去りゆく背中に
アイシャたちは食後のコーヒーだ。2人ともミルクと砂糖を入れた甘いのが好きだ。
ふと、見ると股間を押さえながらどうにか起きあがろうとするショブージが、アイシャの方を見て固まる。
(また欲情するなら本当に潰すしかないけど)
アイシャの発想は少しだけ危険だ。
ショブージは口をパクパクさせてアイシャを見ながらついに泡を吹いて気を失った。
「ショブージくん、大丈夫かな? さすがに心配になってきた」
「アイシャちゃん、あ、アイシャちゃん……」
フェルパが何やら怯えてアイシャの腕にしがみつく。その視線はアイシャの後ろにあり、振り向いた先にそいつがいるのを見つけた。
「人面犬」
『いや、我はそのような珍奇な生き物ではない』
「しゃべったよぉ……」
アイシャの呟きにちゃんとした発音で返したマンティコア。よくよく見ればアイシャが倒したのよりもふた周りは大きい。
『そう警戒するでない。少女よ、お主になら分かろう。我に敵意はないと』
「そうね、この人面犬は無害かもしれない、くらいには」
『人面犬などではないが、まあよい。お主が屠った同胞だが、こちらに渡してはくれまいか?』
「そのために来たの?」
『その通りだ。お主らに危害を加えんとした事は知っておる。それに応じたお主を責める気もない。筋違いだからの』
アイシャは黙ってストレージからそいつよりは小ぶりなマンティコアを出してそっと置く。
『意外とすんなりと出すのだな』
「面倒は嫌い。それに剥製には出来ても食用には無理でしょ」
言って、アイシャはコカトリスの肉を食べたことを今更に思い出して意識があちこちに飛んでしまった。
『変わった娘よの。案ずることはない。あの鳥を食べても害はないからの』
「ほんと? なんで分かったのか謎だけど信じるよ」
『敵かも知れぬのに』
「私を陥れる嘘ならもう分かっちゃうから」
警報は鳴らない。目の前の者の存在も言葉もアイシャを害しはしない。
『このような愚息でも、弔ってやりたくての。娘よ、無理を聞いてもらったのだ。何か我に願うことはないか』
「そうね……人面犬に……ね。この森にエルフを住まわせてくれるとか?」
頼む相手としてこの人面犬に何が出来るのか分からないアイシャは考えるのが面倒になってした丸投げの提案だ。
『己のためではないとは。良かろう、エルフが住むのであれば我々は干渉せずにおこう』
「出来れば見守っていて欲しいね」
『それこそがお主の願うところかの。あいわかった、それも聞こう』
「ありがとうね」
『礼を言うのはこちらよ。では、な』
さっぱりとしたものだ。マンティコアは息子の亡骸を背に乗せ走り去っていってしまう。
「ふう、むしろ私の方ね助かったのは。あれには流石に勝てないわ」
デカいのは図体だけでなく、隠している魔力もその気配さえもが亡骸のそれとは格が違った。
「人面犬って強いのね」
アイシャの中ではいまだに人面犬扱いだったが。




