魔物と折り畳まれたオブジェ
「なんだ、あのデカさは」
「私もアイシャから聞いてはいたけど、あの子ここまでとは言ってなかったです」
アイシャを取り囲む者たちからはそのマンティコアは濃密な魔力に覆われてその実体がまるで燃えているようにすら映っている。
「もしこの場で我々が争えば、エルマーナは勝てるか?」
「とんでもない。あの魔物のひと吠えで半数は戦意を失って半数は意識を失ってますよ」
「何だそれは。せめて半分は闘え」
「ご冗談を」
「人面犬さぁ、なんか前よりデカくなってない?」
アイシャが見上げるマンティコアは前回もその愚息よりふた周りは大きかったが、今はそれ以上に大きく見える。大人のバラダーが2人縦に重なっても足りないだろう。
『愚息を取り込んだからのう。しかしお主がまさか我を呼ぶとは』
「取り込む? まあちょっとだけ用事が出来たっていうか」
『それは──この己が立場を弁えぬ者たちの事のようだのう』
アイシャと話す時でさえその相貌は険しいものだが、バラダーたちを見回した視線にはそれだけで屈服しそうな圧力が込められている。
「くっ……エルマーナ、皆に膝をつくように指示しろ」
「はっ」
マンティコアに睨まれて人間もエルフも片膝をついてこうべを垂れる。
『ふむ……なるほど。上手くやれたようだな、娘よ。……何をしておる?』
なんだか偉い人なバラダーからエルフまでもがとった姿勢を見て、アイシャは五体投地の姿勢で誰よりも低く見せようとしている。
『別にお主は──』
「やめて、私はこれ以上の面倒はいやなの。立ってたら何者かと思われるじゃない。平穏が逃げていくわ」
『なんとも──』
ひそひそと言うアイシャの言葉はマンティコアの知る権力、地位を何よりも欲する人間族・魔族の在り方と違い不思議でしかない。この魔物の威を借りればよいのに。だからこそこの娘が可愛いのだ。
「私をテキトーになじってよ。対等みたいなのはやめて、いっそ奴隷か何かくらいに」
『変わったやつよの』
マンティコアは前脚をダンっと踏みつける。あと数センチズレていればアイシャの頭は地面に埋もれただろう位置に。
エルマーナがビクッとしてアイシャの無事を確認し安堵する。
『こやつの命がけの懇願を、我は聞いたのだ。疑う必要などない。我はエルフどもがこの森に住むことを許し危害を加えぬと約束しよう。こちらからは……だが、な』
思ったより大きな衝撃が耳のそばで起きたものだからアイシャはちょっとだけ湿らせてしまった。