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新鮮

 それは不思議な体験だった。


 この場の誰もがもはや自らの足元にある大地を信じられなくなるほどには、直接的に常識をぶち壊してくれる体験。


 文字通り天と地が逆さまになったあとには、ちゃんと2本の足で立つことも出来ているし、地面に丸ごと体を預けることも出来ている。


 ミドリは震える足がどうにか動くようになるまで数分を要したが、まわりを見る限りよく耐えたほうらしい。


 一緒に同じ体験をした彼らは落下の際に受けた外因により新たな大地に平伏している。止まない不快感と金槌で鍋底を叩き続けるような頭痛に嗚咽しながら自らの吐瀉物にまみれた姿は到底無事とは言えないだろう。


(ダンちゃんたちもマルシャンさんも……適性のせいかしら。軽くめまいがするけれど、それでもずっとマシだったみたいね。もっとも──ケロっとしている子もいるみたいだけど)


 天地が逆転する少しまえに、男子たちの適性やらを確認し終えたミドリたちもうさぎ頭のオユンを探し歩いていたが、これといった収穫も結果も出せずに時間ばかりが過ぎていくことに焦りを覚え始めたころに突然の地震を受けたあとはアイシャたちと同様空へ向けて落ちた。


(アイシャちゃんの居場所が遠ざかっているって分かった時には「ママは私たちを信じて問題解決に向かったんだわ。だからこっちも出来ることをしよう」って発破をかけてくれたのに。……強がっていたのね)


 世界が崩壊し再構築されるなかでみんなのもとを離れたルミが向かう先にアイシャとミラの姿を見つけたミドリ。問題はなにも解決していないというのにルミのように安心してしまいそうになる自分を律して、出会えるべきもうひとりの姿も探す。


(お母さん──)


 神出鬼没がドロフォノスらしいとするなら、いまその影さえも見えないとしてもミドリは信じて待つことにした。





 ルミに教えられてやっとミドリたちを見つけたアイシャはラプシスを除く全員を確認出来てひとまずの安堵をえた。


(男子たちが生きてるならあのミラクルママの心配をすることはないからね)


 人間族の中でも突出した能力を持つアイシャだが、平穏を目指すためにも一般的なひとたちの能力というものは正しく測れている。


 同級生のサヤたちはやはり先日まで定義上の子どもでもあっただけに大人たちと比べて数段劣る。クレールも残念なところしか目にしていないが、それでもサヤよりはずっと強いのは確か。


 マケリの敏捷さも、エルマーナの魔術の精度も、クラッヒトの暴力的な破壊力も、多少アイシャの助けを得たところで子どもたちが一朝一夕で到達できるものではない。


 そんな大人たちのさらに上を行くのが覚醒したベイルや剣神のような別枠で、アイシャのなかではミラクルママのラプシスもそのなかに含んでいる。それも見てきた中でなら剣神とタイという位置づけである。


「──ミラちゃん、もう大丈夫なの?」

「うん、心配かけてごめんね。ルミちゃんのおかげで楽になりました」

「でっしょー? 私にかかればあんなのちょちょいのちょいよ!」


 地面に這いつくばって動けないでいる男子たちを思えばミラの症状はずいぶんと軽いものなのだろう。アイシャのそばで立ち上がったミラはもはやどこにも不調はないかのようにスッキリした面持ちで答えた。


 それもそのはずで、ミラが感じていた苦しみは向こうで転がったままの面々とは理由が違っていたのだから。鎧の胸当ての締め付けがきつくてうずくまっていた男子たちを見ていたルミだからこそ的確に処置してみせたが、ミラの体に起こっていた異変についてわざわざ口にはしない。


 アイシャとミラの変わらないやり取りに、それ以前にあったかもしれない異変をミラは打ち明けてはいないのだろうと察していたからだ。


「アイシャちゃん、ここって……」

「何もない、洞窟かな? さっきまでいたところよりもずっと広くってはしっこも見えないけれど──」


 暗く、冷たく、けれども閉塞感などとは無縁の広大な広場。天井などはルミが頑張ったところで届きもしない高さにあるが、元々が瓦礫だったものの集まりだからか、縦横無尽に走る亀裂から漏れる光が洞窟内を薄く照らしている。


「でもおかげでみんなとは合流出来たみたい」

「あっ、本当ですね」

「とりあえず集まってみようか」

「はいはーい、2名さまごあんなーい」


 すっかり元の調子を取り戻したらしいルミによりアイシャたちはミドリらとの再会を果たした。


 ただこちらは到底無事とは呼べない様相を呈しているが。


「あの子たち、マルシャンさんもダメみたい。さっきから吐いてばかりで」

「なにがあったの?」

「それが──」


 首を折り砕いたオユンのなきがらを捨ててラプシスが去ったあと、ミドリたちはどうしたものかと相談したあとでその場を離れている。


 かくれんぼの相手がいなくなったと思ったら、同じ姿形のオユンがたたずんでいるのを見つけてルッツが引き攣った声をあげたのを合図に遊びが再開されたからだ。


 足元に転がるモノと見比べてもやはり同じ生き物に、ミドリが「同種の別個体なだけよ」と主張しなんとか平静を取り戻したルッツを引っ張りはじめられたかくれんぼだが、ミドリには文字通りのかくれんぼをするつもりはなかった。


