表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

3話




そう思っていたのに、アリシアの予想は裏切られることなる。アリシアが離れにやって来てから数日が経つと、何故か義母が顔を出しに来るようになった。


「本当にあの女にそっくりね、忌々しい」


「旦那様が引き取ったからって良い気にならないことね、下賎な血が流れてるんだから」


「筋が良いと言われたからって調子に乗らないでちょうだい、あなたなんて何の役にも立たないのよ。生かされている立場だと理解しなさい。その気になれば簡単に捨てられるの」


扇で口元を隠しながら、蔑んだ瞳でアリシアを見下ろし、気が済むまで罵倒すると晴々とした顔で帰って行く。それが数日置き、時間にして30分程。


アリシアは最初こそ身構えていたが、慣れて来てしまうと聞くふりをして受け流すようになって行った。毎日毎日、飽きもせず罵詈雑言を垂れ流すその胆力は、別のことに使うべきだと思うが口を挟むと義母は激昂するので黙るしかなかった。


義母が勝手に喋ってくれることで、色々分かったことがある。どうやら母と義母は同じ貴族学院に通ってた同級生で、義母は父のことを好いていたらしい。しかし父は爵位の低い母しか眼中になく、随分とプライドを傷つけられ母に対する憎悪を深めて行った。


卒業後、実家の公爵家の権力を使い父と結婚し子供も生まれるが、父はずっと義母に対して壁があった。自分のことを蔑ろにして母のことだけを思い、いつまで経っても自分と息子に向き合おうとしない。挙句平民落ちした癖に父に擦り寄って来て、また父の心を奪って行った母は泥棒猫だ、と。兎に角母に対する憎しみが強く延々と怨嗟の言葉を聞かされる。


アリシアは自分のことをどう言われようが気にしなかったが、母のことを売女だなんだと罵られると、流石に頭に来る。


確かに母は良くないことをした。既婚者の父に何と言われたから知らないが、きっぱりと拒絶するべきだった。拒絶していたらアリシアはこの世に存在してはいないから、母と父のしたことを全て否定は出来ないけど。


邸に来て1ヶ月経った頃、一度言い返したことはある。すると義母は鬼の形相でアリシアの頬を叩いた。ズキズキとした痛みが頬に出始めた時、アリシアは叩かれたことに気づいた。義母は叩いた後、我に返るとキッと冷たい目でアリシアを見据えた。


「あの女も、そんな目で私を見てたわ。没落寸前の男爵家の娘の癖にいつもいつも私を見下してっ…階段から落ちたんでしょ?無様な死に様ね、死んでくれてせいせいしたわ」


吐き捨てるように言うと義母は離れから出て行った。アリシアは唇を噛み、その場に蹲ることしか出来なかった。



言い返すことを辞めたので、手を上げられることはこれ以降無くなった。アリシアが言い返さないのを良いことに、これ幸いとアリシアと特に母を悪様に罵るようになったが。


父に訴えれば義母をどうにか出来たと思うが、正直父が義母に何かを言う資格があるのかアリシアには分からなくなっていた。それに、引き取って親としての義務を果たしたと言わんばかりに、顔も見せない父のことは信用に値しないと、この頃には思い始めていた。




*************



そんな生活が2年続いた頃。


(疲れた、息が詰まる、帰りたい)


相変わらず家庭教師と過ごす時間以外は苦痛だし、義母は陰湿だし、碌に顔を見せない癖に「痩せたか?料理人が好き嫌いが激しく食事を残してばかりだと言っていたぞ、我儘は辞めなさい」と義母の嘘を鵜呑みにして父親ヅラして説教をする父にうんざりするし、食事を運ぶメイドはあからさまにアリシアを蔑んだ目で見て、部屋の掃除を怠って食事にゴミを入れたりするのでストレスが溜まる。メイドの適当な掃除の後自分でも掃除をするようになったから、少しはストレス発散になっていると思うけど。


父は王都と領地を行ったり来たりしており、月に一度しか顔を見せない。そして義母はアリシアが来てから一年の殆どを王都の邸で過ごしている。以前から「田舎はつまらない」と不満を露わにし領地には寄り付かなかったらしいが、この2年間で義母が領地に帰ったのはほんの短期間だ。顔も見たくないと言っていたのに、アリシアに突っかかることが生活の一部になっているとしか思えない。異母兄のダニエルは既に領主になるための勉強を始めているらしく、殆ど領地にいるので顔を合わせることすらほぼ無い。


そして、ここに来てから一度も外に出してもらってない。ダメ元で感じの悪いメイドに聞くと鼻で笑いながら「旦那様から許可が下りていません」と答えた。


引き取ったは良いが、やはり家の恥だからと父はアリシアを閉じ込めておくつもりなのだろうか。先生の授業で貴族のあれこれを教わるが、その中に「妾の子を引き取って完璧な淑女に育て上げ、社交デビューまで家に閉じ込めて後で病弱で引きこもってたことにして、高位貴族にお披露目する」家が一定数存在する、という話を聞いた。先生はアリシアの置かれた環境を理解した上でそんな話をしたのだ。先生にはアリシアの未来が見えていたのかもしれない。


(閉じ込めて、教育を受けさせて、後で何処かの貴族に売り飛ばすつもり?)


