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なんか思ってたのと違うんだけど?

 先に動いたほうが負ける、そういうわけでもないがこれまでとは違う風体の敵を前にラプシスたちも先手を取れないでいる。


『ニンゲンたちよ、楽しませてもらった』

「──何が、よ」


 オユンたちでさえアイシャたちを誘い込むために言葉を操っていたのだから、その親玉と目される存在が同様のことが出来てもおかしくはない。


 上から目線の台詞に少し苛立ったようなミドリの言葉には応えず、しかし赤紫色した大型のトロルは実に流暢に語りかけてくる。


『久方ぶりの娯楽……自ら狙われたいと申し出る獲物は珍しいと誘い込んだが──』


 それはラプシスのことだろうとアイシャとミドリがその目を枕カバー仮面に向けたが、照れるようにして頭をかくラプシスの仕草でトロル以上にイラッとしただけだ。


『この辺りが限界であろう。あとはひと思いに潰してやろうではないか』


 話しかけても語らい合うつもりはなかったらしい。言うが早いか、トロルは素早く踏み出した右足の勢いを乗せて下から突き出した右の拳でラプシスを強打し、その黒装束を派手に吹き飛ばした。


 黒装束のみを。


「“雲散鳥没・鷹爪”」


 確実に捉えたはずの相手の異様な手応えにトロルは拳を引くのが一瞬遅れ、そこに伸びた腕に沿っていくつもの斬撃が繰り出され傷を負う。


 慌てて引いた腕に赤い線がいくつもついているのを見てトロルが顔を歪めたのと同じとき、アイシャたちも黒装束を犠牲にしたラプシスの姿に目を奪われていた。


 見事なプロポーション。素肌に張り付くタイトな服装は、袖もなければ裾もない。あるのはいかにボディラインを美しくみせるかを考えぬいて作られたかのような薄手の布地。


 それはほぼほぼ競泳水着のようなもので、とっくに成人しているミドリの母とは思えないような色気をまとい、腰に手を当て軽く前屈みなポージングをする枕カバー仮面であった。


「ド、ドロフォノスさんって女性だったんですか⁉︎」

「さあ……この世界でさんざんいじられたからな。男か女か……信じたいほうを信じればよいだろう」

「じゃ、じゃあ女性で!」


 素顔はおろか年齢も性別さえも不詳がドロフォノスだったのだ。先代も当代も女ではあるものの、これみよがしにアピールされてはミドリも額に手を当ててため息をつくしかない。


 食いついたテオをはぐらかしたラプシスだが、元々が男であったなら最初からそれを着込んでいるのはなかなかにきつい絵面である。


 競泳水着姿で血の滴る曲刀を手に持ち枕カバーを被った不審者の性別はぜひ女であって欲しいとマルシャンも思ってしまうが、むしろこの変質者ぶりは男の可能性もあるのではと混乱しているからあながちバレたともいえない状況だった。





 しかし誰もがドロフォノスは仕留められたと思うほどの襲撃だった。速くて、そのうえ重さも感じる一撃。


「技能に頼らなければ無事ではいられなかっただろうな」


 ラプシスもふざけてやったわけではない。


 技能は形だけではないものを与えてくれる。服を脱いで囮にするのは当たり判定を逃れるためで、そこからカウンターに繋げる動作までを含めたラプシスの技能は確かに成功したが、逆に技能に頼らなければ逃れられなかったということだ。


「次にあの攻撃がきたならば……」


 同じ技能を使えば次はいよいよすっぽんぽんである。そのうえで頭の枕カバーが残っていることは誰の目にも明らかで、そうなるともはや目も当てられない。いや、テオあたりは網膜に焼き付けんとばかりにガン見するだろうか。