 相手がイタズラ妖精オユンという言い伝え程度にしか残っていない者であり、ルミの話と合わせても実害を及ぼしてくるであろうことは明白。


 母のラプシスなどはどういった経緯なのかオユンの誘われたであろうときに好奇心に抗えずみんなを巻き込んででも関わることを選んだが、ミドリは違う。


 ──ミドリという子は職務に忠実なれど積極的に危険や未知に飛び込むタイプではなく、そんな彼女こそ血縁により引き継ぎやすいとされる適性の犠牲者と言ってもいい。


 優れた母と連れ添う父も立派な戦闘職で、幼きころのミドリが生誕の儀でしっかり母の適性を受け継いでいたことが分かると、ラプシスによる英才教育はいよいよ本番へと突入していた。


 おかげで聖堂教育を終えるころには同期をまったく寄せ付けない実力を手にしていたものの、誰の記憶にも残さない徹底ぶりで身分ごと姿を消した。


 そこからは局長バラダーを護衛する当時のドロフォノスであるラプシスの補佐を勤めている。


 ただ聖堂教育過程に記録のないミドリが表から堂々とその職に就いているわけもなく、バラダーにさえ感づかれない隠密性を磨いて近づき、やがてラプシスの代わりを月に一度、週に一度と繰り返すうちに完全な入れ替わりを果たしたのち、ラプシスによるネタばらしがバラダーになされたものの、ミドリは素顔を明かすことなくいまのポジションについている。


 母により自分の代わりを務めるべく育てあげられたかのようなミドリは、そんな成長過程をへて母のようにはなるまいと強く心に刻み誓ったものだ。戦闘狂になどならないし、守りこそすれどわざわざ危険に巻き込まれたりもしたくないし、問題が起これば早期解決をはかり、そのためなら全力疾走で野を越え山を越え駆けつける。


 かくれんぼ自体がオユンが仕掛けてくるイタズラだとするならば、言われたままに無邪気に遊んでいては被害は増えるばかりだろう。保守的なミドリとしては距離をとり観察に徹したいくらいである。


 しかしマルシャンを助けるためにオユンを仕留めたとき、ラプシスがうさぎ頭のオユンをくびり殺したとき、そのタイミングで異変が起こっていると考えたミドリは、誘われたかくれんぼを鬼ごっこに置き換えて是が非にも生かして捕まえて足がかりとするつもりであった。


 ただそれには能力が全く不足していたと言うしかない。ステータスの低下もさることながら普段の技能が失われている状況ではどうしようもなかった。


 追えども追えども追いつけない相手に苛立ちと疲労がピークに達するころ、世界は音を立てて崩れていった。


「限界だったのもあるんでしょうね。みんなには無茶をさせてしまったわ」

「それでみんなあんなに」

「あの大崩落のあとで命があるだけでも儲けものよね」

「崩落……本当にぼくたちは落ちたんでしょうか?」

「最終的にはそうなるはずよね。けれどここがどこなのか、なんなのかは正直見当もつかないわ。どこか外に出れるところでもあればいいのだけれど」


 空へと吸い込まれるようにして落ちたミラにはこの現状は不安ばかりであるが、同様に体験したミドリも不安の中でそれでも脱出の可能性を模索している。


 ルミが男子たちとマルシャンに植物由来の生薬で手当をしているのを横目にミドリが洞窟内の隅々に目を向けていると、ひとり所在不明であったドロフォノスが現れて歩み寄ってくるのが見えた。


「──そんなものはどこにも無かったな」

「おかあ──ドロフォノスさん」

「なんか少し見ないうちにイメチェンしたの? ずいぶんとワイルドテイストな感じだけれど」

「ふ、みっともない姿になってしまったな……まあ、割と楽しめたといえばその通りだが。けれどもさすがに厳しいだろうか、これは」


 アイシャがワイルドと評したラプシスの格好だが、当の本人が平然としているために騒ぎ立てていないだけで、これが別の者のことならすぐさま駆け寄り手当てを始めているであろうという程に酷いものだ。


 ラプシス扮するドロフォノスの見慣れた黒装束は全身が切られて破られ千切れており、ところどころ素肌を晒したうえで衣服もろとも赤黒く染まっている。正体を不明とする要の覆面もどうかすれば形を維持できない有り様で、現れたラプシスが先ほどから顔に手を当てたキザなポーズでいるのはそのせいである。


「もし使えそうな布でも持っていたら貰えるとありがたいのだが」

「んーっとね……ちょっと待って……はい、これでどう?」

「む……これは……ふむ、なるほど……つまりはこういうことだな?」


 アイシャから手ごろな布とハサミを受け取ったラプシスは少し愉快そうなトーンで返事をしてから布を加工し、躊躇いなくすっぽりと被ってその出来栄えに満足そうな反応を見せる。


「えっと、確かに問題はない……のかな」

「これで両手が空くのだから構わない。それで、話を戻すが地上へと続く何かというのは無さそうだ。むしろここはそれほどに広いわけでもなくだな──」


 全身ダメージ加工の黒装束となったラプシスに手渡されたのはアイシャのお昼寝必須アイテムのひとつである枕のカバーである。


 青地に黄色い月と星が散りばめられたデザインの枕カバーにふたつ穴を空けて被り、首のところを絞って新たな覆面としたラプシスが真面目ぶって話を再開したところでミドリたちは全く頭に入ってこなかった。



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