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探り至らんとする者たち

 アイシャとミラが進む道は、人の手が加わってないらしく到底道と呼べる代物ではなかった。


 最初こそ土が見える地面だったが、動き始めて少しすればコケやシダが覆い隠して湿り気を帯びた歩きにくいものへと変わる。


 普通なら足を滑らせただ歩くだけのことも注意を払うことになるはずだが、アイシャは持ち前の身体能力で難なくこなし、ミラは自分でも分かっていない変化を知るためにジャグリングをしながら大玉乗りで進んでいるおかげで移動スピードに変わりはなかった。


「あれ、ルミちゃんがなんだか移動してる……」

「そっ、そうなんですか?」

「あっちのほうに──」


 それまでは少し先に見える低い山の向こうを目指していたアイシャではあったが、目的のルミが大きく移動を始めたことに気づいて足を止める。宙に浮いて移動できるルミではあるが、その速度は決して速いものではなく、少なくともいまアイシャが感知しているほどにはない。


 そのうえ、アイシャはルミとの繋がりを上空のほうに捉えている。見上げた先には青空に浮かぶ雲と、歪な鳥を思わせる影。


「アイシャちゃん、アレはなんでしょうか?」

「……鳥? それにしては大きいよね」

「魔物ですか?」

「さあ? でもルミちゃんもあっちの方に行ってるみたい……なにかあるのかも……急ごうっ」

「はい、うん!」


 大きな翼を羽ばたかせて空を横切る鳥らしきものは遠目にもぎこちなく上下しているのがわかる。ルミのふざけた言動をよく知るアイシャとしても、そんな妙なものであればルミが関わっていてもおかしくはないと、嫌な予感を感じながらも追跡することにした。


 ミラが乗る大玉は、悪路もすいすい難なく通り抜け、先を行くアイシャについて行くものだからミラ自身アイシャの速度がやけに速いことには全く気づいていない。


 そんなことに気を割くくらいなら、ふわふわのしっぽをふりふり野生の獣のように身軽に駆けていくアイシャを目に焼き付けることのほうが大事である。


 そんなわけで、アイシャの目が遠くに見える鳥はどうやら作り物のようであると認識するころ、ミラはアイシャの後ろ姿に並々ならぬ情欲を覚えていた。


(ああ、アイシャちゃん。なんでこんなに可愛いんだろう──)


 現代の価値観にあてはめればギリアウトである。まだノータッチなだけに立件こそされないものの、アイシャの判断いかんによっては、もしもしお巡りさんイベントが発生してもおかしくないミラの思考。


 ただそれも長くは続かない。追いかける鳥に近づくにつれその影を大きくしていくうちに、ミラのミラも大きくなってはいたが、アイシャに気を取られての不注意かどうか、大玉は段差で跳ね上がりバランスを崩して放り出される。


 放物線を描きながら情け無い悲鳴をあげるミラが、その様子に気づいて立ち止まり振り返ったアイシャに衝突して抱きつき地面に滑り転がり、ふたり仲良く全身を泥と苔にまみれた姿にして止まり追跡を中断してしまう。


 通報があれば実刑は免れない状況。ただここはそういった価値観とは無縁の園。鎧姿のミラと銀ぎつね着ぐるみパジャマのアイシャが泥んこになって絡みついていても通報する者もいなければ通報を受ける者もいない。


(あああ、アイシャちゃんになんてこと。でも今のぼくとアイシャちゃんなら別に……ううん、今のじゃなくっても、もうきっとぼくらは……サヤちゃんにはあとで承諾をもらおう。うん、きっとぼくらは幸せなんだ。幸せ……幸せってなーに)