「──ドロフォノスさん、手応えはどうでしたか」

「いかんな。肉の見た目に反して……あれならまだ土塊だったときのほうが柔らかい」

「でしょうね……」


 皮膚一枚。ラプシスが捨て身で行ったカウンターの成果である。


「だが、いまここにいるのが全員ではない」

「それは──くるっ!」


 思いがけない反撃に戸惑っていたトロルも傷がなんら大したことのないものだと確かめれば先ほどの言葉を改めて実行すべく今度は左の拳でラプシスを打ち貫くつもりらしい。


 鋭敏に察知したミドリが母親のすっぽんぽんに危機感を顕にしたが、当のラプシスは余裕の腕組み。


 これはむしろすっぽんぽんバッチコーイなんだと思ったミドリが身代わりに受けようと動いたが、トロルの攻撃が突き刺さることはなかった。


『うごっ』


 発声の出来る敵だからこそ、うめき声があがったのだろう。


 下から突き上げられた不意打ちはトロルの股間を打ってその巨体を少し浮かせるほどのもの。


「タロウくんっ!」


 足が浮いたところを狙った黄色いトカゲ姿のタロウくんの攻撃により、トロルは前のめりに手をついて倒れてしまった。


「な? またも助けられてしまったな」

「いつから気づいていたんですか」

「私たちが夢中で土巨人を追いかけ回していた時もあの子はルッツの護衛をしていたからな。気にかけてはいたが……展開を察知したのか気づけば敵の背後を取っていた。あのトカゲ、ただものではないな」

「……戦えるトカゲ、ですからね」


 この好機にすぐにでも追撃したいラプシスとミドリではあったが、手をついたトロルもその目は相手を警戒して睨みつけている。


「このばけもの“ひと思い”にできなくて悔しそうだな。案外小物なのかも」

「ちょっと挑発しないでよ!」


 首から下は艶かしい女体の枕カバー仮面がポージング付きでけたけた笑いながらおちょくればトロルが勢いに任せて殴りかかる。やはり力強い拳だったが、先ほどのような目にも止まらない速さはなく、ラプシスはこれを危なげなく回避した。


「頭に血が上って攻撃が読みやすく……」

「オユンたちの言っていたオカアサンってのはこいつで合っているのだろうな」

「そんなこともありましたね。けどもうコレが敵の親玉でいいんでしょう」

「だとして仕留めれば拙者らは帰れるのだろうか。いずれにせよ、やるしかなさそうではあるが」


 トロルの攻撃を回避したところで反撃に回る余裕もない。曲刀をくるくると回しながら挑発を続けたがトロルもそんな策にのるつもりもないのか、冷静さを取り戻すためか、不気味な笑みを浮かべるただけだ。


 ふとここでラプシスは今さらながらに疑問を口にする。オユンというイタズラ妖精を介して連れ込まれた世界が丸ごとこのトロルのものであったなら、戦う目的は元の世界に帰ることに他ならない。


 ただ本当にそれでいいのか。この世界が無くなるなら自分たちも一緒に消えて無くならないか。ラプシスの危惧するところはそこで、口が利けるとわかった相手を前にそんなことを言うのは何かしらの答えが欲しいという下心だ。


 敵に素直に聞くなんて真似は到底出来るわけがないというプライドももちろんそこにはある。


『帰る、か。遊び道具として連れ込んだやつらを帰したことなどないが……』

「ほう。ならば遊んでみるのもいいのではないか? 例えばお前に尻もちをつかせたら拙者らを返す、とか」


 直接問いかけるのが躊躇われる相手に先に口を開かせることに成功したラプシスはしれっとルールを明確にして帰る手段を確保しにいく。


『尻もちとは、なんとも遊びのような話』

「いいだろう? もともとお前にとっては退屈しのぎの遊びだったはずだ」

『圧倒的な格の違いに恐れ慄いた小物の苦し紛れではあろうが……よいだろう、最後に少し遊んでやるか』

「そうか、ならば──」


 振り回すには大きすぎて重すぎる大斧“世紀末スマッシャー”は使える場面も限られているが、ラプシスの普段使いの武器では皮膚一枚に傷を入れるくらいが精一杯である。


 だからこそ、仕留めるよりも楽に済ませる方法があればという尻もちエンドに“世紀末スマッシャー”は有効打になる。威力は実証済み。ただの一度のチャンスをものにすればこの巨大なトロルに尻もちくらいはつかせることができるだろう。


