騎士団の従者どもは挨拶もせずに黙って入ってくるのでその確認用でもある。自分の部屋へと急いだ。従者と違って詰所に自分の部屋があるというのは良い事だ。少なくとも寝床の心配をしなくとも済む。狭い部屋でも住めば都とはよく言ったものですっかり我が家同然にここで寝泊まりをする毎日が続く。王都で事件が続く限りは。
部屋に辿り着くと隅に置いてあるデスクの上にカードを放り投げた。
積み上げられた小説がバタバタと崩れ落ちるが気にしない。
途端に反対側のベッドに仰向けに倒れ込む。「ふぅ・・・ウィル達は上手くやってるかしら。いくら人材不足とはいえあんな奴・・そもそも呪術士が一人の騎士団に王都の治安を任せるだなんて正気の沙汰とは思えないわ。オマケに騎士も一人だし・・騎士団長に至っては・・・いや愚痴るのはヤメヤメ。」
ベッドから起き上がると勢いよく椅子に身を任してデスクの上のカードを二度叩いた。
即座に呪符石が反応し青色の王家の紋章の立体映像が浮かび出る。
「さあてヴェイルド教授、貴方がどんな人間なのか教えてくれるかしら?」