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プロローグ



艶やかな青みがかった黒髪を腰まで下ろし、深い紫の瞳が印象的な1人の少女が休日の夕方にも関わらず、学園の図書館に向かっていた。昼頃に実家から届いた手紙をきっかけに少女…アリシアはかねてより自分の中で燻っていた「とある感情」に蹴りをつけようと、ある人物を呼び出したのだ。


アリシアも呼び出した相手も寮に住んでいるので、呼び出すのにも色々気を遣わなければいけない。幼馴染という間柄だが、婚約しているわけでもない男女が2人きりで密会していた、という事実は些か外聞が悪い。相手も相手の家族もアリシア相手に何かしらの噂が立っても気にしないだろうが、アリシアは気にする。これからは、そう簡単に会うわけにもいかなくなるから、呼び出すのもある意味最後だ。


個人のプライバシーを尊重する男子寮の管理人に言伝を頼み、図書館の奥にある個人スペースへと歩みを進める。休日だから、自主的に勉強してある学生がチラホラと見られるが皆集中してるから、アリシア1人入って来たところで誰も気に留めない。


長い長い廊下を歩き、辿り着いた部屋のドアを開ける。長机と椅子が並べられている部屋の窓際に、彼は立っていた。


夕日に照らされて、キラキラと輝く銀色の髪に真夏の空を思わせる紺碧の瞳。鼻筋の通った端正な顔立ち、切れ長な瞳は長いまつ毛に覆われ、一瞥された女子生徒は皆顔を赤く染め上げる程の美丈夫。ルーカス・ヴァレンシュタイン。現国王陛下の妹を母に持ち、王太子と第二王子の従兄弟という高貴な身分を持ちながらも、群がる女性陣を一撃必殺の氷技で撃退する冷血漢。


例外は幼い頃から兄妹のように育った父方の従姉妹と一部…幼馴染のアリシアだけだという徹底振り。だが、アリシアは彼が自分を妹としか思ってないのを知ってる。出会った頃、全てを諦めていたアリシアを半ば強引に公爵邸に連れて行った時から、ルーカスにとって自分は放っておけない、庇護対象なのだ。


彼と家族の厚意のおかげで、アリシアはこの年まで平穏に生きることが出来た。そうでなければ今頃、義母や父親とは名ばかりの男によって体の良い厄介払いという名の結婚をさせられていただろう。


だが、いつまでも頼るわけにはいかない。あの手紙に書かれたことは良いきっかけだ。アリシアとて貴族令嬢、こうなる未来を避けられないこともずっとルーカスや彼の従姉妹と仲良く過ごすことが出来ないことも、分かっていた。


義母ではなく父が選んだ相手だから、そこまで心配しなくても良いだろう。相手のことを愛せるかもしれないし、はたまた父や義母のような冷え切った仲になるのかはまだ分からない。


どちらにせよ、アリシアがこの身に秘めた分不相応な思いは邪魔になる。だから今日、捨てて行く。そう決めたのだ。アリシアは扉を閉め、窓際で佇むルーカスに近づく。


「ルーカス様、急に呼び出してごめんなさい」


「別に、暇だったから問題ねぇよ。だけど、態々ここで会わなくても良いだろ」


「2人きりで会ってたら、良からぬ噂が立ちますよ」


「今更、俺とお前の間に噂なんか立つかよ」


ハッ、と笑い飛ばすルーカス。アリシアが慎重すぎるだけなのか、ルーカスが適当なだけなのか。今このことについて議論する必要はない。


ルーカスは窓にもたれかかり、頭一個分小さいアリシアを見下ろす。


「で?何があったんだよ」


「はい、実家から手紙が届いて私の婚約者が決まったそうです。それで顔合わせをするから今度実家に戻るように、と」


「…は?」


碧の瞳と声音に剣呑さが宿った。予想出来た反応だ。彼はアリシアに対しては過保護になる。妹分に変な虫が付かないよう、学園で目を光らせていたというのは従姉妹であるヴィエラ・リーデン侯爵令嬢から聞いた話だ。


「婚約者?何処の誰だ」


「オリバー・ランベルグ伯爵令息です。年は私より6歳上ですし、問題は何も」


「あそこの息子はタチの悪い平民の女に入れ上げてるって話だ。1人息子を甘やかしてる伯爵夫妻が、都合の良い相手を探してるって話も聞く」


「あー、流行りのお飾りの妻ってやつですかね」


結婚出来ない身分の相手と愛し合う者が、公の場でのみ夫婦として振る舞う相手を欲することは珍しくない。特に後継の者は身分のある者を娶ることは避けられない。


つまりアリシアに求められてるのは、愛人を囲うことに口を出さない、公の場での必要最低限の妻としての役割。子供も伯爵令息とそのお相手との間に出来た子を後継とするつもりかもしれない。アリシアも()()()()()のだから、信憑性のある話だ。そしてこの話、十中八九義母が裏で糸を引いている。彼女は母そっくりのアリシアが幸せになるのが我慢ならない。なのに12歳からずっと、鬱憤をアリシアにぶつけることも出来ず大層ストレスが溜まっているだろう。ここまで来てやっと、アリシアを不幸に出来ると歓喜してるかもしれない。


「尚更良いですね、変に気負わなくて良いですし」


「何言ったんだ、良くねぇだろ。完全に馬鹿にしてる…よし、潰すか」


殺気立った目をしたルーカスが物騒なことを口にする。ヴァレンシュタイン公爵家に出来ないことはほぼ無い。潰そうと思えば潰せるが。


「辞めてください、私は受けるつもりなんですから」


そう宥めるアリシアにルーカスが信じられないものを見る目を向けてきた。


「…何でだよ」


「私に恋愛結婚は向かないと思うんです。両親のこともあるし、愛だの恋だのに煩わされない結婚の方が楽です。それにそんな面倒な役割押し付けるんですから、ある程度は結婚後も自由に出来るかもしれません。交渉のしがいがあります」


クククと悪い顔して笑うアリシアに対し、ルーカスは憤りを隠せない様子で睨んでくる。


「何で俺を頼らないんだ」


「今までも散々ルーカス様達にはお世話になりました。これ以上迷惑をかかるわけにはいきません。それに婚約者の居ないルーカス様と私が仲良くしてるのも外聞が良くないでしょう。良いタイミングだったんです、これからは自分の力で頑張らないといけません」


アリシアに何も言っても気持ちは変わらない、と悟ったルーカスは諦めたように大きく息を吐いて髪を掻き上げた。


「…アリシアの気持ちはよく分かった。それを伝えるために俺を呼び出したのか?」


「それもありますけど、1番は心残りを解消したかったんですよね」


「心残り?」


怪訝な顔をしたルーカスが聞き返す。これからアリシアが何を言うのか、予想もしていない。


「愛のない結婚をすると言っても、ほかの人への気持ちを残したまま結婚するのは不誠実だと思いまして」


アリシアは長身のルーカスを見上げて、出会った時から美しいと思っていた紺碧の瞳を見つめた。


「ルーカス様のことが好き、でした」


今日、この恋心を此処に捨てて行く。


と、アリシアは思っていた。



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