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9話



公爵邸には空き部屋がいくつもあるらしく、アリシアが案内されたのはベージュを基調とした部屋だった。先程まで居た客間と同じく、またはそれ以上に落ち着く内装だ。


ここに来てアリシアは侯爵邸の離れですら、心から落ち着くことの出来る空間でなかった事を自覚した。義母とメイド、時々父が来る以外誰も来ない場所だったはずなのに。初めて来た公爵邸の方が余程気の休まるのは相当だ。


もしかしたら母、マリエと別れて以来無自覚のうちにずっと気を張っていたのかもしれない。心の強張りがすっと解けていく感覚がした。


ここまで案内してくれたのは茶髪の若いメイドだ。侯爵邸でアリシアの世話を任されていたメイドも彼女と同じくらいの年頃の。あのメイドはいつもアリシアを見下し、敬おうという気持ちすら伝わってこなかった。掃除も適当に終わらせさっさと帰っていたので本来アリシアの世話をする時間を、自分の自由時間に当ててサボっていたのかもしれない。それを誰も咎めないのだから、仕方のない事だ。


女主人が疎み、当主が放置している娘に対して懇切丁寧に接しようという気になる筈がない。当主達の態度を見て使用人達は自らの振る舞いを考える。主人が軽んじていたから自分達もそれに倣ったに過ぎないので、メイドを恨んでる訳ではない。


それでも数年の間、彼女達使用人に蔑ろにされた記憶は残っている。あり得るわけがないのに、茶髪のメイドを紹介された時一瞬身構えてしまった。鼻で笑われるのではないか、と。


だがその心配は杞憂だった。メイドはニコニコと笑う朗らかな女性で、綺麗なお辞儀をして自己紹介をしてきた。


「初めまして、ランと申します。アリシア様のお世話を仰せつかりました。分からないことや気になる事は何でもお申し付けてくださいませ」


礼一つを取っても品があり、公爵家で働くに相応しい教養を受けたのだと思った。高位貴族の家で働く使用人は下級貴族の出である事が殆どだ。ともすれば侯爵家の使用人もそうであるはずなのだが。


(あっちと全く違う…本来はこうであるべきなんだろうけど)


アリシアを邪険にしてた使用人達も、客人や義母達の相手をする時はこのようにしていたのだろう、多分。


ランはアリシアを部屋に案内すると室内の簡単な説明、浴室について教えてくれた。


「客間にも浴室は付いておりますが、一階には大浴場もございます。大浴場を使用したい時はお申し付けください」


繋がってる浴室を使いたい時に声をかけて欲しい、手伝うと言われたがアリシアはピンと来ない。そして、すぐ様思い至る。


(高位貴族の令嬢ならお風呂に入るのに人の手を借りるのよね、そういえば)


縁が無くてすっかり忘れていた。アリシアは一応侯爵令嬢なので、ランは当然入浴時は侍女に手伝われていたと思っているのだ。実際は1人で服を脱いで1人で髪と身体を洗っていた。


母と暮らしてた時もそうだったし、何なら同性とはいえ裸を見られるのは恥ずかしい。その旨を正直に伝えるとランは特に追求することもなく、承諾した。だが風呂上がりのケアはさせて欲しいと言われてしまった。


「恐れながら申し上げます。アリシア様の髪と肌は今まであまりお手入れをされていなかったのでしょう…ですが、しっかり手を加えれば本来の美しさはすぐに戻りますわ」


何故かランは目を輝かせていた。使命感に燃えてるように見える。小声で原石がどうとか呟いてる、何なのだろうと疑問に思ったがランがすぐに真剣な顔に戻ったため、聞くタイミングを逃してしまった。


次に聞かれたのは食事。アレルギーや好き嫌いについて色々と話した。これも初めての経験だ。好きな料理については、時折出ていた牛肉のステーキ、と言っていいのか分からない肉の切れ端を焼いた物と答えた。誤魔化す事なく伝えるとララが目を瞠る。


もしかしたらアリシアの境遇を端的にでも察してしまったのかもしれない。その証拠に薄らと眉間に皺が一瞬だけ寄った。


「承知いたしました、料理長には分厚いステーキと伝えておきます」


「え?」


ステーキとは言ったけど、分厚いものとは言ってないのだが訂正出来る雰囲気ではなかった。やはり、ランの背後には何かがメラメラと燃えてる気がしてならない。


「料理の量についてですが、多めが良いか少なめが良いか希望はありますか」


「あ、少なめでお願いします」


元々少食だったが、質素な食事に慣れてしまったアリシアの胃はすっかり縮んでしまったと思う。たくさん出されても食べきれない。


「承知いたしました…ルーカス様の仰った通りですね」


何の前触れもなく先程別れて以来会っていない少年の名前を出され、アリシアはドキリとした。


「あの、仰った通り、とは」


「はい、奥様にアリシア様のお世話に任命された後ルーカス様が私に仰ったんですよ。アリシア様に食べる量について聞いて欲しい、多くは食べられないかもしれないから、と。私ここで働き始めて数年なのですが…使用人にあんなに丁寧に何かを頼むルーカス様は初めて見たので驚いてしまって」


アリシアはランの言葉に驚きっぱなしだ。ルーカスの進言でランはアリシアに食べれる量について聞いてきたのだ。アリシアの性格上、普通の量を出されて食べきれなかった時気に病んでいただろう。ルーカスの気遣いから、その不安が消えた。彼は痩せたアリシアの様子を見て、少食だと当たりを付けていただけかもしれないがアリシアはとても安心し、その気遣いに心が温かくなっている。


(ここに来てからずっとルーカス様には色々と気を配っていただいている…)


アリシアは未だ礼も満足に伝えられていないのに。ランの言葉からすると、やはりルーカスの行動は珍しいようだ。驚かれるなんて相当である。


彼からしたら、アリシアは捨てられていた動物と一緒で拾ったからには自分が世話をしないと、でも思ってるのかもしれない。それはとても恐れ多い事だ。


一度ルーカスとはちゃんと話すべきだ。そう決心はしたものの、ランから公爵邸で過ごす際に着るワンピース等の衣服を何着も見せられ、(これ全部でいくらするの、絶対払えない)と手厚過ぎる歓迎にアリシアが慄いているうちに夕方になってしまった。


夕食の時間になったらランが呼びに来ると聞き、ベッドに横になったり備え付けられた本棚から取り出した本を読んでいた。すると扉がノックされ、アリシアが返事をするとランが入ってくる。


「失礼致します…ルーカス様がお見えです」



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