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2話



ロンヴァート侯爵邸に到着したのは次の日のことだ。想像以上に豪華な邸を前に言葉を失っているアリシアの手を引いて、開け放たれた扉の中に招き入れる。


アリシアが連れてこられたのは大広間と呼ばれる広い部屋。向かう途中、使用人と思われる人々が不躾な視線を2人、いやアリシアに向けられていたのが何とも居心地が悪かった。クラウスがそれに気づいているのか、気づいて無視しているのかは分からない。


「あの子が旦那様の…」


「私覚えてるわ、旦那様が学生時代熱を上げてる女性がいたのよ、瓜二つだわ」


「引き取るって言っても、奥様は納得されてるの?」


「されてるわけないでしょ、さっきまで癇癪起こして宥めるの大変だったんだから」


ヒソヒソと聞こえるようにメイドらしき女性達が話している。クラウスは余計なことを話す彼女達を無言で睨みつけると、皆一斉に黙ってしまった。不穏な言葉が聞こえたが、やはり尋ねることは出来ないまま大広間に辿り着いた。


中に入ると、ソファーに女性とアリシアより少し年上の男の子が座っている。そして女性の方はアリシアの姿を認めた瞬間、憎しみの籠った瞳で思い切り睨みつけて来た。あまりの気迫に肩をビクン、と震わせる。やはり全く歓迎されてない。予想通りの反応すぎて、気まずさのあまりどうしても表情が硬くなる。


説明されなくとも、彼女が義母で居心地が悪そうなのを隠すこともしていない男の子が異母兄だと分かった。そして父はこの場の空気が氷点下まで凍りついていることを無視し、アリシアが異母兄…ダニエルの妹で母が亡くなったから今日から邸の離れに住む、と淡々と、だが有無を言わさぬ口調ではっきりと告げた。


顔合わせ、と言って良いのか一応家族になるはずの人達と一言も言葉を交わさずアリシアは大広間から連れ出される。出る直前後ろをチラリと振り向くと、義母が変わらず鋭い目つきでアリシアを捉えていた。






侯爵邸の庭にある離れは母達と住んでいた邸より当然ながら小さいが、アリシア1人で住むには広すぎた。だが、アリシアにとってここが「世界の全て」となる。言い方を変えれば、父が母に与えていた邸と言う名の「鳥籠」と大差無いだろう。父はアリシアを家族として迎えたいと言っていたが、本音では義母達と関わって、いや、関わらせたく無いというのがありありと伝わる。多分自由に侯爵邸を歩き回ることは認められないだろう。アリシアとしても、明らかに敵意のある人達と積極的に関わりたいと思ってなかった。


ありがたいことに父はアリシアが本が好きだから、と部屋の一つを書斎にしてくれていた。そしてこれから侯爵家の令嬢として生活するのだから、家庭教師を付けると告げられる。アリシアに異存はなかった。母と暮らしてる時はマリエに簡単な読み書きや計算、一般常識は教えてもらっていた。しかし、平民として生きていくのならそこそこ役に立つ程度のもの。貴族の娘として生きていくのに全く知識は足りていない。


学ぶことや本を読むことは嫌いではなく、寧ろ好きだったので家庭教師を付けてもらえることに対してだけは父に感謝していたのだった。




******************





離れでの生活が始まった。アリシアが顔を合わせるのは家庭教師を務める中年の女性の先生と世話係の若いメイドだけ。



先生は良くも悪くも仕事と割り切ってアリシアに接していた。余計な雑談はせず、ただ教えるべきことを教える。アリシアが基本的な読み書きが出来ると知ると、常にクールな表情を崩さなかった彼女が少し驚いていた。平民として育ったアリシアが読み書きが出来るのが意外だったのだろう。


それはすなわち、その程度のことも出来ないと侮られていたわけだが腹は立たない。彼女はアリシアが間違えると理不尽に怒鳴ることはなく、何故間違えたのか、次に間違えないためにどうすれば良いのかを懇切丁寧に教えてくれる。素っ気ないだけで、アリシアは先生が嫌いではなかった。この距離感が心地よいとすら思っていた。


「お嬢様は筋がよろしいですね」


学び始めて数ヶ月が経った頃、彼女がそんなことを呟き、それ以上言及することはなく授業に戻る。


(今のは褒められたの?)


何とも言えない素っ気ない言葉だったが、ほんのりと心が温かくなったのか確かだった。


勉強も熟女教育のレッスンも、時間が経てば楽しいと感じられるようになっていく。アリシアにとって、先生と過ごす午前中が1番心穏やかに過ごせる時間だった。




*****************



先生が帰ってからはお世辞にも楽しいとは言えない時間を過ごすことになる。まず一つは食事。愛想のないメイドが運ぶ食事はパンにスープ、それにサラダだけだった。初めて出された食事を見た時、思わずメイドの顔を見てしまったが彼女は視線を逸らし、さっさと部屋から出て行ってしまった。


食べてみると不味くはないが、味が微妙に薄い。マリエや母が作った料理の方が何倍も美味しかった。


(侯爵家の人達はこれを毎日…食べてるわけないか)


これを出されているのはアリシアだけだろう。父が粗末な食事を出すように指示を出すとは考えにくい。仕事が忙しいらしく邸に殆ど居ない父だが、こんな嫌がらせをする理由はない。


あるとすれば、初めて会った日鋭い目つきで睨んでいた義母だ。父が邸に居ない時は義母が女主人としての権限を持つ。料理人にアリシアへ粗末な食事を出すよう命令するのは容易い。


(全く食事を出さないで、私が極端に痩せて父に不審に思われるのは避けたいのかな)


残飯やゴミを出されるわけではない。このような目に遭うのも予想していたから、思いの外悲壮感はなかった。義母からしたら愛人の子を突然邸に迎え入れ、仲良くしろと言われても無理な話。嫌がらせをしたくなるのは分かる。


ならばアリシアに出来ることは、離れに引きこもり彼女達の視界に入らないようにすることくらいだ。





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