あの日のこと
「ここにきたのはアイシャちゃんがプールでやった事を確かめにきたの」
なんだか座る距離が近くなったマイムが来訪の理由を話す。
「プール?」
肩が触れる距離で座るアイシャはその発言に思い当たることがあった。あれか、と確信を持って「この子も食いしん坊なんだな」と内心で思いながら口にする。
「ああ、焼きそばの──」
「風の魔術のこと」
大はずれであった。
アイシャは頬を膨らませている。プールでした特別なことといえば屋台くらいのもので、ほとんど独占状態ではあったのだから、誰かしら真似してみようという人物が現れてもおかしくないと覚悟していた。このマイムはきっとノウハウを聞きにきたのだと思ったのに、心当たりなど全くない魔術のお話なんて、と講義のほっぺただ。マイムがその膨らんだ頬を指でつくとアイシャの口から細く息が噴き出した。
「これも風の魔術?」
「そんなわけないでしょ。予想が外れて恥ずかしいのを無かった事にしたかっただけだよ」
再度膨らませたほっぺたも、マイムの手により潰されてケタケタと笑われる。
「だけど私は風の魔術なんて使ってないよ」
「そんなはずない。男子をたくさん吹き飛ばしていたよ。あんなに強い風は簡単じゃない」
「ああー、あれか」
「ほら、やっぱり魔術」
マイムはまだアイシャの頬をつつき回している。すでに萎んだそこを押したところで魔術は噴き出さない。
「あれはお昼寝士の技能で、空気を入れた袋を弾けさせたんだよ」
どう説明したものかと、アイシャは無理矢理に分かりそうな表現を使って説明してみる。
「全然分かんない。この世界の解明されてない事はおおよそ魔術で説明するしかないわ。やっぱり魔術ね」
「んー、違うんだけどなあ」
「でも自分で魔術って言ってた」
「あ……」
アイシャは確かに言ってた。フェルパに説明するのを誤魔化して。
「まあ、実践した方がいいかな」
口で説明したところで伝えられる気がしないアイシャはストレージからジンベイザメボートを取り出して説明を交えてつまみを回した。
「おおっ。どうして膨らんだの?」
「ここから空気を取り込んだんだよ。それでその空気を抜けば……“パージ”」
ボシュウウと風が抜けてアイシャのローブを勢いよくまくりあげた。まだ何も生えてない裸身があらわになる。
「なるほど、魔術だねこれは」
「マイムちゃん、見過ぎ」
「厳密には魔術じゃないのね、それは少しがっかりかな。あ、ごめんねベッド。水浸しで」
「まあ、このボートもあるし、ここにお布団を敷けば……っと」
本来持ち運び自由なベッドとしてあるボートだ。ベッドがずぶ濡れでもストレージ内に保管していた布団をここに敷けばアイシャはそれで充分なのだ。
「アイシャちゃんはお昼寝?」
「まあ、私はお昼寝士だからね。マイムちゃんが戻ったらお昼寝かな」
「戻ったら、ね」
マイムは何かを考えている。その姿にアイシャは不安しかない。フレッチャやサヤと続け様に寝たばかりだ。
そういう不安は大体現実となる。戻るどころか先に布団に潜ったマイムは布団をまくり、おいでとばかりに誘ってくる。
「いや、マイムちゃん戻らないとダメじゃない?」
「私は優秀だから。基本的に自由なの」
「な、なるほど」
「遠慮はいらないよアイシャ」
「なぜこのシチュエーションで呼び捨てにした?」
アイシャは抵抗しても無駄だろうと思い布団に入る。すでに感じたマイムの肌の温もりが布団を温めており、半ば裸のアイシャの体をじんわりと優しく暖めてくれるのを感じる。
「ねえ、なんで着てないの?」
「アイシャちゃんは布団に入るのに外で汚れた服を着てるタイプ?」
「それは確かにそうだけど、このお外でそれは──」
「アイシャちゃんもローブ脱いで。ていうか返して」
「なあっ⁉︎ あっ、あっー」
またバレたらサヤに問い詰められるんだろうなと思い、決して他言しないと誓うお昼寝をすることにしたアイシャだった。