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4話






(うわ、凄い美少年…)


思わず見惚れてしまうも少年の声で我に返る。


「さっきから呼んだんだけど、何?お前耳付いてないの?それとも無視?感じ悪くね?」


いきなり不躾な物言いをされ、アリシアはキョトンとしてしまう。


(何この人、口悪い…)


薄らと眉間に皺がよるが、馬車に乗っている時点でこの少年は身分が高いだろう。そして馬車に刻印された紋様は何かの獣を思わせるものだ。


ここでふとアリシアの脳内に先生の言葉が蘇る。


「お嬢様も16になったら社交界デビューを果たすでしょう。その時に要らぬ恥をかかないためにこの国の王家、主要な高位貴族の名前と外見的特徴は覚えておいてください」


王家の血を引く人間は深い碧の瞳を持ち、人間離れした美しい容姿をしている。その理由は大昔に他国から流れてきた獣人の血が混ざっているからだという。今でも時折先祖返りで獣人の特徴を持つ者が生まれることがあり、第一王子が久しぶりに獣人の血を色濃く受け継いでいて頭脳、身体能力が常人と比べて桁違いだと教えられた。王族以外にも獣人は数は少ないが存在しており、公表する場合もあれば、ひっそりと暮らしてることもあるらしい。


「公爵家はいくつか存在しますが、筆頭公爵家と呼ばれるヴァレンシュタイン家は現国王陛下の妹君が降嫁しており、更に影響力を強めております」


ヴァレンシュタイン公爵家は5代目国王の王弟が臣籍降下して出来た家で、先祖の獣人を讃えていたことから紋章に狼を刻印している。かの獣人が狼だったからだ。王家の紋章も狼がモチーフだが、王家は狼と人が向かい合う形で公爵家は狼のみが刻印されている。


(獣だけの紋章…碧い瞳…ヴァレンシュタイン公爵家には息子が1人いるって…)


もしかしなくても目の前の少年は王太子殿下の従兄弟で、元王妹殿下を母に持つルーカス・ヴァレンシュタイン公爵令息では?確か年齢は13でアリシアの一つ上だと記憶している。見た目から推測出来る年齢も合致していた。


(決めつけるのはまだ早いけど、そうとしか考えられない)


何とも失礼なことを考えるアリシア。しかしこの傲岸不遜な態度からして、高位貴族なのは間違いない。それにしてもヴァレンシュタイン公爵令息(推定)が乗った馬車が通りかかり、声をかけられるなんて完全に予想外だ。破綻しつつある計画の天秤が、どんどん破綻の方へと傾いていく。


(逃げたいけど、話しかけられてるのに無視するのは失礼…どうやら何度も話しかけてくれてるのに気づいてなかったみたいだし。取り敢えず謝らないと)


アリシアは恐る恐る口を開いた。


「…ごめんなさい。考え事をしていて聞こえてませんでした」


「ふーん、子供がこんなとこで1人何してるんだ」


(あなたも子供でしょ)


殊勝な態度で謝るも興味なさげに流され、子供呼ばわりされたことにムッとする。そして至極真っ当な質問をされ、アリシアは不審に思われない答えを捻り出そうと頭を悩ませた。勿論目的を馬鹿正直に話すわけにはいかないからだ。


(子供が1人でいても変じゃない理由…)


「…買い物の帰りです、疲れてしまって休んでいたのです」


「侍女も護衛も無しでか?貴族の子供が1人で買い物はあり得ないな」


アリシアの拙い理由は一瞬で論破されてしまった。侯爵邸で過ごした2年で培った、「スン、とした無表情」を貼り付け動揺を表に出さないようにする。


だが、あっさりと貴族の娘だということまでバレたことで貼り付けた仮面に綻びが生じそうになった。視線を忙しなく彷徨わせる。何故バレたのだろう、やはり服だろうか。


(嫌がらせするなら、使い古された服だけ与えるとかしときなさいよ!中途半端なんだから)


と支離滅裂な文句を心の中で叫ぶ。だが変に否定しても怪しまれるだけなので、否定も肯定もしないまま、流れるように嘘を吐いた。


「…過保護な両親が外に出してくれなくて、こっそり出てきたんです。でももう戻ります。ご心配をおかけしまして申し訳ありません」


心配いらないから早く行ってくれ、と目で訴える。だが少年は胡乱な目でアリシアを見ている。獣に睨まれているようで、背中に薄らと冷や汗を掻き始めた。


「…なんか怪しいな、もしかして家出か」


(何故分かる)


家出と言うか、もう二度と戻らないつもりで出てきたのだが広義の意味では家出かもしれない。アリシアはこの辺りで少年と問答するのに疲労を感じ始めていた。


(私そんなに怪しいの?それに何で突っかかるの?どこかに行く途中か、帰りか知らないけど私に構ってないで早く行ってくれないかな)


アリシアは侯爵家でのストレス過多な生活と、ネチネチ追求の手を緩めない少年に対しての苛立ちが限界を越えようとしていた。


アリシアは少々自棄になった。そんなに知りたいのなら教えてあげよう、と。自分の事情を少し暴露したところで、天下の公爵家様が無責任に他家の醜聞を広めたりはしないだろう、と何の根拠もないのに期待していた。貴族社会なんて足の引っ張り合いだということを忘れて。


アリシアは光の消えた、据わった目で少年を見た。急に雰囲気の変わったアリシアに少年も少し身構え、碧の瞳を細める。


「…昔住んでた家に帰りたかったんです。母が亡くなって、実の父親と名乗る人に引き取られたんですけど殆ど顔を見せないしあの人の家族とは折り合い悪いしメイドは意地悪だしご飯美味しくないし外には出してもらえないし、息が詰まって仕方がないから逃げたんです。この通り訳ありなので私のことは放っていただいて構いません、心配してくださってありがとうございますさようなら」


すっと立ち上がったアリシアは深くお辞儀をして、早足で馬車の横を通り過ぎた。


(このまま行けるところまで行こう)


と決意したアリシアが歩みを早めようとした時、後ろから鞄を持ってない方の腕を掴まれた。咄嗟に振り向くとさっきの少年がいた。端正な顔には仄かに焦りが滲んでいる。


(何で???)


馬車から降りた彼はどういうわけかアリシアを追いかけてきたようだ。訳が分からず混乱するアリシアをやや強引に引き摺っていき、あっという間に彼の馬車に連れ込まれ扉を閉められてしまった。アリシアは少年の隣に座らされ、向かいには群青の騎士服に身を包んだ彼の護衛らしき青年が座っているが、その表情は困惑を物語っている。そして目を見開いて少年を凝視してきた…見てないで止めるなり何なりして欲しいが、この様子では助けを求めても無駄みたいだ。


(何で???)



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