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ないものばかり

 オユンの世界で性質を変えられたミドリたちではあったが、手にしている持ち物を無くしたわけではない。


 ゲームのように職業によって武器を装備出来なくなったりなんてこともなく、新旧ドロフォノスはもちろん男子ズらも手に馴染んだ武器を構えて懸命にオユンたちを牽制している。


「なんでこんなに戦いにくいんやっ」

「剣士じゃなくなってるから……」

「んならパティシエってなんやー!」


 それでも適性、職業、技能と各個人に性質を与えるギルドカードのシステムによる恩恵は確かで、だからこそ同じ装備と頭にある記憶を頼りに振る舞ってもまるで他人の体のようにうまく動けずにいる。


 非力で鈍重なはずの小鬼に似た痩せこけたオユンたちといい勝負をしているのだから彼らとしては焦りと苛立ちで実力以上に劣勢となっている。


「“影法師・エクストリーム”っ!」


 そんな窮地を打開したのはミラによる大量の幻影である。もちろん作り出したのはミラが実在すると思い込んでいるシャハルの守り神こと、狂気と錯乱のベイルの幻影で、かく乱を目的とした大量のベイルに注がれる魔力は少なく簡単に打ち破れる紙装甲とはいえオユンたちを惑わせるには十分すぎるものである。


 ダメージを受けないように自らの体を押し当ててオユンたちを押し退ける幻影たちの姿はさながらアメフト選手のようでもある。


「ミラちゃんありがとー」

「ぼくも役に立ててって、あれ? 技能が使えた?」


 囲んでいた敵の数が減ればいまのダンたちでもどうにか対処はできる。苦戦を強いられるかと思われた男子ズとマルシャンの混成チームもどうにか大した怪我を負うことなくこの場をしのいだ。


「おお……なんだかみんな立派になっちゃって……」

「なっ、どこ見て言うとんねん! 俺ら別にそんなんやないからな!」

「そうだよっ、俺たち別に何も変なことしてないから、なあ、ルッツ」

「え、あ、うん」

「なんで歯切れ悪いのかなー?」


 颯爽と駆けつけたアイシャの目に飛び込んできたのは、女の子の自分よりも立派な体になってしまった男子ズ。彼らのサイズの合わない鎧は瓦礫とともに足元の大地とともに埋められてしまったのだから、図らずとも女性らしいボディをアイシャに見せつける格好となっている。


「けどずいぶんと戦いにくそうだったね」

「そりゃ俺らのステータスっちゅうか性別っちゅうか……なあ?」

「弓なんてどんだけ頑張ってもまともに飛ばなくなったよ」

「……アイシャちゃん、この人たちもぼくと同じ事になってるんじゃないかな」

「そうなんだろうねー」

「アイシャちゃん?」

「動きにくそうでよかったよね」

「……ママもしかして」


 慣れない体。ダンたちも押し寄せるオユンを相手に決して戦わなかったわけではなく、むしろ弱体化してなお懸命に抗っていたのだ。


 ダンとルッツは両手で剣を持ち振り回すオーソドックスな剣士そのものであるが、縦にも横にもその動きを邪魔する胸部のおかげでまともに立ち合うことさえ難しく、テオにおいては当たらない矢を放つたびにこれまた意識の外にある胸部の膨らみを弓の弦が打ち付けて悶えていた。


 アイシャは自覚している。小柄で極めてスリムな体型は実に動きやすく融通が利くものだと。ましてこの世界では筋肉以上に魔力のある無しが戦闘能力を高めるのだから、それこそベイルのような大きすぎる肉体など不要なのだと。


 なのに、気づけば求め、目で追いかけてしまう自分がいることも自覚している。


 生まれ変わったこの世界で男であったことなど一度もなく、むしろ女であることを受け入れているアイシャは、男であった前世とは比べようもないほどに女の子の体を観察してしまっている。


