焼きそば屋台
かくして魔術士たちの暴走により今年のプールは例年とは違うただの水溜りからなんだか流れるものへと変わった。
「安いよ安いよー。そこのお姉さん、どうですかぁ?」
そんな中でプールサイドに屋台を設置して頭にタオルを巻きエプロンをして焼きそばを焼くひとりの少女。
先日の惨劇の原因を知る彼女というか張本人が、平和的に魔術士ギルドにお願いしてここで思いつきの屋台を始めたのだ。
「アイシャじゃないか。何してるのこんなとこで」
「へいらっしゃい!」
焼きそば屋台の少なめの列に並んでやってきたのはあの狐狩りから仲良くなったフレッチャだ。アイシャたちとは違うピッタリしたフォルムの水着は、フレッチャのスレンダーな肢体をアホの子に見せつけるかのようだ。
「なんにしやす?」
「いや、焼きそばってのしかないし、それを頼みはするけど。なんでアイシャがお店?」
友だちからも代金はしっかりと貰い焼きそばを渡したアイシャは、ソースまみれのコテを両手に持って胸の前で掲げて、
「夏の海といえば焼きそばでしょ」
「ここ海ではないけどね」
アイシャの中での妙な違和感に答えが突きつけられた。
ここはプール。海といえば焼きそば。海の家。そのはずであったのに、きらめく太陽に眩しい飛沫、ほどよく焼けた夏の肌が、いつもの街中を潮香る砂浜へとアイシャを錯覚させていた。
アホの子の、もはやふんわりとしたイメージになっている前世の記憶などこんなものだ。
「なんで私焼きそばやってんのかなぁ」
「いや、それを聞いてたんだけど。けど美味しいね、これ」
「そう? じゃあ続けようかな」
下がり切ったアイシャのモチベーションはギリギリのところで保たれた。
「へいらっしゃい」
「あ、アイシャちゃん?」
またもやってきたのは先日のぬいぐるみ騒動以来のフェルパ。こちらもアイシャたちと同じタイプの水着だが、腰のふりふり度合いは幼い見た目のフェルパをより幼くしてしまう魔法の水着のようだ。アイシャが上から下までまじまじと見つめたところで嫉妬することのないスタイルは平和の使者と言っても過言ではない。
「なんにしやしょ?」
「えぇ。焼きそば屋さん? じゃあ焼きそばください」
「あいよっ」
アイシャの心に訪れた平穏はフェルパの焼きそばの量を1割増しにさせた。
「アイシャちゃんはプールには入らないの?」
「私はここで(女の子たちを)見てるだけで充分だよ。フェルパちゃんも入ってきたら?」
アイシャの発言の中に心の中で『彼女』が器用に付け足す。まっぱ人工呼吸で盛り上がった『彼女』がおかわりを欲しがるのを、これで我慢してとお遊びの焼きそばと併せてアイシャは屋台をやっている。ちなみにエプロンをつけるアイシャは水着ではない。鏡で見た時になんだか卑猥な気がする見た目になったので、白シャツに短パン、それに頭のタオルである。
「わたしは……なんだか溺れそうだから」
アイシャより小柄なフェルパではあるけれど、ここのプールはさすがにそこまで深くはない。アイシャの身長でも顎まで表に出ているくらいで、筋肉モヒカンのベイルなら厚い胸板までは水の外になるだろう。
(もっと小さな頃に何かあったのかも。友だちに誘われて来たけど断れなかったのかな?)
アイシャなりに推測する。目で楽しむアイシャとはちがい、水着を着てきたのにプールで遊ぶひとたちを見るだけの女の子が少し寂しそうにも見えてアイシャは一案を講じた。
“休憩中”
焼きそば屋台にそう貼り紙を貼って一時休憩にしたアイシャは、屋台の裏でコソコソと作業する。
「アイシャちゃんどうしたの?」
気になったフェルパもそこに同席してしゃがみ込んでいる。アイシャが手で円を描いて作ったストレージの穴はフェルパもはじめて知るものだ。
「まあ、見てて」
アイシャ自身はあまり見せてはいけないとは思っていない“お昼寝士”の技能。フェルパにとってはそれはそれは魅力的なものであった。