圧倒する魔術士
空が眩しい。お昼寝館の東屋にはアイシャのパジャマとブラとショーツが風にたなびいている。
「そよぐ風はアイシャの薄茶色の髪をサラサラと梳かしていく。ベンチに腰掛けたヒップは丸みを帯びて、水をきるようにパタパタと動かす脚は健康的な輝きを放っている。幼馴染のサヤよりは控えめな胸も形はよく、そこからへそまでのラインも無駄な脂肪などなく、スリムで太ってなどいない。断じて太ってなどいない」
「分かったから、ごめんって。ナレーション風にアピールしなくてもいいから。あたしが間違ってたごめん」
アホの子アイシャは突如持ち上がったデブ疑惑に過敏に反応し、服を乾かすからと来客の前にも関わらず全部脱ぎ去ってその裸体を誇示するかのように見せつけていた。
「んん? えぇ、なに?」
「お昼寝士は太ってない。だから、服は着て。これ以上見てたら変な気になっちゃう」
そんな残念な露出狂に魔術士の女の子は自分のローブを脱いで無理矢理に被せる。抑揚のない言葉遣いをする女の子だが、淡々としているにも関わらずしっかりとアイシャに困らされているようだ。
アイシャがはじめて見たその来客の素顔は、紫の癖のあるツインテールを跳ねさせた可愛い女の子だった。
「あ、ありがと」
大きな目は少しつり目がちだけどキツい印象などなく、ほんのりと顔を赤らめ視線を逸らしながらそんな事を言うのだからアホの子もなんだか恥ずかしくなる。
「ところで……えっと」
「マイム。あたしの名前はマイムよ、お昼寝士のアイシャちゃん」
マイムは自己紹介しながら何やらモゾモゾしている。何かを、そう何かを堪えたいけど堪え難いと言うふうに。ローブを脱いだ下はシンプルな茶色の長ズボンと白い襟の青い長袖シャツを着ているマイムだが、モゾモゾしすぎてシャツの裾はシワだらけになっている。
「えーっと、初めまして? そのマイムちゃんは私に何の用事なのかな?」
マイムは改めてアイシャを見て(素肌に自分が着ていたローブ……)と考えて気付けばアイシャが着ているローブのすそを捲り上げて頭を突っ込んでいた。
「はえ⁉︎ なに? 何なの? ええっ⁉︎」
もぞもぞもぞっとマイムが動くと、意外なほどに伸縮性のあるローブの首のところから頭が出てくる。こんなことをすれば首元は伸びきってヨレヨレになるかもしれない。アイシャとしては借り物であり、本人がそうする分には構わないし責任も取るつもりはないが、別の責任が発生しかねない事態である。
しかしふたりは女の子同士、どちらが責任を取るかなんて話し合いに発展することはないのだろう。あまりにもストレートで最短距離の詰め方に、完全に虚を突かれたかたちのアイシャ。
(これは……この子はまさか)
わさわさわさっとマイムの指がアイシャの身体をまさぐる。服の上からであれば、こしょばしでしかないが、生の肌と肌の触れ合いは意味合いも違ってくる。サヤやフレッチャとも触れ合ったのだから今さらと言えなくもないのに、あろうことかアイシャとマイムは初対面である。
「ちょ⁉︎」
「アイシャちゃん、じっとしてる」
「んっ……」
正面から抱き合う形で一つのローブの中で抱き合うふたり。アイシャに至ってはローブの中は何も身につけていない。背丈の変わらない女子が着ていたローブはふたりで着るにはあまりにも小さく、アイシャは身じろぎひとつできない。
窮屈さの極みである首から上は、ふたりの頭がゼロ距離でマイムの口のあたりがアイシャの首筋にある。というか這っている。なにが、とは言わないが。
「まさかマイムちゃんはその……」
「うん。そうだよ。女の子ならこれで分かるの」
「男の子なら?」
「するわけない。興味もない」
「あああ、やっぱり」
「アイシャちゃんいい匂い。でもおかげで分かった」
「はわぁ。な、何が分かったのかな?」
いきなりの展開にアイシャの頭が導き出した答は、しかし違っていた。
「アイシャちゃんは魔術士適性じゃないけど魔力をたくさん持ってる。すごくいい匂いするもの」
マイムはそう言って鼻で嗅ぐようにしながら頭を引っ込めてそのラインに沿って外に出てきた。入る時よりもやけに時間がかかったし真っ直ぐには出てこなかったが、気のせいなはずだとアイシャは離れゆく人肌に少しの寂しさと、下まで這っていった柔らかな感触に知らない感情を覚えることを避けられなかった。
「ごちそうさま」
「あぁ……お粗末さまです」
「そんな事ないすごくいい身体してた」
「やっぱり」
「ごめんなさい。間違えた。すごくいい魔力してた。ぺろ」
「もう、どっちでもいいや」
マイムのぺろは、いま目の前で見せられたけど、その前にも色々と実感して、それなりに楽しんでいたアイシャだった。