恋した人は秘密の多い使用人
「カミラ様、ドルステニア国でのライアンの様子は如何でしたか?」
暗殺組織『ブラック ファントム』はわたしが首領として代表を務めていました。カミラ様はその構成員でもあり、わたしの数少ない友人です。
二十歳にして商会代表を務めるカミラ様とは歳が近いこともあり、よく仕事以外でも相談にのって貰っていました。
先日、ドルステニア国へ立ち寄ると伺い、一緒にライアンの様子を分かる範囲で見て来て欲しいとお願いしていました。
「ジーナ様は随分ご執心ですね。そんなにご心配なのでしたらお屋敷に留めておけば良いものを」
「これはお父様と相談役のカイン様のご意向ですから、仕方ありません」
しょんぼりとトーンダウンするわたしを見て、カミラ様はため息をつきました。
「ルークと偽名を使って活躍しておいででしたよ。軍部の長官の覚えもめでたいようです。ただ自覚のない人たらしのようですね。かといって言い寄ってくる女性は数あれど、お付き合いしている様子はないようなのでご安心を。まぁドルステニア国の諜報員は女性を誑かす。この界隈では有名な話しですのでお家芸なのかもしれませんね」
益々不安になります。
やはりライアンは屋敷勤めの使用人として、わたしの傍にいてくれたら良かったのです。
それをお父様とカイン様は……。
「ジーナ様はもっと毅然となさいませ。例え他国に派遣されていようと、使用人に恋をしようともジーナ様の権力と実力があれば、ご結婚相手としてお父様を説き伏せられましょう」
「カミラ様……。でもライアンからは好きだと言われたことはありませんし……」
「当時十三歳のライアン殿からドルステニア国に派遣される日に花冠を贈られて『この仕事が終われば一緒に幸せになりましょう』と言われたんですよね」
「すごく泣いていたので、宥めようと勢いで言ったのかもしれません」
あの時は泣かずにお別れをするつもりでしたが、堪えきれず号泣しライアンを困らせた思い出が……。
「ジーナ様が十四歳のお誕生日プレゼントにはアレキサンドライトのネックレスを贈られたんですよね」
「わたしがお菓子やワインは嫌だと言って、残るものをプレゼントしてほしいと言ったからで」
消え物のプレゼントはすぐになくなるから嫌だと言ったら、次の年は石から選んでくれたネックレスを贈ってくれました。
「お相手の唇は奪ったんですよね」
「ライアンが寝てるところをちょっと……」
思い出すと思わず赤面してしまいました。
疲れて寝ている所を眺めていたら、つい。
バレなければいいかという出来心が芽生えてしまい。
そう、出来心なのです。
童話で眠っているお姫様を起こすのにキスをすれば起きるという本を読んだら、試したくなったという。
ライアンも初めてのキスだったようで、わたしがキスをしたと気付いた時の狼狽ぶりは今でも忘れません。
「大丈夫です。あのような堅物がそのような行動をとるのです。脈はあります。大体、アレキサンドライトには『秘めた想い』という石言葉があるのです。それをわざわざ贈るくらいなのですから。自信をお持ち下さい」
思い起こせばわたしも随分大胆な行動に出ていました。
親しくしようとすると、ライアンは常に仕事が、立場が、といって二歩も三歩も下がってしまう人でした。
幼馴染み以上、恋人未満の関係です。
本当にわたしの事を好きでいてくれるのか心配でたまらないのです。
こんなに好きなのに、どうして一年に一回しか会えないんでしょう……。
「ライアン殿のことは早めに手を打った方が良いかもしれませんよ。先日、十六歳になるドルステニア国のクライシス伯爵令嬢に気に入られ軍部は家庭教師として出向させたようです。ヴィルヘルム家の使用人と安心されていると、うっかり他国の令嬢に横取りされかねません。お気を付け下さいませ」
思わず絶句してしまいました。
これはライバル登場ということでしょうか……。
我が公爵家に仕えている人間なのに、他国の軍部が伯爵家のお屋敷務めにと斡旋する。
しかも家庭教師ってライアンと親密すぎるのでは……。
何の権限があって、ご令嬢と二人きりなるような環境を作るのでしょう。
これはユザール国国王補佐を務めるわたしへの挑発行為。
