闇に佇む2つの影 ※イラストあり
着替えた2人の背後の茂みが揺れる。
さっきまでイチャイチャしていた2人に緊張が走る。
しばらくして茂みをかき分けて現れたのは一頭の牛。
酪農にあるような牛ではなくバッファローと呼ばれる方だ。出会ってすぐに鼻息荒く突進してきたのをアイシャがフェルパとも抱えて躱す。
振り返る牛の頭に間髪入れずアイシャの蹴りが炸裂する。だが牛の太い首は伊達じゃない。すぐにいきりたつが、アイシャはその頭に“おやすみ三角帽子”をそっと載せると牛は瞬間で倒れるようにして寝た。
「何が起きたの?」
「起きたんじゃなくて寝たのよー」
アイシャはさて、どうしたものかと思案する。
「アイテムボックスには入らないの?」
「いや、さすがに生きたままは入らないよ」
そんな事が出来たら誘拐し放題。というより無敵である。
「せっかくだし試してみようよ」
フェルパはこんなに好奇心旺盛な子だったっけと思うアイシャだが、彼女はアイシャと何かを出来るのが嬉しい。とりわけアイシャすら知らないことであればそれはもう2人の共同作業で共有する秘密でもあるのだから。
フェルパの心にも良くない綺麗な花が咲いてしまったようだ。
まずは、と牛の周りを円で囲む。確かにストレージの穴は出来たが牛は入らない。
「やっぱりむりだよ。包丁でやっちゃおうか」
「うーん、そうだねー」
アイシャはストレージからこの世界の大きめな包丁を取り出して牛の首にあてがう。
「フェルパちゃんは血とか大丈夫なの?」
何となく弱そうなフェルパだが意外と問題ないとのこと。
アイシャは返り血対策にフードを深く被り、包丁を力一杯に引いて首を半分まで切った。
「うえぇ……すっごい」
アイシャの方が慣れてなくて気持ち悪くなる。おまけに返り血をふんだんに浴びてそれでもまだ息がある。
「貸して、アイシャちゃん」
フェルパもフードを目深に被って想い出の入刀。共同作業。ときめく心。噴き出す鮮血。息絶えたたためか、牛はストレージの穴にスポッと収まった。
「フェルパちゃん、意外とやるね」
「まあ、お父さんたちのお手伝いもしてたから……」
「ちなみにそのお手伝いって?」
「お肉屋さん!」
「アイシャちゃんのアイテムボックスって、部位ごとに出せるんだっけ?」
「そーだよー」
「じゃあ頭の骨だけ、とか」
「ほい」
ツノのついた頭骨がストレージより出てくる。
「枝肉」
「ほい」
肉屋にありそうなあの大きな肉の塊を木に吊るす。
「内臓」
「はい、うぇぇ」
切り株においた頭骨のそばに散らばる内臓。
枝肉がぶら下がり切り株に頭骨、そばには肋骨が形そのままにあったり内臓が散らばっていたりする中で、日も暮れてきたからと用意した焚き火がメラメラと燃えている。
「アイシャちゃん真っ赤だよぉ」
「いや、フェルパちゃんも。まあ、このパジャマは簡単に水で流せるからいいけど」
まるで口にクリーム付いてるよみたいなノリだが、その光景はさながら黒魔術の儀式みたいになっている。
不意にガサっと音がして黙り込んだ2人。音がしたその方向を見やると1人のエルフの青年がいた。
「ひっ……」
エルフが目にしたのは血塗れの狐の頭を模したフードを目深に被った人型が2人。
手には牛を解体した大きな包丁。焚き火の炎に揺らめくその表情は伺えず、着ぐるみの概念などないエルフにはまさに直立する狐。
息をのんだエルフは枯れた声でやっとのこと口を聞いた。
「狐神様……」