 口約束でしかないが、そこに可能性はあるはずとラプシスは仮面の下で静かに微笑んだが。


『ならばこの身に尻もちをつかせた者“だけ”帰すことを約束しよう』

「──それは」

『なんぞ問題でもあったか、ん?』


 せっかくの提案も帰れる可能性が自分だけとなればラプシスももはや楽しんでもいられない。巻き込んだ以上は未知を愉しむこともアイシャ以下全員が無事でいられることが大前提である。


 自分ひとりが帰ったところで、残った誰も救えはしないだろう。ラプシスは考える。どうしたら全員を帰せるか。


『では、始めるとしようか──』

「待ちなさい!」

「この声は──」


 必死に頭を巡らせるラプシスの耳に届いたのは、巨人トロルからはハエほどの存在でしかないであろう美しい娘の声。しかしトロルは知らない。こいつもまたいたずら好きとして知られる精霊であることを。


「ルミちゃん!」

「ええ、ええ、ミドリちゃん。私がそのルミちゃんですよ!」

「え、何そのノリ」


 この局面においてはあまりにもお気楽すぎるテンション。花の精霊ルミとは(頼りにする強者の)格下相手ならさんざんイキリ散らして物陰からヤジを飛ばし、実際に手が下されそうになれば途端に泣きわめいて逃げるような困った子である。


 それがこの場の最大戦力ラプシスをして手も足も出ないような相手を前にアイシャの頭の上で仁王立ちして指さす堂々とした振る舞いをしている。


 そう、アイシャとともに。


 ミドリとしては頼もしくも嫌な予感が押し寄せてくる展開だ。戦えない設定のアイシャが前面に出てくるなら、皆に隠したい秘密がまた増えるのではないか。


 亜神の娘ハナコや、やたら強いペットの黄色いトカゲタロウくん。それだけでも普通のひとが抱えることのないものなのに、しかもギャラリーはミドリとラプシスだけではない。


 ただそれはアイシャも分かっており、ルミの小声の提案に乗ったのは、少なくとも片方に責任はないし、もう片方は2度目であるからだ。


「でっかい体でみみっちいこと言ってんじゃないわよ! この私と“仲間”であんたを10回でも100回でも尻もちつかせてやるから、そうしたら全員を帰しなさいよ!」


 ちっちゃな精霊が実に大きくでたことにミドリは何を見させられるのかと、ラプシスは何が見れるのかと心拍が高まるのを感じる。


『……よかろう、ならばやってみせよ。出来なければ──全て喰らい尽くしてくれるっ』

「言ったわねーっ! ママいくよ!」

「う、うん。でもほんとにこれしなきゃいけない?」

「当たり前よ! 儀式だからね!」


 ルミがトロルの返事を書き上げた紙にサインをして放り投げると、自らの手に小さな手を生やしたトロルもそこにルミのペンで器用にサインをしてみせる。


 ちなみにこの証文になんの効力もない。


 効力があるのは、ルミの手の中にある花たちである。


「「“百合魂”、“お助けペット召喚”っ!」」


 いつかの海で。そのすずらんはやはりこっそりと隠して使われ、今もまたこの場に居合わせる誰の目にも花の精霊による儀式のそれと映る。


 花のエフェクト煌めくなかでアイシャとルミが可愛らしくハイタッチした瞬間、ふたりの足元が盛り上がり小山が2つ現れる。


「ママはそっちね!」

「担当があるの⁉︎」

「もちろん。この子たち思ってるよりも戦い慣れはしてないんだから、ね」


 かくしてアイシャとルミが頭部の操縦席に座るようにして掴まったのは、地龍の子どもタロウくんと土竜の娘ハナコそれぞれの本来の姿。


 タロウくんの戦闘能力は海で発揮していたし、現に今もトロルをひっくり返したばかり。


 ハナコについてはその防御力は折り紙つきで、立派な盾となってくれるだろう。


 なにより、超常の存在であるこの2匹が並々ならない相手であることを良く感じ取ったのはルミの妙なテンションのノリに安請け合いしたトロルだ。


『……そんなのは聞いていない』


 しかしプライドが邪魔でもしたのか、そんな言葉は口の中から漏れ出ることなく呑み込まれた。


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