宣戦布告でしょうか。
いえ、私情で戦争をしてはいけません。
何より諜報活動をしているライアンに危険が及んでしまいます。
大人にならなければ。
ただ、わたしと同い年ということもあり、困惑しかありません。
ふいに嫉妬からくる苛立ちに襲われました。
真っ黒な感情が渦巻き、心をかき乱すのです。
自分にはこんな激情を持ち合わせているのだと、この時初めて自覚しました。
わたしは大国ユザール国の公爵令嬢にして王位継承権第二位の立場です。
十六歳ともなると婚約者だ結婚だという話しが現実味を帯びてきました。
それでも頑なに縁談を断ってきました。
想い人が貴族や他国の王族ならお父様も反対はしなかったと思うのです。
***
恋した人は我が家の使用人でライアンといいました。
今はドルステニア国に諜報員として派遣されていました。
わたしより三歳年上の彼はグレーの瞳と端正な顔立ちで、銀髪の髪が少し伸びると女の子みたいに見えました。
そのせいでお客様から女の子に度々間違われ、よく不機嫌な顔をしていました。
ライアンは毎日忙しくしていました。
朝はお屋敷の仕事、昼から夕方は客人として招かれている暗殺組織『ブラック ファントム』を引退した元首領にして現相談役のグラナス・カイン様から手解きを受けていました。
彼が我が家に来た日、わたしは恋に堕ちました。
少し尖った性格はありましたが、屈託のない清々しい笑顔と優しい気遣いが嬉しかったのです。
ませていると言われるかもしれませんが一目惚れでした。
当時ライアンが十歳、わたしが七歳の時でした。
他の人からライアンが褒められると私事のように嬉しくもあり、いつしかライアンはわたしだけのもの、一緒に居て当たり前の家族だと思うようになっていました。
ライアンは使用人ですが、わたしがライアンと一緒におやつを食べたいと執事のロレンスに頼むと毎回わたしと同じものを用意してくれていました。
ロレンスもわたしにとってライアンは特別なのだと察してくれているようでした。
わたしにとって、このおやつタイムは二人きりでいられる特別な時間でした。
「ねぇ、ライアン。近々、隣国のドルステニア国に行くって本当なの?」
十三歳になるライアンは暗号解読や鑑定をするのが得意でした。
カイン様と一緒に機密文書を解読している様子を度々見かけていました。
「まだ本決定ではありませんが、そのようですね。このユザール国はどこまで国を拡大するんでしょうね」
ライアンには戦争経験がありました。
対戦国はこのユザール国でした。
イグリア国ギニア地方、難攻不落のバルゼ要塞の生き残り。王都が陥落しても最後まで陥落しなかったとして他国でも有名でした。
戦時中は子どもながらに斥候を務めたりと最前線で戦っていたそうです。
だからもう戦争に関わりたくないと、日頃から言っていたので心配でした。
「諜報活動とか危ないんじゃないの?」
「お嬢様は何も心配しなくていいですよ」
取り繕うような笑顔を向けてくるので余計に無理をしているように見えました。
「二人の時はジーナって呼んでって言ったじゃない」
飲んでいたティーカップをライアンのカップの傍に置いてみました。
「あぁっ、ごめん、ジーナ。とりあえず先生が組織していた『ブラック ファントム』を拠点に動くよう言われてるから、大人もいるし大丈夫だと思いますよ」
ライアンはずっと本を読みながら物思いに耽っていました。普段はテキパキと仕事をこなすのに、こういう時のライアンはいつも以上に隙が多いので不安になります。
ライアンの手にしたティーカップを見てドキッとしました。一口、紅茶を飲む様子を思わずじっと見てしまいました。
『あっ…………』
わたしの心の声が聞こえたのか、ようやく視線が合いました。
ライアンは飲みながら上目遣いにわたしを見ました。
「どうかしました?顔が赤いですよ」
「いえ、別に……。えっと、そう、もう少し髪を切った方がいいかもしれませんよ。道中、女の子に間違われたら危ないんじゃないかと」
ショートボブの髪もよく似合っているのですが、誤魔化すのに咄嗟に口に出していました。
「男なんで心配はないかと思いますが。でも短髪の方が身軽でいいとは思うんで、ジーナの言う通り切りますね」