 男なら男らしく、女なら女らしく。そんなアイシャが求めるナイスバディを、まさか歯牙にも掛けない男子ズが手に入れてることに、割と本気で嫉妬してしまっていた。


 とはいえアイシャもそんなことを口にすることなど出来るはずもなく、ルミに内心を見抜かれたことでどうにか平常運転に戻った。


「そうや、俺らはもう剣士やない。わけのわからん適性に変えられてどうしたらええんか」

「つまり戦えないってことで?」

「ああああああああっ、もう俺らはおしまいやあっ」


 人間族の半数以上は戦闘にたずさわる職につくだけに、そうした彼らは他の道を知らずに成長する。途中で裁縫士なんてのに転身したラプシスなどは変人と扱われるのが普通で、ダンたちはそうした意味でも今後が危ぶまれる状況になっている。


「わたくしももうどうしたらいいのか」

「マルシャンさんは商人適性からの……生産職になるのかな?」

「鳥人間コンテストってもう謎だよねー!」

「いちおう造れるものはあるんですが、変な翼と車輪がついてるものばかりです」

「人力でも墜落するんだから使えない生産職なのかな」

「お役に立てずすみません……」


 この場において最も活躍の場がないひとりであろうマルシャンが申し訳なさそうに頭をさげる。


「じゃあこの中で戦えるのは──」


 アイシャがお粗末な頭の中を整理しながら見渡しても戦えそうな者はいない。ミラが発動出来た技能の幻影たちもオユンに数を減らされ続けており時間の猶予もない。


「ぼくも頑張るけど──もうそんなに幻影たちも出せないですっ」

「せめて俺らの職業ってのがまともに使えたなら……っ」

「ダンくんたちの……」


 一見それは無理な話としか思えないことであったが、不可能と言い切るのはまだ早いのではないか。針を武器にする裁縫士がいることを知るアイシャは男子ズにギルドカードを出させて考える。


「どれも発揮出来てないのはちゃんとした道具を持ってないから──つまり、それさえあれば!」

「ほんなら俺らもやれるっつーことか!」


 恐らくは。アイシャがそう頷くとあとは早く、しかし到底まともな戦いとは呼べない事態へと発展する。





 マルシャンがそうであったように、ダンたちも自らの得物を自作することが出来るようで、そのために足りない素材をアイシャが提供することで戦力は増強された。


 可能性がある。ただそれだけで良かった。パティシエに転職させられたダンとしては文字として目に見えてる技能を使えれば何かが変わると思っていた。実に安直で素直なことではある。


「金属──なんでもいい、それさえあれば技能が作ってくれる。よっしゃ“ビーター作成”!」


 ダンにとってはなんでもよかった。出来れば刃物であればいいと考えつつも、戦えるのであればその種類は問うまいとさえ。


 アイシャのストレージから取り出されて山積みにされている中から廃材とおぼしき針金やらがダンの技能に誘われていく。


 これもまたアイシャのクラフトと似た全自動での製作。手作業でならどれほど手間がかかるだろうか。そう思えるほどに整った長さに細さ、均等に並ぶ曲線の美しさ。待ちに待ったダンの手に収まったのは、ひとつの泡立て器であった。


「……なんやこれ」

「あ、案外すごい武器とか」

「ほんならルッツくらえや」

「あ、痛くない」

「……せやろ」


 可能性を信じたダンにルッツもテキトーなことを言ってフォローしてみせたが、泡立て器で殴られたところで痛くも痒くもない。ルッツの頭に当たってへしゃげた泡立て器は軽い金属音をさせただけだ。


「じゃあこれ」

「アイシャちゃんこれは?」

「材料」

「だからなんの……」

「メレンゲ。ダンくんの技能にそれが必要だって書いてたからさ」


 アイシャがダンに手渡したのはボウルと鶏の卵が20コほど詰まった袋。


 妙な世界で、敵に囲まれた戦場のど真ん中で、卵の黄身と白身を手早く分けいれたボウルを抱えて泡立て器で必死に混ぜる女体化ダンの姿は、順番待ちのテオとルッツに嫌な緊張感を与えるには十分であった。



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