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8話



「アリシアさん、暫くうちに滞在しない?」


向き直ったシャルロッテの申し出にアリシアの目が点になる。


「え…そんな、ご迷惑では」


「迷惑だったら初めから言わないわよ…厳しいことを言うけど、アリシアさんは正式な娘として届け出をされているから逃げると言うのは現実的ではないの。公爵家から出たら、すぐに追っ手がかかって連れ戻されるわ」


アリシアは力無く頷いた。子供の足で逃げ出したところで、行ける距離は高が知れているし何れあの感じの悪いメイドがアリシアの不在に気づく。義母はいくら疎んでる義娘とはいえ居なくなった知られれば責任を問われ、外に漏れれば醜聞となる。父も同じだ。婚外子を正式な娘として届出をしたことで周囲からどう思われてるか知らないが、自分の目の届かないところに行かれる前に連れ戻すだろう。


「あなたは侯爵家から出たいと思ってるだろうけど、難しいの」


「そう、ですよね」


暗い顔になりそうなのを、どうにか堪え俯いた。一時的とは言え、公爵家に置いてもらえてあの家と距離を取れるのだ。偶然通りかかったルーカスがアリシアを気に留めてくれて、強引だったが連れて来てくれたからこのような奇跡が起こった。そのことに感謝しなければいけない。沈んだ表情をシャルロットに見せてはいけない。アリシアは唇を噛み締めて、熱くなってきた目頭から涙が出そうになる前に顔を上げた。


「一時的に公爵家に滞在する許可をいただけたこと、ヴァレンシュタイン公爵夫人並びに公爵令息様に感謝申し上げます」


「そんな堅苦しくしなくて良いのに。滞在してもらうのは、その間にアリシアさんが侯爵家で憂いなく過ごせるように手を回す必要があるからよ」


「…はい?」


沈鬱な表情から一旦、シャルロットの言葉の意味が理解出来ていないアリシアは間抜け面を晒した。


「旦那様に話をして、彼を通して侯爵に連絡を取ってもらうわ。あなたの娘さんは帰りたくないってうちに滞在してる。彼女の憂いを取り除かない限りはうちで保護しますって。ヴァレンシュタインってね、王家に次ぐ権力を持ってるからこういう無茶もまかり通るのよ。まず待遇の改善よね、育ち盛りにパンとサラダにスープ、肉魚は時々しか食べさせないなんてあり得ないし、メイドが仕えるべき主の世話を怠り、見下すような態度を取るのも論外。継子をいびるのも、それに気づいていない、気づいていて放置する当主は言わずもがな。一言どころか、いくら進言しても足りないくらいだわ」


ふふん、と満足げに笑うシャルロットにアリシアは困惑しながらと声をかけた。


「あの、そこまでご迷惑をかけるわけには…私、皆さんのご厚意に返せるものを何も持ってませんし、ここまでしていただく理由がありません」


何故、どうしてと脳内に疑問が渦巻く。高貴な身の上の方は恵まれないものを手を差し伸べるというのか。アリシアの認識では寧ろ逆だったのに。強い権力、財力を持つものほど下のものを気にかけることはない、道端のゴミと同じだと思っている、と。義母もそうだ、時折メイドに折檻してる声を庭に出た時に聞く。だから声をかけたルーカス、こんな提案をするシャルロットのようなものが存在することに驚きを隠せない。アリシア自身は何も持ってない、こんなに良くしてもらっても何一つ返すことは出来ない。メリットはないのに。彼女達は聖人なのかと本気で思った。


アリシアの畏敬の念の籠った眼差しに気づいたシャルロットは、何故かバツが悪そうに苦笑した。


「そんな目で見られるような人間じゃないわよ、私は。高位貴族であろうと王族であろうと、他家の家族間の問題には基本的に不介入の姿勢を貫かなければいけないの。だから今回の件は完全な越権行為ね。権力と正義感を振り翳して、引っ掻き回すだけ引っ掻き回すのは愚かなことよ。私は自分の立場を理解してるから、無闇矢鱈と首を突っ込んだことはないの。聖人でもなんでもないのよ、幻滅したかしら」