ライアンはにこりと笑い、また本に視線を落としていました。やはり、ライアンは上の空のようです。
いつもなら、わたしの戯れにはすぐに気づくのですが……。
他国への諜報活動を命じられ、動揺しているのを隠しているようでした。
同じ柄のカップとはいえ、ライアンがわたしのティーカップで紅茶を飲んだのに気づいていないなんて。
わたしも動揺していました。
ライアンが屋敷からいなくなる。
使用人としてずっと傍にいてくれるものと思っていたので、考えたこともありませんでした。
戦争に巻き込まれないか、諜報員とバレて殺されないか、この先一生会えないんじゃないか。
そんな不安と恐怖がいっきにわたしの心を支配していきました。
思わずティーカップに視線が移りました。
間接キス……。
わたしは不安と寂しさが募り、ついライアンのティーカップの紅茶を口にしていました。
***
ライアンは定期連絡として年に一度は必ず我が家に帰ってきてくれました。
しかし、派遣当初はトラブルがあり、報告を受けた時は気が気ではありませんでした。
「カイン様が『ブラック ファントム』の拠点には行ってないから心配してたよ。大丈夫だったの?」
「先生はジーナに余計なことを。大丈夫ですよ。変な連中に女の子と間違われてしまっただけです。危ないところを軍の人に助けられました。閣下と先生にはお伝えしましたが、ドルステニア国の軍部の仕事をすることになりましたので、何も問題ありません」
何事もなかったかのように言いますが、本当に大丈夫か心配でした。
短髪にして出立したのに身の危険があった国。
それに敵国の軍部に直接、潜入捜査をする事になるなんて。
定期連絡で毎年会うたびに、まるで別人のように変わっていくライアンの変化にわたしは戸惑っていました。
いい意味で洗練された物腰と風貌に、悪い意味では誰にでも人当たりのいい張り付けたような笑顔を作っていました。
ドルステニア国で何がライアンをそんな風に変えたのか。
派遣を嫌がっていた筈が、年々屋敷から出立する時の表情がまたなんとも嬉しそうな顔なのです。
仕事が順調で良かったと思う反面、自分の知らない世界に行ってしまうのです。
置いていかれている寂しい気持ちが大きくなり、見送る時はいつも泣いていました。
ライアンの帰る家はここだけだと思っていたのに。
だから、カミラ様にはドルステニア国へ立ち寄る時には様子を伺って貰っていたのです。
***
ライアンには表立って言えないことがありました。
本名はディル アーカー。
我がユザール国の属国になった時、捕虜になったそうです。捕虜になったらその軍の配下になるか、処刑と決まっていました。
それが脱獄して偽名を使い逃げ果せていたのです。
本来であれば分かった時点で強制送還ですが、お父様とカイン様からは仕事の上で重宝されていたので不問にされていました。
彼には本名以外にも名前がありました。
ルーク クラインはドルステニア国の軍部で。
エドワード クレイは絵師として諜報活動で。
ルイ エヴァンズはドルステニア国の伯爵令嬢の家庭教師で。
ライアンという名前は我がヴィルヘルム家の使用人として。
いろんな仮面を使い分け、素性も本音も自分の素ですら表に出せない人。
わたしが十六歳の誕生日を迎えた年でした。
妙な胸騒ぎがしました。
「ライアンが裏切った?」
寝耳に水とはまさにこのことでした。
「飼い犬に手を噛まれるとはな」
お父様は悔しそうな顔をしていました。
わたしも血の気が引く思いでした。
ダブルスパイをしていたようです。
これは我が国では終身刑、場合によっては死刑でした。
最初報告を聞いたとき、元敵国だから国を裏切ったのだと思いました。
彼は常々、『戦争は嫌だ』と言っていました。
戦場でのトラウマがあると。
ライアンの事です。
ダブルスパイになったのは、きっと戦争を止めたい気持ちが強くでたのではないかと思い直しました。
わたしはライアンを助けたい一心でした。
小さい頃はいつもライアンに守られてばかりでした。
今度はわたしがライアンを守る番です。
わたしはこの時、初めてお父様と派手な口論を繰り広げました。
それはもうカミラ様が感心するくらいに。