そんな未来は真っ平だ。アリシアが父の元に来たのは、母が居なくなり、1人になったアリシアと家族になろうと言ってくれたからだ。だが実際はどうだ、父はアリシアどころか義母達とも家族としての関係を築いていないしアリシアも放置している。飢えることのない環境と最高峰の教育を与えて、それで親の責任を果たしていると思ってる。


(こんなことなら、お金だけ与えてマリエさんとあの邸で暮らしてた方が良かった)


アリシアは急に母達と暮らしたあの邸に、あの街に帰りたくなった。母とマリエとの思い出が詰まった邸は父がアリシアが18になったら名義を変えて、アリシアが好きに出来るよう手続きすると言っていたが、それまで待てない。この邸にアリシアの味方はいないのだ。いつ、何が起こるか分からない不安感に常に苛まれている。


(逃げよう)


決断したアリシアは早かった。父が与えてくれた服やら装飾品を鞄に詰め、地味なワンピースに着替えて離れを抜け出した。


貴族は基本的に徒歩で移動しない、馬車に乗るからだ。アリシアが侯爵家の馬車に乗ることは許可されてないが、乗れないのなら歩いていけば何の問題もない。


誰も使ってない寂れた裏門があることは早い段階で気づいていた。見張りも誰も居ない。拍子抜けするほどあっさりと、侯爵家から出て行った。あの邸は鳥籠でも何でもなかったのだと、たった今アリシアは気づく。


(街の名前は分かるし、王都に行って辻馬車を拾おうかな。けど子供だけで乗せてくれる?)


それ以前に、金に変えようと持っていた服や装飾品もアリシアだけで売れるかどうか分からない。


(兎に角行かないと)


その目的だけを胸に、アリシアは歩み始めた。






(無理もう歩けない)



歩き始めて1時間半。アリシアはバテていた。まず子供の足で王都に向かうのにこんなに時間がかかるとは思わなかったし、時折植えた花の世話をする以外で殆ど外に出ないアリシアに体力は無かった。早々に計画が頓挫しかけていることにアリシアは絶望する。そして自分がどれだけ無謀なことをしようとしてたのか思い知っていた。


道の端に座り込んだアリシアは遠くを眺めた。


(…もっと体力を付けておくべきだった)


勉強に読書ばかり勤しんで、碌に運動しなかったかつての自分を責めるがもう遅い。


(ここで蹲ってたら不審に思われるかな)


地味な服を選んだとは言え、見る者が見れば上質な生地を使ってるとすぐに分かるし、そんなものを着てるアリシアが貴族の娘だとバレるのは時間の問題だ。それでも家名を言わなければ、不審な子供として孤児院にでも連れて行かれるのだろうか。


寧ろあそこに戻るくらいなら孤児院に行った方が良いかもしれない。


「おい、そこのお前」


いやでも、今まで衣食住だけは保証され、ある意味では恵まれていたアリシアが孤児院でやっていけるのか。孤児院は何処も経営が厳しく、中には職員が子供に暴力を振るう劣悪な環境も珍しくはないと先生に教えられた。それでも現国王に代替わりしてからは孤児院や平民向けの病院の設立に力を入れ始め、昔よりは環境が改善されてるらしいが。


「おい、聞こえてんのか」


何処の孤児院に入れられるかは運要素が強い…。


(孤児院に行く前提になったら駄目駄目。本来の目的を思い出して私)


まずは体力を回復させて、どうにか街に辿り着かないと何も始まらない。よし、とアリシアは疲労困憊の身体に鞭打ち立ちあがろうとした時。


「そこの黒髪に青い服着たお前!」


(ん?)


頭上から何やら叫び声が聞こえてきた。伏せていた顔を上げると、いつ間にか馬車が目の前に止まっていて窓から誰かが顔を出している。


サラサラと艶やかな銀髪に真夏の空のような深い碧色の瞳は不機嫌そうに細められている。年はアリシアとそう変わらなそうな少年がアリシアを見下ろしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