帰ったら
アイシャ──元気
ルミ──元気
ミラ──眠り(おやすみ三角帽子)
ラプシス──眠り(睡眠導入ぬいぐるみ)
ミドリ──眠り(睡眠導入ぬいぐるみ)
ダン──眠り(睡眠導入ぬいぐるみ)
ルッツ──昏睡
テオ──眠り(おやすみ三角帽子)
マルシャン──眠り(おやすみ三角帽子)
タロウくん──軽傷
ハナコ──元気
「それなら──っ」
「ママ今度は何をっ」
余計なことを、とは言わなかっただけルミには良心というものがしっかりあるのだろうが、今回はその良心が邪魔をしたと言っても過言ではない。
「たったひとつでだめなら、数を重ねればいいってことに気づいたわけ!」
「それってつまり──」
「つまりは、こうっ!」
再び開かれる虚空の扉。アイシャのストレージからは過去に作成されたものが飛び出し、それでも足りないと判断して素材がひとりでに紡いでいく。
幼き頃に少しの疎外感とイタズラ心で作成し、フェルパたちを眠らせ聖堂教育の七不思議入りする静かな事件を起こした“睡眠導入ぬいぐるみ”である(54話)。
うさぎやねこ、くまなどそのバリエーションは多岐に亘るが、性能は一貫して眠りに誘うことである。対象が心身に疲労を蓄積しているほどに効果は強く発揮され、当時よりも成長したはずのアイシャがここで役に立たなければと奮起して作ればさらに効果は高まる。
作られる、全力のぬいぐるみ。その手に取った者に睡眠のデバフを付与する、指向性を与えられた“ともに夢見るぬいぐるみ”が。
「お昼寝には抱き枕っ、ぬいぐるみっ! あんたもこれでぐっすりおねんねだよっ!」
『うぬあっ⁉︎』
それこそ三角帽子チャレンジと同じで禿げ上がった頭に次々とぶつけられるぬいぐるみたち。アイシャの本気度合いが伺える気合いのぬいぐるみシュート。
バラバラと落ちていくぬいぐるみたちは、そのファンシーな見た目で乙女たちの心を捉えて無意識に手に取らせることだろう。
こんな場面でありながらも警戒心を薄め、ミドリやラプシスでさえついその腕に抱きかかえてしまうほどの強烈さ。
結果として、ぬいぐるみたちは地上に残るラプシスとミドリ、それにダン(乙女なう)も深き安らぎの園へと旅立たせてしまった。
「なんで効いてないのっ⁉︎」
「数うちゃ当たる的なことなのか、数の分だけ強力になるのか知らないけど、味方はこれで全滅ね」
「えあっ、本当だっ」
『……』
額に手をあて呆れるルミ。もはや相手が何をしたいのか分からなくて戸惑うトロル。
手に取った者を眠りに誘うぬいぐるみも、手に取らなければ効果を発揮しない。
乙女でもない醜悪なトロルにぬいぐるみを愛でる心がなければその手に収まるはずもない。
アイシャが普段から抱きかかえて寝るイメージで作られただけに効果を限定されたぬいぐるみは、残念ながら本人の気合いに反して敵に効果を発揮することなく終わった。
「ちょっと待って、ラプシスさんなんかハナコちゃんのお腹の毛に埋もれてめちゃ気持ちよさそうに寝てる」
「こんな惨状を引き起こしておいて羨ましがるのやめてくんない?」
「えぇ、それは仕方ないよね」
「──お昼寝士だから、はやめてよね?」
「……はい」
「分かったら……やるよっ」
ルミに嗜められてシュンとするアイシャだが、それでも事態は大きく変わったわけではない。
もともとハナコとタロウくんしかまともに戦えていない状況だったのだ。引き続き下で寝そべる連中を踏み潰さないように気をつけて立ち回ればよい。
ハナコの魅惑の衝撃吸収ボディに阻まれ、タロウくんの自爆にも近い攻撃を受け、アホの子コンビがたまに変顔をして煽ってくるのをトロルは無言でさばいていく。
それはまるで何かを考え、決断をくだそうとしているかの如き淡々としたものだった。
『もう、いい──』
決して満身創痍のタロウくんが傷つきゲボ吐く姿に配慮したわけではないトロルの言葉には、はっきりと幻滅の色が滲んでいた。
「もういいって、何よ。あんたが始めたことでしょ? それとも遊んで満足したから私たちを帰してくれるっての?」
そんなことはないだろうと思いつつも、ある種の提案、もしくは誘導の期待をこめたアイシャのセリフだが、トロルに当然そんな気はない。
『愉快だったのはあの妙な覆面の者だけだった。お前たちの──あちらの世界の強きものなどこの程度であれば、創意工夫をこらし弱いながらも挑戦的に挑んできたあの覆面のほうがずっと愉しめたものだ』
「そう、なら起こそうか?」
『──その必要もない。どのみち帰すつもりないのだから』
「最初から嘘だったわけ」
『最初から叶わないと知っていたのはそちらのほうだろう』
そのまま続ければタロウくんは力尽き、ハナコも近いうちに吸収した衝撃が弾ける限度に達していたことだろう。
どのみち詰みなのはアイシャたちも感じていた。だからこその睡眠チャレンジではあったがそれも裏目に出ただけに終わった。
「も、もーすこし考えない? かくれんぼとか鬼ごっことかも楽しいよ?」
「交渉するにしてももう少し何かないのママ」
「じゃ、じゃあ人生◯ームとか!」
「それなら私得意だよ。ルーレットも好きな数字で止められるし!」
「ああっ、ルミちゃんが異様に強かったのって運が良かったわけじゃなくってイカサマだったの⁉︎」
「やば……問うに落ちず語るに落ちるってのはこのこと⁉︎」
「帰ったらイカサマ無しでやるからね!」
そう。
「──帰ったら、きっとね」
そのつもりはないとこの世界の主がいましがた告げたばかりだ。
『人生をゲームでとは。何度繰り返したともしれん魂がわざわざそんなゲームに興じるとは馬鹿な話だ』
「──帰してくれない?」
巨大なトロルの目が妖しく光る。下品なうすら笑いは誰がどう見ても逃してくれそうにはなく、それどころか致命的な何かをしでかそうという悪巧みに満ちたものだ。
『もう十分だ。お別れの挨拶も浮かばないが、この身の血肉となれることをせいぜい喜ぶがいい』
トロルが両腕を広げその額に血管が浮かびはち切れるほどに力んだとき、アイシャがその目に見たのはトロルから伸びる触手のようにこの空間を埋め尽くす大量の魔力線が一分の隙間なく襲いかかってくる光景だった。