***
「ジーナ様、わたしは感動しました。想い人を助けるためとはいえ、元帥閣下相手に『恋も王位もどちらも手に入れてみせます』と啖呵をきられたのは、さすがでございました」
普段、物静かなカミラ様は恋愛に関しては饒舌でした。
「あの時はルークも大変な時でしたし、お父様が別の貴族の方との縁談をすすめようとするから必死で……。『ブラック ファントム』の代表となり、国王補佐として力になれたという意味では、かなりわたしも頑張りました。おかげで無事にルークをわたしの庇護下におけましたしね。それにルークから駆け落ちしようと言ってくれたのには驚きでしたが嬉しかったです。あとの気がかりは身分違いの結婚ともなると前例がないですし、国として認めて貰えるか……」
ルークを助けるべく、お父様からとりなした頃の思い出話しをしていました。
「前例がないなら作ればよろしい。好き同士なら堂々としていればいいのです。この大国で今どき身分だ出自だと拘っているほうが前時代的なのです。そう思うとライアン殿が駆け落ちするお覚悟だったというのは、なかなか男をみせましたね」
カミラ様は思わず感心していました。
扉をノックする音がしました。
「失礼します。遅くなり申し訳ありません」
入ってきたのはわたしの婚約者でした。
今日は王城でお父様の仕事の手伝いをしていました。
黒い軍服を着こなし、左耳にはわたしが戦場でお守りとしてプレゼントした紅いパイロープガーネットのイヤーカフをしていました。
銀髪の前髪を後ろに流した姿は、精悍な将校のようにみえました。
「ご無沙汰しております、ライアン殿。いえ、今はルーク様ですね。この度はご婚約おめでとう御座います。心よりお慶び申し上げます。これから婚礼衣装の打ち合わせですから、問題ありませんよ」
カミラ様は婚礼衣装を数着、衝立にかけていきました。
ルークはセティに座っていたわたしの隣にそっと座りました。
ライアンという名前は戦場で亡くしたご友人の名前を偽名として名乗っているのだと知りました。
わたしが会ったドルステニア国のライアンのご友人たちはルークと呼んでいました。
その馴れ親しんでいる様子を見て羨ましく思い、わたしもルークと呼んでいました。
そのせいか周りの人もライアンではなく、ルークと呼ぶようになっていました。
ルークがダブルスパイとわかってすぐ、ユザール国とドルステニア国は宣戦布告をして一触即発の事態でした。
その時、ルークやわたし達『ブラック ファントム』が暗躍してドルステニア国とは同盟を結びました。
我々の戦争に乗じて漁夫の利を狙うカルシス国を退陣させ、事なきを得たということがありました。
駆け落ちも戦争を止めるべく途中で断念しましたが、最終的に正式な婚約を取り付けられました。
けれどルークの『裏切り』というマイナス感情はなかなか払拭できずにいました。
「ジーナ様はわたしにとって実の妹のような存在です。もし泣かせるような事があれば分かってますよね?」
衣装合わせを終えた時、カミラ様はルークを睨みました。
ルークはセティから立ち上がり、床に片膝をつきました。左胸に右手を添えて、わたしとカミラ様を見据えます。
「ご安心下さい。ジーナを裏切ることはありませんので」
「万が一、ジーナ様を裏切った時には、彼女が許しても組織を駆使してあなたを兵として他国に売りますから」
カミラ様は怖いくらいキレイな相貌でニヤリと笑みを浮かべました。
「いきなり闇商人の顔にならないで下さい」
ルークはあまりの迫力にたじろいでいました。
「ユザール国での戦績もありバルゼ要塞の生き残りともなれば負荷価値もつきましょう。間近で見ても結構な面構えです。戦地でなくても、あなた様なら在庫にはなりませんからご安心下さい」
ルークを頭の先から足先まで眺めている様子は値踏みをしているようにも見えました。
「本気の目で品定めしないで下さい。大体、わたしをどこへ売りとばすつもりです」
ルークは顔を引きつらせていました。
「カミラ様、わたしの預かり知らぬ所で勝手なことはおやめ下さい。ルーク、安心して下さい。もしそんなことになった時は買い戻してみせます」
