街の外さらに遠く
「アイシャ、気をつけて行っておいでね」
魔術士ギルドの遠征の見学会の当日に、アイシャの母親は娘の無事を祈り送りだす。
「同行するにあたって同意書に親のサインとは、念入りなことだね」
アイシャは呟き、サヤとフレッチャ、フェルパと合流して魔術士ギルドへと向かう。
これから戦場を直に見ることになる。サヤたちは自然と緊張が高まる。けれど事前にそれほどに危険な事にはならないとも説明されている。
職業体験でマイムが出入りしている魔術士ギルドは前衛職が出張って衝突する前段階のいわば威嚇、示威行為なども行う。今日の見学はそれだ。
この世界で魔術といえば使いようによっては殺傷能力を持たせられるが、魔術ひとつで遠距離から自在にそんな事が出来るものは皆無だ。
戦いに身を置くものは魔力による攻撃から身を守る術を仕込まれる。それはアイシャのパジャマのような耐性のある装備や魔力を身体に巡らせて防壁を張るなどだ。
まだ相手と衝突していない現段階では直接の被害などないというのがギルドの見解である。
なので新米に向けての現実を見て理解するための見学会がこの威嚇、示威行為において認められて推奨もされている。
「もうプールは終わったよ、焼きそば屋さん」
魔術士ギルドで出くわしたお姉さんがアイシャに言った最初の言葉がこれである。
「今回は出張屋台ですから。プールも来年にまた来ますよ」
今年の夏のプールが盛り上がったのはアイシャのおかげではあったが、問題もアイシャのせいである。
かき混ぜすぎて怒られたり、男子たちが飛んできて怒られたりと現場担当は散々でもあったのだから、よく思われてないのも当然だ。
「まあ、無茶苦茶しないなら別に断ることも出来ないからいいけど……って今屋台するって言った?」
「気のせいだよ、そら耳」
「そう? ならまあ、仕方ないから危険なことはしないでよね」
アイシャは手にした“こて”を後ろ手に隠して笑顔で頷いた。
「馬って本当にでかいよねー」
アイシャは馬車をひく馬を眺めてそう言う。
見れば見るほどに大きく筋肉の塊のようなその馬を見て
(なるほど、こんな脚で蹴られたらひとたまりもないのは確かね)
と荷馬車に揺られながら考えている。
「これから向かうのは街の北にある防衛線の砦を越えた先、スィムバの森近くの丘陵地ね。森を狙うエルフの民がここのところ人間族の領域に入ってきているそうよ」
お姉さんの説明にアイシャは質問する。
「そのエルフさんたちと仲良くすればいいんじゃ?」
「そんなのは大昔にやってみている事よ。その時の使者は股から2つに裂かれて突き返されたのよ。お昼寝士さん、やってみる?」
想像していまはアレの付いていない股が裂けてないか確認してアイシャは首を横に振った。
「まだ使ってないのに」
「使った後ならいいの? あなた……」
お姉さんは的外れな返答に呆れる結果となった。