11話
食堂に案内されたアリシアだったが、テーブルにシャルロットの他に知らない男性がいるのに気づく。銀髪に若草色の瞳の怜悧な顔立ちで年はアリシアの父とそう変わらなそうだ。
(この方、ヴァレンシュタイン公爵?)
髪色はルーカスと同じだし、顔立ちもルーカスが年を取るとこんな感じになる、と言われて納得する程。不躾に凝視しているアリシアに男性…ヴァレンシュタイン公爵が話しかける。
「初めまして、アリシアさんだね。ルイ・ヴァレンシュタイン、君の後ろにぴったりくっついてるルーカスの父親です」
え?と思わず振り返ると、公爵の言葉通りルーカスはまるで護衛のようにアリシアの後ろ…1メートルも離れてない位置に立っていた。
近くないだろうか?とアリシアの困惑を読み取ったのか、ルーカスが無言で距離を取った。
「…」
「…」
「ルイ、余計なこと言わないで」
「え?今のもダメなのか」
「そうよ、今は難しい年頃なの」
「ふむ…」
何やらヒソヒソ話してる公爵夫妻、何ともいえない空気感を醸し出すアリシアとルーカス。そんな微妙な雰囲気を破るように、アリシアは儒教で習ったカーテンシーを実践した。
「初めまして、アリシア・ロンヴァートと申します」
挨拶を述べ、突然押しかける形になったことに対する謝罪と親切な対応をしてもらったことに対する感謝を辿々しくも伝えていると。
「寧ろこちらが謝るべきだ、うちの息子が迷惑をかけて申し訳ない」
頭を下げられてしまったのでアリシアは慌てた。謝られることは何一つされていない、とアリシアが説明するとルーカスを一瞥した後公爵は少しだけ笑った。
「気を遣ってくれなくてもいいんだよ?息子は君の意見を聞かずに馬車に押し込んだとロイから報告を受けている。ルーカスに対して何かしら言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「いいえ…お恥ずかしい話ですが、私は無計画で家を飛び出したので遅かれ早かれ人攫いに遭うか、のたれ死んでいたと思います、ですのでルーカス様には感謝しています」
公爵は再び息子に視線をやると「心の広いお嬢さんで良かったな、ルーカス」と妙に温度の低い声で言うのでアリシアの肩がビクリ、と揺れた。
アリシアはここでルーカスに対して何かしらの不満を溢していたら、公爵は彼を叱責したのではないかと推測した。
少し考えれば、立場関係なく子供を半ば強引に馬車に乗せるのは犯罪か、もしくはその一歩手前だと受け取られる。ルーカスは公爵家の家紋の入った馬車に乗っていたので、もしあの光景を目撃されていたら良くない噂が立っていたのは想像に難くない。
アリシアのためとはいえ、ルーカスは軽率な行動を取った。子供だからと言っても、公爵家の人間としては決して褒められない行動。公爵が叱責しても仕方ないことだ。
それでもアリシアは彼がそんな目に遭うのは避けたかった。ついさっき、自分のしたことを反省してアリシアに会いに来た彼には。
公爵は話は終わったとばかりにアリシア達に席に着くよう促す。公爵に気を取られていたせいで見ていなかったが、テーブルの上にはサラダやスープ、前菜にパンが並べられている。
「色々話したいことはあるが、まずは食事にしよう」
公爵の言葉でほんの少し肩の力が抜けたアリシアは手を合わせた。
(美味しそう)
見た目は勿論だが、サラダに使われてる野菜も新鮮だ。ここ数年萎びた野菜しか食べてなかったアリシアは感動し、目を輝かせていた。スープはコーンのポタージュで濃厚で甘味が強い。パンも焼きたてでふかふかしており、干からびて硬いパンにしか縁がなかったアリシアは満面の笑みを浮かべていた。まだメインが来てないのに。アリシアは美味しいと言いながら食べ進め、給仕をしたメイドがシェフに伝えておくと答えた。
家庭教師に叩き込まれた食事の際のマナーがギリギリ頭に残ってはいたものの、アリシア自身そこを気にする余裕がなかった。がっつくことははしたない、と理解しつつも温かく美味しい食事を前に気分が高揚するのを抑えられないようだった。
一応所作は見れるだけのレベルに達しているのか、公爵達がアリシアを呆れた目で見ることはない。彼らはアリシアの反応で侯爵家では碌な食事を出されていなかったことを確信し、胸を痛めていた。なんなら追加のパンを持ってくるよう言おうかと思っていたところ、その前にルーカスがメイドに伝えていた。
そんなルーカスはアリシアが食べている様を隣でじっと見て、いや観察している。公爵達は息子がアリシアを見る目に思うところがあったものの、当のアリシアが全く気づかず食事に夢中な様子に苦笑していた。
(この様子では、彼女がそうなのだろうか。だとすれば、これからどうするべきか真剣に考えないといけないな)
少食と思い込んでいたアリシアがパンを3つ平らげた頃メインが運ばれていた。
(本当に分厚いステーキだ)
てっきり冗談だと思っていたのに、ランは本当にシェフに伝えたようだ。肉の香ばしい香りとスパイスの香りが食欲をそそる。
手早く、綺麗にステーキを食べやすい大きさに切ったアリシアはパクパクとステーキを口に運んでいく。アリシアは全く自覚がないが、些細な動作一つ一つがしっかりしているため食べるスピードが早いのに下品さがなかった。碌な食事を出されなくても、教えを忠実に守り誰が見ていなくともマナーを実践していたのだ。その成果が今、出ている。
ルーカスはアリシアの食べっぷりを気遣わしげに見ていた。
「そんなに食うと腹壊すんじゃないのか」
「…はい?」
「普段あまり量食べてない奴が、いきなり多く食べると腹痛起こすって聞いた」
「そうなんですか」
と言いながらも食べる手は緩める気配のないアリシアにルーカスはそれ以上言うのは辞めた。諦めが早かった。そんな息子の様子にシャルロットは笑いを堪えている。
案の定腹痛になったアリシアにルーカスが呆れることになるのは、もう暫く後の話。
(お、お腹が苦しい…)
完食したアリシアは気づかれないように腹をさする。満たされた気持ちだが、やや苦しい。何度もルーカスが無理をするなと忠告してくれたのに、大丈夫だと慢心した結果がこれだ。自分の胃袋の限界は把握しておかないといけない。
食事が終わり、公爵夫妻はワイン、アリシア達にはジュースが出された。それを飲んでいると公爵がグラスを置いて、こう切り出した。