「そんなことは…では、どうして」


「ルーカスが連れてきたからよ。ねぇ、あの子のことどう思った?」


急に問いかけられ、アリシアは顎に手を当て思案する。これは、正直に言って良いのだろうか。


「…最初は、口が悪く少々偉そうな人だな、と。私が馬車から離れると、追いかけてきて馬車に乗せられましたし、なんて強引な人なんだろうと思いました。でも」


言葉を切り、馬車に揺られてる時のことを思い出す。公爵邸に向かう道中、ルーカスは時折ガチガチに緊張するアリシアに話しかけてきたのだ。痩せてるが食事は摂っているのか、馬車の揺れは平気か、などこちらを気にかける言葉をかけてくれた。当のアリシアは恐縮しっぱなしで、気のない返事をするので精一杯だった。自分でも態度が悪かったと思い、到着する直前謝罪をすると気にしてない、と素っ気ない答えが返ってきただけだった。だが。


「…悪い人ではない、です。馬車の中では私の気を紛らわすために話しかけてくれました。優しい人、だと思います」


するとシャルロットは噴き出した。その様子はルーカスと良く似ている。


「優しい、ね。あの子はね、関心のないものに対してはとことん冷淡になるのよ、相手が人だと特に。幼い頃から貴族の子息、令嬢が集められる催しに連れて行くと家柄と見た目も相まって皆ルーカスの周りに集まるのだけど、全員無視するのよ。それでも諦めない子には容赦ない言葉を浴びせるし。それじゃあ敵を作るだけだと叱っても知らん顔。このまま成長したらこの子はどうなるのかしら、と不安だったのよ」


アリシアはポカンと口を開けていた。近づく相手を無視?容赦ない言葉を浴びせる?ルーカスは無視どころか向こうから声をかけてきたし、アリシアが逃げても追いかけてきた。


どうにもシャルロットの語るルーカスとアリシアの知るルーカスが結びつかないのだ。


そして、何となくシャルロットがアリシアにこんなにも親切にしてくれる理由が分かった気がする。


「そんな時に現れたのが貴女。ルーカスが人に興味を持つ、あまつさえ連れて来るなんて初めてことなのよ。だからこそ、こんな恩着せがましいと思われる真似までしてアリシアさんに関わっているの。貴女を利用する形になっている、そのことは申し訳なく思うわ。でもね、嫌いじゃないのならルーカスのお友達になって欲しいの」


シャルロットがアリシアを見る目には真摯な光が宿っていた。ルーカスの行く末を心配している、親の目。子供のアリシアに対しても、適当に誤魔化せば良いのに自分の思惑を話してくれた誠実な人。


申し訳なさそうな顔なんてしなくても良い。ルーカスが何故アリシアを気にかけてるのか、理由は皆目見当もつかないが筆頭公爵家が後ろ盾になってくれるのなら、あの家でのアリシアの待遇も好転するはずだ。シャルロットはアリシアを利用する形になったことを気に病んでいるが、アリシアだって彼女達を利用しようとしてる。だからお互い様だ、と正直な気持ちを伝えると彼女はホッとして微笑んだ。


「それじゃあ、貴女の部屋を準備するよう伝えて来るわね。ここの使用人達は決して貴女を害することはないわ、すぐに寛ぐのは無理かもしれないけどお母様と暮らしていた時のように過ごして欲しいと思ってるわ」


シャルロットは「実家で暮らしていた時」ではなく「母と暮らしていた時」と敢えて言った。アリシアにとって、侯爵家は気が休まる場所ではなかった。多くを話さなくとも、アリシアにとって心安らげる場所は母と住んでたあの邸だということも分かっているからだ。この心遣いに感謝してもしきれない。


「ルーカスがちょっかいをかけに来ると思うけど、鬱陶しかったら遠慮なく追い返して良いわ」


そんな真似は無理だ、と心の中で訴えながらアリシアはぎこちなく笑う。


こうして、公爵邸での期間限定の生活が始まろうとしていた。



第一部終わりです。続きは間が開くかもしれません。

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