真剣な顔をして言うと、カミラ様もルークも呆気にとられてしまいました。
ルークはくすりと笑いました。
「いや、ジーナ。そこは国王補佐として『ブラック ファントム』の代表として、人身売買を取り締まって頂きたいんですが。それにカミラさんも冗談がきついです。ジーナが真に受けてしまいましたよ」
「すみません、裏切り経験のある人間をみるとつい。まぁ、ジーナ様に駆け落ちを持ちかけた度胸、そこは見所があると言っておきましょう。しかし、万が一ということも御座いますので警告です」
「肝に銘じておきます」
ルークは苦笑いをしていました。
***
カミラ様が帰り、ルークはセティの肘掛けに身体を預け一息入れていました。
「カミラさんは手厳しいですね」
わたしは向かいのセティに座り、紅茶を飲んでいました。
「色々心配してくれているようですよ」
「今後、ジーナに迷惑をかけるようなことはしないと誓います」
ルークは神妙な顔をしていました。
「わたしはルークが心配です。無理をしていませんか?わたしの前では素を出してくれて構わないんですよ?」
ルークはきょとんとした顔をします。
「何言ってるんです。ずっと素を出しているじゃないですか」
わたしには意外な話しでした。
「それは初耳なんですが」
「わたしにとって素が出せる人は限られてるんです。この国では、あなたの前にいる時だけが本当の自分でいられる唯一の時間なんですよ」
疲れているのか気怠そうに何を今更と言いたげでした。
言われてみると、思い当たる節がありました。
戦場では策士のルークが、わたしの戯れには簡単に引っかかっていました。
わたしの前だから油断も隙もあったんですね。
わたしが思わず心配するくらい。
「どうしました?まじまじと見て。何かついてます?」
ルークはうなだれていた頭を持ち上げ、首をかしげました。
そんな話しを聞くと、つい嬉しくなりました。
ルークもわたしと一緒にいる時間は特別だと思ってくれていたなんて。
「もう少し甘えてくれてもいいんですよ?」
「十分、甘えさせて貰ってますよ。ジーナには本当に助けられてばかりです」
知ってか知らずか無防備な笑顔を向けてきます。
長年ルークを見知っているわたしでさえも惹き込まれるほどに。
不意打ちです。思わずドキドキしてしまいました。
狂おしいほどに心が震えた瞬間でした。
カミラ様の報告にあった『無自覚な人たらし』という言葉が頭を過りました。
「ルーク、約束して下さい。その表情は他所でしないで下さい。あと甘えると言っても、婚約者らしい甘え方というものがあるかと思いまして……」
ルークは目を丸くしました。
「参ったな……。今のは意識して顔を作っていなかったので、どんな顔をしていたか分からないんです。それにジーナの言う甘え方が分からないのですが」
ルークは明らかに戸惑っていました。
わたしに向けてくれた笑顔は、ありのままの自然な表情だったんですね。
思わず気持ちが高鳴ります。
「じゃぁ、わたしから先に甘えさせて頂きます」
ルークの隣に座り直し、にじり寄りました。
ルークの肩に頭をのせ、腕を抱き抱えるように絡みつかせ、手をぎゅっと握りました。
「何か嫌なことでもあったんですか?」
わたしが何か悩んでいるから甘えていると思ったようです。
使用人という肩書きを盾に手を握るのも抱きしめるのも拒んできた人。
婚約者としての肩書きなら、許してくれますよね。
「積極的な女性はお嫌ですか?」
ルークを見上げると真っ赤な顔をしてたじろいでいました。
「そんなことは…………」
わたしは向かい合うようにルークの膝の上に座りました。
ルークの胸に頭をうずめると彼の鼓動か自分の鼓動かも区別がつきません。
心臓は張り裂けそうなくらい早鐘を打っているのに、この距離感が不思議と落ち着きました。
「こういうのは……」
どうして良いのか分からないという表情でわたしを見つめます。
「じゃぁ、わたしの戯れを許して下さいね」
両腕をルークの首にまわし、彼の顔を真正面に見据えました。
そっと目を閉じ、お互いの気持ちを確認するように唇を重ねていました。
息をするのも忘れるほどに。
やはり、本当に欲しいものを手に入れるためには、少しくらいずるくなくては。
***