ふるこんぼだどん
アイシャ──元気
ルミ──元気
ミラ──眠り(おやすみ三角帽子)
ラプシス──半覚醒
ミドリ──元気(寝ぼけ母親介護)
ダン──戦意喪失(泡立て器)
ルッツ──昏睡
テオ──眠り(おやすみ三角帽子)
マルシャン──眠り(おやすみ三角帽子)
タロウくん──軽傷
ハナコ──元気
「いーい、ママ?」
「はい……」
いとも容易く行われた愚かな行為に対してルミが一時急戦を申し出ると、意外なほどあっけなくトロルから了承の意思表示がなされた。
「こっちが踏み潰さないように注意するし、ミドリちゃんが回収してくれたりもしたから、あえてみんなを起こしにも行かないけどもうやめてよね?」
「で、でも自分次はやれるっす……っ!」
「だめよっ! そんなんじゃ冬の大会はレギュラー外すからねっ!」
「うっ……ぐっ……」
今にも頭を丸めそうな悔しがりの演技をするアイシャだが、ルミともどもどういうコンセプトの振る舞いかは分かっていない。
「たしかにメイリーさんにも、魔物にだって効果のあるママの技能だけど、少なくともあいつには効かないんでしょ」
「それってやっぱり乗せる場所が悪いってことよね。大丈夫、きっと次はてっぺんにダンクを決めてみせるから。強烈なスラムダンクを、ね!」
「ちーがーうーっ! 全然違うしなんなら今さっきど真ん中に置いて駄目だったのに、なに次こそは完璧にこなしてみせるぜっ、みたいな表情で親指立ててんのよ!」
「えぇ、なんだか難しいなぁ」
「ママは馬鹿なのぉーっ⁉︎」
とうとう眷属に言われてしまった。テオとマルシャンとミラを仲良く川の字に寝そべらせながら、ミドリは職業柄よく聞こえる耳で会話を聞いて苦笑いを浮かべた。
「タロウくんたちをまとめて相手にできるあいつは、さすがに亜神並のチカラの持ち主なんだと思う。そこはもう疑う余地もないわ」
「そうだね。魔力の量も圧力もタロウくんたちよりずっと上。ルミちゃんも気づいていたのね」
「伊達に魔族と精霊をはしごしてないわよ。ていうか分かっててチャレンジしてたママに脱帽だよね」
「そりゃあ──」
お昼寝士だから。ハナコにお株を奪われそうだという危機感が私をそうさせたの、とアイシャが口にするより前にルミから投げつけられたイガグリがアイシャの頬に直撃する。
「ママ・ハナコちゃんペアがディフェンスっ、私とタロウくんペアで隙を見てアタック! それでいこうっ」
「う、うん……でもこれはひどくない?」
「──さあ行くよ!」
ざっくり刺さったイガグリ片手に涙目のアイシャだったが投げた張本人に罪悪感はないためスルーされたばかりか「早くポジションについてっ」と叱られてしまう。
ずっと腕で“T”の字を作ってトロルが動かないようにしていたラプシスも、話の終わりが分かりやっと始められる雰囲気を感じ気合いを入れて再開を合図した。
いざ戦闘が再開されれば、戦い慣れていないハナコもアイシャの的確な指示で動き、トロルの攻撃の全てをその体で受け止める。
ハナコの背に隠れてタイミングを測るタロウくんもルミの号令でじわじわとトロルにダメージを蓄積させていく。攻守の役割がきちんとなされる実にいい立ち回りだ。
「どれほど効いてるのか分からなくてもっ、やるしかないんだからっ! 次は右よっ、タロウくんっ」
小気味のいいフットワークで攻めるタロウくんにはトロルも相打ち覚悟のフックで素早く応戦し、両者ともに傷つく攻防が繰り返される。
「拙者もいるぞ」
『ちいっ……!』
ハナコの陰に隠れるのはなにもタロウくんだけではない。ハナコの豊かな毛並みに埋もれるようにして姿を隠すラプシスがタロウくんの攻撃するタイミングに合わせて逆側から急襲していく。
「ママっ、タロウくんがそろそろもたないっ!」
「ルミちゃんのチカラでどうにかなんないの⁉︎」
「とっくにやってるっ。それでももう──」
「やっぱ向こうのが強かったってこと⁉︎」
カウンターがあるとはいえ、ハナコと違いタロウくんにはしっかりとダメージが蓄積されていた。ハナコを盾にしてタロウくんが攻めるたびに合わせにくるトロルの反応もずば抜けている。
アイシャ相手には申し分のない威力だったタロウくんのカウンターも、このトロルに対してはそれほど深刻なダメージを与えるには至らなかったのだろう。
ルミがせっせとこさえていた薬草類での治癒回復ではとても間に合わないほどに消耗するタロウくんが先に倒れるのは明らかである。
「この危機を脱するには──」
強烈な何かが欲しい。トロルに尻もちをつかせることが出来なくても、一旦仕切り直せるだけの何かが。
「やるしか、ないね」
「──ママっ⁉︎」
再びアイシャのストレージが口を開き、アイシャのとっておきが姿を見せる。
「そいつらの面倒は俺が見ときますから……」
「ダン……ちゃん」
「テオはほんまにすごかったなぁ」
眠りに落ちた3人の世話をしているミドリに近づき力無い声で交代を申し出たのは泡立て器が友だちのダンだ。
「ほんで、こんなとんでもないやつらの戦場に俺みたいなんは居場所もあらへんわけで」
しんみりと、無力さを嘆くダンに何か言わなければと気の利いた言葉を探しかけたミドリだったが、ダンがテオの額に“ボイン女王”と落書きをはじめたのを見て思いとどまった。
「そういやルッツは向こうに置きっぱなしなんですよね。それ俺が回収してきますわ」
「え、あ、よろしく……」
ひとしきり落書きをし終えていくぶんかスッキリした顔のダンはルミが生やした茂みに埋もれてるはずのルッツの安否を気遣うくらいの心の余裕を取り戻したらしい。
(この調子ならこの子たちの見守りはダンちゃんに任せてもいいのかも)
どうにかトロルに尻もちをつかせたいアイシャとルミが操る怪獣たちの頑張りのおかげで、鉄壁というかマシュマロ壁に守られた後方が踏み荒らされることにはならなそうだ。
ダンが離れていくのを見送り、どこかのタイミングで戦線復帰を果たさなければと考えた矢先に、空から落ちてきたアイテムにミドリは気を取られた。
「なんやこれ──」
「あら、ダンちゃんも? ていうか他にも落ちてきて……はにゃ」
「ミドリさん、だいじょ──うっ…………すやすや……」
(これは……ぬいぐるみ……アイシャちゃん……なにこれ)
それぞれがそれぞれに出来ることをまっとうするのがギルド員としてのあるべき姿といえる。だが決してその全てがまともな結果をもたらすわけではないということを、ミドリは急速に薄れ行く意識のなかで理解した。