【番外編】手を取り合う世界とマイノリティ
「今日も平和で豚カツが美味しいなっ」
食堂でアイシャが口にする肉厚の豚カツはジューシーでサクサクの衣が包んでありその食感もたまらない。
「そうだね。でもどこでも平和ってわけじゃないよね」
サヤもサクサク豚カツをソースに絡めて食べる。器にソースとマヨネーズとケチャップを入れてぐるりと箸で混ぜたマーブル模様の自作ソースにつけて食べるのがサヤの食べ方。
しかしアイシャには良く分からない。そんなに濃い味のソースにディップしては豚カツの良さが損なわれるなどと思うが決して口にはしない。こういう論争には白黒付ける事は出来ない。どちらも好みであり、こだわりだとして決着するのだ。
「ここは、この街は守られているから。アイシャちゃんはまだ見たことないだけ」
アイシャたちのテーブルにマイムが混じってくる。迷うことなくアイシャの隣に座って何故か椅子をアイシャに寄せた気がする。肩が腫れそうなほどに近い距離は食事するだけとはいえ、不便を感じなくもないはずだ。
「アイシャちゃんのお友だち?」
「サヤちゃんは会ったことないんだね。魔術士のマイムちゃんだよ」
「初めまして。普段は魔術館で勉強してる。アイシャちゃんとはこのあいだ知り合ったの、よろしく」
「そうなんだ。よろしくね、マイムちゃん」
今回はフレッチャの時みたいにならなくてよかったと笑顔の裏で心に滝のような汗をかきながら見守っていたアイシャは心底ホッとした。
「マイムちゃん、“見たことないだけ”ってのは?」
「あまり大っぴらには話されないこと。昔から今だって街の外では魔族との小競り合いが続いている。あたしは一度連れていかれたから。魔物と魔族と人間の争いの場に」
マイムは豚カツを小皿に入った岩塩で食べている。まさかの変態ロリっ子がそんな通っぽい食べ方をするとは、などとアイシャはそっちに衝撃を受けて自分から振った話なのに何も聞いていない。
「なになに? 何の話?」
次いで来たのはフレッチャだ。身体を動かす組は元気がいいらしく、豚カツもダブルだ。
「魔族と人間の諍いの話」
マイムが答えてフレッチャが「ふーん」と言うところを見るに知り合いのようだ。
それよりはフレッチャの豚カツにうず高く盛り付けられた大根おろしが気になって仕方ないアイシャ。おろしポン酢なのでポン酢が掛かってあるのだがその様はまるでかき氷だ。
「お隣いいですか?」
フレッチャの隣に来たのはぬいぐるみ好きのフェルパ。
フェルパの豚カツにいたっては、箸で丁寧に衣が剥がされていってもはや“豚”しか残らない。それを今度は醤油で食べるのだからもはや豚カツ定食を頼んだ理由を問い詰めたいアイシャ。
「魔族と人間ね。正義と悪でもないらしいのに仲良く手を取り合えればいいのに」
フレッチャはそう呟く。
「人の好みさえそれぞれだからね。なかなか難しいんだろうねぇ」
妙に実感のこもったアイシャの口ぶりにみんなうんうんと頷く。
「豚カツひとつでもこれだけ違うんだもんね」
サヤも気になっていたらしくそう述べる。
「なら今度みんなで魔術士ギルドに行く。遠征の見学が許されている」
通なマイムの提案に同意する面々と「わたしもですかぁ⁉︎」と震えるフェルパ。
「この豚カツのようにみんなで分かり合える方法が見つけられたらいいね」
アイシャは自作ソースに豚カツをつけて口に運びながら良いことを言ったつもりになる。しみじみと、目を閉じて口の中の豚カツを味わう。
「え……でもソースに蜂蜜とカラシを入れるのはちょっと……その」
「アイシャとだけは分かり合えないかもしれないね」
もじもじと言いにくそうに言うフェルパとはっきりと言っちゃうフレッチャ。アイシャのソース皿はそれらが1:1:1で渦巻き煌めいている。
「人の好みは千差万別って言うもんね」
ありきたりな言葉で結論つけようとするサヤ。
「それもアイシャちゃんの魔術?」
みなとは違う観点からの呟きのマイム。
「──私は世界平和を切に願うよ」
ひとりアウェーなのだと、マイノリティなのだと知ったアイシャは、この狭いながらも多様性のある世界で迫害されないよう祈るばかりだった。
書いてて思ったのですが、ソースと蜂蜜とカラシは意外とあるのかも知れないですね。
まあ、ここでのアイシャのソース皿の中身割合が1:1:1だから受け入れるのは厳しいでしょうけど。