 という具合にミラの頭の中はぐちゃぐちゃではあるが、当のアイシャにそんな思考は全くない。


 というのも熱い抱擁を受ける形となったアイシャではあったが、土に塗れて汚れた顔をあげて見たのはミラの顔と、見慣れない赤い花柄のウサギの頭だったからだ。





「なあ、この……なんつーの……おっ……おっぱ……んげふっげふっげふんっ!」

「……胸な。これはあれか、悪性の腫瘍かなにかだよな?」

「お前、今さら何言うとんねん。これはあれや、その、おっぷ……ふんっ!」

「言えてないで」


 誰の目にも明らかであった。ルッツにぶら下がるルッツたちを見たダンとテオは自分の肌が、主に胸の当たりが驚くほどに柔らかいことを確かめたばかりだが、同時に触りかたひとつで妙な気分になることに気づいていた。


 それなのに、肉体の反応はこれまで知ったものとは全く異なっており、これまでなら硬く滾るはずのところは熱く汁気を帯びるばかりであった。


「俺たちは知らない……このトキメキをなんと呼べばいいのかを」

「せや、名付けるべきやろ。この胸の高鳴りを」

「なに言ってるんだよふたりとも」


 知らない体の知らない火照りを解消する術を、彼らは持っていない。いや、確かにそこにあるのだから何も出来ないわけではないだろう。


 しかし──。


(ここで1番に手を出すのはためらわれる……)

(俺のアソコどうなってんのかな)

(テオとルッツの注意を逸らすにはどないしたらええんや……)


 牽制し合う3人。それもそのはず、どんなに仲がよい男子たちとはいえ、ひとりきりのお楽しみタイムを共有したことなどあるはずもない。


 普段なら間違いなく全てが終わってからお家でしっぽりとするだけのことなのだが、この日この時ばかりはそうもいかない。


 なにせこの知らない世界から持ち帰れる保証はないのだ。


 それどころか持ち帰ってしまえたなら、これまでの男として生きてきた人生を放棄するしかなくなる。


 どんなに得難いものであれ、持ち帰ってはならない。手にとってもレジに持っていくことなど許されず、そっと元の棚に返してお行儀よく退店するよりほかないのだ。


 だからこそ楽しむのであれば、いまこの時をおいて他にはない。それも女子の誰と再会するよりも早く、再会すれば全てをぶちまけてパニックを装わなければ男としての面目が立たない。今となっては勃つものもないのだが、それはいずれ取り戻すことになるだろう。


 つまり目に焼き付け、体に覚えさせ、魂に刻むことが出来るのは今しかない。いま、この瞬間、この一瞬に落ちる砂時計のひと粒さえも無駄には出来ない。


 目と目で通じ合う男子たち。


「なにも、言うな」

「ああ」

「せやな。ちょっとあっちの空眺めとく……少しひとりにしてくれ」

「奇遇だな。ちょうど俺もそんな気分だったんだ」

「へっ、ルッツもかよ。いいぜ、俺もあっち向いとくから……な」


 示し合わせることなど造作もない。子どものころからの付き合いの3人だ。


 誰に遠慮することなどあろうものか。


 自家発電など虚しいだけ。そういう考えがダンたちになかったわけではない。ただそれでも歳を重ねるうちに自然とシングルプレイはマルチプレイに変わる時が来るだろう。


 その前に予行練習が出来るのであれば、しかも相手側を体験して知ることが出来るのであれば。


 各々に、心に秘めた気持ちは同じ。違うのは見上げた空の方角くらいのものだったか。


 テオがやっとのことでシャツのなかに手を入れて直に触れながら見たのは、木の枝のひとつに腕組みして立って男子たちの様子を見下ろす黒装束の人物。


 ルッツが同じようにやわ肌に指を沈めながら小さな声を上げて目にしたのは赤い花柄のうさぎの頭をつけた華奢で枯れ木のような胴体の生き物。


 ダンが勇猛果敢に秘部に指を這わせて全身の震えを体感しながら空を仰いで目撃したのは、木製の巨大な鳥。


 それぞれに見たものは違い、見られた相手も違い、

 反応の全ても別物ではあったが、男子ズの輪に不時着よろしく突貫してきた巨鳥に巻き込まれて吹っ飛ばされた結果だけは同じものであった。



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