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たたき直す

「餅つきがケジメとかとことんふざけてる?」

「至って真面目に後始末をつけてるところなんだけど……ねっ!」

『ヒッ、ワザト、ヤメロ』

「あらぁー、分かるか」


 餅つきはお互いの息を合わせるのが肝心なのだが、この影のやつにその気はないらしい。


「いや、そんな言い方はよくないね。こいつが妙な気を起こさなければ僕もさっさと終えれるんだけどね」

「妙な気……?」


 やられたオユンはその顔に明らかな怒気を浮かべているが、どこかバツの悪そうな感じにも見える。


「どのみちオユンの表情は私には分からないんだけどね……ん、これは餅?」

「人によってはとても美味しそうに見えるはずだよ」

「美味しそうっていうか、これは──」


 一体どうしてそれがケジメになるのか。オユンにお仕置きをしたせいで中断となった餅つきの臼を覗いたアイシャは、それが何なのかを見たことはないし、決して餅ではないと断言出来るが、知識でだけは知っている気がすると無い頭を絞って思い出そうと試みる。


「透明で、色がついてて、不定形で餅みたいな──」

「君たちの世界ではオユンと並ぶ御伽話か伝承程度に怪しい存在。いわゆるスライムというやつだよ」

「あー、それっ。おかげで思い出せたよ、すっきりしたぁー」

「よかったね。じゃあこの子がすっきりしたところで、僕たちも続けよう」

『グ……』

「君がスライムになるまで殴り続けることも出来るんだよ?」


 杵を持ったうさぎが、臼に身を隠そうとするうさぎを脅す絵面はシュールだが、かたや世界一と言っていいほどに醜い魔物で、かたや表情さえ窺えない影だ。


 地面にがっちりと固定されたかのような臼を持ち上げることも出来なければオユンに勝ち目はないだろう。


「待って、じゃあそれって──元はなんだったの⁉︎」

「元……」

『ギ、グフッ、グフグフ』


 その杵で殴り続けると誰でもこの透明な餅になってしまうのであれば。アイシャは辛うじて大事なところをスルーせずに済んだが、不気味に笑うオユンを見て嫌な汗が流れ出るのを止めれそうにはない。


「君が心配するようなことはない。いちどそうされたものを、正している最中だから。これには僕ひとりではなく、下手人の手を借りるほかなかったんだよ」

『テヲ、カリル……? キョヒケンナド、ナイニヒトシイトイウノニ』


 穏やかに語る影に不満を露わにするオユンだが「そうだよ、君にとってはね」と言われただけで萎縮してしまう。


 影が杵を振り上げると、オユンは身構える。下ろされる先が餅か、自分の頭か……見極めは一瞬しかない。


(こんな餅つきはいやだ)


 たいがいふざけてきたアイシャでさえそう思う。


 ペタンッと、柔らかい音を立てて潰されたのは臼の中身で、ホッとするのも束の間、オユンは手際よく餅をこねるようにして返す。


「正してる最中ってことは、コレはちゃんと意味のあるもの、なんだよね?」

「もちろんサー。そろそろ僕を疑うのをやめてくれてもいいと思うんだけど」

「疑ってはないけど、素直に信用が出来ないのよね」

「なるほど、それは良いことだよ」

「良いことって?」


 ペタンペタンと繰り返される軽快なリズムに合わせてアイシャの体も揺れるなか、影は淡々と告げる。


「僕を含めて──超常の存在を安易に絶対の者と考えて付き従おうという考えのものは少なくない。それはやがて信仰になり、人々を根底から支配するようになる」

「別に心の拠り所って意味ではあってもいいんじゃない?」

「そうだね。けど盲信はしちゃいけないって話さ」

「ふぅん?」

「ほら、出来たよ」

「わっ──投げるなっ」

「ちゃんとキャッチしてくれてよかった。なにせその子は──」


 話の最中にも続けられた餅つきで出来上がったのは水色に輝く丸い水風船のような餅。危うく落としそうになったアイシャも、まさに絵本で見たスライムだと思える仕上がりの餅。


 見た目には冷たい印象のある不定形の宝石のようなスライムは、アイシャの腕の中に不思議なほどよく収まる。


 その手で触れたところから、深い繋がりさえ感じる気がした。


「なにせその子は君のお友だちのミラちゃんなんだから」

「──っ!」


 慌てて、また落としかけたスライムを今度は体全体で受け止めるアイシャ。


「どういうことっ!」

「どういうもこういうも、そういうことなんだよ」


 文句をぶつけるアイシャに対して、影はそっけない返事をしただけで、次の餅の材料を臼に入れた。


 桃色と緑色のマーブル模様のスライムは、アイシャは初めて見るはずなのに、よく知っているような気がして見つめてしまう。


 そんなことがあるのか。


 信じきれず、どうすればいいのかも分からないアイシャを尻目に、影はかけ声とともに杵を振り下ろし叩きつける。


 “ピーでピーがピーッだわっ”


 それは声にならない声。新しく投入された餅を叩いた音を文字に起こした擬音は、魂の叫びとでも呼ぶべき嬌声であった。


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